「あーくそ、このまま寝ちまいてーぜ」
地面に倒れ込みたくなる衝動をなんとか抑えて、忠助は
何とか汐華を外に追い出したはいいが、おちおち休んでもいられない。
出久を追って行った爆豪を追わなければならない。
とはいえ相当時間もたっているし、今頃二人はぶつかっているだろうが――出久がそう簡単に負けるとは微塵も思ってない忠助は、早く救援に行かねばと負傷した見に鞭を打つ。
――その時だった。
忠助の耳に、大きな足音が入り込む。
どたどたと二人分聞こえるそれは――明らかに自分の真上から聞こえていた。
「……そーいうことかよ」
忠助はにやりと頬を歪めた。
※ ※ ※ ※
爆豪に追いつかれて、麗日を先に行かせて、なんとか一対一でその攻撃をしのいでいた出久だったが、やはり爆豪との実力差はあまりに大きかった。
焦げが増えるコスチューム、傷が増える体。
そして今、追い詰められた出久は壁を背にこちらに向かってくる幼馴染と対峙していた。
「個性使わずに終わる気か!?さっさと使いやがれ!それとも俺を舐めてんのか!!ガキの頃から!ずっと!!そうやって!」
「……違うよ」
「俺を舐めてんのかテメエは!!」
出久は涙の溜まった瞳で、爆豪を睨む。
恐怖からの涙ではない。
悔しさと、やりきれない何かだ――。
「君も忠助も……すごい人だって、ずっと思ってるよ」
幼少期から出久の周りにはいつもその二人のどちらかがいた。
いつだって、尊敬しながら、心のどこかでは悔しかった。
ずっと、ずっと――。
「越えたかったんだ。ずっと、勝って超えたいんだよ!隣に立てるようになりたいんだよ!!」
「――っ!!そういうところがムカツクっつってんだよ!!クソナードがぁ!!」
爆豪の掌がひときわ強く輝く。
全身全霊の最大火力を打ち放つつもりだろう。
出久は迎え撃つように右手を握りしめてワンフォーオールを発動した。
こっちに向かって走ってくる爆豪に、出久は右手を振りかぶ――らずに腕を交差させて横に跳んだ。
(今は、まだ勝てないけど)
目を見開いている爆豪の姿が見える。
(いつか、きっと――)
強い決意を胸に、出久は声の限り喉を震わせた。
「忠助!! 頼んだ!」
「おう! 頼まれたぜっ!!」
「ドラララララ!!」という聞きなれた声と共に、爆豪の足元がガラガラと音をたてて崩れる。
開いた穴から下の階に落ちていく爆豪の姿を最後まで確認せず、出久は上階にいる麗日を追ってその場から走り去った。
※ ※ ※ ※
「退け!! 今すぐ退いて死ね!! チュースケェ!!」
「退かねえよ。にしても、追われながら俺の真上に誘導するたぁ、あいつも結構やるじゃねーか」
「いいから早く退きやがれ!!」
焦りから雑になった爆豪の攻撃をかわしつつ、壊した壁や地面で部屋の入口を塞いだ忠助は、満足そうに上階を仰ぎ見た。
さっきの叫び、下の階からでもよく聞こえた。
出久はよく自分を酷く卑下しているが、そんな必要はない。
なぜならば、よく聞くではないかヒーローとは最後まであきらめないものだと。
そういう意味では、彼のヒーローとしても素質など最初からずば抜けているのだから。
忠助は室内だというのに、眩しいものを見るように目を細めた。
ヒーロー側の勝利が宣言されたのは、それから数分後のことだった。
「――ありがとうござますリカバリーガール」
「はいはい、まあ一番の大怪我がそのくらいで良かったさね」
汐華の攻撃で止まらなくなっていた鼻血を、リカバリーガールに治療してもらった忠助は、その言葉に苦笑した。
でも実際はその通りだ、今回の授業では大きなけがを負った人物は誰もいなかった。
一番心配していた出久が、かすり傷程度で済んだのが驚きだったが。
対する忠助は、汐華が予想以上に容赦なく殴ったせいで鼻にひびが入っていたようで、それを直すためにこうして保健室まで来たという次第だ。
人を心配しておいて自分がこれではお笑い草だ。
「それにしても、自分を治せないのは治癒系の能力のさだめかねぇ……」
「気にしたこともねーんでわかんねっス。人が治せればそれでいいんじゃないっすかね?」
「……そうだね、きっとそうだ」
忠助の答えに、満足そうに頷くリカバリーガール。
彼女は、何か思いだした風に手をぽんと打つと、治った鼻を摩る忠助に話しかける。
「東方、あんたに相談があるんだけどね」
「はい?なんすか」
「ああ、別に今じゃなくてもいいんだけど、忘れてしまいそうだからね――私が休日に全国の病院を回ってるのは知ってるね?」
