紅糸清澄   作:茶蕎麦

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 原作で描かれていないとはいえ、とあるキャラクターの過去の殆どをでっち上げています。
 違和感や不快感を受けてしまったら、申し訳ありません。


第八話 お姉ちゃんだから

 

 

 津山睦月と須賀京太郎は幼馴染だった。異性とはいえ一つ年上のご近所さん。親同士の仲がよくあれば、自然と共にある時間は増えていく。

 睦月の兄とは年が離れすぎていたためか、それほど構ってもらわれることもなくて。京太郎が幼稚園に通っていた頃、まだカピバラの飼育をしていなかった分子供には広過ぎるくらいの須賀家の中で、二人はよく遊んだ。

 しかし、コレクター気質で見た目ほど運動が得意ではない睦月と、むしろ身体を動かしていないと気が漫ろになってしまう程に元気の塊であった京太郎の趣味が合う事は中々ない。

 そうであるなら、どちらかが片方の意見に沿わせるか、或いは一緒に遊ぶのを止めるのが自然なことであるだろう。

 だが果たして、何時も京太郎が渋々睦月のままごと、お姫様ごっこに付き合うことになるのである。それは、彼が一人を嫌がる彼女の泣き顔を嫌ったがために。

 

 普通ならば、睦月が姉貴分として年下の京太郎を引っ張るのだろう。だが、彼女は少し内気で泣き虫で、年長者の自覚なんてろくに持ってはいなかった。

 そのため幼い睦月は、一人は嫌と泣いて、京太郎の後をくっ付いて回ったのである。それは、遠くから彼女を見ていた兄が少し心配に思ってしまうくらいに。

 やがて、京太郎がこの幼き先輩の面倒を見ていく内にその表情が刷り込まれて、誰かが孤独になっているときに、彼女の泣き顔が浮かび、そのためにその孤人に干渉したくなるようになっていくのだ。

 この時の睦月のわがままが巡り巡って、幾人もの心を救うことになるとは知らず。ただ、幼き二人は小さい世界にて共にあることを当然のこととしていた。

 

「ぐす。きょーたろー、きょーたろー」

「なかないでよ。むつきおねえちゃん」

 

 しかし、時が経てば変わるものもあった。京太郎が幼稚園を卒業したその年、定年を迎えた祖父母の老いや仕事の都合も併せ、津山家が転居を判断する、という二人にとっては大きなことが起きる。

 同じ県内とはいえ、子供の足ではとても気楽に会うことなど出来なくなるということを知ってから、睦月は延々と泣いて京太郎から離れなくなった。

 それは困るが、大好きな睦月お姉ちゃんのためとあれば、胸を貸すことを厭うことなど有り得ない。京太郎も悲しくはあったが、それでも笑顔で別れたいと思っていたがために、彼は最後までぐっと我慢をしていた。

 歪んだ笑顔からそれを察して笑んで、兄貴分は今更になって二人に時間を裂かなかったことを少し後悔しながら、そっと彼女と彼を引き離す。

 

「じゃあな、京太郎。ほら、睦月、行くぞ」

「う、うん……」

「さよなら、みんなー! むつきおねえちゃーん、またあおうね!」

「うぅ、きょーたろー!」

 

 桜散る中で、望まずとも二人は別れる。求め合っている心は同じであろうと、方や泣き顔、方や笑顔で。春風が目に塵を運んできたりもしたが、それでも京太郎は最後まで涙することなく車に乗って去っていく幼馴染の姿をその目に焼き付けていた。

 それが男の子の強がりであることを理解していた睦月の母親は、上を向いて涙ぐんでいる兄を見てから、後部座席から身を乗り出し、泣きながら届かぬ手を伸ばす妹に対して、声をかける。

 

「京太郎君は最後まで泣かなかったわね……強い子。睦月はお姉ちゃんなんだから、これからはしっかりとしないと駄目よ?」

「ぐす。しっかりしていたら、きょうたろーとまたあえる?」

「そうね。きっとまた会えるわ」

「そうなんだ……ならわたし、しっかりする」

「ふふ。三日坊主にならないといいけれど」

 

