「まさか、ここまでとは…」
会場の誰かがそう言った。
雄英体育祭決勝トーナメント準決勝第一試合、轟VS造理の試合が行われていた。
しかし、現在の試合の状況は・・・。
「ぐわぁっ!」
「おそい」
造理が轟を圧倒する一方的な状態に成っていた。
試合開始直後、轟が個性を発動し強烈な一撃を造理に食らわしたが、造理はそれを難無くと突破。
試合は再開され、轟はさらに個性を繰り出すも・・・。
「無駄だ」
「ぐっ!」
轟によって繰り出された氷による攻撃は造理の個性によって全て打ち消されてしまい、その隙を突かれて接近を許してしまった轟は再び攻撃を食らってしまう。
『オーッと轟! またもや強烈な一撃を食らっちまった! 大丈夫かおい!?』
「おいおいマジかよ!」
「エンデヴァーの息子が圧倒されてるぞ!」
プレゼントマイクの実況がうるさく鳴り響く中、観客達が声を上げる。
今まで圧倒的な強さを見せここまで勝ち上がってきた轟が一方的にやられている姿を一体誰が予想しただろうか。
圧倒的勝利とまでは行かなくても接戦を期待している者の方が多かったであろうこの試合、蓋を開けて見たらこの有様。
ナンバー2ヒーロー"エンデヴァー"の血を引く者がことごとく蹂躙される姿を目の当たりにして驚きを隠せない者が多く見られた。
「(何をやっている焦凍!)」
観客席にて息子を観戦していたナンバー2ヒーロー"エンデヴァー"はやきもきしていた。
二回戦が終わった時、相手である造理が手強い相手であることを忠告したにも関わらずいいようにやられているこの状況。
――何より。
「(何故、"左"を使わない!?)」
そう、ここまで試合が進む中どう言う訳か轟は"左"を使用していなかったのである。
「("左"を使え! 出なければお前に勝利は無い!)」
エンデヴァーは心の中でそう叫びながら試合を観戦していく。
――場所は変わって。
「轟の奴、一方的にやられてるぞ!」
「造理ってあそこまで強かったの!?」
「でも、轟ちゃん"左"使ってないわよ?」
「それでも一方的過ぎるだろ!」
A組の面々も一方的な試合展開に驚きを見せていた。
そんな中、緑谷は・・・。
「(――何だろう、何か変だな)」
A組の皆と一緒に試合を観戦していた緑谷だけはこの試合の展開に疑問を抱いていた。
「(造理くんはともかく、轟くんはちょっとおかしいぞ? さっきから同じような攻撃しかしてない)」
他の面々は轟の個性の強さばかりに気を取られていたから気付いていないが、ヒーロー分析を得意とする緑谷は気付いていた。
試合開始直後から轟は造理に対して氷の個性でのワンパターンな攻撃しか行っていないと言う事を・・・。
「(一体どうしたんだ轟くんは? 僕と試合をした時よりもおかしい)」
轟のおかしな行動に疑問を抱きながらも、試合の行く末を見守る緑谷であった…。
◇◇
「フンっ!」
「ぐふっ!」
俺は轟に向かって攻撃を繰り出した。
試合が開始してから数分、試合は俺が一方的に圧倒している状態であった。
轟が繰り出す氷の個性も・・・。
「無駄だ」
「くっ!」
「何度やっても同じだ」
問題なく打ち消している。
そもそも俺に対して轟の氷結の個性はあまりにも相性が悪かった。
轟の氷の個性は圧倒的な攻撃力を誇っているが、所詮は"氷"と言う物質を放っているだけ。
物質の構成さえ理解してれば、あらゆる物を分解出来る俺に対して全く意味を成さないものである。
触れさえすれば氷は直ぐに分解出来てしまう。
一瞬で脳みそまで凍結されれば話は別だが、試合である以上はそのようなことは出来ないし、何の問題も無かった。
さらにそれだけじゃない。
「ふんっ!」
「当たるか!」
「こっちだ」
「ぐはっ!」
俺はフェイントを交えた攻撃を繰り出し轟の腹部を捕らえる。
俺と轟とでは戦闘技術にも差があった。
轟は父親であるエンデヴァーによって幼い頃から厳しい特訓を受けていて、その戦闘技術は大したものだが所詮は"訓練"だけで得た力だ。
変則的な攻撃に全く対処が出来ていない。
対して俺は幼い頃からヴィランに狙われてそれらを撃退してきた事によって得た"実戦"で得た力、訓練と実戦では違いが明らかであり、実戦を禄に経験していない轟と俺とでは、どうしても差が生まれてしまう。
