俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第15話

「喉乾いてきたし、ちょっと休憩するか?」

「いいですね。ちょうどそこにカフェがありますから、そこに行ってみますか?」

 

 あやせが指をさした先にコーヒーショップがある。どちらかというと落ち着いた感じの店舗で大人向きの店という雰囲気を醸し出している。

 

「そこでいいのか? 普段行ってるとこでも大丈夫だぞ」

「せっかくですから普段桐乃達と行かないお店も入ってみたいなと思いまして、あそこ女子中学生だけで入るの気後れしちゃいますから」

「ああ、それは何となくわかるかも。それじゃあ行ってみるか」

「ええ!」

 

 店のドアを開けるとカランカランとベルの音が鳴る。木造を意識してコーディネートされた店内にコーヒーの良い香りが漂っている。レトロな雰囲気が感じられる良さげな店だ。店内は結構な客がいるにも関わらず、外の喧騒から隔離された落ち着きを感じる。

 

「いらっしゃいませ。2名様ですか?」

「はい2名ですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、こちらにどうぞ」

 

 店の雰囲気にマッチした真面目そうな女性店員が二人がけ用の小さなテーブルに案内してくれる。白のワイシャツに腰から膝下まで伸びる黒のロングエプロンのシンプルでシックな制服だ。こういう店は落ち着くな。なにせ最近入ったカフェはメイドさんばかりだったからな! ああ、あれは酷かった。俺は遠い目をしながら、少し前の出来事を思い出す。

 

「京介氏、今日は拙者のおすすめの店をご紹介致しますぞ」

「お前のおすすめ? 正直嫌な予感しかしないんだが……」

「酷いでござるな。拙者を信じて下され、きっと満足して頂けるでござるよ!」

「そうかぁ?」

 

 もはや恒例とも呼べるあいつらの呼び出しに応じて秋葉原を散策していたら、沙織が行きつけの店を紹介してくれることになった。ただこいつらに案内される場所はだいたい恐ろしく濃い場所が多いので油断できねぇ! フィギュアやガチャガチャが売られている店に行ったら、いつの間にかおっぱいがはだけているフィギュアコーナーにいるし、漫画やアニメ雑誌が売られている店の場合は随分と薄いエロ漫画コーナーにいた。俺も男だからそういうのはもちろん嫌いじゃない。ついつい目をやってしまうとあいつらの反応の冷たい事冷たい事。それにだぜ男が俺一人に女の子三人でそういうコーナーにいる気不味さは、ほんとに勘弁して貰いたい。周りの客が俺のこと睨みつけて去っていくんだ。『こんなとこに少女達連れてきてどうするつもりだ? この変態!』『俺達の買い物の邪魔すんじゃねーよ!』そんな彼等の心の声が聞こえてくる気がするんだよ! 『俺が連れて来たわけじゃねぇぇぇぇぇ!!』と声高々に抗弁したくなる訳だ。もちろん出来ないけど。とにかくそんな訳で今回の沙織のおすすめも警戒心が先に立ってしまったのだ。

 

「どうでもいいけど早く何処かに入りましょう。灼熱のゲヘナにはもう耐えられないわ」

「あんた、いい加減その暑苦しい格好何とかしたら? 見ているこっちまで暑いんですけど」

「ふっ、何を言っているのかしら? この闇の衣には地獄の業火にさえ耐えられる耐火性能が付与されているのよ。これ以上夏に相応わしい姿があるわけないじゃない」

「あんた……汗だくで、ふらふらしながら言っても説得力ないわよ」

「……地上の暑さをあなどっていたわ、まさかゲヘナ以上だなんて」

 

 黒猫の格好はいつも通り黒のゴスロリだ。ああ黒は太陽光の熱を吸収するもんな、全身黒じゃあ、さぞかし暑いだろうな。通気性も悪そうだし。夏にも関わらず自分のポリシーを曲げずにこの格好を維持する黒猫はコスプレイヤーの鏡である。

 

「沙織ごねて悪かった。早く行こう黒猫が限界だ」

「そ、そうでござるな。こちらでござる」

「私がこの程度の暑さでやられる筈がないじゃな……あっ、ちょっと!?」

「いいから行くぞ!」

 

 俺は黒猫の腕を引っ張って、沙織のあとについて行く。それにしても弱音を吐いたり、強がったり忙しい奴である。やはり黒猫を掴んだ手にかなりの熱が伝わってくる。これでは全身の暑さは半端ないだろうな。コスプレするのは構わないが、もう少し体を労れと思う。それにしても腕細いなこいつ!