 しっかりする。母親の予想とは異なり、睦月が放ったその一言は、彼女の内に深く刻まれることとなった。

 自分が立派になれば、京太郎が近づく。己の内にそんな考えを染み込ませた睦月は、次第に泣き虫から脱却し、そして自立心を持つことで大いに変わっていく。

 

「睦月お姉ちゃん、俺と外で遊ぶことに反対しないの?」

「うむ。だって、私は京太郎のお姉ちゃんだからな」

「そ、そうなんだ……」

 

 兄を手本に、少し男勝りに以前と違えて。

 その成長ぶりは、年何回かしか会えない京太郎が驚くほどで。思わず彼がべったりと付きまとわれていた以前を思い出して、寂しさを覚えてしまったくらいだった。

 

「カード麻雀?」

「そうだ。むっきーもやってみるかー?」

 

 そして、睦月は京太郎より先に麻雀に触れ。

 

「むつきちゃん、かー。いい名前だねっ☆」

 

 彼より先に、プロに見初められたのだった。

 

 その間もその後も、京太郎のことが一番に好きな、そのままに。

 

 

 

 

 やわらかな春の日差しによって空気まで蕩けているような、そんな過ごしやすさを感じながら、京太郎はバス停にて先んじて、あと五分も経たずに訪れるだろう誰かを待っていた。

 思わず、あくびを一つ。かみ殺せなかったそれに京太郎は弛みを感じながらも、休みの今に気を引き締めてかかるのも良くはないとも考える。ましてや、相手が相手。

 殆ど身内の姉貴分。そんな彼女が久しぶりに来るというだけのことに一々緊張していてはおかしいだろう。

 

「それにしても、俺には部長の課題なし、っていうのはなぁ。咲達は随分頑張っているみたいだから気が引けるんだけれど……まあ、それで休まないというのも馬鹿らしいことだし、今日ぐらいはゆっくりするか」

 

 しかし、今の気の緩みが、県予選の特訓、個々に出された課題をクリアするために張り詰めた雰囲気を醸し出していた部の面々のことを思うと、京太郎には怠惰そのものにすら感じられていた。

 とはいえ、言葉の通りせっかくの休みに要らぬ気を揉んで疲れるのは阿呆らしい。

 鬼気迫る表情でパソコンに向かってネット麻雀に勤しんでいた咲や、機械の様にツモ切り動作を繰り返していた和等には悪いが、今日の再会も麻雀に匹敵するくらいに京太郎にとっては大事である。

 

 ちなみに、最近休みに何をするかよく聞いてくる咲に包み隠さず予定を話したところ、睦月先輩なら大丈夫だね、と何故か笑顔で言われる羽目に。京太郎に真意を理解することはできなかったが、元々幼馴染に会うのは誰に憚ることでもない。

 お前に管理されるいわれはないぞ、と京太郎は咲の額にでこぴんをしたら、それを見ていた優希に馬鹿ップルだじぇ、と言われ、そして和にあれは友人の範囲内での親しさの顕れですねと評されたりしていた。

 

 そんなこんなを思い出していたら、目の前にバスが停車した。開いた扉から真っ先に出てきたのは、髪を後ろで一つに束ねた凛とした美人。その顔が自分のために柔和に変わったことを京太郎は喜ぶ。

 

「京太郎!」

「久しぶり、睦月姉さん、っと」

 

 飛びついてきた少女をそれなりに鍛えてある身体で受け止めることで、その華奢さを認めつつ、京太郎は柔らかな感触から確かな成長ぶりも感じ取る。

 なに睦月姉さんに異性を感じているんだと、思わず緩みそうな頬を引き締めてから京太郎が彼女を降ろすと、視線が集まっていることに気付く。

 バス停から追うように降りてきた女性達四人が、自分等をそれぞれ驚きも顕にこちらを見つめているのに、居心地の悪さを感じた京太郎は、満面の笑みを見せる睦月に質問をした。

 

「睦月姉さん。あの人達は、誰なんだ?」

「ああ……あの人達はただの、お邪魔虫だ」

「ワハハ。お邪魔虫とは酷いなー」

「私が京太郎に会うことを知ったからって、こっそり後をつけて来た人達なんて知りません。全く……皆が慌ててバスに乗って来なければ気付きませんでしたよ。それにしても、加治木先輩まで一緒しているとは思いませんでした」

