紅糸清澄   作:茶蕎麦

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 遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

 京太郎の潜在能力はラブじゃんの設定を借りて星四相当と想定しています。
 これは、治水の能力を持つ龍門渕透華と同等、そして染谷まこに井上純より上となるために、インハイチャンプが二条泉くらいの実力とされる男子としては破格の値と考えました。
 そこから、下記の展開に繋がります。


第二章 混織
第六話 危機感


 秋の風に肌寒さを覚え始める頃。パンキッシュで露出度高めな衣服ではそろそろ寒い。しかしゆるりとキセルをふかし、空の青さを見飽きるほど眺めてから、藤田靖子は麻雀、roof-topに入店した。

 入店ベルを耳にしてにこやかにやって来るメイド服を着た少女の、その可愛さに癒やされるものを感じながら、靖子は薄く笑んで片手を上げる。

 少女は勿論、看板娘のまこであった。客との会話、ということで誰にも聞き取りやすい標準語に切り替え、彼女は靖子と言葉を交わし始める。

 

「藤田さん、いらっしゃい」

「まこ、久しぶり」

「ああ、確かに、お久しぶりです。そういえば藤田さんは、夏が始まってからいらっしゃらなかったですね」

「解説にリーグ戦で忙しくてね。私が来ない間に何か変わったこと、あったかな?」

「変わったこと、というと……ああ、新しい常連が一人増えた、ということが一番のニュースですかね」

 

 まこは僅かに考え込み、頬を少し赤くしながら言葉を紡いだ。それを見た靖子はおや、と思う。

 しかし、話をそのまま受け取ってしまうと、恥じる要素など何処にも感じ取ることなど出来ない。だから、靖子は少し勘繰って山を張った。

 

「なんだ、新しい常連っていうのは若い男か? まこ、あんまり変なのに引っかかるなよー」

「っ、京太郎は変なのじゃありゃあせん……っとすみません」

「はは、いいさ。なるほど、本気なんだな。こちらこそ、からかってすまなかった」

「いえ。どうにも、京太郎のこととなると、自制が難しくて……」

 

 今度は明確に紅潮した頬を押さえながら照れるまこを、靖子はほっこりとした心持ちで眺める。彼女は可愛いものが好きで、そして恋する少女は押し並べて可愛らしいもの。

 まこの、その恋慕を喜んで認めながらも、しかし靖子は少しばかり心配する。何故なら、roof-topが普通の雀荘であった頃からの常連である彼女にとって、目の前のメイド少女は最早自分の妹のようなものなのだから。

 それこそ本当に、相手が変なのであったら嫌だ。出来るなら妹分に幸せになって欲しいと思うのは、自分が未だに異性と一緒になる幸せを掴めていないから、という訳ではないと思いたい。と、まあそんな風に靖子は考え相手を見定めようとした。

 

「それで、きょーたろーとやらは今日来ている?」

「ああ、京太郎なら、あそこで皆に揉まれているところですよ」

「ふぅん。あの人だかりの中の金髪の男の子が、そうか」

 

 そして、京太郎を見つけた靖子は眉を細める。思っていたよりも彼は若く、そしてどこか可愛らしくもある整った顔に金髪がよく似合っていた。見た目は、正直なところ好みのタイプだな、と思う。

 京太郎は、後ろに立つ何人かの常連さんにその闘牌を見つめられ、それを突っ込まれたり褒められたりしているようだった。きっと人当たりがいいのだろう、皆に好かれて知らず中心になっているような、そんな様を靖子はそれとなく見て取る。

 なるほど、表情豊かに周囲を沸かす彼は悪い子ではない。しかし、それを望んでいると、どうにも気になるところが一つ見つかった。それは、空気の生温さ。

 

「メイド雀荘になってからも、常連の皆固くて、初心者お断りみたいな雰囲気醸し出していた筈なのに……何だか随分と緩くなったわね」

「確かに、麻雀を覚えたい、っていうような段階の人は来ても直ぐに居なくなってしまうのが頭痛の種でしたが……」

「それを彼の人柄が変えた、ってところか。面白いな」

 

