ソードアート・オンライン ~時を越えた青薔薇の剣士~ 作:クロス・アラベル
だ ま さ れ た な ぁ (分身出来る一般男性風)
ということで、真のアインクラッド編最終回をどうぞ。
今回は、1万5000時です。ホント、長くなりすぎたというか…(白目)
今回のお話は色々独自の設定盛りだくさんになっています。
後々詳しい説明はするつもりであります(汗)
おおよそ、来年から、フェアリーダンス編へと移行する……と思います。
今年もありがとうございました。
来年もこの作品を、そしてどうか私の事もよろしくお願い致します!
○
白い光を纏って消えていったキリトとロニエ。
僕らは2人がいたであろう場所から目が離せなかった。
「________」
ロニエは、どうなったのか。
僕らは時間を超えてこのアインクラッドへやってきた。リアルワールドからやってきた皆は、帰る場所があるのだろう。当たり前だ、元あった場所へと帰るのだから。
でも、僕らはどうなるのだろうか。
リアルワールドに肉体を持たず
結論は出ない。
結果は、誰にも分からない。
しかし、漠然と考えつく答えがある。
もとより疑問だった。
キリト達リアルワールド出身の皆は、元の世界へと帰るためにこの世界で戦い続けた。
故郷を目指し、100層という果てしない頂へと走り続けた。現時点で、75層にで達し、本来の終着点は残り四分の一となっていた。
彼らにはこの世界で戦う理由があった。
けれど、僕らにはあるのか。
死んだ筈だったのに第二の生を受け、この世界に来た僕らにとってこの世界にしか居場所がない。
僕らが行く先には、何があるのか。
行く先、なんてあるのかも分からない。
でも、一つだけ戦う理由があった。
キリトが歩んだであろう険しい人生。
始まりの街から始まった地獄。孤独の旅、幾つもの死別、全ての怒りを背負うビーターとしての周りからの蔑み。
僕は、1度だけ見た。
キリトの心の内、背負ってきた全てを。
片腕を失い、僕やカーディナルさんの喪失に心を病んだキリト。
彼が歩んできた道に、後悔に自身を責め続けた成れの果て。
その道を見て、僕はキリトを哀れに思った訳では無い。それこそ彼の人生を侮辱するようなものだ。僕は彼の歩んで似た道を憐れむことも、笑う事もしない。そんな人生があったことを知って、僕はキリトの事をより尊敬した。
あんなことがあっても尚前に進み、乗り越えて。
僕と出会い、導いてくれた。
感謝してもしきれない。
だから、僕は僕なりの彼への感謝を行動にして表そう。
彼の哀しみを、苦しみを、少しでも和らげることが出来たなら____例え、その辛い過去がなければあの日のキリトがいないとしても_____どれだけいいだろう。
僕は、君に幸せになって欲しいんだ。
不幸なんて、嫌さ。
誰だって、ハッピーエンドが見たい。
僕だって、君が笑っていられるそんな時間が欲しかった。
ただそれだけ。
けれど______
「___ぁ」
_____それも、終わりみたいだ。
気付けば、視界は少しずつ白くなっている。
自分の両手を見れば、キリトたちと同じく光に包まれ始めていた。
「先、輩」
ティーゼの震える声が隣から聞こえた。
彼女の方へ振り向くと、ティーゼも僕と同じように白い光が身体を包みこもうとしていた。
「…そろそろ、だね」
「____はい」
ティーゼの手を両手で包み込む。
例え、僕より長生きして整合騎士になろうとも、自分が消えていく恐怖というのは拭えない筈だから。
少しでも、その恐怖が和らぐように。
「お前らもログアウトか。揃いも揃って早いな」
クラインが少し寂しそうに言う。
「個人差があるんだろう。何、俺たちもすぐログアウトされるさ」
エギルがクラインの肩を叩く。
エギルの方は寂しそうな顔はしていない。
「_____ありがとね、皆。僕も、みんなと会えてよかったよ」
「私も、皆さんと一緒に戦えて良かったです」
「____そうね。私も、この世界に来れてよかったかもしれない。向こうじゃこんなに自分をさらけ出すことなんて無かったから。また、向こうで会いましょう?」
「_____はい」
アスナと最後に言葉を交わすと、白い光がどんどん強くなっていく。
「___ユージオ!!」
その時、ユウキとランが僕らを引き止めようと走ってきた。
「ユージオ、ティーゼ……2人は___」
「……大丈夫。分かってはいたことだから」
