マトウの狩りを知るがいい   作:星野谷 月光

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第十話「呪われた冬木の聖杯」

結局聖杯の中の人を呼び出して囲んで棒で叩くことになった。だってなんかこっちを舐めてるしムカつくし、やろうぜ!ってことで。

 

決戦はアインツベルン城の庭で行う。最初の地といえば柳洞寺にある洞窟なんだろうが、あそこでやると迷惑がかかりすぎる。

そしてここも始まりの地には違いない。

 

てなわけで結局集まった面子は俺とウェイバーといういつもの面子に切嗣とキレイだった。

おっさんだらけじゃん。華がねえなーこのパーティー。

サーヴァントはイスカンダルとアサコとハサムの三人だ。

・・・・・・奇しくも七人だなこれ。

 

ケイネスと時臣は欠席。まあそもそもケイネスは今新婚状態らしいし、こんなんに呼んじゃ駄目だろ。それでも資料とか資材とかいろいろ融通してくれたけどな。

 

時臣?なんか心が折れちゃったって。そもそも家庭を守れっていっておいて悪神討伐に誘うな、とか言ってた。まあ、少しは考え変わったのかな?まあそう簡単にはいかないだろうけどさ。

 

キレイは相変わらずねっちょりした目で土産だっつって山ほど令呪もってきやがった。親父さんにねだったらくれたとか言ってた。

まあ、しくじったら抑止力案件だしこの際だから有効に使ってくれって親父さんの手紙にあったよ。

 

そんだけあるならって思ってちょっと試しに水盤商人の使者に渡してみたらなんかショップに普通に並んでた。ヤバいな上位者。

なんか見てみたらキレイと切嗣がとんでもない量の血の遺志持ってたから買いまくってみんなで分けた。

 

てなわけで俺たちは令呪一人20画という馬鹿みたいなブースト装備でこの戦いに挑むことになった。

 

こまかーく決めたレギュレーションをアンリマユのいる聖杯に見せつける。一種のセルフギアスクロールだ。

レギュレーション違反で来た時点で大幅に削れるのでどうやってもレギュレーション内に収まるわけだ。

ちなみに俺らが決めたスペックは基本的にサーヴァントのそれと同じようなものだ。

どれだけがんばっても最上位のサーヴァント・・・・・・

まあ、英雄王くらいのスペックまで堕ちる。

 

そもそもサーヴァントのシステムって手のつけられない英雄を制御できるくらいにまでデチューンするものだしな。

 

俺たち4人のマスターは交互に詠唱を行う。今も血を流し続ける黄金の聖杯を前にして、いきなり奴が出てきてもいいように距離を取って。

 

4人で可能な限りの資料を当たり、英霊召喚を改造して作った聖杯の中の人召喚呪文だ。

なにしろ間違いなく初めての試みなんでうまくできるかどうかは賭けだけどな。

 

よし・・・・・・皆装備は持ったか?!いくぞ!

 

最初は俺だ。

 

「素に錆と血。礎に破棄の大公。 祖には我が学祖ビルゲンワース。

  降り立つ風は吹きぬけよ。 四方の門は今ぞ開き、王国より昇り、王冠により下る三叉路は解放せよ」

 

二番目は切嗣。なんともいえない、後悔、悲しみ、憤怒、そういうのがごちゃごちゃになった、寂しい顔だ。

 

「開け。開け。開け。開け。開け。

繰り返すつどに五度。今や満たされた刻は成就する」

 

三番手はウェイバー。最初にあった頃から思うと大分たくましくなったな。もう、すっかり男の顔だ。目つき悪いな。

 

「告げる。聖杯よ、汝の寄るべに従い、我らは出会い誓いを果たした」

 

最後はキレイだ。やっぱりどこかなんともいえない、喪失と決意を秘めた、強い顔だ。

 

「報いをここに。

我ら、現世全ての善と成る者。

汝、常世全ての悪と成り果てた者。

汝二元の言霊を纏う九圏の底」

 

俺たちは決意と闘志を込めてその名を呼ぶ。

 

『聖杯の底より来たれ『この世全ての悪』アンリ・マユよ!』

 

最初は血の海が少し震えただけだった。だが、その中からゆっくりと奴は頭を表す。

なんかもにょもにょした赤黒い泥の塊。泥の人形。なんかマネキンみたいだな。

 

俺たちは事前の手はずどおりにまずはキレイによる交渉から始めた。

あいつが一番アンリマユと親和性が高いからな。

 