 そう、この雀荘にズブの素人が来ているというのは珍しいことだった。以前も全く来なかったという訳ではない。しかし、初心を楽しませるに、ここの常連客は手加減というものを知らず。

 点数的にボロボロになった彼らは、慣れていないから仕方ないと慰められながらも二度とここではやらないと決意するのが通常のことで。

 京太郎のように、容赦なく点棒毟られながらも、笑顔で通い続けるのは相当に珍しいことである。もっともそんな不屈な彼だからこそ、皆がこうして遠慮なく親しんでいるに違いなかった。

 

「お、丁度終わったみたいだ」

「そうですね……一人腰を上げましたけれど続けたいみたいですし、出来たら入りますか? 他にも空いている卓がない訳ではないですけれど、どうにも藤田さんは気になっているようですし」

「そうだなぁ。息抜きになるかもしれないし、ここは一つまこの思い人の腕前を見させて貰おうか」

「まあ、見ての通り京太郎はまだまだ下手ですけれど……って、思い人では……」

「違うのかな?」

「……違う、ということはない、です」

 

 茹ったように赤い顔をして、すがるように眼鏡に触れながら搾り出すようにまこは答える。青春真っただ中の高校生らしいそんな反応を見て、靖子は思わず撫でんとするその手を抑えるのに必死になった。

 やはり、可愛らしい。こんな反応を見せたら彼の少年だってイチコロであるに違いないのに、と靖子は思うが、しかし先輩風を吹かしているらしいまこにそんな乙女な部分を見せるというのは照れで出来る筈もなく。

 だから、余計なお節介を口にすることなく靖子は思う存分眼福を楽しんでから、彼女は京太郎の方へと歩み出す。

 

「あ」

 

 その時ふと、二人の目が合った。会釈する京太郎に、しかし靖子は上手く反応を返すことが出来ない。何故なら、彼の瞳の奥に思わぬ才気を感じ取ってしまったのだから。

 垣間見えたのは、心焦がすような熱い炎。種ほど小さなそれを感じ取って、靖子の胸は高鳴る。

 麻雀の強い女子達において時折感じられる力の顕れ。それがまさか、麻雀に触れて幾ばくも経っていないだろう少年から確かに見受けられるとは。

 

「こんにちは」

「……ああ、こんにちは」

 

 挨拶を返せたのは、偶然に近い。それほど、靖子は呆然としていた自覚がある。

 ただの卵と思っていたその中身が果たして金であったことに気付いたら、皆同じ反応をするであろうし、それも仕方のないことだろう。対する金の少年は、未だ幼く可愛らしいもの。

 しかし、これは芽吹いてすらいない才能に手を付けることの出来るまたとない好機であることに、彼女は気付く。果たしてこの小さな種火に自分という燃料を思う存分注ぎ込んだらどうなってしまうのだろう。

 知らず知らずのうちに、靖子は笑んでいた。そう、まるで、獲物を見つけた猛獣のように。

 

 

 

 

「しかし、須賀君が麻雀を始めてから一年も経っていないっていうこと、誰が信じるのかしらね?」

「わしは事実と知っとるが、まあ、普通は嘘だと思うじゃろうな」

 

 時は変わって、京太郎たち一年生が入部したての春の黄昏時。早くに彼らを返してから、久とまこはそんな会話を交わしていた。二人が話しながら目を通していたのはつい先ほどまで行なわれていた半荘の牌譜。

 先程まで読み書きも何も分からなかった京太郎に、三対の視線の痛みを無視して和がそれこそ肌が触れるくらいの距離で懇切丁寧に教えていたその内容は、彼の勝利で終わっている。

 京太郎のスタイルである捲くりの技が存分に表れた最終局。二人のリーチを掻い潜り、おまけにヤミテン状態であった咲の当たり牌を掴んでも回し打って和了に繋げた、その超能力染みた防御力には久も驚きを禁じえなかった。

 