「は、はぁ……そりゃまあ有名っすから」
リカバリーガールの訪問治療は、全国の怪我人・病人が待ちわびてならないという定期イベントだ。
それを完全にボランティアとしてやっているというのだから、同じ治癒系の能力を持つ忠助としては頭が下がる思いだ。
「それを、あんたにも手伝ってもらいたいんだけど」
「はい? 俺にっすかァ?」
忠助は自分を指さして目を見開いた。
教師が教え子をボランティアに誘っていると言えば、そんなにおかしな場面でもないのだが、その規模が規模だ。
忠助の記憶が正しければ、彼女は休日のたびに全国、場合によっては世界を回る。
手伝いたいのは山々だが、おそらくここで軽い気持ちで頷けば忠助の学生時代の自由時間はチリと消えるだろう。
怪我人を見捨てるのかと言われては心が痛いが、忠助は普通に青春したいのである。
休日は家にこもってゲームとかしたいのである。
そうやって悩んでいると、リカバリーガールが真面目な顔でこう持ちかけた。
「もちろんタダとは言わないよ」
忠助の耳がぴくりと動いた。
金欠と言うのは、忠助を深く悩ませる重大な問題でもあるのだ。
「あ、あの~~、ちなみにおいくらほど」
「そうさね、まあこのくらいは」
リカバリーガールが近くに会った電卓に打ち込んだ額を見た忠助は、急に神妙な面持ちになって、椅子から立ち上がると、リカバリーガールに向かって輝く笑顔で親指を立てた。
「この東方忠助、困ってる人は放っておけねーっス!!」
※ ※ ※ ※
「あ、おかえり東方く――めっちゃいい笑顔になっとる!?」
教室に戻ってきた忠助に声をかけた麗日が、そのあまりのいい笑顔に驚いていた。
忠助は、そんな麗日の肩をバンバンと叩きながら、だらしのない笑い声をあげる。
「なはは! 何ってんだよ麗日、俺はいつも決まってる男だろ~~?この髪型のみてーによ~~」
「うわぁ……決まってるっていうか完全に『キマッちゃってる』じゃん」
「んだよシツレーなこと言うもんじゃねえぜ耳郎~~」
口でも文句を言いながらも、デュフフグフフと笑いを堪えきれない忠助だったが、教室を見渡して二人ほど足りない人物がいることに気づいた。
「おい飯田ぁ~、出久と勝己どこいったか知ってかよ~~?」
「む、そう言えばいないな!まだ帰りのホームルームが終わっていないというのに! 探しに行かねば!!」
「……いや、俺が行くぜ、その方がいい気がするしよ~~」
忠助はそう言うと返事を待たずに教室を飛び出した。
授業の上では出久に負けた爆豪。
そして同時に教室から消えた出久。
なんとなくだが、行き先は分かる気がする。
※ ※ ※ ※
「かっちゃん!」
出久の声に、今まさに正門から出ていこうとしていた爆豪が振り返った。
その眼はいつも以上に荒み、今にも出久を射殺しそうなほど鋭い。
正直に言えば怖い。怖くてたまらない。
でも、これだけは、言わなければならない。
出久は爆豪を――ずっと尊敬し続けている幼馴染に向かって、目を逸らさずに言い切った。
「次は、きっと僕の力で勝つよ、他の誰かの力じゃない。僕の力で――」
ワンフォーオールのことを言えない今、この程度の言葉しか言えない。
それでも、言わずには居れなかった。
爆豪はその言葉に、ますます目を鋭くしてわなわなと震えだす。
「チュースケに頼ったからとか、んなこと言うつもりか?まだ俺をコケにすんのかよ……」
爆豪は、瞳にたまった涙を乱暴に拭うと真正面から出久を睨みかえす。
「俺は今日お前に負けたそんだけだろうが!!――こっからだ、俺はこっから、ここで一番になってやる!!」
爆豪は、完全に出久から背を向けた。
「俺に勝つなんて、二度とねえからなクソが!!」
去っていく背中を見送る出久の肩が、ポンと叩かれた。
見れば、そこに立っているのは特徴的なリーゼントヘア。
「忠助、いつからそこに……?」
「たった今、来たとこだぜ――言うこと言えたかよ?」
恐らく全て聞かれていたのだろう。
それでも深くを聞いてこないもう一人の尊敬する幼馴染に、出久はしっかりと頷いた。
忠助は「そうか」と短く答えると、出久に背を向けて校舎に戻っていこうとした。
出久はその背中に声をかける。
「忠助!」
「……なんだよ、急に大声だしてよ~~~」
「聞いてほしいことがあるんだ、僕の、個性のこと」
出久の言葉に、忠助が驚いて振り返る。
それは、確か出久が隠していることだったはずだ。