「すまん、津山。蒲原がそこの、須賀君とやらをひと目見てみたいと言ってきかなくてな。そこにモモが乗ってしまってはどうしようもない。せめて蒲原達が粗相をしないように付いていく他になかった」

「はぁ。やっぱり加治木先輩は貧乏くじを引かされていただけですか……」

 

 バス停前で塊になっていたのは、女子四人。苦笑いを見せながら、睦月はその面々を紹介する。

 まず挙げた笑顔が似合うどこか大らかそうな女性は蒲原智美というそうで、現在運転免許所得に邁進中らしい。

 そして、次に京太郎に睦月が教えたのは、どこか堅そうな女の人。加治木ゆみという名前で、彼女も部の先輩と聞いたために、なるほどこの人が部長なのかと勝手に彼は確信する。実際は智美が部長なのであるが、その間違いは当分正されることはなかった。

 

 あと残り二人という段になって、京太郎は視線を下げないように苦労することとなる。何故なら、後の二人は随分と彼好みの体型をしていたのだから。

 何時もより尚気を遣ったその態度は和にあまり女性の胸元を見るのは感心しませんよ、と釘を刺されていたのを思い出してのことだった。その後私は別に嫌ではないのですが、と言われたのに上手く答えられなかった記憶がまだ新しかったために。

 

「次は、私の同級生の妹尾佳織。麻雀初心者で目下勉強中だ。そして……あと一人は……」

「ん? 睦月姉さん、何キョロキョロしてるんだ? 残ったのはこの人だけだろう?」

「なっ」

 

 その驚きの声は誰があげたものだろうか。最低でも、京太郎と睦月ではなかった。彼にとっては当たり前のこと。そして、彼女にとってはどんな特異があろうとも彼のことを受け入れているために。

 反して、京太郎が平手で指し示した彼女は、この場の誰よりも驚いていた。

 

「むっちゃん先輩、この人私のこと見えているっすよ!」

「それがどうしたんだ?」

「いや、だって……私ステルス状態だったんすけど……」

「京太郎なんだ、モモの姿くらい見えていてもおかしくない」

「むっきーは相変わらずの京太郎びいきだなー」

 

 ワハハと笑う智美の言葉にお姉ちゃんだから当然です、と返す睦月を他所に、京太郎と彼の手が未だ向けられているショートボブの少女、東横桃子は混乱する。

 京太郎は彼女のステルスという言葉が理解できず、桃子は自分の特異体質が通用しない相手に初めて出会ったがために対応に困って。

 そう、桃子は人に気付かれにくい。それこそ騒がなければ隣にいても見つかることすらない、という程の影の薄さを持っていた。そしてそれはただの隠形ではなく、日常生活に支障をきたす程の異能だったのだ。

 意図して隠れて脅かそうとしていた今に見つけられることなんて、桃子にとってあり得ることではない。正しく驚天動地の事態であった。

 

「桃子さんのことを気づけるって凄いね。私なんて、今日智美ちゃんに連れてこられて紹介されるまで、部室で一緒にいても気付かなかったのに」

「えっと、妹尾さん。彼女はそんなに……っていうことは能力か何かが関係しているのか……」

「私が見えてるんすよね。なら、見えないことが分からないはずなのに……こんな信じがたいこと、理解してくれるっすか?」

「まあ……色々とおかしい人知ってるからなぁ……ハギヨシさんなんて技術で忍んでいるみたいだけれど、近くに居る筈なのに見えなくなるからな。それと比べたら、能力で見えないなんてそんなにおかしなことではない、と思うぞ?」

 

 俺も色々と麻痺しているのかな、とメガネと自分の同色の髪色が目立つ佳織と、俯き表情を前髪で隠してしまった桃子等の豊かな胸元から努めて目を逸らす京太郎は、麻雀に関わってからこの方世の不思議とまで縁を持ってしまったことを遅まきながら解す。

 京太郎が糸を結んできた摩訶不思議の一端の少女は、急に顔を上げたかと思うと、大きく笑った。

 