「最近男子麻雀のレベルが下がっているってよく聞くけれど……ふふ、須賀君がこれから世に出たら、その常識も変わってしまうかもしれないわね」

「随分と入れ込んでおるのぉ……まあ、ミスもまだするけれども、最近成長著しいし、同年代の男子であれだけ打てるのは、わしも他に知らんの」

「ヤスコの指導が余程効いているのね。須賀君を弟子に取ったと聞いた時は驚いたけれど、これなら個人戦で戦う分には問題ないでしょうね」

「そうじゃな……」

 

 久とまこの評は概ね揃う。須賀京太郎は間違いなく県予選で落ちてしまうような腕ではない。それどころか、不可思議な打ち手など殆どいない男子麻雀界で、いまだ完成には程遠い力を持った彼がどこまで高みへ登れるのか二人期待すらしていた。

 このまま行けばインハイチャンプ、そして師と同じくプロの道へ進むのだろうか。そう、京太郎は藤田靖子プロの弟子。彼は二人の知り合いの中で最も麻雀が強い女性に見出されて師事を受けているのである。

 そのため、久達には異常なまでの上達振りに対する納得があったが、しかし先達としてもどう手をつければいいのか判らない程のその成長度合いに、好きな彼の力になれないもどかしさも共に感じていた。

 だが、どこまでも思いを同じくしているということを、まこに悟られないよう、悔しさも何一つ表情に出さないままに久はそっと話を変える。

 

「彼に比べると、他の一年生は教え甲斐があるわね。まずは、東場に爆発する性質があっても、南場での集中力の低下が著しすぎる優希」

「そっちは一目瞭然じゃが、和もデジタルの完成度は高いが、時折失敗をすることがあるのぉ」

「後、どうにも宮永さんは波が激しいわね。気持ちが影響するタイプみたい。須賀君が面子に入っていないときはそれが顕著になるわ」

「偶然だとか和には否定されそうじゃが、メンタルが悪いとイマイチ運も良くならんかったりするからのう。あの子の場合特に思いに牌が応えてくれるみたいじゃけえ、勝敗の比重に気持ちによるものが大きくなるのじゃろうな」

「正しくオカルトだけれど、宮永さんの場合、きっとそれで間違いないのでしょうね」

 

 あの和了り方はとても普通ではないし、と繋げながら久は普通ならば手の届かない場所にある筈の、嶺上牌を自在に用いた咲の麻雀の特異さを思い起こす。

 咲の無茶なはずの打ち筋は、牌を透視し、丸裸にした上で和了りに向かって直進しているのだと言われてみれば頷けてしまう程に不可思議なもの。彼女の分かる牌が全てではなく、運にも陰りが出ることもあるから何とか皆が相手になれているくらい。

 京太郎が感じ取った、魔物の気配は当たっていた。咲は、明らかに常識では考えられない手合いだったのだ。

 

「まあ、あの娘はこのままでも充分強いじゃろうが、しかし人間不完全だと知ると欲が出るというものじゃ」

「そうね。磨き上げればどれだけのものになるか。可能ならば龍門渕高校の天江に競り勝つことが出来るくらいになって欲しいわね」

「ほお。久、われは嶺上っ子をあの化け物に当てる気か?」

「ええ。感受性の高い宮永さんが天江と戦ってどうなるか、正直分からないけれど、もしかしたら壊されてしまう可能性まであるのかもしれないけれど……でも、私は私の夢のために魔物には魔物をぶつけるわ」

 

 それは、大小あれども同じく特異な力を持った、久にはこと明確に想像できてしまうこと。自信を支える全力を持ってしても抗えないという恐怖を植え付けられてしまえば、トラウマにだってなるだろう。最悪、牌を握れなくなることだってあり得る。

 久の発言には勿論、部長として勝とうとするための冷静な判断があった。だが果たして、それだけか。京太郎に最も近い咲がどうなってしまっても構わないという、そんなことを考えてはいないか。

 それはまこが頑なに咲を名前で呼ばない隔意より尚、酷いのではと思わなくもない。幾ら自分を誤魔化しても、内心に全く他意がない、とは、口が裂けても言えなかった。

 しかし、眼前に並んだインターハイ出場の夢を叶えるための鍵は、上手に用いなければ機能しないということは明確で。だから、久は自分の非情を認めなければならなかった。

 