ユウキとランはやはり分かっているようだった。僕らがこの先、どうなるかを。
ランも悲しそうな表情を浮かべ、ユウキの手を取って引き留めようとしている。
彼女も分かっているんだ。自分達が何を言おうと、何をしようと、変わることは無いって。
ユウキは分かっていても、それを受け入れられないのだろう。
「______ありがとう、2人とも。今までありがとう、1年半の間ずっとお世話になっちゃったね。この世界の事のあれこれでさ」
「……ボク、やっぱり何も出来ないの…?」
涙を浮かべるユウキにティーゼはその手をとって子供を諭すように言葉を紡いだ。
「…そう思ってくれるだけでも嬉しい、ユウキ。でも、私達、覚悟してた事だから」
その言葉を聞いたランがそっと一言、別れを告げる。
「____お元気で」
「うん、ランもね」
その言葉には、幾つもの思いがあったのだろう。
2人は大丈夫。元よりリアルワールドの住人である彼女達は、きっと肉体がある、存在がある筈だ。
2人はこの時点で病に苦しんでいたと言っていたが、それはどうなるのだろうか。
不安な事が多い。
できるなら、キリトたちが現実世界に帰ったあと____僕らが帰らなかった理由を、2人に話してもらおう。
多分、許してはくれないだろう。キリトは、怒ると思う。
恨むだろう。
けど、許して欲しい。
「_____あぁ」
光によって視界は真っ白に染めあげられていく。
その中で、僕はティーゼの手をぎゅっと握り、そして_______
○
暖かい風が吹いている。
そんな感覚があったことが驚きだった。
光に包まれ、視界が真っ白に染った直後。
自分という自我が消えていないことに気がついた。
「______?」
身体の感覚はある。
風を感じているし、陽の光に似た光が見えている。それに_____
ティーゼの手をまだ掴んでいる。
「____ティーゼ」
「………はい」
「……僕ら、まだ消えてないね」
「そうです、ね」
ゆっくりとまぶたを開ける。
右を見れば、
温かい。
さぁどうしたものかと考えた直後、視界に見えてしまった。
______真下に広がる、雲。
サァッと血の気が引いていく。
待ってほしい。
雲というのは、本来上にあるべきではないだろうか__!?
「うわぁあ!?」
情けなく大声で悲鳴をあげてしまった。
よく見れば、僕とティーゼは空の上にいた。
はるか下には雲がある。
あのアインクラッドで高い山に登ったことはいくらでもあったけど、空の上、しかも足場がないなんてそんなことあった試しなんかない!!
足が竦む。
立っていられなくなる。
思わず涙が零れそうになって____
「せ、先輩!落ち着いて下さい!」
ティーゼが僕の両手を掴んで諭してくれている。
「でっ、でも…!?」
「大丈夫です。足場がなかったら、落ちてますよね?でも私達、足場は見えませんが、確かに何かの上に立ててます」
「……た、確かに…」
ティーゼの説得に、頷く。
確かに、足場が本当になければ既に落っこちている。その場合、風は下から上へと吹いているように感じるはずだ。けど今はそうは感じない。
信じられないけど、僕の両足は見えない何かの上に立っている。
「落ち着いて、ユージオ。大丈夫だから」
名前を呼ばれて、思考を落ち着かせる。
大丈夫、落ちてない。
でも、完全に恐怖は消えない。
だから、あまり下を見ないようにしよう。
「………ごめん、情けない所見せちゃったね」
「いえ、そんな事は………でもそうですね」
ティーゼが僕の頭を撫でながら、イタズラっぽく笑った。
「怖がって泣きそうになってる先輩も、可愛かったですよ?」
「……」
惚れた弱みってヤツなのかな。
言い返すことすら出来ない。というより、イタズラっぽく笑う彼女の表情に少し見惚れてた。
「…ティーゼは、大丈夫なの?」
「はい、私は高いところはある程度慣れているので。整合騎士として戦っていた時期がありました。その時に、霜咲……あ、飛龍なんですけど、その子に乗っていたので高いところはなんともないです」
「流石、整合騎士…」
「流石の私でもここまで高く飛んだことはないので、怖いですよ?」
「…大丈夫、慰められるほど悲しくなっちゃうから」
男として、さっきのような姿は見せたくなかった。
「その…ところで、ここはどこなんでしょうか…?」
「…僕も聞きたいな。一体ここは____」
周りを見渡すけれど、何も無さそうだ。
ここは空の上。雲は遥か下、ソルス……いや、太陽が煌々と光るのみ。
