俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第2話

「ただいま」

 

 玄関のドアを開けながら声を上げるも返事は無い。

 たぶんあやせはリビングにおらず、二階の自分の部屋にいて声が届かなかったのだろう。例の洗濯物事件の所為で無視されている可能性も否定できないが……

 帰って来ていないという可能性は靴があるのであり得ない。よく見ると、いやよく見なくても玄関に妹以外の靴が二足置いてある。友人でも招いたのだろう。靴から判断するに男では無いようなので、ホッとする。

 いや、中学二年の妹が男を家に招くのを心配するのは兄貴として普通だから。シスコンとかそういうのじゃあないから。ついつい誰に対する言い訳なのかわからない事を考えつつリビングに向かう。

 冷蔵庫から麦茶を取り出していると、上から笑い声が聞こえてきた。

 何を話しているのかは、ここからでは聞き取れないが楽しんでいるようだ。盛り上がっているところに他者が割り込むと盛り下がること間違いねえし、部屋に行くときに見つからないようにしねえとな。

 飲み終えたコップを洗い場に放り込み、音を立てない様に二階へ向かう。

 俺の部屋は妹の部屋を通り過ぎた先にあるのだ。まあ、ドアが閉まっていれば足音を消せば見つかることも無いだろう! さっきの玄関の挨拶も聞こえなかったみたいだし。

 いろいろなフラグを立て過ぎた為だろうか?

 妹の部屋を通り過ぎようとした、まさにその瞬間狙ったかの様にガチャという音とともにあやせが顔を覗かせた。

 

「えっ兄さん?」

「おっおぅ!」

 

 ミッション失敗!?

 なまじバレないように気配を消して行動していたから、あやせもビックリしているし。

 蛇の異名を持つ傭兵さんのダンボールがあれば良かったのに………

 

「おかえりなさい。帰って来ていたんですね? 全然気がつきませんでした」

「あぁ、ただいま。そういえば友達が来ているのか?」

「えぇ、学校帰りにちょっと寄ってもらいました」

 

 微笑むあやせ。

 どうやら機嫌は回復しているみたいだ。笑顔もダークオーラを背負っているときのものと違い、天使の様な微笑といえよう。

 

「お邪魔してます」

「チィ〜ス!!」

 

 俺の姿に気がついたのか、中から挨拶が聞こえた。部屋を覗くと二人の少女がリラックスした様子で座っていた。

 挨拶された以上、こちらも返事しないとな。

 

「いらっしゃい。どうぞ、ゆっくりとして行ってくれ」

 

 何とか無難な返事が出来たと思う。それじゃあさっさと退散しますか。しかし踵を返そうかというところで、また声を掛けられてしまう。

 

「お兄さんですか? いつもあやせさんにお世話になってます」

 

 明るい茶色に染めた髪、両耳にピアス、しっかりとメイクされた顔。クラスの中でもきっと中心人物だろう華やかな少女がしっかりとした挨拶をして頭を下げていた。

 これで中二かよ! あやせも大人びているけど、類は友を呼ぶって奴か? それにしてもなんだ? ずいぶん興味津々って感じで見てくるな。

 

「こ、こちらこそ妹がいつもお世話になってます。これからもよろしくお願いします」

 

 しまった!? 焦って深々と頭を下げてしまった。どう考えても年下に返すべき態度じゃあないよなぁこれ?

 案の定ツッコミが入った。

 

「プッ兄ちゃん、テンパってない?ダサっ」

 

 ツインテールをした小柄な少女がケラケラ笑っている。

 こちらも整った顔立ちをしているが、美人というより可愛いといった感じだ。笑っている姿にさっきの口調もあり、子供っぽい印象を受ける。

 このクソガキ! 失敗したと自分で思ったが、ここまで笑われるとは思わなかったぞ。

 さっきの類は友を呼ぶっていうのは撤回しておこう。

 

「加奈子!!」

「だって。桐乃がまるで先生みたいな立場っぽくねー。いまのだと?」

 

 妹が怒鳴りつけるも加奈子の笑いが止まることはない。

 

「加〜〜奈〜〜子〜〜」

 

 反省の感じられない加奈子にあやせから恐ろしいプレッシャーが発せられる。

 流石にこれは不味いと思ったのか加奈子が表情を引きつらせた。

条件反射で俺の表情も引きつる。

 

「ごめんなさい」

「謝るなら、兄さんにです」

「ごめん、ごめん。笑って悪かったよ兄ちゃん」

「はぁー、構わねーよ。別に気にしちゃあいない」

「おっ、懐広いね〜」

 

 片手を顔の前に突き出し謝る加奈子だが、反省の色は見えなかった。

 というかこいつあやせと俺に対する態度ちがいすぎねーか?