「まあ、わしにゃあ久の考え過ぎと感じなくもないが……それでも、大会まで僅かじゃぞ。その間にあの子を天江と食い合えるまで実力を上げるにゃあ、どうすりゃあええんじゃろうか?」

「危機感、かしらね」

 

 一言、久は口から出す。まこの疑問は幾度も内で転がしたもの。先に、その答えは出せていた。

 そのためには、他力を借りることになるけれども仕方ない。決心した久はスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを起動させる。

 

「ん? 何をしようとしちょるんじゃ?」

「ちょっと約束を取り付けようと、ね。そう、プロアマ親善試合で……直接対決ではない特殊なルールだったらしいけれど、唯一天江を破ったことのあるヤスコなら、現状の厳しさを教えてあげられるでしょう」

 

 そう、仮想敵を既に地に這わしたこともある靖子ならば、咲を負かせることが出来るだろう。更に知り合いであるからには、加減も可能。

 再び這い上がれる程度の敗北を咲に味わわせられる適任は、彼女しか居ないと、久は確信していた。だから彼女は深くは考えずに、危機感を植え付けさせたい子が居るの、と文を送った。

 

「藤田さん、か……」

 

 策謀の成功を間違いないと思い微笑んでいる久とは対象的に、まこは一人、憂いを顔に出す。表に違いはなくともどこか変わってしまった姉貴分の、その全てを信じることが出来なくて。

 

 

 

 

「すみません。ちょっと、今日は部活を休ませて貰っても構いませんか?」

 

 久が約束を取り付けたその直ぐ翌日。京太郎は部に顔に出してから早々に、そう切り出す。

 部活を誰より楽しんでいた京太郎のその言葉に、しかし驚いた様子であったのは、和と優希だけだった。事前にそれとなく聞いていた咲だけでなく、久とまこは、靖子への依頼の交換条件として京太郎を共に向かわせることを既に承諾していたのである。

 

「どうしてか、聞いてもいいですか?」

「……いや、ちょっと靖子さん、いや師匠から呼び出しがかかっちゃって」

「京ちゃん。休むとは聞いてたけれど、私そんな理由だとは知らなかったよ……靖子さんって誰なの?」

「いや、あの人は俺の麻雀の師匠で……プロなんだ。まあ、不思議で、凄い人だよ」

「ふぅん」

 

 急に不機嫌になった咲に、京太郎は自慢げに師匠を説明した。上手い賛辞の言葉になっていないのは、ご愛嬌である。

 京太郎の師匠がプロであることに少し驚いたが、それ以上にまた知らない女の名前が出てきたのが咲には許せない。後で一度交友関係の全てを聞き出さないと、と彼女は決心する。

 

「後、出来たら咲と和を連れてきて欲しいって……知っているのは俺から聞いていたからとしても、どうして二人を呼んでいるんですかね」

「さあ。でもプロからの要請なら学べることもあるでしょう。優先した方が良いわね。二人、連れて行っちゃっていいわよ。そしたら、私達は空いた時間優希に付きっきりで計算ドリルを解かせるようにするから」

「ええ! いやだじぇー。それなら皆と一緒がいいじょ!」

「わしらじゃって、点差計算すらでけん後輩の面倒を見るなんて嫌じゃよ。先輩が我慢しちょるんじゃから、わりゃあ、大人しく覚悟せえ」

「そんなー」

 

 つい先日、団体戦にて特に重要な点差計算どころか、試しにやらせた小学生用の計算ドリルすら間違えてしまう程である優希の低学力が皆に発見されていた。

 親友である和ですら擁護できなかったそれは、目下最大の問題であるとされ、上級生総出で問題プリントを作って数字に強くさせるようにしている最中なのである。

 そのため、少し事の推移を気にしていたまこが京太郎達に付いていくことは出来なかった。

 