ふと後ろを見るとそこに僕ら以外の何かがあった。
太陽の反対側にあるもの。
それは_____
「_____何、アレ…?」
巨大なナニカ。
鋼で出来た、大き過ぎるもの。
パッと見れば、城と言えなくもない。
てっぺんには、紅を基調とした小さな城が建っている。
それより下は全て灰色。
金属で作られているであろうソレは、空に浮いている。
今、その空飛ぶ城が、下から崩れつつあった。
「…先輩、あれは……?」
「____分からない。でも、何処かで見た覚えが…」
確か、あれはアインクラッドの歴史の一部が記された本…それに、書いてあった絵に似て_____
『______あれこそが鋼鉄の浮遊城《アインクラッド》だよ』
その時、僕らの疑問に誰かが答えた。
「____!?」
バッ、と後ろを振り向く。
聞いたことの無い声。
僕らの後方五歩ほど歩いた先に彼はいた。
白いコートを着た、男性。
懐かしむように、彼の視線は崩壊を続ける城_____アインクラッドを捉えていた。
『ふむ_______やはり絶景だな。もう一度見れるとは、思ってもみなかったが』
無機質な____というより起伏のない声。
しかし、その声には遠い記憶を懐かしむような感じがした。
知らない人だった。
でも、なんだか初めてではない気がする。
ふと、視線を穹に浮く城へ移す。
少しづつではあるが、外壁が剥がれ落ちている。一番下の外側についていた細長く突起した部分は折れて雲の下へと落ちていった。
そして、巨大な城の本体部分にあたる中心、その一番下、氷柱のようにいくつも伸びていた何かがガラガラ、と破片を撒き散らしながら落ちている。
そして____その瓦礫の中に、一瞬家の色とりどりの屋根が混じっていることに気がついた。
あれは、始まりの街の建物か。
だとすれば、本当にあのアインクラッドが崩壊しているという事に____
「_______全て、終わるんだ」
僕らが命を賭して戦い、駆け上がったあの世界は。
たった今、全てを終えようとしている。
「……そっか」
始まりがあれば必ず終わりは来る。
誰でも分かっているはずの事が、僕にとっては特別な事だった。
僕とティーゼは時間を忘れてアインクラッドを眺めた。
「______いつまでも感傷に浸っている場合では無い、か。さて…」
アインクラッドを眺めてからどれくらいたったかは分からない。1分か、10分か、それとも_____いや、考えるのは不毛か。
彼が初めてアインクラッドから視線を逸らす。
「_____あなたは…?」
「…よく良く考えれば、この私の姿を見るのは初めてだったね。すまない、自己紹介から先にすべきだったか」
無表情のままに彼はこちらに振り向いた。
「初めまして。私の名前は《茅場晶彦》。ヒースクリフ、と言った方が君達にとっては分かりやすいかな?」
「____あなた、が?」
ヒースクリフ。
血盟騎士団の団長にして、先程までキリトが戦っていた真の黒幕。
今頃来て、なんのつもりだろうか。
最後のボスとして戦うはずだった彼に今、攻撃しようと剣を取ろうとは思わない。彼からは敵意は感じられない。武器はおろか防具さえ着ていない。あの十字盾も影さえない。こちらも武器がないので似たようなものだけど。
あくまで中立の立場に立とうとしているのだろうか。
「_____何とも、言い難いな。この感覚は」
「…何がですか?」
「いや、こちらの話だ。とりあえず、君達のことはこちらも把握済みだよ。よくここまで生き残ったね、キリト君と共にいたとは言え素晴らしい結果だ」
「____把握、済み?」
「ああ______
「________っ!?」
「なっ______!?」
何故、その名前を___!?
ティーゼの本名は僕とロニエ達、時間逆行してきた人達しか居ないはずだ。それに、アンダーワールドの事も…!
聞かれていた?
あの時の会話を……いや、この世界を管理している人だ。出来ないこともない、筈だ。
思わず身構える。
「…済まない、そこまで警戒されるとは思わなかった。安心したまえ、君たちに危害を加える気は無い」
「____どうして、その事を知ってるんですか」
「君達が未来から来ているということを知っているんだよ。何せ、私もその口だからね」
衝撃的なカミングアウト。
彼もまた、未来から来ていた。彼はずっと知っていながら僕らと接していたということか。
じゃあ、僕らが必死に隠していたのは無駄だったのか…?
