東方忠助の奇妙なヒーローアカデミア   作:寅猛

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偶然の再会

 郷に入れば郷に従えとはいうものの、学ランとヘアスタイルは忠助のこだわりだ。だから今回の話は渡りに船と言っても良かった。もとより学ランは断腸の思いで我慢するつもりだったが、髪型について文句を言われようものなら校長との直談判も辞さない覚悟だ。

 

(制服の到着が、遅れてくれっとたすかんだけどよ~~)

 

 いつもどおり朝六時に起きてヘアスタイルを整え、朝八時には家を出る。これが今日からの忠助の日常になる。

 扉を開けると足元はベニヤ板かと疑いたくなるほど薄い。最悪壊れた傍から直せば進めないことはないが、遠慮願いたいところである。

 

 いまにも穴のあきそうな足場を通り、今にも崩れそうな階段を下り、今にも倒れそうな塀を尻目に、忠助はアパートを後にした。

 彼のアパートがあるのは、街の中でも簡素な住宅街だ。通勤時間だというのにあまりにも人と出会わない。

 

 その都合かはわからないが、話を聞くとほかの地区よりも少しばかり治安が悪いらしい。その程度ならば一切気にならないと思った忠助は何一つ気にすることなく、ただ値段の身で住居を決めたわけだが、今早速目の前に広がる光景に後悔し始めていた。

 

「おうおう姉ちゃんよぉ、兄貴の誘いを断るってのはどういう了見じゃい!!」

「兄貴はのう!このあたり一帯を完全に掌握しとるお方なんぞ!逆らったらこのあたりで住めんようにしちゃるけえのう!!」

 

 三人の大柄な男が、話を聞く限り女の子を囲んで脅しているらしい。まさかこんな時代錯誤なチンピラとお目見え願えるとは、忠助は深々と嘆息した。

 それにしても、体格だけはいい男三人に囲まれているせいか、中にいる女の子の姿が見えない。さっきから声も聞こえないところを見ると、恐ろしさで固まっているのかもしれない。

 

「グレート、初日から遅刻なんて笑えねえってのによ――」

 

 しかしながら、無視するわけにもいかないというのがヒーロー科の辛いところだ。鞄を肩に下げるように持ち直すと、三人の大男のうちの一人に声をかける。

 

「あの~」

「ああ?んだコラ!!」

「いや、何がどうってわけじゃないんすけど、さっきから女の子怖がってるみたいだし、その辺にした方がいいんじゃないっすかねぇ」

「なんじゃい貴様は!関係なんじゃからすっこんどかんかい!!」

 

 スキンヘッドの男が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。隣にいる金髪のオールバックも同様に顔を怒らせる。

 唯一何のリアクションもなくじっとしているのは、三人の中でも一際大きい――忠助よりも頭一つ分はでかい――男だけだ。

 

「喧嘩うっとんのならそう言わんかいわれぇ!!買っちゃるど!」

「い、いや、誤解しないでほしいっす、俺はただ穏便に終わらせたいだけで――」

「穏便だぁ?いきなり声かけてきといて訳の分らんことをいっとるのう、ワシらはただこの女の子とお茶しよう言うとるだけじゃろがい、これが脅しか?」

 

 怒鳴り散らすスキンヘッドとは対照的に、オールバックは多少冷静さが残っているらしい。どうにかしてこの突如現れた邪魔ものを遠ざけようと、厭らしく笑っていた。

 忠助は普段からできるだけ怒らないように努めているつもりである。しかし、年相応に腹の立つことくらいはある。

 例えば、自分の悪事を言葉で誤魔化そうとする輩は、見ていてひどく腹が立つ。

 

「怖がって声も出せなくなるほど女を追い詰めるのが、都会のお誘いってもんなんすかねぇ~?こちとら田舎もん何でわかねえんだよ」

 

 その言葉に、男たちの顔色がさっと変わった。明らかな侮辱を受けたと、理解したのだ。スキンヘッドは忠助に歩み寄ると、その胸倉を思い切りつかみ上げた。

 開いた片方の手は、スキンヘッドが固く握った瞬間に表面が鱗のようなもので覆われた。硬化系だろうか、忠助はそれを冷めた目で眺める。

 

「てめえ、覚悟はできてんだろーな、今からこいつでてめえの面をずたずたに引き裂いてやるぜ?」

「離しなよ。学ランに皺よっちまうだろ?」

「服の心配してる場合かぁ――!今からてめえの面をずたずたにするって言ってんだろぉー!!」

「それは今聞いたぜ、セリフ考える脳みそもねーのかこのタコ!」

「てめー、ぶっとばしてやる!!」

 

