「え!?じゃあ忠助に用があったんですか」
「正確には東方と、汐華にねぇ」
保健室で治療を施されながら、雑談がてら話をしていた出久はリカバリーガールの目的が自分の幼馴染にあったことを知り大いに驚いていた。
「で、でも何でリカバリーガールがあの二人に?」
「私が休日に各地の病院を回ってるのは知ってるかい?」
「はい、有名な話ですから……あ!もしかして――」
「ああ、あの二人にもそれを手伝って貰おうと思ってるのさ治癒系の能力ってのは貴重だ、それが今年は二人もいるんだからねぇ」
「そっか、そういうこと――うん?」
リカバリーガールの言葉に納得しかけた出久はふと首を傾げた。
先ほどリカバリーガールが口にした汐華という名前だが、確か忠助と一緒に遅刻してきた女子の名前だったはずだ。
(そう、確か『木を生やす個性』の女子生徒だったはずだけど……)
先ほどのテストでも、地面から木を生やしている姿を何度か見かけた。あれが彼女の個性なのだろう。
体から直接生やすシンリンカムイとは違うが、あれはあれで汎用性の高そうな能力だったと印象に残っている。
ただあの能力のいったいどこが治癒系なのだろうか。
「いやまてよもしかしてあれは木を生やす能力なんかじゃなくてもっと別種の能力なのか、だとするなら一体どんな――そうか植物の活性化、いやちがうそれなら治癒にはつながらないはずだ、治癒につながってなおかつ木を生やせる能力ってなると相当に選択肢は限られてくるはずでむしろ植樹と治癒なんてちぐはぐな能力が揃っている個性っていうとやっぱりスタンド型しか――」
「独り言はほどほどにしておけよ緑谷」
「うわぁ!すすす、すみませ――」
ぶつぶつと高速で呟いていた出久は、前触れなく聞こえた声に驚いて跳びあがった。
「――って、相澤先生?」
同時に背後にいる人物を見て目を丸くする。彼はついさっき忠助を連れて生徒指導室に行ったはずだが……。
相澤は出久の視線で彼の疑問を察したのか、軽く目を閉じると近くにあった壁にもたれかかった。
「東方ならもう帰らせたぞ。そもそも長時間の説教ってもの自体、非合理的だからな」
「え、えっと、それでどうして保健室に?」
「自分のクラスの生徒が怪我したら確認くらいには来るさ」
「あ……やっぱり、気づいてたんですね」
「当たり前だ」
渾身のやせ我慢をあっさり見破られていたという事実に、出久が気まずそうに沈黙する。
相澤はそんな出久をじっと見つめながら、再び口を開いた。
「なぁ緑谷、お前なんで東方に治してもらわなかった?」
「え?」
「今日一日だけでも分かる。お前ら相当仲いいだろ?」
「あ、はい。幼馴染なので……」
「だったら東方の個性も知ってるよな?どうしてあの場で治してもらおうとしなかった?」
「そ、それは――」
相澤の言葉は柔らかい、しかしその眼光は鋭くこの問いが何か深い意味をもつものであると言外に告げていた。
出久は、しばらく手元をじっと見ていたが、意を決したように顔をあげると相澤の顔をしっかりと見返して言った。
「忠助は、持ってる個性のせいか子どものころから怪我人に縁がありました。あいつの周りにはいつも、怪我を治してほしい人が集まって来てて……」
骨折した小学生、事故で酷い怪我を負った男、怪我で引退を迫られているスポーツ選手、あまりにも忠助のもとへ人が殺到するので、彼を守るために情報操作が行われたほどだった。
「忠助は優しいやつだから、何の文句も言わずに来る人みんなを治してました。生まれ持った能力なんだから、できる奴ができることするのは当たり前だって」
実際緑谷出久もそれを聞いて、彼に対して尊敬の念を抱いていた。
自分と年齢も変わらない幼い少年が、自らのすべきことを受け入れているその姿に――。
「でも、ある日気づいたんです」
「気付いた?」
「忠助って、怪我を治す時いつも悲しそうなんです」
「……」
「そりゃそうっていうか、だってあいつは誰よりも優しいから、怪我してる人を見て平気なわけがないんです」
そんな少年を、人が怪我をすることにこの世の誰よりも心を痛めている幼馴染を持っているのだ。
気軽に怪我なんてできるわけがない。
治してもらえるから無茶していいなど、緑谷出久には言えない。言ってはいけない。
「……それに、かっこ悪いじゃないですか。自分の個性で怪我するところ何度も見せるなんて」
「ずいぶん子供っぽい理由だねぇ」