「ああ、君達が先程まで会っていた茅場晶彦では無いよ。私は未来の、君達と同じ時間逆行してきたが、この時代の茅場晶彦は別にいる。
君達が対峙していたヒースクリフはこの時代の《茅場晶彦》、今ここにいるのが未来から来た《茅場晶彦》だ。別の存在と考えてくれるとわかりやすいだろうか?」
だとしても、幾つか疑問が残る。確かに彼は嘘はついていないように感じる。
「……あなたは未来から来た茅場晶彦だとして、現在の茅場晶彦はどこにいるんですか?どこかにいるんでしょう?」
「現在の私は今、キリト君とロニエ君と話をしているよ。この座標の反対側…アインクラッドを挟んだ向こう側でね」
「気付かれませんか?相手は
彼はこの世界を一から作り出したある意味での創造主、神に等しい存在だ。そんな相手に隠し通せるとは…思えない。
「いい質問だ。手短に言うと、一応カモフラージュはしている。介入している事は勘づいているだろうが、誰がやっていかは分からないだろう。それに、過去の自分に負けるつもりは無い。例えシステムによって攻撃してこようと弾いてみせるさ。問題は無い」
彼は平常心のままにそう言った。
本当に問題ないらしい。確かに、彼もまた茅場晶彦である訳だし、彼が言うのなら問題は無いだろう。
「_______それで、何故ここに?」
一番の疑問。
何故こんな所に来たのか。
時間逆行をしてまでここに来た意味。
彼の目的は一体何なのか。
「依頼を受けた、と言えば簡単か。頼まれてね……全く、この世の理をねじ曲げる機会などそう来ないだろう。貴重な体験ではあるが…少々肝が冷える。資格を持たずしてここに来てしまったから、ここにいられる時間も残り少ない。手早く済ませよう」
依頼を受けた?
誰に、とは彼は言わなかった。意図的に隠している気がした。
「いや、一種のサプライズさ。無事アインクラッドをクリアして生き残ったんだ、それくらいは許されるだろう。
では_______あとの時間は《君》が使うといい。私は見張りながら話を聞こう」
彼はそう言って、アインクラッドの方へと歩いていく。まるで自分は話を聞くだけで参加はしない、そう言うように。
その時だった。
『_______久し振り、ユージオ』
懐かしい声で呼ばれたのは。
幼い頃に何度も聞いた、彼女の声。
嘘だ。
聞き間違えるはずがない。
その声で名前を呼ばれることなんて、絶対に無いハズなのに。
未練がましくずっと、探し続けていた人。
だって、探した結果見つからなかったじゃないか。
彼女と同じ名前のプレイヤーは全員別人だったって、確認もとった。
ここに来ているのは僕とティーゼとロニエだけだって…
後ろを振り向くのが怖い。
だって、僕は。
彼女を______
「_______ア、リス」
「____あ、アリス…様……?」
青いワンピースに、白いエプロン。
金色の髪と優しい蒼い瞳。
見間違えるわけが無い。
そこにいたのは_____あの日の幼いアリス・ツーベルクだった。
「_____どうし、て」
「?」
上手く言葉が出てこない。いる筈のない人、ずっと会いたかった人、謝りたかった人が目の前にいるから、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「どうして、ここに…君が…」
「えっとね……私も、時を超えてきたの。時間逆行…て言うんだったかしら。ちょっと先生に手伝ってもらってね」
「____先、生」
「そう、あそこの白衣の人。私一人じゃ出来ないから無理を言って連れてきてもらったわ」
アリスはそう言ってアインクラッドを眺める茅場さんを指さした。
「……君は」
「…?」
「僕を、恨んでる……よね」
「どうして?」
「だって………だって、僕一人だけがこんな世界に来て、あの時のことを忘れるかのようにのうのうと生きて…」
溢れ出す本音、今まで隠してきた、後悔。
まるで三女神に罪を懺悔するように、吐露していく。
視界は何故かぼやけてきて、まともにアリスの顔を見れない。
「君を助けるって______セルカと約束して、君とキリトと3人で村に帰るって心に決めたのに」
もう、足に力が入らない。
「僕は君を_____助けられなかった!!セルカとキリトを一人にして、僕は、皆を裏切って、キリトに刃を向けた______!!」
「その挙句、君を置いてこんな所に来て………君への想いじゃなく…僕は…」
そう、
僕は君への想いではなく、ティーゼへの想いを選んだ。
それが僕の本心であり、ティーゼを心の底から愛していることには変わらない。彼女と一緒にいることに後悔はない。
けれど、それでも。
アリスへの想いもまた、変わらなかった。
しかし。
ティーゼと歩んできたこの道で、アリスへの想いとティーゼへの想いが違う事も理解してしまった。
幼馴染として、友達としての想いと、異性としての想い。
幼かったあの頃、まだ知らなかった友情と家族愛にも似た愛情と、恋愛のような、異性との明確な愛情。それを僕は、このアインクラッドで理解した。
ある意味、僕は成長したとも言える。