 スキンヘッドは顔を真っ赤にして腕を振り上げる。しかしその動きは酷く緩慢だった。見た目だけで喧嘩慣れしているわけではないのかもしれない。

 忠助は内心、少し安堵した。これなら個性を使わずに納められそうだ、遅刻の上に個性の無断使用なんてばれようものなら初日から停学をくらう可能性がある。

 

 しかし、その腕が振り下ろされる前に、新たな声がその場に響いた。

 

「一つだけ訂正させてもらうと、別に怖がっていたわけじゃありませんよ、ジョースケ」

 

 この場にいるのは、チンピラ三人を除けば忠助だけだ。それ以外の声が聞こえる可能性はあとひとつしか無い。

 忠助は、スキンヘッドが動いたおかげで開いた隙間から、その向こうにいる人物を視認した。

 あの黒髪と、特徴的な学生服は、一度見たら忘れもしない――。

 

「あ!おめー、入試の時の!」

「久しぶりですね、ジョースケ。こんなに早く再会するとは思ってませんでしたが」

 

 淡々とした無表情で言葉を返すのは、入試の時に忠助に声をかけてくれた女子生徒だった。

 予想外の再会に驚きを隠せない忠助に、相手は薄く微笑むと、ぽかんとしている男たちの間をすり抜けて、忠助の隣まで歩いてくると、忠助の胸倉を掴むスキンヘッドの手を丁寧にはがしてから、何事もなかったかのように会話を再開した。

 

「それにしても、こんなところで何をしているんです?」

「あ、ああ、アパートがこのへんなんだよ」

「奇遇ですね、僕もです」

「おう、そうかよ……」

 

 歯切れの悪い答えを返す、忠助に生徒は首をかしげた。

 ちなみに言っておけば、忠助の返答がイマイチしっかりしていないのは、女子生徒のあまりにマイペースな行動について行けてないこともあるのだが、それよりもむしろその服装が、学生服であることが問題だった。

 

(……あれだけ大物って雰囲気出しといてよ~、落ちちゃったのか?こいつはちょっと気まずいぜ)

「……こいつあれだけ大物ぶった態度でいたのに、あっさりと落ちてやがる、君は今そう思ってますね?」

「はぇっ!?な、なんで――」

「顔に出やすいって、よく言われませんか?」

「あ、えっと……わりーな、気分悪くしたんなら謝るよ」

「いえ、気にしないでください。勘違いに腹を立てるほど、心は狭くないつもりですから」

「勘違い?」

「ええ、僕は落ちてません。しっかりと合格しましたよ」

 

 じゃあ何故制服を着ていないのか、と問いただしそうになった忠助は、ふと自分が来ている服もそうでないことを思い出し、すぐさま状況を理解した。

 

「おめーか~~!?制服が間に合わなかったもう一人ってのは!」

「やっぱり、君も合格していたんですね」

「あったりめーよ、あの程度で落ちてやれねえって」

「何となくですけど、こうなることが予想できていたんです。二人とも受かるだろうなって」

「正直俺はもう一回会えると思ってなかったけどな」

 

 もはや周囲の状況も忘れて話し込む二人に、三人組の肩がプルプルと震える。

 和気あいあい、というには盛り上がっていないが、自分たちがいくら話しかけても一切返事もしなかった女が、突然現れた男と仲良く話をしている光景は、三人組の怒りに見事に触れてしまったようだ。

 

「なにシカトしてくれとんじゃこら!!」

 

 スキンヘッドが振り上げたまま降ろし所を失っていた腕を忠助の後頭部に落とす。

 忠助は、そちらに目もやらすに半身でそれをかわすと、振り返りざまにスキンヘッドの腹に靴底を叩きこんだ。

 

「人が話してる最中に、邪魔するんじゃあねえっすよ」

「この野郎!」

 

 口をパクパクさせながら地面に倒れ込む仲間を見て、頭に血が上ったオールバックが手の甲からカッター程度の刃を出しながら、突撃してくる。

 忠助は、その場で一回転するとオールバックが突っ込んできたタイミングに合わせて両手で持っていたカバンの角を顔面に叩きつけた。

 鼻血で線を描きながら、オールバックが沈む。

 

「動くな」

 

背後から聞こえた声に振りかえれば、そこには女子生徒の首筋にナイフを突きつける大男の姿があった。

 さっきまでもう少し離れた所にいたはずだが、移動系の個性か、それとも姿でも消したか。

 どちらにせよ、面白い状況ではないのは確かだ。

 