「誕生は尊ばれるべきものだ。故に私はお前の存在、お前の誕生を喜ぼう」

 

「生まれてはならなかった者などいない、だが生まれた後であるならば自らの行いには責任が付きまとうと知れ。

人であろうとも、人であらざるとも。お前が真に世界に害しか及ぼさないあり方に固執するという選択を取るのならば……」

 

「我々がお前を滅ぼす。お前が我々を滅ぼそうとするが故にだ。

たとえ選べる道が少なくとも、不本意であろうとも、それはお前の選択なのだから、結果も受け入れなければならないのだ」

 

「人ならば、あるいは人にあらずとも自らの業に対して真摯に向き合うべきだ。

お前はものを考える事ができる。ただ流される事が真摯とは思えない。

一度でもいい、自らのサガに従うか抗うか向き合わねばそれはただの獣だ。

牙を剝くならば排除されねばならない。それが人というものなのだ」

 

「自らのあり方を曲げて生きるか、自らのあり方に流されて我々と戦うか、今すぐここで選べ」

 

泥の塊はしばらく黙っていたが、やがて首をかっ切る仕草と親指を地面に向ける動作をする。

そして自らの泥をちぎって投げた。俺たちはすばやく投げられた泥を回避する。

泥が落ちた場所はヤバい勢いで燃えていた。

 

「……それがお前の返答か。なんだ、この虚しさのような気持ちは……ああ、これが悲しみか。

ふふふ、やはりこの世は面白いぞアンリマユ。人は変われる!」

 

何か気配が変わる。なんだこれ、泥が嗤っている?

泥は形を成し一人の妙齢の女性となる。白髪で儚くも麗しい、穏やかで母性的な女性だ。

キレイが息をのんだ。

 

「クラウディア……!」

「はい、そうですあなた。私は聖杯によって蘇ったのよ、この素晴らしい体で!

あなたはあなたの愛の形を知ったのね?この私ならばいくら壊してもすぐに戻るわ。

さあ、あなた。どこまでも愛し合いましょう……」

 

キレイがふらふらと近づいていく。オイオイオイやばいんじゃないの?

だがその心配はいなかった。ふらふらした足取りがだんだんとしっかりしたものに、やがて疾走に代わる。

そしてキレイはお手本のような八極拳をぶちかました。

 

「そう、それこそあなたの愛の形、私たちのあるべき姿!

さあ、世界など私たちの贄にしてしまいましょう。

悪なる子で世界を埋め尽くしましょう、あなた……」

 

キレイが無言で黒鍵を取り出して投げる。

 

「装うなかれ。しかして酔うなかれ。

許しには報復、だが報復には代償を。

信頼には裏切りを、ならば裏切りには孤独を。

希望には絶望を、それでも絶望には不屈の再起を。

光あるものには闇を、闇あるものには光を。

生あるものには暗い死を、しかして死あるからこそ生の輝きを!」

 

洗礼詠唱?じゃないな、その改変した奴だ。キレイのオリジナルの呪文か?

そもそもあの黒鍵色がなんか違くない?なんか柄は青色だし魔力のエフェクトもなんていうか、灰色?

あれっ、なんかあのクラウディアさんみたいなのがすげえ苦しんでる、なんだあれ。

 

「途中までお前かと思ったが……やはり貴様はクラウディアではない。

壊れても愛し合える体。なるほどそれはそれで素晴らしい。

たしかにこれは私の愛の形であり、もしお前が生きていたのであれば私たちのあるべき関係と姿はこのようなものになっただろう。

だが、だがな。クラウディアは優しい女だ。優しすぎる女だ。

間違ってもカレンのいる世界を贄にして悪をぶちまけるなどという妄言は言わん!」

 

キレイは雄たけびをあげながら猛ラッシュを叩き込む。

すげーあいつこんなに強かったの?ジョン・ウー映画みたいになってるんだけど。

ぶっとんで立ち上がったクラウディアはすげえゲスい笑い方をしていた。

 

「うふふふふ……やっぱり駄目ねえ、あなたも、私も。真実なんてどうでもいいじゃない。

ああ、真実と言えばカレンはどうなったのかしらね?元気かしら?さぞ大きくなったのでしょう?姿が見たいわ。

それに、少し安心したわ。あなたにもこんなに愉快なお友達が沢山できたのですもの。さぞや夜はむさくるしいのでしょうね?」

 

言い方が優しいのに思いっきり煽ってる……

やっぱ偽物なんだろうなあこれ。

 

「その姿、その声で!そのような事を言うなあああ!!」

 

馬乗りになってなんか悪魔祓い的な呪文とかモーションをしてる。ふーむ、なんだか明らかに偽クラウディアの体力的なもんが削れてるな。

うわぁすげえ顔でキレイ君が偽クラウディアの首を絞めてる。大丈夫?また闇墜ちしない?