けれどそれは、あまりにも酷い言い訳だ。
「ユージオ」
「っ」
「私、あなたを恨んだことなんて、一度もないわ」
「______」
「だってあなたは、私を助けようと剣をとってくれたじゃない。私は凄く嬉しかった。だって、6年も経ってしまっても、ユージオは私を忘れず、想っていてくれたじゃない。私、知ってるわ。あなたがギガスシダーの木の下で泣いていたのを」
「_____キリトと一緒に私を助けようと、カセドラルを登ってきてくれた。それに…」
アリスがティーゼの方を見る。
「彼女を守ろうと、剣を振るってくれた。私、嬉しかったの。私以外の人の為に、命をかけて守ろうとしてくれたこと。あなたは……ずっと、私の事を忘れなかったから。このままじゃ、後悔で押し潰されてしまわないかって…」
確かに、僕は君の事を忘れたことは無い。例えこの世界に来ていなかったとしても、忘れることなど出来ない。
「それに______ティーゼさんを助けた事、後悔したことある?」
「_____無い、よ。後悔なんて…した事ない。例え、人を傷つけてしまったとしても…あの時振るった剣は、間違っていなかったと思う」
そう、僕は《自分の中の正義》に従って、剣を振るった。あそこで何もしなければ、僕はアリスやキリトに見せる顔なんてなかった。
結果的に、彼らを傷つけ、大罪を負ってしまったけれど……そう信じられる。
「私を助けようと、セントラル・カセドラルを登ってきた事、後悔した?」
「…してない。あれは、やり方が荒かったとしても、正しかったと思うし、後悔もしてない」
アリスを助ける為にキリトと共に村を飛び出し、剣を学び、白亜の塔へと手を伸ばした。
その道を後悔なんてしていない。
「……あのアインクラッドで走り続けた事、後悔した?」
「してない。僕が____僕らが走ってきたこの道は間違ってるとは思ってないし、意味があったと思ってる…!」
言わずもがな、今までの1年半が____間違っているだなんて、時間をまた逆行したとしても言うことなんて無い____!!
「____それで、いいの。ユージオ、あなたの人生は…あなたが決める。ユージオの人生は、ユージオだけのものなんだから」
そう言って、アリスはあの頃と同じように笑って見せた。
「アリス、君は______」
「駄目よ、ユージオ。私にはあなた達と一緒には居られない。ユージオも薄々分かっているでしょう?」
「…!」
「実を言うと……この時間逆行には
「……死んでいること?」
「そうね、もっと正確に言うと_____
僕らの知らなかった真実。
アリスがこちら側に来られなかった理由だった。
「あの……私も質問があります。よろしいでしょうか…?」
すると、今まで静かに僕とアリスのやり取りを見守っていたティーゼが遠慮気味に手を挙げてアリスに聞いてきた。
「いいわよ。あなたにも分からないことばかりでしょうし」
「…私とロニエは、本当に身体も心も死んでしまったのでしょうか?」
「それについても説明しないといけないわね。あなた達は少し特殊な立ち位置なの。えっと……」
「そこから先は私が説明しよう、アリス君」
ティーゼの疑問にアリスが難しい顔をしながら言い淀んだ時、茅場さんがそこで声をかけてきた。
「君達に聞こう。《パラレルワールド》というのを知っているかね?」
「ぱ、パラレルワールド……?」
聞いた事のない言葉だ。
「……ふむ、知らないのも無理はないか。パラレルワールドとはある世界から分岐し、元の世界と並行して存在する世界の事だ。並行世界、とも言う。例えば私が《ソードアート・オンライン》というゲームを制作しなかったら、世界はどうなっていたか……答えは、本来は死んでいたであろう3953人を含めた約1万人もの人間が2年間VR世界に囚われることなく、日常を過ごす……そんな世界だ。VR技術に関してはどちらにせよ、私と似たようなVRゲームを作り、正常に運営していたのだろうがね。
より簡単に言えば、今夜の夕食をハンバーグではなく、カレーライスにしていたら。家への帰路をいつも通る道ではなく、違う道を通ったら……分岐点は様々だ。
それらの《
すごく難しい話になってきた。完全に理解は出来ないが、もしかしたら起こったかもしれない世界が、この今いる世界の他にも存在している、ということらしい。
「長ったらしい説明をしてしまった済まないね。要は、その並行世界こそが、ティーゼ君、そしてここにはいないロニエ君の故郷なのだ。どんな事柄から分岐した世界かは分かりかねるがね」
「___私は、違う世界から来た…?」
「ああ、だが_______例え並行世界でも、君のユージオ君への想いというのは変わらなかったようだ。今のユージオ君との関係が、全てを物語っているだろう?」
「勿論です。ユージオ先輩は、私の______初恋の人であり、最愛の人です。それは何があろうと変わりません」
ティーゼは胸を張って僕の手を取り、そう言ってくれた。
「でも、どうして並行世界…って言うんですか?その世界のティーゼが僕と一緒の世界に…?」