「でも、僕にとっては大事なことなんです、だって――」
だって東方忠助は緑谷出久にとって、一人目の人間だったのだ。
お前はヒーローになれると、本心から言ってくれた最初の人間だったのだ。
個性をもっていないことが分かって、子供心にこの世に絶望していた自分に、なんの打算もない、純粋な信頼という灯りをともしてくれた。
あの言葉を信じていたから、信じて努力してきたから、今の自分がある。
オールマイトに会えたのは、個性を手に入れたのは偶然かも知れない。
でも、チャンスに巡り合えるまで諦めなかったのは、決して偶然なんかじゃない。支えてくれた言葉があったからだ。
だから――。
「この世の誰に笑われたっていい。でも僕は彼の信頼だけは裏切りたくないんです……!」
黄金色に輝く何かを瞳に灯しながら、出久はまっすぐに相澤を見据える。
相澤はしばらくその瞳を見返していたが、ふっと息を吐くと保健室の扉を開けた。
「……入試でお前を見たとき、正直入学してきてもすぐに除籍になるだろうと思った。俺のクラスなら特にな」
「ええ!?」
さらっと暴かれた事実に、出久が顔を青くする。
「だが、どうやら思ったよりも心配はいらないらしい」
「え、それって――」
「下校時刻過ぎてるから早く帰れよ」
発言の真意を問う前に、相澤は保健室を出て行った。
残されたのはぽかんとした表情の出久と、にこにこ笑っているリカバリーガール。
「今のって――」
「いいから早く帰りな緑谷、先生の言うことは素直に聞くもんだよ……それに――」
リカバリーガールは無言で窓の外を指さした。
つられた出久が窓の外を見やれば、校門の付近で立っている数人の人影があった。その内の一つ、嫌に特徴的なシルエットを見た出久は顔を綻ばせて駆けだす。
「……まったく、若いってのは良いねぇ」
廊下を走るなとでもいうべきなのかもしれないが、今言うのは無粋だろう。
リカバリーガールはくつくつと笑いながら、パソコンに向かって仕事に戻った。
※ ※ ※ ※
入口のすぐ傍に立っているのは、櫛で髪型を直している長身の男。言わずもがな東方忠助だった。
出久は忠助に手を振りながら駆け寄る。
「忠助!」
「お!やっと来やがったかよ、おせーぞ」
「待ってなくても良かったのに!」
「いや、俺も帰ろうと思ったんだけどよ~、校門でこいつらに会ってよ~」
言いながら親指で横を示す忠助。
その隣に立っているのは、忠助に負けず劣らず体格のいい少年――飯田と入試の時に出会った少女――麗日だった。
「飯田君に、麗日さん!?え、なんで、待っててくれたの!?」
「うん!ほら、入試の時のお礼ちゃんと言えてなかったし」
「俺も君とは一度しっかりと話してみたいと思っていてな!」
「ご、ごめんね!待たせてたなんて知らなくて」
「いやいやいや!こっちが勝手に待ってただけやし!気にせんでいいよ、それに、初日から一人で帰るのって寂しいじゃん!皆で帰った方がいいよ!」
花の咲きそうな笑みで告げられた出久は、音速を超える勢いで首を麗日から背ける。
当然人間の体はそんな動きに耐えられない、出久の首から聞こえた不気味な音と共に、出久は悶絶して地面に倒れ込んだ。
「な、何をやってるんだ緑谷君!?」
「ご、ごめん、麗か過ぎて、直視できなくて……」
「ったくよ~、しっかりしろよイズク」
差し伸べられた手を取って、ゆっくりと立ち上がる。
初日の疲れは確かにあった、だがそれ以上にこれから先に対する期待のようなものが胸を満たして、緑谷出久は踏み出した。
「で、どこ寄って帰んだ?」
「何を言っているんだ東方君!買い食いや寄り道など、学校の風紀を乱す一因にしかならないぞ!」
「フーキぃ?おいおいマジに言ってんのかよ飯田、学生の青春に余計なもん持ち出してんじゃあねえぜ~~~」
「風紀は余計なものではない!大体君は何を当然のように櫛を持ち込んでいるんだ、授業に関係のないものは極力持ち込みを避けるべきだ!」
「これはぜってーに必要なもんなんだよ!髪形が整えられねえだろーが!!」
「ふ、二人とも、喧嘩はダメだって!う、麗日さんも止めて!」
「大丈夫!これあれだよ、喧嘩するほど仲がいいってやつ!」
中々苦労しそうな未来が、はっきりと見えたのは気にしない方向で行くことにした。
個性把握テストはもっと詳しく描写してもよかったかもしれないけど、あえて短めに切り上げることにしました。さぁて続きかかねば。