あ、偽物もう死ぬわあれ。

 

「クラウディア……愛していた。たとえこれがひと時の夢だったとしても」

 

偽クラウディアは憑き物が落ちたかのようにキレイの頬を撫でた。

キレイの頬に涙が伝う。

 

「私も、愛していました。ありがとうあなた、私に生きる喜びをくれて。

あなたはもう、大丈夫ね……」

 

死んだ……?

いやこれなんかやばい!また泥に戻ってる!

キレイは巻き込まれる前に飛びのく。その顔はどこか穏やかだった。

まるで花束を投げるかのように改造黒鍵を投げる。

 

「休息は私の手に。許しはここに。受肉した私が誓う“この魂に憐れみを”」

 

あれっ、なんか魂的なもんが泥の中から空に飛んでった。

おい誰か解説!

 

ウェイバーとキレイがあっというまに推測を固めて俺らに解説する。君ら頭いいなあ!

 

「なるほど、つまりあれは俺たちの大切な人の霊を交霊術みたいなもんで捕まえてて、ガワだけ借りて人形にしてるわけか。

解放してやるにはぶっ倒すしかない、ね。わかりやすいな!そんでもって趣味悪いな!」

「まったく同感だ。次は誰だ……?」

 

 

 

泥が形作ったのは銀髪巨乳のねーちゃん。あーあれがアイリさんだったのね。

それにしても何その黒いエロドレス。礼装?マジで?いい趣味してんな!

 

「キリツグ……」

 

自分の名前を切なそうに呼ぶアイリに対して、切嗣はその目をまっすぐに見てぼそぼそ話す。

 

「アイリ……すまない、僕は君の犠牲を無駄にしてしまった。いやそもそも僕はきっと良い夫じゃなかったんだろう。

きっと他にもいろんな道があったんだ。たとえば、僕と君とイリヤが……それに舞弥も。

みんな笑って暮らせるそんな選択もきっとあったのかもしれない。

すまない、アイリ」

 

切嗣は決して近寄らない。いつでも戦える態勢は崩していない。

それでも、その表情と声は誠意があった。

 

「いいのよ切嗣。それは今からでもできるのだから。あなたは私の味方よね?さあ選択して?」

 

なんかいやらしい笑みを浮かべて手を広げる人妻。うーむ、セクシーなはずなのにそそられないな。

 

「あいにく僕はどんなにおいしい料理があっても、その中に毒が混ぜてあったら食べないタイプなんだ」

 

切嗣はすっと無表情に戻ってデカい拳銃でアイリの額を撃った。

うわーあの偽アイリすげえ笑顔だよ。

 

「ああ、それに分相応ってこともよく分かったんだ。君のおかげでね。

うまい話には裏がある。こんな簡単なことも聖杯の輝きで忘れていた。

君が!君自身がその願いを叩き壊してくれた。それもひどいやり方でね。

おかげで目が醒めたよありがとう絶対に殺してやる」

 

静かに、しかし鬼の形相の切嗣に対してアイリは嘲り笑う悪鬼の表情だ。

 

「あはははは!あなたは何度私を殺せば気が済むの?

それで私を愛しているなんてよく言えたものね!

それともあなたもそこのキレイと同じ変態だったのかしら!?」

 

アイリの周囲に銀糸でできた剣がいくつも浮かんで攻撃態勢に入る。

 

「その言峰も言ってたけどやっぱり僕も同感だよ。

その姿で!その声で!アイリを侮辱するな!アイリを僕から奪ったお前がアイリを騙るな!」

 

雨あられと降る剣を切嗣はときどき加速しながら回避して銃弾を打ちまくり爆弾を投げまくる。たしかにダメージは与えている様子なんだけど相手の再生力と体力が膨大すぎる感じだ。

 

「へえ、じゃあ本物を知ってるあなたは、偽物の私を倒せるというの?ただの人が?この悪なる神を?笑わせないで」

 

泥まで使って切嗣の逃げ場はどんどん狭くなる。飛ばしてくる剣や銀糸によ切断攻撃で傷がいくつもできて血がにじんでいる。だが切嗣の顔は闘志を失っていない。

 

「悪いけど僕はとことんまで諦めが悪くってね!そのせいでこんな所まで来てしまった!