ティーゼが例え違う世界から来たとしても、彼女への想いは変わらないけれど、少し気になった。
「ふむ、それは_____《試練》の時に君の元へと駆けつけたからだろうね。世界を超えてでも愛する人を守ろうとするその甲斐甲斐しさ………何とも美しいな」
「《試練》?」
「ああ、君はこの事は覚えていないんだったね。仕方が無い。これはもう誰も覚えていない。私からも語ることは無いし、知る必要もあるまい」
「先生、少しくらい教えてあげないと嫌でも気になるわ」
「……そうだね、簡単に言えば______自身の過去を乗り越える為のものだ。この時間逆行の大きな必要条件の1つでね、ユージオ君、君はその《試練》をクリアし、時間逆行への片道切符を手に入れた。ティーゼ君とロニエ君はその時に別の並行世界から応援に駆けつけてくれたが故に、特例として時間逆行を許された。
まぁ、この事に関しては詳しく言った所で分からないか」
「そう、ですね。僕も、よく分からないですし、何も聞かないことにします。でも、1ついいですか?」
「…何だね?」
彼の言う、《試練》が何であるかは僕にはさっぱり分からない。けど、1つ疑問に思うことがある。
「_____何故、あなたはその《試練》に挑戦しなかったんですか?」
「___私は時間逆行をする必要はなかったからね。私の夢は、この《アインクラッド》で叶った訳だから、悔いなどないよ。唯一それらしいものはあるにはあるが______直ぐに叶うさ」
「…そうでしたか」
僕の問いに彼は、目を大きく開けて少し驚いた表情を見せたが、直ぐに答えを出した。
「さて、もうすぐ時間だ。私たちがここに滞在できるのも、あと1分も無いだろう」
茅場さんは、崩れゆくアインクラッドを見ながらそう言った。
アインクラッドはもう既に、1番上の紅い城____多分、第100層の《紅玉宮》を残すのみとなっていた。いや、その最後の城も下から崩れかけている。
「____そうね、私もそろそろお暇しないと」
アリスはそう言って、茅場さんの隣へと歩いていく。
「アリス」
「____ユージオ、約束して」
その途中で、アリスはくるりと振り返って、僕を真剣に見つめてきた。
「…何を?」
「______ティーゼさんを、絶対に幸せにすること。泣かせちゃダメよ!…例え最期の時だろうとね」
「………分かってるよ」
ここにいられるのもほんの少ししか時間はないけど、それでも___彼女を最期まで幸せにする。当たり前じゃないか。
「あと、ティーゼさん」
「あ、はいっ」
「……うん、やっぱり変ね……
「__!」
「ユージオの事、よろしくね。ユージオは、案外こう見えて泣き虫だから。寂しがり屋だし、1人だとすぐ無茶しちゃうから……彼のこと、あなたに頼むわ」
「____はい!」
ティーゼは感極まったのか、ちょっぴり涙を零しながら笑顔で答えた。
「では、2人とも。《ソードアート・オンライン》クリアおめでとう」
茅場さんはそう言って、光に包まれて消えていった。
「_____あ、忘れる所だったわ!」
アリスは光に包まれながら、何かを思い出したかのように言った。
「ユージオ、あなたに贈り物があるの。私からの、お祝い…受け取ってよね!」
あの時と変わらぬ笑顔。
僕らがまだ幼かった、あの日。
「___ありがとう、アリス」
ギガスシダーの大木の周りで遊んでいた時と同じ、輝くような笑みで僕らを祝福してくれた。
「2人とも、さようなら______!」
アリスは最後に笑顔で光に包まれ、消えていった。
夕日が照らすアインクラッド、その崩れゆく姿をティーゼて二人一緒に座って眺める。
多分、あれが全て崩れ落ちれば、この世界が本当に終わってしまうのだろう。
「_____ティーゼ」
「_____はい」
正真正銘の終焉、僕らの旅の果て。
それを、1番愛する人と迎えられるなんて。
ああ_________なんて、幸せ。
「この一年半、ずっと一緒に歩いてくれてありがとう。君がいてくれて、本当に嬉しかったよ」
「何を言ってるんですか。私の方こそ……思えば、長いようで短い日々でしたね」
「…違いない」
ティーゼは僕にもたれかかってきた。僕はその彼女の肩を抱く。
微かに震えている彼女の身体。
それはそうだ。
これから消えていくと分かっているのだから、怖いに決まっている。
僕も人のことは言えないけれど。
少しでも、彼女の不安や恐怖を和らげられるように。
「____私、実を言うと……先輩と一緒になれたことが、ちょっと怖かったんです。あなたは、私が想いを直接伝える前に、その……逝ってしまって、凄く悲しかった。先輩が私にとっての初恋なんです。それはもう、トラウマものですよ?」
「うん、ごめん」
ボソリ、とティーゼが心の内に隠していたであろう想いを零していく。
「…それで、実を言うと……その…私、別の方に告白されてしまったんです。大戦が終わった後に…」
「…うん」
うん、分かってる。だって、こんなにも可愛くて、健気な、いい子を逃すはずが無い。
