では、第五十四話をどうぞ。
Side鏡夜
「ここは・・・?」
「近接、遠距離専用の戦いの場さ。ここでなら、どれだけ傷を負っても、どれだけ相手を傷つけても、最終的に気絶程度で済む。でだ、ここからの脱出条件は相手を気絶させるか。自分がやられるかだ」
結界に囲まれ、不思議そうにあたりを見回す妖夢に、この結界につていの一説明を一通りする。面倒なので、脱出条件のことは簡単にだが、概ねあってるだろう。
説明が終わると、妖夢は軽く二、三度頷きこちらを鋭い目つきで更に睨んできた。
「成程そうでしたか。ならば、貴方を倒せばここから出られるんですね?」
「おお~随分な自信じゃない」
「これぐらいの自信を持たないと、貴方とは戦えませんよ」
「クックック」
俺は懐かしい感覚に笑いがこぼれてしまう。昔戦った妖忌も、この目の前にいる妖夢のように凄まじい殺気を放っていたのだ。やはり、子は親に似るものなんだな・・・いや、子は孫に似るか? ・・・ま、いっか。
肌がざわつくような殺気を放つ妖夢を真正面から見つめ、俺は右手に持っていた刀を横にして、顔の高さまで持ち上げ、両手で持ち手の部分を握る。そして、足を大きく前後に広げ腰を落とす。
「・・・野太刀ですか。なんて珍しい」
「そっちだって同じような刀使ってるくせに・・・でもまあ、この長さが珍しいんはわかるよ」
普通、刀は長くても一メートルあれば、かなり長い部類に入る。それに、刀の耐久力も落ちる為、一メートルなんて長さの刀はあまり作らない。でも、妖夢はそんな一メートルもある刀を使っている。いや、もうちょい短いから、大太刀ではないのかな?
ま、それはいいとして、俺の現在使っている刀は二メートルもある野太刀だ。ここまで長ければ、耐久力に問題があるかもしれないが、そこは安心、俺特製の霊力で作られているから耐久力の問題は無い。
「確かに私も使ってますけど、そこまで長くはないですよ。・・・まあ、いいです。では早速始めましょうか」
妖夢はそう言うと、腰を落として居合の構えを取った。俺も、自分の持っている刀を握り、肩の力を抜く。
互の間で短い沈黙が訪れる。互に動かない。いや、動くタイミングを見極める。そして、とうとうその時が来た。俺と妖夢の間に一陣の風が吹く。
「ふっ!」
風が吹いた瞬間、妖夢はノータイムからの超加速ダッシュをし、一瞬で俺との間を詰めて握っていた刀を抜く。
一瞬で俺との間を詰めたことには驚いたが、俺は冷静に刀を斜めにさせ、刀の中央に当てる。そして、刀を下にずらして、妖夢の刀の軌道を上にずらしながら妖夢の背後へと回り込む。
「まだまだ!」
妖夢は俺に軌道をずらされたにも関わらず、地面に着地すると同時に地面を片足で蹴り飛ばし、こちらに突っ込んできた。俺はそれに合わせて妖夢の顔に向かって刀を突き出すが、妖夢は先ほど俺がやったように刀で軌道をずらす。だがそれに留まらず、更には体を半身にして、俺の刀の下から自分の刀を上に振って跳ね上げてきた。
「もらった!」
「残念」
「な!?」
俺は跳ね上げられた勢いのまま刀を手放し、がら空きになっている妖夢の脇腹に前蹴りを放つ。
「くっ!」
その蹴りをなんとか刀でガードするが、俺はそんなのを無視して刀ごと蹴り飛ばす。蹴りの威力が強すぎたのか、妖夢は刀ごと後ろに吹き飛んだ。
だが、妖夢は空中で吹き飛んだ不安定な姿勢を普通の姿勢に戻して着地する。
「このくらい・・・って、な!?」
妖夢は地面に着地してこちらを見ると、驚愕していた。それもそうだろう。今、妖夢の目の前には、俺が先程まで使っていた刀がまっすぐに飛んできているのだから。
何をしたかというと、先ほど蹴り飛ばした瞬間、俺は上に弾き飛んでいた刀を取り、妖夢に向かって走りながら投げつけたのだ。
「ほ~ら、どうする?」
「く!」
妖夢は咄嗟の判断で下がりながら刀を弾き落とした。が、それは俺にとっては最高のパターンだった。
妖夢が弾き落としたおかげで、刀は地面に刺さる。その刀を妖夢に向かって走っていた俺は走りながら抜き、走った勢いのまま一回転しながら妖夢に斬りかかる。想像的には、某モンスターを狩るハンターに出てくる、大回転切りを想像してくれればいい。