「この女の顔に傷をつけられたくなかったら、何も持たずにこっちまで来い」

「おい止せよ、刃物なんか出したら冗談じゃあ済まねえぜ」

「いいから来い!」

 

舌打ち交じりに、忠助は手に持った鞄を捨てた。

 別にカバンがメインウェポンと言うわけでもないので痛くも痒くもないが、こうなれば無断使用が云々言っている場合でもない。

 忠助はいつでもクレイジー・ダイヤモンドを出せるように準備をしながら、ゆっくりと男に近づいて――

 

「来る必要はないですよ、ジョースケ」

 

 一歩目で止められた。

 

「……いま、なんつった~?」

「来なくてもいいと言ったんです。今度は聞こえましたか?」

「おい!何勝手に喋ってるんだ、死にたいのか!?」

 

ナイフを首元に押し付ける大男、女子生徒の首筋に薄い赤線が引かれる。

咄嗟に動きそうになった忠助は、自身の体が傷ついていることさえ一切気にしていないかのような、その瞳の奥に宿る底知れない何かに立ち止まった。

 それは強いて言葉にするなら、『覚悟』とでもいうべき何か、それだけでは済まない何かだ――。

 

「あの、貴方は分かってやってるんですよね?」

「あ、ああ?」

「そのナイフを引いたら僕が死ぬということを分かって、こう言うことをしているんですよね。だったら貴方は、覚悟をしている人ということですよね」

「な、何を言ってやがるんだぁー!?死にたくなけりゃ黙れっていってるだろうが、このガキが!!」

「死ぬような思いを、逆にしなくちゃいけない、その覚悟をしている人ですよね」

 

 微妙に、そして致命的にずれている会話が大男の神経を逆なでにしていた。いや、一番癪に障るのは目だ。ただの子供のくせに、この世の暗いところを全て知り尽くしているような目、この目が気に入らない。

 

「もういい!話を聞かなかったのはお前らだーっ!」

「おい!何しよーとしてやがんだてめー!!」

 

 大男のナイフを持った手に力がこもる。

 流石に見ているわけにもいかない、十分に射程距離内だ。

 クレイジー・ダイヤモンドで大男を殴りつけようとした忠助は――女子生徒の足がダブって見えたことに気づいて動きを止めた。

 

 次の瞬間だった。何かが男の足元のアスファルトを大きく捲った。

 離れて見ていた忠助だからこそ、その正体が分かった。

 木だ。すさまじい勢いで成長を続ける木が、アスファルトをめくってまだ成長を続けている。

 大男が気づいた時にはもう遅い、一直線に伸びた木は寸分の狂いなく――男の股間に直撃した。

 

悲鳴をあげることすらできず、男が泡を吹いて倒れる。

忠助は知らず知らず、手で股間を押さえていた。

 

(こ、こいつ、グレートにえげつない女だぜ~)

「なにをしているんです?早くいかないと遅刻してしまいますよ」

「あ、ああ、そうだな……っと、忘れるところだった。おい」

「はい?」

「クレイジー・ダイヤモンド!」

 

目にもとまらぬ速さで伸びたクレイジー・ダイヤモンドの手が、女子生徒の薄く切れた首筋に触れる。

女子生徒が驚いて目を見開いている間に、傷はきれいさっぱりと消えていた。

 

「ほら、これでもう大丈夫だぜ。女が肌に傷残すもんじゃねーしな」

「……あなたも、スタンド型だったんですね」

「おうよ!そういうお前もスタンド型だろ?木ぃ生やす能力ってのはおもしれぇじゃねーか。シンリンカムイみたいでよ」

「ありがとう、ございます」

「気にすんなこのくらい、えっと――そうだ、そういや名前まだ聞いてなかったな。入学したら教えてくれるんだろ?」

「そんな約束をした覚えはないんですけどね……でもいいですよ。拒む理由もないし、何より貴方はいい人そうだ」

 

女子生徒は、掴まれたせいで乱れていた制服を整えると、忠助の眼をまっすぐに見据えて自らの名前を口にした。

 

「汐華、汐華春乃、それが僕の名前ですよ、ジョースケ」

 




 いやですね、なんで汐華(名前は誤字じゃないですよ)の方の名前で出したのかってことについては一応理由があるんですよ?この先本編で言うかも知れないのでここでは深く触れませんが……。

 あと女子にしてしまったのは、単純にクラスの男女比を整えたかったというだけの理由です。じゃあジョルノじゃなくて他の女キャラ出せばいいじゃんという話なんですが、ほら、あの、自分例のゲームでのジョルノと仗助の掛け合いがほんと大好きで、どうしても一緒に出したかったといいますか……勘弁!

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