「私は、最初断ろうとしてたんですけど、段々彼と話している中で、私は無意識に彼にあなたの姿を被せてしまった。どこか、彼が先輩に似ていたからっていうのもあるんですけど、私それがショックで…」
「…」
「もう、一生忘れられないんだなぁって、分かっちゃいました。それからですかね。彼の想いを直接断ったのは」
「…!」
最後の一言に驚いてパッと顔を上げる。
断ったのか。
僕のことを諦めないでいてくれたことに喜ぶと同時に、今を生きていた彼女がそれでは僕という過去に縛られてしまう。
「……私は過去に縛られていた訳じゃない、ただ……私は、あなたと共にいたかった。この初恋は、ずっと初恋のままでいいんだって」
「…うん」
「私は、言って欲しかった。『ごめんなさい』って、あなたの口から。だって、先輩の想いはもう私じゃなく最初から、アリス様にあったって知って、ショックだった。
なら、こんな生き別れじゃなく、ちゃんとした別離が良かった…そう思っていた。そんな、諦めのような考えがあったんです。
でも、心の奥底で……あなたへの想いはまだ諦められなかった。私は、最期まで、あなたを諦めきれなかったんです」
あの日、夕日の照らす寮の一部屋で告げられた想い。
僕はあの時、答えを出さなかった。あの時はアリスの為に修剣学院に入学し、上級修剣士になった。アリスの取り戻す為に、必死だった。
僕は、あの時______ごめん、と突き放すことも受け入れることもせず、言葉を濁した。今思えば、最低だった。あの時の僕の行動が、ある意味彼女を縛り付けてしまったんだ。
「____私、ずっとあなたを想ってよかったと思ってます。こうして、また逢えたから」
彼女は笑顔でそう言った。
「___ありがとう、僕のことをずっと想ってくれて」
ぎゅっと、ティーゼの手を握る。
華奢な指をそっと、優しく包み込む。
光が世界を染めていく。
全ての終焉が、始まり、終わる。
僕らは、消えてなくなるけれど。
君と居られた、ただそれだけで嬉しかったよ。
「ティーゼ_______愛してる」
「______私も、先輩を愛してます」
愛は、永遠に。
視界を染めあげる白いひかり。
僕とティーゼはその中で、確かに、触れるような優しいキスをした。
○
体が妙に重い。
そんな感じがして意識を取り戻した。
凄く、身体が重かった。まるで、身体中に重りをつけられたような感覚。
強烈な癖のある臭いが鼻を刺す。
嗅いだことの無い臭いだった。
何故、こんな事を感じているのかすら疑問に思ったけど、瞼を開ける。
眩しい真っ白な光が、目の奥に刺さるように照らしている。
目を細めていると、数秒後に目は光に慣れたのか、眩しいとは思わなくなっていた。
「_________」
知らない天井だった。
真っ白で無機質な平らな天井。
木材とも、石材とも言えない、不思議なもの。
その中央には細くて白い棒のようなものが張り付いており、光はソレが発生源らしい。
あと、もう一つ。
左側からも光が零れている。
ゆっくりと振り向くと、そこには窓があった。
なるほど、左側の光はもしかすると、ソルスの光だったのか。
身体が重いけれど、何とか体を起こそうと両腕に力を込める。
自らの意識が残っていることすら不思議なのだが、とりあえず今はここがどこであるかを確認しなければ。
アンダーワールドに戻ってきたのか、はたまたアインクラッドにいるままなのか。
体の気だるさを無視して上半身を起こそうとすると、何かに頭を引っ張られて、呆気なく倒れ込んでしまった。
「_____?」
今気付いたけど、僕は何かを頭に被っていた。
恐る恐るそれに触れてみる。
硬質的な何かが兜の如く僕の頭を覆っている。
それを時間をかけて両手で掴み、外してみた。
それは、黒いヘルメットのようなものだった。
しかし、鉄ほど硬くない。よく見ると、それは線のようなもので繋がれており、それの先端は壁に突き刺さっている。
もう一度、上体を起こす。
僕の手は、ありえないほどに痩せ細っていて、自分のものとは思えないものだった。
顔を触ってみても、やつれているように感じる。
ここは、何処だろう。
見たことの無いものばかりだ。黒い板のようなものや、ピッピッと音のなる白い箱。
ここでようやく、音が聞こえるようになったことに気がついた。
その時だった。
奥の扉から、誰かが入ってきた。
白衣に首元には、何か二股に分かれた紐をぶら下げている。男の人一人と、女の人が二人。3人とも、白衣を着ている。
「_______先生、やはりここの方も覚醒しています!もしかして本当に…!」
「ああ、どうやらそうらしい。大至急応援を!どこの科でもいい…この院にだって100人ちょっといるんだ!手が足りない……!」
なんの事を話しているかはイマイチ分からないが、かなり切羽詰まっているらしい。
「____ぁ、の」
ここはどこですか?と聞こうとして口を開く。
ろくに喋ることも出来なかったが、彼らは僕の声がかろうじて聞こえたらしい。
「大丈夫、もう安心ですよ。あなたは帰ってこれたんです!」
「落ち着いてくださいね…!」
……?