「あはは。なんだか気になって付いて来てみて正解だったっす! 私は東横桃子っすよ。須賀君は面白い人っすね!」

「桃子さんか。よろしく」

「同じ一年同士、呼び捨てでいいっす!」

「分かった。なら、俺も京太郎でいいぞ」

「な、なんか男子を下の名前で呼び捨てするのはハードル高い気がするっすね……京太郎君、で勘弁して欲しいっす」

 

 久方ぶりの同年代の異性とのまともな付き合いをするのがどこか恥ずかしく、桃子は思わず隠れたくなったがしかし目の前の相手にそれが通じることはない。

 目と目をきちんと合わせてくれる男の子に、思わずその端正な顔つきをまじまじと見つめてしまい、一体全体好みのタイプであることを自覚し、桃子は顔を朱くした。

 

 そんな二人に置いていかれたその他四人。智美と佳織は暢気に、良かったと語り合う。

 だが、ゆみはせめぎ合う内心が出たかのように複雑な表情をして、京太郎達を観察していた。それをちらりと見た睦月はそれを嫌気とみて質問する。

 

「加治木先輩、モモの関心を奪われて、ちょっと不機嫌ですか?」

「いや……ちょっと違うな。私にべったりだったモモが誰かに興味を持つのはいいんだが……それに、見つけられる相手が出来たのも喜ばしいことだが……それが津山の想い人であるのが拙いと思えて、な」

「なんだ、そんなことですか」

 

 ゆみの憂慮は見当違い。それを一番良く知っているのは睦月である。安心させるためにも、硬い表情を緩めて、彼女は言う。

 

「一番に好きな人を好きになってくれる人が増えたことなんて、お姉ちゃんとしてはただ嬉しいばかりですよ」

 

 モモは変な虫ではないと知っていますし、と繋げて睦月は笑った。

 

 

 

 

 場所は変わって京太郎の自宅。彼の両親に挨拶をし、カピバラを撫で可愛がった一同は、リビングにて麻雀マットを広げて学校違えども同じ麻雀部として鉾を交えていた。

 ただ、半荘終わって、相手の鉾が少し痛すぎたためかテーブルに伏してしまった物も居る。それは経験を積ませるためにもと、優先的に卓に着かせてもらった初心者の佳織であった。

 

「うぅ……皆強いよお」

「いや、妹尾さん、先々局なんて一歩間違えれば役満和了っていたじゃないですか。初心者と聞いていますが、運の太さは俺なんかよりずっと強いものがありますよ」

「鳴いてズラしてツモらせず、その役満を対々和三暗刻に落とさせたのは誰だったかなー」

「まあ、俺ですが……って、全部が俺のせいじゃないですよ」

「うぅー」

 

 唸って涙目で見つめてくる佳織に対して、京太郎は困る。麻雀で手を抜くというのは彼にとって禁忌に近いことであり、だから惜しげもなくその才能を駆使して初心者相手にも全力で当たった。

 それは、roof-topで受けた過去の洗礼の覚えもさることながら、師の教えもあり、更には京太郎本人の性格もあってのこと。役満気配を感じ取った京太郎が、鳴いて佳織がツモ和了ることを防いだのは間違いない。

 だが、他家へと渡った当たり牌がその後溢れたのを喜んで、四暗刻すら判らない初心者の佳織が役満を知らずに捨ててロン和了りしたことの責任まで負わされてはたまらなかった。

 困る京太郎を見て、思案していたゆみは納得した様子になってから口を開く。

 

「やはり先の鳴きは狙ってやっていたのか……雀頭の筈の一つの対子をあそこでポンするのは、意図がなければおかしいとは思っていたが……いや、後ろから見ていたから蒲原と私には狙いと効果が分かるが、俯瞰せず直感のみであれをやってのけるとは」

「それどころか、半荘一回終えて、一度もロン和了りされていないぞ。ダマに取っていたモモの当たり牌をどうやって判断して避けたんだろうなー。私なら臭いで何となく分かるかもしれないが」

「臭いで分かるんですか……まあ、俺の場合靖子さん、師匠に感覚をここまでかというくらいに磨かされましたからね。外れたら手痛く思うだろうけれども、それでも感性を信じなければお前は絶対に勝てない、とよく言われました」