いつか君も言っていただろう?そんな所も好きだと!だから僕はもう絶対に諦めない」

 

こんどはむしろ静かな調子で背中を俺に見せながら話してくる。

 

「間桐雁夜。この間の話、覚えてるかい?二隻の船の話だ。あの答え、僕も一つ思いついたよ。

僕しか直せないなら、ほかの人と協力してやればいい。そうしたら二隻とも助かるかもしれない。

もちろんだめかもしれないけど、最初からあきらめて切り捨てるよりはずっとましだ。

違うかい?雁夜」

 

俺は奴の言わんとすることが分かった。ほかの奴らも。

目線で合図し合ってフォーメーションを取る。

 

「今回も同じことが言えるんだ。だから、頭を下げて頼む。お願いだ皆。協力してくれ!」

 

全員がアイリに火力を集中させる。キレイの黒鍵、戦車に乗るイスカンダルチームによる援護射撃、俺とハサンズはその隙間を縫って内臓攻撃を何度もぶちかます。

 

「それも正解だ。なんだあんた考える事もできるんじゃん」

「おう!少しは見れる顔になったではないか!

いくぞ悪神!ヤーナム仕込みの改修をした神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!その身で味わうがいい!」

『アラララライ!』

 

ウェイバーと共に叫びながらガトリングやら教会砲、火炎瓶で爆撃する様はそれはもうやばかった。やがて偽アイリは体を何度も吹っ飛ばされて倒れる。

 

「さよなら、アイリ。ありがとう……

もう僕は取りこぼさない、イリヤは必ず幸せにしてみせる。君に誓う。

絶対あきらめない僕が言うんだ。遠回りでも、間違えてでも、やりとげるよ」

 

遠い目で倒れて形を失っていくアイリを見る切嗣。

こいつも何かふっきれたのだといいんだが。

 

「それに僕だってちょっとは成長したんだ。迷ったら頼れる人には頼るし、間違えたら止めてくれる人もできたんだ。

答えは一つとは限らない。間違うことも、迷うこともあっていいんだ。答えを探し続け、問い続けるなら」

 

しぼっ、と戦場に紫煙が立ち上る。天に昇っていくアイリの魂を見送るように。

 

 

次に出てきたのは……ハサン?

なんかハサンにしては金ぴかな鎧とか飾りとかぎんぎらで派手だなあ。

仮面と装束の色も反転してる。黒に赤のラインの走ったドクロ仮面に白と青の装束。

うーむ、なんだあれ。

 

「ほうほうほう、そのうちそうなると思っていたが……乱戦になれば私の出番か」

 

ハサムとアサコには分かったようだ。あれ百の貌の一人なの?

最初に捨て駒にしちゃった奴?マジで?

 

「貴様は……ザイード!そうか、貴様も聖杯に取り込まれたのか」

 

くつくつと皮肉そうに嫌な笑い方をするザイード。

 

「ずいぶんと楽しくすごしているようだなアサコ、ハサム。私を切り捨てておいて!

自分たちだけ望みをかなえて食う飯はうまいか?なあ。

私も仲間外れにしないでくれよ……と言いたいところだが、もういいのだ。

私は私で望みをかなえられた。

貴様らから切り離されることで私は確固とした私として確立できた!

はははは……なるほどすがすがしい気分だ。

脳裏は静まり返り、精神は澄み渡る!お前たちもこれを得たのだろう?」

 

あいつぼっちになることだと早口になるの気持ち悪いよな。

でもまあ気持ちはよくわかるよ……不遇って嫌だよね。

 

「ふ、ふふ……だが私はもっと良いものを授かったのだ。新しきわが神からな!見るがいい!」

 

ハサムはぱちんと指を鳴らすと背後からなんか金ぴかな剣がたくさん出てきて浮いてる。

 

「それは英雄王の宝剣……!」

「まだまだあるぞ?この黒き聖剣の輝きを見てくれ。なんと美しい……まるで死そのものだ」

 

黒いエクスカリバーを手に取ってうっとりほおずりしそうな感じで見つめるハサム。

モーションがいちいち濃いなお前!