嘘が下手な出久が、相棒である自分にさえ黙っていたことのはずだ――聞いてしまっても、いいのだろうか。
そんな思いを込めて出久を見れば、出久は覚悟の決まった視線を返してきた。
「実は、僕の個性は――」
「おおっとそこまでだ緑谷少年!」
意を決して開いた口を背後から手でふさいだのは、今の今までそこにはいなかったはずのナンバーワンヒーロー『オールマイト』
突然背後に現れたオールマイトに、出久が驚いて飛びのいた。
「うわぁっ!?オールマイト!?」
「いやはや、爆豪少年に話があってきたんだけど、こんな場面に遭遇するのは予想外だったなぁ!! そして少年、約束を忘れたのかな!」
「うっ……忘れては、ないですけど」
「ならばその開いた口に再びチャックだ!」
「で、でもオールマイト!忠助は僕の相棒なんです! それは、その、役職とかそんなんじゃなくて、ホントの相棒っていうか……」
「――緑谷少年、君の言いたいことは分かる。君が彼を心から信頼していることも、彼がその信頼に足る人物だってことも分かってるつもりさ、だが、その上で秘密を守ってほしいと、私は君に言ったつもりだったんだ」
自覚が足りていない。
言外に聞こえてくるのはそんな叱責だ。
しかし、これだけは出久だって譲りたくない。
知っておいてほしいのだ、これから隣に立って戦うことになる相棒くらいには――。
全てを、話したいのだ。
出久の固い決意を感じ取ったオールマイトは困ったように頭を掻いた。
いつもは自分の言うことならば大抵は素直に聞いてくれる後継者の、珍しいわがままだ。彼だって聞いてやりたいのはやまやまなのだが――。
が、そこでオールマイトに助け舟を出したのは、知らぬ間に渦中の人物となっている忠助だった。
「……なんかよくわかんねーけどよ~~、無理して話す必要なんかねーってまえにいわなかったかよ~~」
「い、いや、僕が言いたいんだ!君には知っといてほしいんだよ!」
「つっても、もう分かっちまったけどオールマイトと関係あることなんだろぉ?だったら、勝手に言うもんじゃあねーぜ、ちゃんと二人で話をしてから――」
「で、でも!」
「ったく、おめーは偶にすげー頑固になるよな、昔っからよ~~」
爆豪が弱い者いじめをしている時も、こうやって意地を張り続けては痛い目に合っていた。その度に自分が助けに行ったものだ。
忠助は懐かしさに苦笑しながら、溜息がちに呟いた。
「
その一言。
短い六文字に大きな反応を見せたのは――オールマイトだった。
オールマイトは突然忠助の両肩を掴むと、屈みこんで視線を合わせた。
突然の事態に、見ていた出久も、何より忠助も目を白黒させることしかできない。
「あ、あの~オールマイト?」
「……なんで、気付かなかった、そっくりじゃないか」
「はい?な、何すかァ?」
忠助の顔をじっと見ていたオールマイトは徐に手をどけると、呆然としている出久に語りかけた。
「緑谷少年」
「は、はい!」
「彼には本当のことを伝えなさい」
「え……?」
「おいおい、さっきまではあれだけ催促していたのにそのリアクションはないだろう? 不満かな?」
「い、いや!ありがとうございます! ……でも、なんで急に」
「話は今度でいいかな? すまないが、用ができてしまった」
「え……」
オールマイトはそれを最後に、二人に背を向けるとせかせかと歩いて行った。
出久はしばらくオールマイトが消えた方向を見ていたが、ふと我に返って、慌てて忠助に向きなおった。
「な、なんかよく分らないけど許可出たよ!」
「お、おう、そうみてーだな」
「じゃ、じゃあどこから話せばいいかな……ええっと、あれは去年のことなんだけど――」
※ ※ ※ ※
放課後の誰もいない教室、その中にぽつりと立っているのは、がりがりの骸骨のような男――知らない人が見れば確実に誰か分からないオールマイトの真の姿。
そんな誰にも見られてはいけない秘密の姿のまま、オールマイトはポケットからスマホを取り出す。
慣れた動きで番号を押して耳に押し当てる。
長いコール音の後に、ようやくその相手は電話に出た。
「ああ、私が電話しているぞ……ああ、久しぶりだ……なに、少し聞きたいことがあってね、君の後継者についてだよ
その会話を聞くものは、誰もいない。
次回はUSJの前にちょっとしたエピソードを挟む予定。
オリジナルエピソードは少なめで行きたいので、一二話で終わらせると思います。
次回
『ジョルノ・ジョバァーナその①』