「体育祭が始まる前にも言った筈だぞ? "今のお前では俺には勝てない"って」
「ちっ」
「なあ、轟」
「?」
俺は動きを止めて、轟に声を掛ける。
ここで俺は轟に対して抱いていた疑問をぶつけた。
「お前、…一体何に悩んでるんだ?」
「!?」
俺は轟に問いかけた。
試合開始からここまでの間、試合をしながら轟を観察して分かった事なんたが、どうも今の轟は集中力が欠けていた。
試合内容がとても単純に成っており、轟が氷の個性を発動し俺がそれを相殺し、そして俺が轟に向かって個性を使用しない攻撃を繰り出す。
さっきからこれを繰り返している状態だ。
派手な個性を打ちまくりそれを相殺する事が目立ちすぎて気付いていない者も多いみたいだけど、実際に戦っている俺からして見たら何とも締まりが無い展開であった。
「やる気が無いならさっさと降参しろ。俺は戦う意思が無い奴と戦う気は無い」
「・・・・」
俺の言葉に轟は何も答えない。
こいつは今、一体何を考えているのかどうもよく分からない。
この試合で轟は"左"使わずに居る。てっきり父親であるエンデヴァーに対して、まだ拘りを抱いているのかと思っていたが、どうも違うようだ。
試合そのものに集中出来ていないように見える。
今のこいつなら居眠りしながらでも勝てる気がしてしまう・・・。
「・・・・一つ聞きたい」
「?」
しばらくすると轟が声を出し俺に話しかけてきた。
一体何を言うのやら・・・。
「お前・・・・親を恨んでないのか?」
「!?」
轟の言葉に俺は声は出さなかったが驚いてしまった。
今こいつは言った言葉、その言葉の意味を直ぐ理解してしまったから・・・。
「――誰から聞いた」
「・・・・」
俺の問いに轟は何も答えない。
しかし轟は視線だけを別の方向に向けていて、その視線の方角に居るのは・・・。
「――エンデヴァーか」
轟の視線の先には観客席にて試合を観戦しているナンバー2ヒーロー"エンデヴァー""の姿があった。
どうやら轟は父親から俺の事を聞いたみたいだ。
俺の素性に関しては一様、守秘義務に成っているのに何故こいつに話したのやら・・・。
「それを聞いてどうする?」
「――俺自身、何か変われるかも知れないと思った」
どうやら轟は俺の素性を知ったことで試合に集中出来ていなかったようだが、何とも身勝手な理由だった。
他人の家庭事情がそこまで気になる事なのか疑問に思うが、俺の家庭事情に何か親近感でも抱いたのだろうか? 自分の境遇と重ねて居るのだろうか?
――でもそれならまだマシだと俺は思ってしまった。
もし俺に対しての同情であったなら容赦なく叩きのめしてやろうと思ったが、あくまで自分の為であると言う事を明確に表している。
その辺にたむろって居る無意味な善意を振りまく偽善者達に比べたら遙かにマシだ。
「――意味が無い」
「?」
「親を恨むと言う行為自体が、今の俺に意味をなさないんだよ」
「・・・・」
俺は観客席に聞こえないように小さな声で答えてやった。
逃げた親に対しては・・・・全く気にして居ないと言えば嘘になるが、気にした所で何かが変わるわけではない。
俺が幾ら親を恨んだ所で俺自身が救われる訳じゃ無いし、今の俺の現状が変わるわけでもない。
つまり逃げた親に構った所で俺には何のメリットも無いのだ。
それよりもっと優先するべきとことの方が俺には多いいから、そちらに時間を費やした方が有効である…。
「逃げた親に時間を割く余裕が俺には無い。今を必死に生きて未来に備えるだけだ」
「・・・・」
「逆に聞くが、お前――母親が大事か?」
「!?」
俺の言葉に轟は意表を突かれたかのような顔を見せる。
決勝トーナメントが始まる前、轟から自分の境遇を聞かされたが、その内容からしてこいつは母親のことがとても大事なんだろう。
自分に煮え湯を被せ顔に大やけどを負わされてにも関わらず、それをやった母親は恨まずに母親を追い詰めた父親に怒りを向けていた。
如何に母親を大切に思っているのかがよく分かる・・・。
――だから。
「いい加減、気付いたらどうだ?」
「?」
「お前・・・オールマイトのようなヒーローに成りたいんだろ?」
「!?」