 

「ほうそれで?よかったではないか。だがただ自慢をしに来たわけではあるまい?」

「ああ、わが望みはかなった。だが一つやり残したことができたようだ」

 

淡々と煽り合うハサムとザイード。お互いこいつだけはぶっ殺すからな、という気迫が見て取れる。

 

「わが神、アンリマユの天命である。百の貌は一人で良い……!」

 

ザイードが黒いエクスカリバーを構える。ハサムも灰色の大剣を構えた。

ザイードからは喜悦の笑いが、ハサムからは深い深いため息がもれた。

 

「愚かだなザイード。あまりにも愚か。

主を替える。これはまあいいだろう。我らは所詮雇われの暗殺者ゆえに。

だが信仰まで捨て去るほど墜ちてはいない!

あんなものを神と呼ぶか!その邪神に仕えて何をする?

世界を滅ぼすか、退廃にふけるか。いずれにせよろくなことではあるまい」

 

ハサムはやばい迫力を出して喝破する。お前、いぶし銀な奴だと思ってたけどやっぱ決めるときは決めるのな。

 

「いいや、そんなくだらないことではない。まあそれはそれで楽しむがな。

私は神の使途として告死の天使となり、山の翁に代わる新たな暗殺者の代名詞に!歴史に名を残す大英雄になるのだ!」

 

手を広げて大笑いするザイード。やっぱあなた精神汚染受けてますよね?

 

「やはり貴様はもはやザイードではない。ただの悪神の木偶人形だ。

お前は酷薄で慢心した男ではあったが、下種ではなかった。

そんな大それた望みを言い出す痴れ者でもなかった。

貴様は今度はその神とやらに捨て駒にされて死ぬだろう。

学習せぬ奴だ。その能無しぶりもはや生きるに能わず、首を出せ!」

 

ハサムがほんの少し悲しみを混じらせて吼える。ザイードも同じように返した。

 

「ならば知るがいい。基底のザイード改め、水底のザイード。その力を!」

 

そっからはもうすごかったな……黒いエクスカリバー撃ちまくるし、ハサムはそれに正面から斬り合うし。君ら明らかに筋力B以上あるよねその動き?

 

「さあどうした!お前こそ百貌のハサンなのだろう?

この新たな暗殺者の英霊に本物を教えて見せろ!

どうした魔術師共。全員でかかってくるがいい。

もとよりそのためにこの身は遣わされたのだから!」

 

すげえうぜえスタイリッシュなダンスで避けまくるザイード。その上光波撃ちまくってくる。

俺たちも弾丸撃ったり爆撃したりするけどなんか煽ってくる笑い方で避けるしさ。

 

「ははは!他愛なし!まるで他愛なし!できる、できるぞ……!

やはり百の貌なぞいらなかったのだ!

私こそこれより後の世に響く暗殺者である!手始めに貴様らを血祭りにあげてやろう!」

 

どこが暗殺者だ!これセイバーかアーチャー枠じゃねえか!

 

「ぬう、単騎でここまでやるとは……ヘタイロイを呼ぶか?しかしのう……」

「いいえ、王よ。あれがあのアサシンの力の底なら、回復をこまめにやっていけば勝てない相手ではありません。僕らはこのまま援護を続けましょう」

「たしかにな。あのアサシン、技は派手だが大振りに過ぎるわ。皆、致命傷は避けられるようだしな。やれやれいくつ前座があるのだ?」

 

イスカンダルがため息をつく。まったくだよこれ全員分やるの?あと3回?嘘だろめんどくせえ。

ハサムから念話が届く。

 

「狩人殿、私に試したいことがあります。令呪での援護を頼めますかな?

それなりには見れるものをお見せできるかと」

「おっ、なんか手があんの?よーしやってみてくれ。令呪3画をもって命ずる。思い切りやってこい!」

「御意」

 

魔力がほとばしりハサムの動きがますますよくなる。

だがザイードには今一歩とどかない。ザイードが笑いながら煽ってくる。

 

「何かと思えば令呪?そんなもので状況をひっくり返せると?舐められたものだ」

「舐めているのは貴様だ。積み上げた技も、自らの流儀も忘れ。

与えられたおもちゃではしゃぐ餓鬼め。貴様が忘れたものを見せてやろう。

九十九の貌が積み上げ、今や一つに束ねられたこのハサンの技だ」

「は!何を言い出すかと思えば、私を捨てた九十九が何を都合のいいことを!」

「……そうだな、都合のいい話だ。許せとは言わん」

 

ハサムの姿が消えた。だがなぜか俺には半透明に見える。

 