「これぐらい!」
下がった状態の妖夢は、横からくる刀を自分の刀を盾にして防ぐ。だが、俺の力、更には遠心力の乗った刀の威力は殺しきれず、妖夢はまたもや吹き飛ぶ。
「どうした、妖忌の孫。その程度か?」
「舐めないでください。貴方に一太刀浴びせるまではやられませんよ」
妖夢は吹き飛んだ姿勢から、先ほどと同じようにして地面に着地しながら言う。あの一瞬の攻防のせいか、それともガード上からのダメージのせいかはわからないが、妖夢は息が荒くなっている。
「おやおや、随分とお疲れだこと」
「そういうのは勝ってから言ってください!」
俺が執拗なまでに弄ると、妖夢は怒ったように懐からスペルカードを取り出した。
「断迷剣『迷津慈航斬』!」
妖夢がスペルカードを唱え終えると、妖夢の刀が青白く発光しだした。その光は徐々に大きくなり、とうとう俺の持っている刀の倍・・・大体十メートルほどの長さになった。
「喰らええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」
「これは・・・面白い」
速度は先ほどより遅く十分によけられたが、俺はあえて避けない。避けずに、自分の刀を頭の上で横にして、妖夢の刀を受け止める。
「ぐ! これは、なかなか・・・」
受け止めて瞬間、あまりの衝撃に地面に罅が入り、俺の足が地面にめり込む。
「でりゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
「ッ! 流石にキッツイな」
妖夢が更に力を込めたせいで、徐々に俺の足が地面にめり込んでいく。三分間、なんとか受け止め続けていると、ようやく妖夢の攻撃が終わった。
「はあ、はあ、はあ」
俺はゆっくりと刀を下ろして妖夢を見る。妖夢は息切れを起こし、今にも気を失いそうで、刀は手から落ちそうだがなんとか持っている状態だ。気合で立ち上がっているような感じだな。
「どうした、もうへばったか?」
「まだ・・・まだです!」
妖夢は再び刀を握り直すと、懐からスペルカードを取り出した。
「魂魄『幽明求聞持聡明の法』!」
「ほう、まだそんな力が・・・」
スペルカードを唱え終えると、先ほどまで妖夢の隣にいた人魂が妖夢と瓜二つの姿になった。妖夢の姿になった人魂は、妖夢と同じように構える。
「鏡夜、これで最後です」
「そうか・・・ならば見せてあげよう。俺が見に付けた、異世界の斬撃を!」
「異世界の斬撃ですか、楽しみです!」
妖夢はフラフラで気絶しそうだというのに笑った。それはもう、楽しそうに。その笑顔に答えるように、俺も微笑みながら刀を最初のように構える。だが、腰は落とさず、半身の状態だ。
「鏡夜、楽しかったですよ」
「クックック、ああ、俺もだよ。また今度な」
「はい、絶対戦ってもらいますからね」
妖夢は負けを認めたように言うが、その目はまだ諦めておらず、戦うのもの目だった。俺はその目に、何度も言うが妖忌の姿がかぶる。
呼吸を整えた妖夢は静かに目を閉じると、先ほどまで肌がざわつくほどの殺気が静かに消えた。
そして、次の瞬間―――
「「現世斬!」」
その言葉とともに、我が妹の天狗の文ですら追いつけないであろう、高速の居合を放ってきた。
そう、それは見るものが見れば光速ともとれるだろう。だが、俺はそれを妖忌で一度見ているため、驚かない。
「虚空」
虚空。ある異世界の剣士・・・いや、これはセフィロスという人物が使っていた技だ。
俺は居合を放ってくる二人の間を逆にすり抜ける。二人の妖夢は一体何が起きたのかわからないという表情をしているが、次の瞬間――――
「「ガッ!?」」
二人の体に、無数の切り傷が浮かんだ。先ほどの虚空とはつまり、相手の認識できないような速さで切り抜けるという技だ。
まだ、ダメージを受けている妖夢に対して、俺は構え直す。
「秘剣、燕返し」
そして、すぐさま刀を振るう。だがこれは単純に振るのではなく、同時に三つの斬撃を起こす。全くの同時で、一寸の時間差もない斬撃だ。