 まあでも気にしてもしょうがねーか。自分のミスだし、今更女子中学生に笑われた位で傷つくような柔なハートはしてねーしな。なにせ普段から妹に頭が上がらないのだから。

妹がはぁーとため息を吐く

 

「兄さんもしっかりして下さい」

「ああ、悪かった。それにしてもいい友達だな」

 

 これは嫌味とかでなく、本当にそう思ったのだ。正直驚いている。妹は親が堅物の所為か、良く言えば品行方正、真面目で清廉潔白。しかし逆に言えばふざけあったりしづらい取っつきにくい性格ともいえる。

人から頼られたり、人に注意をする姿は昔から良く見ていたが、友人と羽目を外している姿は見たことがなかった。

 しかし今回発したプレッシャー。あれは俺が調子に乗りすぎたときに起こるダークモードで、ほとんど俺専用であった。あの姿で友人相手に怒るあやせを見て驚くと同時に嬉しくなったのだ。それほど気を許せる友人が出来たのだと。

 嬉しかったので、思わず昔の様に妹の頭を撫でてしまった。

 

「〜〜〜〜〜〜。もー兄さんはあっち行っていて下さい」

 

 馴れ馴れしかった為か、あやせが顔を真っ赤にして怒り、俺の背中を押しだす。

 

「悪い。長居しちまったな。これからもあやせのことよろしくな」

「えぇ、もちろん親友ですから」

「頼まれてやんよ」

「いいから、早く行って!」

 

 自分の部屋に入る前、最後に後ろを振り返りながら挨拶をすると、ニマニマした表情を浮かべる少女達の姿が見えた。

 

 

         ☆

 

 

 あの人は本当にもう。

 兄を部屋に追い出し、自分の部屋のドアを閉めると、そこにはニヤニヤ顔の友人二人。

 

「いいお兄さんじゃん。優しそうで」

 

 高坂桐乃。私の一番の親友です。勉強ができ、陸上部エース、オシャレにも余念無い尊敬すべき友人。ニマニマ顔を見るとその尊敬も揺らいでしまうかもですけど。

 

「いい兄貴じゃねー、顔がショボイけど」

 

 来栖加奈子。親友? 友人というより手のかかる妹のような存在です。

 にんまりとしている、その頬を引っ張ってあげようかしら。

 

「たしかにあやせとは顔立ち似ていなかったね」

「なんてーか、地味? 将来サラリーマンで係長やってそうな? みたいな?」

「アッハッハ、何かそれわかるかも!」

「ここまで似てねぇと、あやせと実は血が繋がってなかったりーとか?」

「それって、アニメとかによくあるパターン、ゆくゆくは禁断の関係に……キャー!!」

 

 二人に悪気が無いのは分かります。他愛ない、いつものようなきっと何日かすれば、そんな話をしたことすら忘れる程度の笑い話です。けれどそのとき私は笑って話を流すことが出来ず、声を荒らげてしまいました。

 

「やめて下さい!」

 

 昔から似ていない兄妹とよく言われていました。たしかに兄と自分とは、私も似ていると思っていません。

 小さい頃は余りに似ていない似ていないと言われてて、兄と本当に兄妹でないのではと不安から泣いてしまったことがありました。まあそれは母さんから笑いながら昔のアルバムを見せられて無事解決したわけですが、私の忘れたい黒歴史になってしまいました。

 その為なのか、兄妹間を疑われる発言には過敏に反応してしまいます。それに兄さんの悪口は余り聞きたくありません。

 たしかに地味で不真面目で昔と違い覇気がなくなってしまった兄ですけど、いいところがまったく無いわけじゃあないんです。

 たとえば私が嫌なことはしないですし、基本的に優しいですし、モデルやるときも両親を説得するときに私の味方になってくれましたし、家の手伝いも面倒臭そうですがちゃんとやってくれてます。

 この間も洗濯物を……あれは、セクハラです! たとえ兄だとしても下着を握りしめるなんてセクハラです!!

 兄さんの良いところを思い浮かべようとしたのに、何故か情けない姿が出てきてしまう。まあそこが兄さんらしいのですが……

 

「ごめんなさい。兄さんはダメな人ですが。身内を悪く言われるとちょっと。すみません、感情的になってしまいました」

「えっとゴメンあやせ。馬鹿にしているつもりは全然なかったんだ。ただあやせとお兄さんのやりとりがちょっと羨ましくて調子乗っちゃった。本当にゴメン」

「悪かったよ。そんなに怒ると思わなくて。あたしも良い兄貴と思ったんだ。本当だぞ」

 

 二人とも真剣な顔をして謝ってくれました。うぅ、失敗。反省しないと。ふざけているときにも、ついついムキになって真面目になってしまうのは私の悪い癖です。

 盛り上がっていた場の雰囲気は一気に盛り下がってしまいました。

 しかしこういうときに空気を読んでくれるのが桐乃です。

 

「それはそうと、加奈子。中間そろそろ近くなって来たけど今回は大丈夫なの?」

「なっ、勉強の話振ってくんなよ。せっかく遊びに来ているんだから、もっと他にいい話題あんだろ」

「そうよ。加奈子、一年のときのようなことは許しませんよ」

「あやせまで! 大丈夫、この加奈子様にかかればテストなんて、ちょちょいのちょいだぜ」

「その台詞、一年のときにもまったく同じことを聞いたし。はぁー仕方ない。今度みんなで勉強会しよっか」

「ちょっ待てっての!勉強会なんて必要ねぇーて」

「そういう台詞は、赤点を取らないようになってから言って下さい」

「痛てて、頬引っ張んなよ! わかったって今度ちゃんと勉強するって」

「あははっ、加奈子今回は赤点取らないよう頑張りなよ」

 

 強引な話題変更だったかも知れないけど、無事楽しい雰囲気が戻ってきました。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ加奈子。それを叱る私。その姿を見て笑っている桐乃。

 こんな他愛もないやり取りをずっと続いていきたいなと頭の片隅で考えながら、私は微笑を浮かべました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2話目です。
桐乃の口調に自信がないですが、大目に見てください。

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