「消えた?気配遮断?は!アサシンの英霊でもあった私にそれが通用するものか!」

 

ザイードはハサムを探そうとなんかスキルを使ったり無差別爆撃に出る。

 

(狩人殿には特別にお見せしますぞ。ゆめ、お見逃し無く)

 

だがハサムにはかすりもしない。すべての攻撃を見切って最小の動きで避けている。

ゆっくりとしたうごきのはずなのにまるで隙がない。攻撃がまるで当たらない。

 

「なぜだ!?なぜ見えない!?気配遮断でも単純な暗殺術でもない!?なんだこれは!」

 

悠々と獲物の前まで歩いていく姿は威厳すら感じた。

振り回される攻撃はかすりもせず、まき散らされる呪詛ですらまるで自ら避けていくかのように。

 

「暗き死を馳走しよう、良く味わうが良い。我が生涯にて最高の一振りなれば」

「馬鹿な!これほどの殺気、声すら聞こえていて私が位置を認識できないだと!?

まさか、まさかその技は!」

 

俺の目には青黒く霧のように立ち上って見える濃厚な死の気配があるのに、誰もその位置を姿を認識することすらできない。

 

「そっ首頂戴いたす・・・・・・告死の羽、(ザイフ)死告天使(アズライール)!」

 

ただ一振り。まるで首切り役人の処刑のように鮮やかに剣を一降りしただけであまりにもあっけなく首が落ちた。

もちろん技量そのものが超人的な技巧なのは俺にも解った。だが多分それだけじゃない。

「絶対に殺す」という意思に基づき物理法則すら上回る、魔法の域にまで達した魔技。そういうシロモノだあれは。

 

「……すまなかったなザイード。これは慈悲の刃、葬送の一刀である」

 

捨てセリフすら言えずにザイードは泥に戻った。ハサムの仮面の奥の目が悲しい。

なんかフォローしとくべきだな。ここは話題変えよう。

 

「なにあれすごい。なんなのあの技?」

「ああ、あれはですな。私自身にもうまく説明できぬのですが……まあ弱点をついたのですよ」

 

いやざっくりすぎて逆にわからん。つづけて、どうぞ。

 

「すべての物体には、そこを突けばすなわちその物は終わる、そういう「死の点」があるそうですぞ。

ある種の魔眼ならばそれが見えるとか。私ももちろんそのようなものは持っておりませぬが……

こう、武の心得がある方ならば相手の隙のある時、隙のある点、そういうのものはまあ判りますな?これもまあそういうものの一種です。

見えずとも経験から死の点を予測することはできる、そういうものですな」

 

なるほどわからん。隙のある点、弱点がわかるっていうのだけじゃないんだろうなあ。

 

「……魔眼による呪殺は死を読み取ってその結果を手繰り寄せているって説を聞いたことがある。

ひょっとしたら死の点を突くっていうのはその為の呪術なのかもしれない。

攻撃動作による死の概念の付与ってところなのか?」

 

ウェイバーが解説してくれた。うーん、要するにここを刺したら死ぬぞ!みたいな弱点を予測して隙をついた?

え?違う?終わりのあるものならなんでも強制終了させちゃえるの?すげえ。

 

「おお!さすがは王佐殿!まあそのような感じです。

暗殺術、武術の経験に、こう呪術の経験も折り合わせてですな。

隙の点で死の点をだいたい予測して……まあこう、さくっと。初代様の剣を再現してみました」

 

えっ、初代様のオリジナルは死の点突きまくるから鋼鉄から形のないものまでなんでもさくさく切れる?

寿命のないものまで無理矢理終わりを設定して終わらせちゃう?

初代ハサンってそんなんなの!?パネエ。やっぱ絶対殺すマンなんだ……

 

「まあ、初代様に見せればお叱りをいいただくでしょうがな。猿真似とは何事だと。」

 

ハサムが寂しそうに笑う。初代さんちょっとは後輩をねぎらってやれよ!

多分どんな組織でも腐敗するって知ってるから怖いトップをしてるんだろうけどさ。

 

 

「ハサムの一撃で命のストックはほとんど潰せた。

魔力、体力も減ってる。多分次が最終形態だと思う」

 

ああ、あの技で残りの命を削って俺とイスカンダルとウェイバー用の変身演出スキップしたんだ。すげえなあれ。

 

「だけど今までより間違いなく強い。残りの魔力を全部使う気だ」

 

ウェイバーが油断なくガドリングを構えながら解説してくれる。

ほんと便利だな君!一人軍師というかアナライズ係いるとすげえ戦闘が楽だわ。

あっちなみにケイネスが送ってくれた材料をウェイバーが組み立ててなんかスカウターみたいな片眼鏡作ったからわかるんだって。すげえ。才能開花したなあー。

 

「やれやれいよいよ本番か?皆、気を引き締めろ!