「出来ればその感性の鍛え方を教授願いたいものだが……流石にそれは無理かな?」

「あはは……教えたくても、ちょっと直ぐに用意説明が出来るものではありませんね。おまけに何か、適正みたいなものもあるらしいです。それに何より師匠に黙ってろと言われていますし」

「残念だ」

「うむぅ……師匠か……」

 

 苦笑いする京太郎と、言ほどに残念そうでない表情を見せるゆみを見ながら、睦月は彼の言葉の中に嫌なものを見つけて、一人悩む。

 何人かはそれに気付くが、一人知らずゆるゆる笑いながら、智美は睦月に水を向ける。

 

「ワハハ。それにしても、やっぱりむっきーは流石にウチのエースだなー。そんな強い京太郎に稼ぎ勝つんだから」

「ステルスも京太郎君とむっちゃん先輩には最後まで及ばなかったっす。二人して当たり牌出してこないし、かおりん先輩の対々和三暗刻に振り込んじゃったから、最後満貫ツモれなかったら私最下位だったっすよ……」

「私は京太郎よりも麻雀歴が長いし、主にネットでとはいえプロの指導を受けているという条件は一緒だから……それに、お姉ちゃんだから、負けられない」

「おお、何かかっこいい」

 

 勝ったことではなく、姉の面目を保てたことに喜びクールに薄く笑んで胸を張る睦月に、一人っ子の佳織は憧れじみた感情を抱いた。

 しかし、当の睦月は内心京太郎の一番の目標となれていないこと、更には力の差が思っていたより狭かった、ということに内心少し残念な思いをしてもいる。

 弟分の努力が報われる、それは嬉しいことだけれども、自分よりも随分とその割り合いが多いというのは困ったものだと睦月は思う。

 

 

 睦月は、あまり師の名は公言しないように注意されているが、事実教えを受けている瑞原はやりと同じく防御と和了スピードに重点を置いた麻雀をしている。

 それも、京太郎と違って感性には頼らない理詰めのもの。どれ切る問題を二人に解かせたら、大差で睦月が勝利するくらいに、彼女は学んで濃い経験を積んできていた。

 ネット麻雀界隈では、のどっちと並んでむっきーの名は有名である。中学三年生のインターミドルでは上位に食い込んだことだってあった。

 

 そんな、睦月の麻雀人生。負けばかりで辛い時期も勿論多々あって、勝てないことに折れそうになったことも一度や二度ではない。だが睦月は一度も、諦めて牌を投げるようなことはしなかったのだ。

 中学一年生の時分に智美に教えられて、睦月は麻雀にはまり込む。けれども中高一貫校であり、そのどちらにも麻雀部が無かった鶴賀学園。部を立ち上げるにも、卓を立ち上げることにすら彼女は難儀した。

 だがそれは、丁度同時期に弟分である京太郎がハンドボールで青春を謳歌している頃であり、睦月は負けていられない、しっかりしなければという思いで牌に触れ続け。やがてある日プロの目に留まる程に、長じたのだった。

 

「しかし、それでもちょっと努力が足りなかったか。もっとしっかりしないと……」

「……津山、モモが休み時間に記念に皆で写真を撮りたいと言っているんだが……」

「あ、はい。分かりました」

 

 少し悩んでいる間に、知らず時は過ぎていく。気づけば、皆は卓から離れて外に出ていた。ゆみに呼ばれてそれに気付いた睦月は慌てて京太郎の後を追わんとする。

 睦月の独り言を聞いていたゆみは、思わずその背中に声をかけた。

 

「……あまり、無理をし過ぎるなよ。お前が倒れて悲しむのは家族や須賀君だけじゃない」

「すみません……約束は出来ないです」

「そうか。だが、私の言葉を忘れないでおいてくれ」

「はい」

 

 果たして自分の言の葉は確かに受け止められたのか。ゆみは肩肘張りすぎている様子の後輩に対して不安を覚える。

 睦月の想いは強すぎて少し歪んでいやしないか、そう感じ取ったのが未だゆみ一人でしかないことに、彼女はまた一つ心配を募らせた。

 

 

 

 

