レミリア冒険譚   作:鳳凰

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亀更新となるかと思いますが、よろしくお願いします。


プロローグ

ここ数百年余そうだったように、この日もまた紅魔館は、時が止まったかのような荘厳な静けさに満ちていた。

冬の朝ーー。

じっとりと重たい冷気が、庭園にも館にも降りてきて、この世の終わりのときが既にやってきた後のような静寂に覆われている。

真っ白な雪にすべてを染め変えられたかのような紅魔館。

生きている何者の気配も感じられないような、じつに寒々した一日の始まりーー。

 

 

 

館の一番奥の部屋。窓一つ無い、紅色がベースのかわいらしい小さな部屋。

宝石を思わせる鮮やかな紅い色のテーブルに、彼女は一人座って、お揃いの椅子に座ったまま、床に届かない足をさっきからお行儀悪くぶらぶら、ぶらぶらさせていた。

綺麗な装飾が施されたかわいらしいティーカップに、綺麗な色をした紅茶が入れられている。

紅い色をした瞳は、寝起きなのかまだ眠たそうにけぶっていて、時折、しぱしぱと瞬きをする。

そっと手を伸ばして、熱い紅茶をごくりと飲む。それから彼女は頭を傾けて、何かを考えるような仕草をしていたが、やがて

 

「…っ暇」

 

と、すこぶる機嫌が悪そうに呟いた。

この館の主であり、誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットは暇だった。

 

「最近誰も訪ねてきてくれないから暇で暇で堪らないわ。ああ…」

 

溜息を零しながらレミリアはテーブルに突っ伏した。

ティーカップの中で、鮮やかな色をした紅茶が熱々の湯気を放っていた。

窓の外ではさっきから真っ白な雪がちらついている。

玩具みたいに小さな暖炉が、ぱちぱちと音を立てて焔をはぜた。

 

静かだが、いつもとはどこか違う冬の一日が、始まろうとしていた……。

 

 

 

 

レミリアは、カッカッと靴音を響かせながら地下へと繋がる階段を下りていた。

階段を下りる。

下りる。

…まだ下りている。

もう少し。

疲れてきた。

ーーようやく、一番下まで下りることが出来たレミリアは少し息を切らしながら、そこにいるはずの友達の名前を呼びながら一番大きな扉を開いた。

 

「パチェー。いるー?」

 

そこは、紅魔館地下大図書館だった。

図書館の中に満ちていた湿気のあるひんやりとした空気がレミリアの頬をひゃっと撫でた。埃と塵と、知性の匂い。知らず敬虔な気持ちになる。

上を見上げる。

大図書館の壁いっぱいが、あふれる書物で埋め尽くされていた。一瞬、壁の模様なのかと見間違うが、それは全て書物なのである。

中央には少し開けた空間があり、そこではいつもこの大図書館に住む、パチュリー・ノーレッジが紅茶を片手に書物とにらめっこしている…というのが日常のことだった。

 

「…あらパチェ、いないの?」

 

今日この日はめずらしく、そこにいるはずの人物はいなかった。

書物を取るにも小悪魔がいるはずだし、整理や確認なども小悪魔がやるはずだ。パチュリーがこの席を立つというのは大変珍しいことで、あるとするならば魔法の実験をするために実験室に籠るくらいだ。

レミリアは、ああ、と合点がいったようにその小さな体を揺らした。

少し遠くて目を凝らさないと見えないが、確かに実験室の扉の小窓からは光が漏れていた。

 

「仕方ないわね…話し相手はいない様だし、本でも借りてくかなぁ」

 

レミリアはコツコツ、と靴音を響かせながら側の本棚を見て回った。

 

 

 

誰もいない広い空間というのは音がよく響くものだ。レミリアが一歩一歩歩く度に甲高い靴音が大図書館中に響いた。

 

「なにも、ないわね。私が読めるような本が全然ないわよ、もう」

 

小さなほっぺたをぷぅと膨らませ、怒っているんだぞといわんばかりに本棚をぺちぺちと叩いた。

と、その時、本棚の一上にあった真っ黒な本が今、落ち、る…

 

「いった、いっ!」

 

ごすっ、と嫌な音を立ててレミリアの頭の上に本が落ちた。

レミリアは頭をおさえてうずくまっていたがしばらくすると、自分の頭の上に落ちてきた本をちらっとみた。

 