「それでは、今日の午後私は京太郎くんとのお出かけとなりますか。その師匠さんは何処に?」

「ああ、それなら染谷先輩の親が経営している雀荘に……」

「む、原村さん。私も一緒なんだけど」

「ああ、すみません。宮永さんのことを忘れていました」

「そ、そう……」

 

 あっけらかんと、謝られたそれに悪意の欠片も感じずに、咲は困惑した。それもその筈、和が一度京太郎を意識してしまえば、その他の諸々の優先順位は極端に下がってしまうのだ。

 実際に、父親に東京の高校への転校を求められた時も、ただ自分は長野に残るということを訴えて、それを和は通した。後に電話で会話した母親には何か察されたが、そんなことも彼女は気にすることはない。

 未だに咲のことを目に入れながら、しかし真っ直ぐ和は京太郎を見つめていた。

 

「それじゃあ、行くか。そういえば、咲と俺は歩きで通ってるんだけれど、和も同じか?」

「ええ、そうですね。お二人とは家の方角が違うので帰りまでご一緒出来ないのが残念ですが」

「どうして、原村さんが私達の帰る方向知っているの?」

「春休みに聞いた大体の家の位置からの推定です」

「そ、そうなんだ」

 

 そして、中々感情噛み合わない三人は、roof-topへと向かう。そこで待っている人物がどんな思いを抱えているか誰も知らずに。

 

 

 

 

 雀荘への入店。最初は少し恐れていたそれを、咲は京太郎にその安全さを語られたことで問題なく出来るようになったはずだった。

 しかし、その足は止まる。和は知らずに先行していったが、同じく特別な感覚を持つ京太郎は咲の顔を青くさせているそれに気付いてその場に留まった。

 

「大丈夫か? 何か今日はちょっと靖子さん、気合入ってるのかもな。何時もより気配が強い」

「京ちゃん……こんな人に麻雀を教えて貰っているの?」

「ああ」

「お姉ちゃんと対局した時よりも、怖い……」

「ん、お姉ちゃん? ……そうか。今まで訊かなかったんだけどさ、ひょっとして宮永照ってお前の……」

「二人共、どうかしました?」

「……なんでもないよ、原村さん」

 

 多くはない宮永という名字、そして麻雀強者という符号。またよく見れば見た目にも似通っている。宮永照という麻雀好きなら誰もが知っているインターハイチャンピオンが、友人と姉妹であると、何となく京太郎も感づいてはいたのだ。

 しかし、京太郎が疑問を解決するには、少しタイミングが悪かった。戻ってきた和の言葉によって気を取り戻した咲は、既に問いを忘れて前へと歩き出している。

 京太郎も続いて、馴染みの店内へと進んだ。

 

「久しぶり、京太郎。後の二人は初めまして、かな」

「靖子さん、半月ぶりですね」

「初めまして、私は原村和です」

「……宮永咲、です」

「ふぅん。これまた二人共、可愛らしい」

 

 そして、奥の卓にて座していたのは、藤田靖子その人。この場においては咲と京太郎にばかりに感じ取れる筈だった威圧感は、そういったものを無視できる和を除いた他の客にすら察させる程に高まっていた。

 しかし、固唾をのむ周囲の沈黙を他所にして、靖子は微笑んで制服を着込んだ三人を認める。細められた視線を受けて、思わず咲は身震いした。

 

「あの、今日はどうして俺だけじゃなく、咲達を……」

「それは後で教えてあげるよ。先に二人に説明をしたい。そのためにもちょっと、京太郎は席を外してくれないか?」

「はぁ……まあ、いいですが」

「丁度いいから、何時もの出前、頼んでおいてもらえる?」

「またカツ丼ですか……まあいいですよ、まこさんのお父さんに挨拶ついでに頼んでもらいます」

 

 カツ丼ばかり食べていると太りますよ、との言葉を残して京太郎は、レジ打ちをしていた執事服の中年男性の方へ戻っていく。

 デリカシーのないそんな一言を、しかし靖子はにこやかに受け取って、その背中を見つめ続けながら、口を開いた。

 