「これで京太郎コレクションがまた一つ増えたな……」

「睦月ちゃんにも写真送れたかなー……ってうわ、凄い。京太郎君との写真が沢山!」

「うむぅ。これはほんの一部なんだけれど」

「あはは……本当に睦月ちゃんは京太郎君が好きなんだね」

「お姉ちゃんだからな」

 

 帰り道、バスの後部座席に皆座って適当に会話を交わす。

 夕焼けが朱く全てを染める中、一時中断した後も麻雀を続けた面々は少し疲れを覚えているのだろう、大会などで何時間もの闘牌に慣れている睦月と、これ以上続けても頭が回らないようとあまり卓に着かなかった佳織以外は一様に眠そうだ。

 そんな中で、元気にお決まりの台詞を口にして自慢げにまた胸を張った睦月を、皆で撮った写真をメッセージアプリから送った佳織は微笑ましそうに見つめている。

 睦月が自宅のパソコンに見られたら暢気な智美すら引いてしまう程の量のデータをこっそりと収集していることを、佳織が知り得ないのは、幸いなのだろうか。

 

「いい子だもんね。私も好きになっちゃった。桃子さんも気に入っているみたいだし……でも、本当に好きになっちゃうのは睦月ちゃんに悪いよね」

「そんなことはない。私は佳織が京太郎を好きになってくれるなら、嬉しい」

「……それがライクではなくラブでも?」

「勿論だ。きっと、佳織や桃子ならば京太郎を幸せにしてあげられるだろうと思うから。弟の幸せを願わないお姉ちゃんがいる筈もないだろう?」

「そうなの、かな……睦月ちゃん、自分を誤魔化していない?」

「そうか?」

 

 迷いなく、京太郎を愛していると信じているのだろう。自分のおかしなところに気付かずに、睦月は首を傾げる。

 それを口にしていいのか、少しだけ佳織は迷う。言わなければ、本当に自分と京太郎がもし結ばれたとしても睦月は笑って認めてくれるのだろうから。

 だが、睦月の友達でもある佳織は、彼女に今一番必要だろう言葉を伝えることを選んだ。

 

「……だって、睦月ちゃん、お姉ちゃんである前に女の子でしょう? 津山睦月という女の子の幸せを、睦月ちゃんは忘れてるよ」

「私の幸せ? それは……」

 

 睦月は自問する。すると、答えは簡単に出た。自分の幸せは一番大好きな京太郎と共にあることだ。そして、彼が幸せであることが望ましい。

 だがそう、京太郎の幸せは次点であるはず。一番の望みは、彼とずっと一緒にいるということではないか。

 

「あれ、何か、おかしいな……」

「睦月ちゃん?」

 

 思わず、睦月は頭を押さえた。自分がしっかり立派にお姉さんをやっていれば、京太郎との距離は近づくのではないか。頑張った成果か、確かに心の距離は前よりも近くなった。しかし、考えてみると関係は一向に幼馴染の姉弟分から変わっていない。

 むしろ、睦月は姉らしく幸せを望んで誰彼関わる相手の目利きをして、充分な相手とくっつくことをよしとしていた。それは、明らかに手段を大事にしすぎた間違いだ。おかしい、笑ってしまう。

 

 

 ああ、そういえば、笑っていたではないか。確かに、宮永咲は、そんな睦月を嗤っていた。

 

 

 睦月は、そう一重に考えてから、再び思考を混濁させて不明にする。

 

「でも……私はお姉ちゃんで……しっかりしないと……」

「睦月ちゃん……大丈夫?」

 

 自業を認められない、そんな睦月を佳織は哀れみながら見つめて、具合悪そうにしている彼女の背中を擦った。

 黄昏れに包まれた紅き世界は影を深くし、次第に闇に溶けていく。バスは沈黙のまま、須賀家から離れていくばかりの帰路を進んでいった。

 

 

 




 というわけで三位さんは津山睦月さんでした。書いた通り、ここの彼女は牌を投げたりはしません。

 ダイスの結果……津山睦月 97

 鶴賀学園麻雀部の他の方々も出していたりしますので、一応ここで発表を。

 加治木ゆみ 15
 蒲原智美 49
 東横桃子 71
 妹尾佳織 75

 東横さんと妹尾さんが高いですね。困りました。


 咲さんが本当に嗤っていたのかどうかは、彼女本人にしか分かりません。

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