結局のところ……。アンジェはナタリア・カミンスキーのところで数年の歳月を一緒に過ごした。
当然ながらナタリアは孤児をただの子供として養うほどの余裕も温情も持ち合わせいない。
必然的にアンジェもいっぱしの働き手として使役される羽目になったのだが、それは彼女が望んだことである。
ナタリアから学ぶことで、自らを鍛えるということは、取り直さず。
ナタリアと同じ道をすなわち狩人の道を歩むという決意に他ならない。
外界に身をさらしたアンジェはいろいろことの知識を得ていくこととなった。
封印指定の魔術師はどこかに隠れすんでいるということを。
ナタリアは組織に属さず、報奨金のみを目当てに狩るフリーランスだった。
彼女が標的とするのは、貴重な研究成果を挙げながら魔術協会の管理を離れて隠匿し、
秘密裡にさらなら真理を探究しようとする『封印指定』の魔術師たちだ。
彼らを異端者の名の下に抹殺する『聖堂教会』とは異なり、魔術協会はその研究成果を確保こそを最優先する。
わけても貴重なのは魔術師たちの肉体に刻み込まれた『魔術刻印』だ。
歴代を重ねて深めた魔導を後継者の肉体そのものに刻み込むことで、彼らは次なる時代に深淵なる研究を託すのである。
血と硝煙にまみれた歳月は、飛ぶように過ぎた。
青春期のもっとも多感な時期を、苛烈すぎる経験と鍛錬の中で過ごしたアンジェ。
彼女は作り笑いを身につけたが、それはナタリアには気持ち悪いという評判である。
年齢不詳と思われがちな容姿なので三通ある偽造パスポートはすべて成人として登録され、ただの一度も疑われることもなく通用した。
ある日――。
師であり、相棒でもあるナタリアが、生涯最悪の危機に直面したときも、それを知った上で一切の感情も表にだすことはなかった。
着々と自分の勤めを果たしていた。
それは自分なら助けることができると確信しているからだ。
周りのやつらがなにか言ってきてもしるもんかと思うほどの覚悟があった。
いま、彼女が戦う戦場は、高度三五〇〇〇フィート以上ものそらの上――ジャンボジェット機の旅客機の内部だった。
事の発端は『魔蜂使い』の異名で知られた魔術師が原因なのだが。
限定的に死徒化に成功し、自らの使い魔である蜂の毒針と介して配下の屍食鬼うぃ増やすという危険きわまりないこの魔術師は、顔を変え、偽の自分を繕って一般人に成りすましたまま、長らく消息を絶っていた。
その彼がパリ発のニューヨーク行きのエアバスA300に搭乗するという情報を得た。
ナタリアはその容姿も偽名もわからない標的の狩りに挑んだ。
アンジェはニューヨークにいき、有望な情報筋をたどり、ボルザークの容貌を見破る手がかりをおう役を任された。
子弟の二人は空と陸から連絡をとおして標的を絞り込む。
暗殺にはなんもなくすんだのだが、標的の蜂が口から出てきて客たち刺してきたのだ。
それで、屍食鬼まみれの地獄絵図となった。
そんな中からの通信をアンジェは待ち続けていた。
『聞こえているかい? 寝てはって寝れないんだっけね』
「感度良好だよ、ナタリア。 うん、あれから寝れることはできなくなったから」
『よいニュースと悪いニュース。どちらから聞きたい?』
ぶっきらぼうに問いかけるナタリア。
「良い知らせから」
『オーケイ。 まず喜ばしいことは、とりあえずまあ、生きてる。
飛行機の方も無事だ。 ついさっきコックピットを確保したばかりでね』