「『Parallel world』?パチュリー著…ってこれパチェが書いた本?」

 

題名と著者を見て、少しは興味が湧いたのかレミリアはその本にゆっくりと手を伸ばす。真っ黒な表紙に金色でparallel world、と記してあった。

parallel world、パラレルワールドとは、ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。

「異世界」、「魔界」、「四次元世界」などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。

レミリアはぱらぱらとその本をめくりながら唸った。

 

「パラレルワールド、ねぇ…。そんなもの本当に存在するのかしらね」

 

ぱらぱら…

しばらく適当にページをめくっていると、見開きで大きな魔法陣の絵が乗っているページを見つけた。魔法陣、と呼べるのかも疑問に思う、まるで落書きのようなものだったが、紛れもなく魔法陣だった。

レミリアはページをめくる手を一旦止めると、まじまじとその魔法陣を眺め始めた。

 

「パチェも面白そうなもの研究してたのね…」

 

まあ私が読むような本でもないわね、とレミリアはその本をテーブルの上に置いた。結局、よさげな本は何も見つからなかったので大図書館を後にしようとするが、そういえば、ともう一度テーブルまで戻ってきた。

 

「この本…戻しておいた方がいいわよね、どこから落ちてきたのかしら…?」

 

レミリアはその本を元に戻しておこうと浮遊し、上の方まで向かおうとした。

パチュリーの本棚はぎっしりと隙間なく書物が詰まっているはずなので、空いているところを見つければ良いと思ったのだろう。だが。

 

ぱああっ

 

とその本が光ったと思うと一瞬で大図書館は光に包まれ、そして、レミリアとその書物は姿を消した。

 

 

 

 

「パ、パチュリー様!」

 

パチュリーはずっと実験室に籠りっぱなしでろくに休息もとっていないような状況だった。

扉の向こうから聞きなれた小悪魔の甲高い声が聞こえ、ゆっくりと、振り向いた。

 

「…小悪魔。実験中は邪魔しないでと、あれほどーー…」

「パチュリー様!今本の在庫確認をしていたのですが、本が一冊足りないのです!」

 

がちゃ、と大きな音を立てて実験室に入ってくる小悪魔。焦ったような声音でパチュリーに詰め寄った。

 

「ああ…どうせ魔理沙でしょう」

 

パチュリーは興味なさげに答えた。

この大図書館は霧雨魔理沙に幾度となく侵入され、本を盗られていた。もう既にそれは日常茶飯事のこととなっめおり、パチュリーはまたか、と若干不機嫌そうに顔を顰めた。だが、そんなことはもう慣れっこである。特に何の問題もない…そう思った。

 

「そうじゃなくてですね!盗った人が誰とかそういう問題じゃなくてですね、無くなっている本が、その、あれなんですよ!」

「…あれって、何よ?」

「パラレルワールドの本ですよ!魔力を行使しただけでパラレルワールドに飛んじゃう魔法陣があるやつです!」

「っ!?」

 

パチュリーは目を見開いて少しだけ体を後ろに仰け反らした。

 

(あれは私が魔法を使って隠していたはず…魔理沙でも簡単には見つけることは出来ないし、魔理沙が普段は気にしない一番上の棚にあったのにっ…?)

 

パチュリーはしばらく固まって動けなかった。静寂。

小悪魔もおろおろしているばかりで誰も喋らぬ沈黙が数秒間続いた。その沈黙を破ったのは思いもよらぬ人物で。

 

「あの…パチュリー様、お嬢様が先程から見当たらないのですが…ここにはいらっしゃらないですか?」

 

この紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。多方時間を止めてここに入ってきたのだろう。急に現れた咲夜に二人共少しは驚いたもののよくある事なので、慣れた様子で

 

「見当たらないって…どこにもいないの?」

 

と訪ねた。

 

「はい…館のどこにもいらっしゃらなくって。てっきりパチュリー様の所にいるのかと…」

 

明白だった。

 

「…ってことは、パラレルワールドの本を盗った、いや取ったのはレミィってこと…?」

 

パチュリーがぼそっと呟く。

小悪魔は顔が青くなっていて、咲夜はなにがおこっているのかわからないといったふうに首をかしげていた。


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