我らは悪神の出すいやがらせじみた試練を乗り越えてこられた勇者だ!さあ、蹂躙せよ!」

 

言われるまでもない、と全員がうなずく。

 

「aaa……」

 

ちょうど海の底から這い出てくるかのように。その形態は血の海から生まれた。

まるであの夜、ヤーナムで見た悪夢。ヨセフカの診療所で血の中から出てくる俺自身の獣のように。

 

「arrrrrr!!」

 

実際、出てきたアンリマユの化身はヤーナムの獣に似ている。真っ黒い狼男のようなものだった。

だが狼にしては顔が細く、狐のようだし尻尾は細長く目は赤く輝き悪魔のようだ。まあ実際そんなようなものだけどな。

 

「これが・・・・・・」

 

誰が言った言葉だっただろう。その言葉にはわずかだが畏れがあった。

無理もない、だってこれ俺らが最大って指定した聖職者の獣サイズだもの。

5mはあるんじゃねえの。

 

アンリマユの化身はマジやばかった。

今まで倒したサーヴァント全てのいいとこ取り。その上高速再生つき。

今度こそ俺たちは出し惜しみなしで戦うことを選択した。

アイオニオンヘタイロイを呼んで獣を囲んで槍や弓、魔術でちくちく削る。

ハサムの死告天使もばんばん使う。全員大盤振る舞いだ、全部もっていけ!

 

だがそれでも獣はタフで強かった。やばいな、押されてるかも。

そんな時ハサムが念話と声で俺に言ってきた。

 

「・・・・・・私に試したいことがございます。よろしいですかな狩人殿?」

「死ぬ気か?」

「さあて、捨てがまっても良いくらいには思いますが、なにより今は私も暴れたく存じますな。ここらで一つ活躍の機会を与えていただければと。なにしろ機会が少なかったもので」

 

仮面の奥のハサムの目はなかなかに血に酔っていた。いい目をするじゃん。

 

「そう言われたらしょうがねえな!令呪10画を持って命じる!お前の望むまま戦ってこい!」

「御意」

 

やばい量のオーラがハサムからあふれ出る。すげーな目視できるじゃん。

藍色?黒っぽい青?暗殺者らしい殺意にあふれるオーラだな。

 

「異教の悪神アンリマユ、相手にとって不足はなし。ならば、私もそれらしい姿で行くとしよう。

今この一時であるならばこの姿に恥じぬ業をお見せできるであろうから」

 

ハサムが衣装を変えて見せた姿はまさにまるで死神のようだった。

ドクロの兜に黒い甲冑。持つ武器はさっきのシンプルな黒い大剣。

アサコがはっと息を吞む。なにあれ何かすごいやつなのやっぱり?

 

「狩人殿、お世話になり申した、おさらばでございます。これで良いのです。これで百貌は一つの顔に戻れまする・・・・・・どうか、お元気で」

 

オイオイオイいやな覚悟決めないでくれよ!

 

「アサコ、今まで世話になった。これはこの豪腕からの餞別だ!持って行くが良い。

我が生涯そのものである!百貌は一人で良い・・・・・・達者でな。狩人殿をよろしく頼む」

「ハサム!……すまない。礼を言う」

「ああ、もはや憂いは何も無い・・・・・・満足だ」

 

何?何したの君ら。えっ、元々つながってたパスを通じて自分が死んだときアサコにスキルを譲渡?

もうすでに32種のうち30種くらいもらっちゃった?あいつ今心眼と大剣スキルと「ハサンのたしなみ」だけで戦ってんの?大丈夫?