俺の言葉に轟は再び驚きの表情を見せる。
これは二回戦第一試合での緑谷と轟の対決で気付いたことなんだが、緑谷との対戦で"左"を使用した時の轟は笑みを浮かべており、緑谷と同じような雰囲気を出していた。
緑谷に感化された事で内に秘めていた思いが湧き出したんだろう。
こいつも緑谷同様、オールマイトのようなヒーローに憧れているに違いない。
「正直、今のお前を見てると呆れを通り越して、イライラする。堅実でもなければ冷酷でもない、天秤のように揺らされている迷い人だ。
「そんなことは言われなくったって分かる、」
「分かってないだろ? 成りたいものがあるなら他の事なんかに気を取られるなんて、時間を無駄にするだけだ」
「・・・・」
「それにお前には父親に復讐するよりも成すべきことがあるんじゃないのか?」
「?」
轟は俺の言葉の意味が分からないようで疑問の表情を浮かべた。
ちょっとお喋りが過ぎているかも知れないが、正直に言って今の轟は見るに堪えなかった。
決勝トーナメント開始直後の轟は父親に対しての怒りに身を任せていたけどまだ真っ直ぐに突き進んでいるように思えたから特に何も思わなかったが、今のこいつは何をすべきか分からずに居る迷える子羊のようだ。
俺は優柔不断な奴が好きでは無いから、そういう奴の相手をするのはあまり気分が良くないし、俺自身が萎えてしまう。
だから俺は轟に対してある程度の助言をすることにした。
「もしお前が本当にオールマイトのようなヒーローを目指してるなら・・・」
「・・・・」
「まずは身内である――母親を救って見せろよ。それがお前の目指すヒーローの形だろ?」
「!!?」
轟はこれまでに無いような驚きを見せた。
こいつは母親を大切に思っている、ならばこいつが真っ先にするべき事は直ぐ近くに居る救わなければ成らない人物、――母親に手を差し伸べて救ってやることだ。
ヒーローが本当にしなければならないことは人を"救う"ことなのだから・・・。
「・・・・・・」
俺の言葉を聞いた轟は沈黙を貫いていた。
「おいおいどうした?」
「何で二人とも動かないんだ?」
少しお喋りが長かったようであり観客達から声が上がり始めていた。
俺も柄にも無い事を喋ってしまったから特に弁明は無いのだが、唯何もせずに時間だけが過ぎてく状態は流石に良くないと俺も思ってしまう。
――すると、その時
「――フフ」
「?」
「フフ、ハハハハ、ハハハハハハハハ!」
「「「???」」」
突然、轟が声を上げて笑い出した。
『おいおいどうした事だこれは!? 突然、轟が笑い出したぞ!!』
「轟が笑う? …初めて見たな」
プレゼント・マイクだけでは無く、側に居た相沢先生まで驚いている様子だがそれも仕方が無い。
学内において常に無表情でいてろくに感情を見せなかった轟が声を上げて笑っていたのだから・・・。
「俺が言ったことがそんなにおかしかったか?」
「ハハハハ、ハハ…、は~…いや、違う」
「?」
「――スッキリしただけだ」
轟は俺を真っ直ぐ見てそう告げてくる。
その表情は先程までの集中力を乱し迷える子羊のような表情とは違い、迷いが晴れ真剣に何かを見据えたかのような、決意を固めた表情であった。
「礼を言う造理。これまでに無いほど爽快な気分だ」
「それは良かったな」
「ああ、だから」
「?」
意味深げな言葉を吐く轟。
――すると。
「――ここからは"全力"で行く!」
「!!」
そう言った瞬間、轟の左腕から炎が飛び出した。
今まで使用しなかった"左"を使ったと言う事だ。
「――迷いが晴れたのか?」
「ああ、綺麗サッパリな」
笑みを浮かべながら答える轟、どうやら本当に迷いが晴れたようだ。
――これは少し、厄介なことに成りそうだな。
「もうさっきまでのようにはいかねえ。タップリ借りを返してやる!」
「――掛かってこい。返り討ちだ」
再び轟との戦いが始まって行った・・・。
――――
主人公VS轟の対戦、一旦ここで分けます。
主人公と原作キャラクターの関係改善の為にあえてヒューマンドラマを多く組み込んでみましたが、何か凄くわざとらしく成ってしまいました。
でも、麗日の時よりはマシだと思ってます。
次回は主人公VS轟の試合に決着を付けます。