 

「着いたでござるよ」

「あれ? ここってオフ会のときの……」

「……着いたなら離しなさいよ。いつまで握っているの?」

「おっ、すまん。もしかして力入れ過ぎたか? 痛かったとか?」

「べ、別に痛くはなかったわ。ただ男の人に……」

「さっ、入るでござるよ」

 

 黒猫が何かを言おうとしていたが、沙織が遮ってしまう。黒猫がムッとした表情を浮かべ、沙織を睨むもグルグルメガネはキョトンとした顔で首を傾げる。黒猫が『……もういいわよ』とため息を吐いた。

 沙織のおすすめの店は、ロッジ風の外観で洒落た白い小屋という印象を受ける。意外と良さそうな店じゃねーか! 疑って悪かったな。名前はカフェ『プリティーガーデン』ね。沙織が短い階段を登り、木製の扉を開いた。

 

「「お帰りなさいませ! お嬢様! ご主人様!」」

 

 エプロンドレス姿のメイドさん達が俺達を出迎えてくれる。ああそうだよな沙織を一瞬でも信じた俺が間違っていたんだよな。なにが良さそうな店じゃねーかだ、騙されてるぞ少し前の俺! おいそこのグルグルメガネ『素晴らしいでござろう京介氏!』みたいなドヤ顔でこっちを振り向くんじゃねえ! 俺にメイド属性はねーよ!! メイドさんは白いふりふりのエプロンにやたらと短いスカート姿で、長いソックスを履いている。……可愛いらしい格好っていうのは認めるけどな。

 

「4名様でございますか、お嬢様?」

「ええ、そうでござる」

「はぁい、それでは、こちらへどうぞ〜」

 

 メイドさんが俺達を奥にある4人用テーブルへ案内する。メイド喫茶は初めて入ったが、内装は普通の喫茶店と変わらないな? 最初の挨拶のインパクトがとんでもなかったから、もっと凄い様式してるのかと思ったけど。

 

「こちらのお席でよろしいですかぁ?」

「大丈夫でごさるよ!」

「あっ、どうも」

 

 メイドさんが俺達の席を引いてくれる。おっかなびっくりの俺と違い、当然といった顔で座る桐乃と黒猫。沙織だけじゃなくお前らも通っているのか? 怪しい疑惑が浮上する。

 

「こちらがメニューになりま〜す。呼び方のオーダーございますか?」

「大佐でお願いするでごさるよ」

「大佐さんですね。かしこまりましたぁ」

「私はお嬢様でいいわ」

「あたしもそれで」

「わかりましたお嬢様。ご主人様はどうされますかぁ?」

「あ、えっと、呼び名?」

「はい、わたしどもがぁご主人様をどう呼ぶか、決めて下さい。『ご主人様』『旦那様』『〜〜君』『〜〜ちゃん』『おにいちゃん』など各種取り揃えておりますよ」

 

 ……メイド喫茶恐るべし!? なのにお前ら順応し過ぎだから、特に沙織! 大佐ってなんだ! 大佐って!? こんなん決められるかーー!?

 

「あ、その、お任せで」

「わかりましたぁ。じゃあ、『おにいちゃん』って呼ぶね? おにいちゃん♪」

 

 メイドさんがよりにもよってな選択を選びやがった。案の定桐乃が反応する。

 

「うわっ、妹いるのにおにいちゃん選ぶなんて、キモッ」

 

 桐乃のツッコミが心に突き刺さる。しかし一言叫ばせて欲しい。

 俺が選んだ訳じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 はぁぁぁー、嘆息を吐きながら呼び名の変更をお願いする。

 

「……すみません。ご主人様でお願いします」

「はい、かしこまりましたぁご主人様! ご注文が決まりましたら、またお呼びください♪」

 

 やばい、もうこの段階で俺の精神ポイントはほとんど空だ。しかしその俺に追い打ちをかける奴等がいる。

 

「にっひっひ、あたしも呼んであげようか? 兄貴」

「そうね、ずいぶんと疲れているようだけど大丈夫、兄さん?」

「これは乗らないわけにはいかんでござるな、兄上」

「お前らぁぁーーーマジ勘弁してくれ」

「えぇー、いーじゃん兄貴」

「そうよ兄さん」

「そうですぞ、兄上殿」

「いや、ほんとに許してください」

 

 ケラケラ笑っている三人組に俺は頭を下げた。妹はあやせ1人で充分である。

 その後もメイド喫茶で戸惑う俺をこいつらは揶揄い続けた。そんな訳でメイド喫茶には酷い印象しか残っていないのである。

 

 

          ☆

 

 

 兄さんがまた呆けています。先ほど女性店員さんを見てからです。ただ店員さんに見惚れているのとはたぶん違います。眉間にシワを寄せながら女性に見惚れる人はそうはいないと思いますから。いまも私の『何を頼みますか?』と言う質問に『うん』と空返事です。何を考えているのでしょうか? ともかく一緒にいるのにうわの空の態度はムッとします。

 