 

そこからのハサムはまさに鬼神の如き戦いぶりだった。

もう避ける避ける。舞うような躍動する動きから最小限の静かな身のこなし、緩急計算しつくして一発ももらわない。

剣を振るえばいつ振ったかもわからないし、なんか振ったのかな?って思ったらものすごいダメージ叩き出してる。

地は割れ空を裂きその戦いぶりに心底俺たちは震えたよ。

 

もちろん俺たちも観戦してたわけじゃなかった。

相変わらずイスカンダルチームは縦横無尽に援護射撃するし、

キレイはハサムと一緒に黙々とぶん殴っては人体が出せるとは思えない音出してるし、

切嗣もそこに意外にいい感じで連携してる

 

俺?俺もその中でいっしょに爆発金槌ぶん回してたよ。アサコさん守りながらだけど。

でもまあアサコさんもハサムからもらったスキルがあるから全然負担じゃないんだけどね。

むしろあえて前に出ず回復や援護をいいタイミングでやってくれてる。

 

「よし、じわじわ削れていってる。だけど火力が、いや決定打が足りない・・・・・・聖剣、エクスカリバーやエアみたいなの、それに魔法の域に達した技がなきゃ……王よ!」

「おうわかっておる!カリヤ!これを貸してやる!強化10レベル異質なる月光の聖剣深淵血晶3個つきだ!今ならおまけで英雄王を切った箔で神秘も上がっておる!これならできるはずだ!」

「僕らは牽制と陽動、とどめの一撃を出せる隙を作ろう!」

「今宵最後の大舞台だ!トリは譲ってやる故、しっかり決めてこい!あれだ、ケーキ入刀というやつだ!」

 

俺は残りの令呪を2画だけ残して全部使う。内容は単純だ。

第一にパスを通じてハサムとアサコの大剣スキルを一時的に共有、それでもって偽・死告天使も一発分だけ共有。撃ち終わったらハサムにスキルを返す。

アサコはカリヤと共同してこの月光剣を使いベストなタイミングで最高の一撃をこの神様にぶちかませ!だ。

 

「いやなケーキだな!まあいいさ。行こうアサコ」

「はい、この身は御身のおそばに・・・・・・!」

 

月光剣が光ってうなる。幸せつかめと轟き叫ぶ!

青い月の光を纏い、そして宇宙の深淵と人の技の極致。

俺とアサコの手が重なり合い、そして光波と共に振り下ろされる告死の一撃。

 

「導きの光よ・・・・・・月光の聖剣!」

 

そして、光が消えたときアンリマユも泥ももうなかった。

 

(だから面白いんだ。人間ってやつは……!)

 

アンリマユの思考が伝わってくる。生贄として選ばれた人生。

そこから得た価値感。それは人は基本ろくでもない生き物だ。

だけどそれが時たま何かの間違いで善いものを残す。それでいいんだよ人間なんて!

 

(善意とか向上心で地獄を作り出すし、理性だの人間性だのは人間が思うほどまともなもんじゃない。人間なんて基本「そんなもの」だ。

だから駄目出しするし、だからこそ手をつかんで良い方向に顔を向かせるくらいはするさ)

 

(あんたもそうしたんだろ?あのヤーナムで。

なんのこっちゃねえ、アンリマユはキレイよりもカリヤの方が親和性高かったのさ)

 

(あ?もう何する力ものこっちゃいねえよ。楽しかったから最後にお礼を言いたかっただけだ。

誰かを助けたいという気持ちがある限り、アンタはギリギリ人間だ。今更獣に堕ちんなよ?)

 

(なあ、カリヤさんよ。この世界はまったくろくでもないよなあ。

それでも。瀕死寸前であろうが断末魔にのたうちまわろうが、世界は続いていくんだ。

それを希望がないって思うかい?)

 

まさか。それこそ「そんなもん」だろ?生き延びてやるさ。俺たちが戦い続ける限り。

 

(やっぱあんた最高だわ。最高に危険だ。

俺はこの世界がこんなにろくでもないのに飽きてんのよ。だからまあ、なんか新しいもんでも見ようかと思ってさ。だからあんたを呼んだんだ。おかげでいいもの見れたぜ)

 

(これで歴史は変わった。これからまあいろいろ大変だろうけど、それもあんたなら乗り越えていけるはずさ。『ならば生き延びるがいい、君にはその権利と義務がある』ってな!じゃーな楽しかったぜ!)

 

最後に嫌な捨てセリフを吐いて消えるなよ!不穏だなあ。

 

その日はみんなで汚染とか呪いとかついてないのを確認した後、ヘタイロイといっしょに戦勝会した。

うんまあおいしかったよマケドニア料理。

 

そして、俺たちは騒ぎつかれたら眠り、夜明けに目覚めた。

すべて長い夜の夢のようだったけど、起きても俺は狩人だったし、隣にはアサコがいた。イスカンダルもウェイバーもいる。まあついでに切嗣とキレイも。

まあ、今はこれでいいんだ、きっと。


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