この技の使い手は、自分の技量だけでやったようだが、俺の場合は、紫ちゃんの能力である、境界を操る能力を使用して、今現在の俺と、先ほど振るった斬撃の境界を合わせる。そうすることで、斬撃は三つになり、首、胴、足を狙った斬撃が一斉に相手に襲いかかるってわけだ。
案の定、まだ動けない妖夢は、その斬撃に苦笑いを浮かべた。
「お師匠様、負けてしまい申し訳ありません」
そう言った妖夢の体を、俺の斬撃が切り裂き、妖夢は光の粒子となって消えていった。
「ふ~流石にキツいぜ」
結界から脱出した俺は、倒れている妖夢に向かって歩き出す。妖夢の下につき傷を確認すると、傷は浅くはないが、どれも致命傷には至ってない。
「これなら、大丈夫だろう」
一通りの傷を確認した俺は、そっと妖夢に俺の着ていた上着を掛ける。何故かって? 俺の斬撃のせいで、妖夢があられもない格好になってるんだよ。流石の結界も、服までは直してくれないらしい。
「・・・でだ、孫が心配ならさっさと出てこいよ。妖忌」
「気づいておったか」
「当たり前だ。ほれ、さっさと出て来い」
何もない空中に向かって叫ぶと、妖夢の真横の空間がバックリと割れた。そんな空間から、よっこらせと言いながら、爺さんが現れた。彼がこの妖夢の祖父。魂魄妖忌である。
「貴様、我が孫にいやらしいことなどしておらぬよな?」
「してねえよ。この親バカ」
「ならば良し」
妖忌はそう言うと、気絶している妖夢の頭の近くに座って頭を撫で始めた。
「ホッホッホ、可愛いの~」
「こんの親バカ」
「聞こえんの~」
妖忌は俺の言葉を無視して、妖夢の頭を撫で続ける。千年前は厳格な野郎だったのに、今は親バカになっている。孫や娘ができればそうなるのか・・・俺も作るか。
「ほれ、見ろ鏡夜。この可愛い妖夢を」
「あ~はいはい。戦ったとき、たっぷり見させてもらいましたよ」
「どうじゃ、可愛かったじゃろ?」
「ああ、可愛かった・・・」
「何!? 貴様、まさか妖夢に惚れたのか!?」
「じゃあ、可愛くなか・・・」
「何!? 貴様、我が孫が可愛くないだと!?」
めんどくせえ。限りなくめんどくせえ。どう言えばいいんだよ! どっちに転がっても、俺キレられるだけじゃん!
「・・・・・・もう、どっちでもいいよ」
「何!? 貴様・・・」
「もういいよ! お前、妖夢の頭撫でてろ!」
「おお、そうじゃった」
妖夢は俺との会話をやめると、再び妖夢の頭を撫で始めた。そうして、妖忌はしばらくの間妖夢の頭を撫でると、急に立ち上がった。
「さて、孫成分も補給できたし、そろそろ行くかの」
「おいおい、孫に一目見せていけよ」
帰ろうとした妖忌にそう声を掛けると、妖忌は悲しそうな顔をした。
「できぬのじゃ・・・」
「なんでだ?」
「・・・儂はな。自分の限界を感じ始めてきたのだ。この程度か? これで儂は満足なのか・・・とな。それゆえ、皆に何も言わずに妖夢にここの主の従者を託したのじゃ。今思えば、あの時皆に伝えておけば良かったと思うが、まあそれは置いといて。そんなことを考えている儂が、妖夢の師匠になどなれる資格がない。ましてや、従者になど戻れるはずがない。剣に迷いが生じるからな。だから、儂は今、妖夢に会う資格はないのじゃ」
妖忌の話しを一通り聞いた俺は、無言で立ち尽くした。ここで、もし熱血な奴だったりしたら、だからって妖夢がかわいそうだろ! とか、それはお前の我侭だ! とか言うのかもしれない。だけど、俺はそんなことは言わない。
「・・・そうか、じゃあ頑張れ」
それしか言わない。頑張ってる奴に頑張れというのはどうかと思ったが、俺はそれしか思いつかない。
こんなに悩んで、苦悩して強くなろうとしている奴に、熱血な奴みたいにあーだこーだ言わない。だって、頑張ってる奴の足を止めさせるって、おかしいだろ。
妖忌は俺の言葉を聞くと、少し驚いたあと笑った。
「カッカッカ、頑張れとな」
「ああ、頑張れ。だって、強くなろうとしてるのだろう? だったら、周りは心配するだろうが、頑張れよ。家族には、帰ってきてから謝ればいいんだからな」