「さて、京太郎が戻って来る前に、説明しておこうか。実は今日、私は久から君達に危機感を植え付けさせて欲しいと、そう頼まれているんだ」

「危機感、ですか?」

「恐らく久は、一番の敵になるだろう天江衣の恐ろしさを、私を通して知らせたかったのだろうが……それよりも、もっと貴女達に危機感を抱かせるやり方を、私は思いついたよ」

「な」

「ひっ」

 

 そして、靖子が二人を見つめた途端に、彼女から発される圧力は最早身体に直に働きかける程に極まっていく。流石に和も異変を察し、そして咲は涙目になって怖がった。

 そんな少し情けなくもある様子の二人を見下げず真っ直ぐ見つめ、靖子は言葉を続ける。

 

「宮永咲に原村和。貴女達は京太郎のことが好きだね? ……でも、私はもっと大好きなんだよ。愛している」

 

 咲に和が何か言う前に、靖子は間を置かずに独白する。頬を染めることもなく淡々と告げるその様に、彼女達は何一つ口を挟むことは出来ずに、次の言葉を待つばかりになった。

 

「京太郎は、強いだろう? 私は愛を持ってあいつを育てた。そして、その愛にあの子は応えてくれたんだ」

 

 嬉しかったよ、と靖子は語る。それが、本気であるのは、その表情を見れば一目瞭然。

 童女のように笑む靖子は、しかし途切れぬ威圧感もあって、異様でもあった。

 

「だから、私も強くなった。誰よりも、とはいかずとも以前よりもずっと、ね。京太郎が居なかったらそのままだっただろうから、感謝しているよ」

 

 種火程度であった京太郎の焔は、その身を薪としその炎上を助けた靖子をすら燃え上がらせていた。

 藤田靖子は最早、ただのプロ雀士ではない。今や、その中でも上澄みに位置する、怪物となって君臨し始めている。

 

「京太郎は私にとって目に入れても痛くない、我が子と同じ存在だ。まあ、京太郎の気持ち次第で一つになっても、別段構いはしないが……」

 

 靖子は少し考え込んだかと思うと、ぽんと手を叩いて顔を上げた。浮かんだその表情は、どこか清々しいものに変化している。

 

「ああ、そうだ。それがいいかもしれない。京太郎を私のものにしよう」

「何をっ」

「それだけは、駄目!」

 

 まるでこれから散歩に出かけると口にするのと同じように、気軽に靖子はそう言う。

 流石にそれは認められないと、激憤した二人は声を上げるが、しかしそんな一切を気にせずに、靖子は続ける。

 

「今すぐにといきたいが、それでは久やまこに悪い。夏が終わるまで待っていてあげよう。それに、そうだな……それまでに、貴女達のどちらかが、私に勝てるようになったら取りやめてあげるよ」

「それはつまり私達が今のままでは、貴女に勝てない、と?」

「勿論」

 

 靖子は片目を瞑りながらただそれだけ呟いた。

 幾らプロが相手とはいえ、腕に覚えがある彼女達はそんな言葉を認められるはずもなく、撤回させようと二人何か言葉にしようとする。

 しかし、丁度そんなタイミングで、割り込むようによく通る声が響いた。

 

「靖子さん、そろそろ大丈夫ですか?」

「……京太郎も来たところだし、丁度いい。証明するためにも、さあ、打とうか」

 

 実力を教えてあげるよ、と靖子は言う。毅然とした表情が二つ彼女へと向き、そしてそれは彼が来ても変わらなかった。

 そう、咲と和は天敵として、目の前の女を見定めていて、最早敵愾心を隠すことすらない。

 

「ん。なんか皆、やる気だな」

 

 そして、一人取り残された男は空気を読み違えて、ただその目を麻雀という楽しみへと向けた。

 

 

 




 ダイスの結果……藤田靖子 99

 99の師匠とは、彼女でした。数字の影響もあり、原作より大分麻雀が強いです。
 最大値に近いですが、大人なこともあり、表に出せているのはこれくらいになりますね。
 内心は大分凄いです。

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