「兄さん聞いてますか?」

「あっ、ごめん。聞いてなかった」

「もう、何にします? って言ったんですよ」

「悪い、俺はコーヒーでいいや」

「じゃあ私はケーキセットにしますね」

 

 注文が決まりましたので、兄が右手を上げて店員さんを呼びます。

 

「お待たせ致しました」

「注文いいですか?」

「どうぞお願い致します」

「えっと俺はアイスコーヒーで」

「私はケーキセットをお願いします」

「ケーキの種類とお飲み物は何になされますか?」

「チーズケーキとアイスのミルクティーお願いします」

「かしこまりました。ご注文を繰り返させて頂きます。アイスコーヒーが1、ケーキセットのチーズにアイスミルクティーが1でよろしかったですか?」

「ええ、それでお願いします」

 

 注文も無事に終わり、私はお冷やを一口飲みました。思わずふぅーと吐息がもれます。やはり暑さもあり、気がつかないうちに喉が渇いていたようです。兄も一気にお冷やを喉に流し込んでます。でもそんなに慌てて飲むと……『ゴフッ』案の定兄が噎せます。気管に入ったのか、ゴホゴホと咳き込んでます。

 

「まったく兄さん大丈夫ですか?」

「ゴホッ、ああ、お約束やっちまったな」

「もう、そんなお約束はいらないですよ」

「ははっ、ゴホッ、陸で溺れるって奴だな!」

「そんな器用なんだか、不器用なんだかわからない表現は初めて聞きますよ?」

「おう、俺のオリジナルだからな! ゴホゴホ」

「そんな自慢げに言われても……」

 

 兄がニッと笑います。咳き込みながら言ってもかっこ悪いだけですよ兄さん。はぁーとため息を吐きます。まあ気管に水が入ったときの苦しさは溺れるでわからなくもないですけど。

 兄と雑談していると注文が来ました。『お待たせ致しました』と店員さんが言いながら注文品を置いていきます。コーヒーが珍しい金属のコップに入ってきました。ミルクティーは普通のグラスです。ここはコーヒーがおすすめのお店なのでしょうか? 失敗しましたこれは私もコーヒーにした方が良かったかもしれません。チーズケーキはスフレですね、お店でちゃんと作った物のようです。『いただきます』とフォークをケーキに突き立て一口、口の中に溶けるようなまろやかさが広がり、上品なチーズの甘さが舌を侵食します。予想以上に美味しいです。美味いものを食べると幸せな気持ちになります。ここは当たりですね! こんど桐乃達と一緒に来ましょうか? ただお店の雰囲気から騒いだりは出来なさそうですから、もし来るなら加奈子に釘を刺さないとですね!

 

「それ、美味そうだよな。俺もケーキセットにすれば良かったかな?」

 

 兄が私の口元とケーキを交互に見ながら言ってきました。私は満面の笑みで応えます。

 

「ええ、ここのケーキとても美味しいです」

「失敗したな。まあいまから頼むのもあれだからな、諦めるか」

 

 はぁーとため息を吐きながら兄はコーヒーを啜ります。ふと私にいたずら心が湧き上がってきました。ケーキを一口サイズにしてフォークに突き刺し、兄の口元に持っていきます。

 

「はい、兄さん」

「う、えっ、あ?」

 

 兄が口を半開きにして、面白い顔で固まります。私は可笑しくなってクスクス笑いながら催促します。

 

「はい、アーン」

「うっ、ああ、じゃあ……」

 

 私の催促に覚悟を決めたのか、兄が目線を逸らしながら口を大きく開けます。そこに目掛けてフォークとケーキを投入します。

 

「ふふっ、どうです美味しいですか?」

 

 口をもごもごさせた後、顔を赤らめながら兄さんが答えます。

 

「……美味い」

 

 兄の反応に満足した私はケーキの残りを食べようとします。しかしふとそこで我に返りました。……いま私はとんでもなく恥ずかしいことをしてしまったのではないでしょうか? 兄をチラッと見ます、顔を赤らめたまま私と目線があうとふいっと顔を逸らしました。私の頬が急激に熱を帯びていきます。

 え、ええと!? やってしまったものはしかたありません。落ちついてケーキを食べましょう。そうです、それが大事です! あれ? でも、このままケーキを食べると間接キスに……!??!?! いえ、落ち着くのです、私達は兄妹なんですから、そんなた、たかが間接キ、キスくらいで取り乱してどうするんですか!! そ、そうです兄妹なら無効です無効!! きっとそうに違いありません!!

 私は覚悟を決めてケーキの残りにフォークを突き刺します。……あんなに美味しいと思ったケーキの味がよくわかりません。

 う〜〜私は何であんな行動を取ってしまったのでしょうか?

 私は顔をうつむかせて、頬の温度が下がるのを待つことにします。




今回は一言、あーんこれがすべてだ!

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