「カッカッカ、そうじゃな。それでいいのじゃな・・・」
「いいんだよ。お前らは家族だろ? 許してくれるって・・・まあ、多少嫌われるかもしれないけどな」
「それはちと困るが、大丈夫だろう。なんてたって、儂の可愛い孫じゃからな」
そこまで話したところで、妖忌は顔を上に上げて空を仰ぎ見た。
「・・・ありがとな、鏡夜」
「別に、礼を言われるようなことはしてないさ」
「・・・そうか」
空を見ていた妖忌は、顔を空から俺に向ける。そして、妖忌はこちらを一度を見ると、一度、目を閉じて再び開けた。
再び開けた妖忌の瞳は、野生の獣のような鋭い瞳をしていた。
「鏡夜、儂は決心した。儂はいずれお前さんも倒すくらい強くなる。いや、倒す。そのくらいの実力が付いたと思ったら、また昔みたく決闘を受けてくれるか?」
「ああ、もちろん、いつでも受けてやるよ」
「カッカッカ、それは良かった。・・・それとだな鏡夜、たまにで良いから、妖夢に稽古をつけてくれないか?」
「いいぜ、むしろ大歓迎だ」
別に断る理由もないし、親友の頼みなのだからこれぐらいは引き受けるさ。
妖忌は俺の返答に満足すると、二、三度頷き、妖夢の方を一目見てから、剣を振るい空間を切り裂いた。
「よかった。これで妖夢を見守る時間が二十二時間から、十五時間に減ったわい」
「おい、お前今なんつった? てめえ、そんなことしてるから修行できねえんだろうが!」
「ホッホッホ、大丈夫じゃ。風呂とトイレ以外はあまり見んようにしているからな」
「なあ、逆だろ! トイレと風呂を見るなよ!」
「これが、老人のご楽なのだよ」
「おい、お前馬鹿だろ! 本物の馬鹿だろ! もういいよ、はよ行け、この親バカ!」
「なんじゃい、ひどい奴よの~」
もういい加減ツッコミ疲れた俺は、妖忌さっさと行くように指示する。すると、妖忌は~とため息を吐いて体を裂けた空間に半分入れた。
「・・・鏡夜」
「あ? 何だ?」
「ありがとう」
「・・・おう!」
そう言って、妖忌は空間の割れ目に入っていった。
「・・・だそうだぞ、孫」
「気づいてましたか」
寝っ転がりながら、妖夢は目だけを開けて呆然と空を見上げる。体のダメージが大きすぎるせいか、体が動かないようだな。
「なあ、妖夢、これ食っとけ」
「・・・なんですか、これ?」
妖夢の近くに歩み寄った俺は、そっと妖夢の口に飴玉を運ぶ。
「これは、俺特性、傷、妖力や霊力が回復する魔法の飴」
「胡散臭いんですけど・・・」
「大丈夫、とりあえず食え」
「では・・・」
渋々といった感じで口を開いた妖夢の口に飴玉を入れる。ここで注意だが、くれぐれも仰向けのまんま飴玉なんか食うなよ? 喉に詰まるぞ。
「・・・美味しい」
「そうか、それは良かった」
飴玉を口の中で転がしながら、言う妖夢に俺はしゃがみながら話を始めた。
「なあ、妖夢、妖忌もああ言ってることだから、家を無断で出ていたのは許してやれよ?」
「ええ、無断で出て行ったのには理由があったので許します」
「ああ、それならいいだ。でだ、こっからが本題だが、アイツ帰ってきたら徹底的に無視してやれ」
「解ってますよ。寝顔ならともかく、風呂やトイレを覗いている私の家族なんていませんから」
「よし、わかってるならいいんだ」
妖夢に俺の言いたいことが伝わっていたようで、すんなり話は終わった。皆、家族でも覗きはダメだよ。
まあ、それはさておき、俺は妖夢の側から立ち上がり、頂上を見た。
「・・・行くのですか?」
まだろくに体も動かず、寝たままの状態で首だけを動かして聞いてくる妖夢に、笑顔を見せる。
「ああ、行くさ。どうにも、嫌な予感がしてならない」
「そうですか、お気をつけて師匠」
「師匠ね・・・懐かしい響きだ。行ってくる」
俺は妖夢に軽く手を振ったあと、白い羽を出して、この石段の頂上へと飛びながら向った。
あ~どうしてこうなった・・・っと、そうだ。次回はゆゆ様VSさっきゅんです。
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