何処に帰ってきたって…?
よく、分からない。
「お名前は分かりますか?あなたのお名前です。思い、だせますか?」
名前?
そんなの、わかるに決まってる。
「……ゅー、じぉ」
掠れた僕の情けない声。
何故こんなにも声が出ないんだろう。
身体も重くて、指を動かす事すら難しい。
「名前は、覚えてるんだね。では、
上の、名前?
上の名前って、何を…
「名字です。いや、そうだな………ラストネーム、家名、姓は?」
姓______?
そんなの、ある訳が無い。
だって、僕は平民の出だ。そんなものは持っていない。
唯一_______一時的に騎士になった時は、騎士としての名を与えられていたけど、それは僕の望んたものじゃない。
「_____所々、記憶障害も見られるのかもしれないな。他のところはどうですか?」
「いえ、この状況なのでなんとも言えませんが……ほとんどの患者が覚醒しているかと」
「よし、私は別の患者を診る。彼を頼んだ」
「はい、先生」
彼は、女性と短い会話を交わして、扉の向こうへと走っていった。
「_____ここ、ぁ」
何処ですか。
そう言おうとした、その時だった。
有り得ない言葉を聞いたのは。
「もう安心してください、ここは
_________
_______ぇ?
何を、言っているんだ?
現実世界?
現実世界って____リアルワールド?
それに今、
「____ぁ、りすが……ぃうんて、すか?」
ツーベルクの姓は僕のものじゃない。
アリスのものだ。なら、アリスがここにいるということなのだろうか。
驚きのあまり、身を乗り出してしまって、体のバランスを崩し、上半身が右側に倒れ込む。
大丈夫ですか!?、と言われたけど、そんな事今はどうでもいい。
僕がもし、リアルワールドに来てしまったというのなら______ティーゼはどうなるのか。
彼女も、来ているのでは無いか。
来ていなければ、おかしい。
それに、アリスが、ここに____
「ありす、は……ここにいる、んです…か…!?」
出来る限りの大声で、問い質す。
それもまぁ、白衣の女性にとってはかすれ声程度にしか聞こえなかったかもしれないが。
「ありす……?
「_____」
アリスは居ない。
なら、どうして《ツーベルク》の姓のことを知っているんだ。
どうして______
「_____
________ユージオ、
なんで?
どうして?
何故?
僕には、姓は無い筈だ。だって僕は平民の出で___
その時、あの時のことを思い出した。
『ユージオ、あなたに贈り物があるの。私からの、お祝い…受け取ってよね!』
そんな、アリスの一言。
贈り物って、なんのことだろうとは思った。
もしかして_____
彼女の言う《贈り物》は_____ツーベルクという《姓》なのではないか。
ユウキとランから聞いたことがある。
《現実世界の人達には、皆平等に違った『姓』がある》
もしかすると、アリスは。
僕が現実世界に行った時、不自由しないようにと。
時間逆行してきた人達の中で、唯一、姓がなかった僕に。
「______ぁ」
目が、熱くなる。
視界が、歪んでいく。
温かい何かが頬を伝って、いく。
「____ぁ、ああ」
涙は止まらない。
とめどなく溢れる。
隣で、僕を呼ぶ声が聞こえるけど、それも耳に入ってこない。
「ぅ_____ぁああああ……!!」
アリスは僕に、
『生きて』
と、そう願いを込めて、あの時、送り出してくれたのか。
嗚咽を漏らし、心の底から泣き崩れた。
ありがとう、アリス。
僕_______頑張るよ。
君に貰った、姓を胸に。
《ユージオ・ツーベルク》として。