俺達はいま船橋にあるららぽーとに来ている。さすが日本トップクラスのショッピングモール人が多い。夏休みということもあり、人混みの多さに嫌気がさす。まあ秋葉原よりはマシか……あそこは人の多さプラス別の熱さがあるからな。
「兄さんそんなところでぼーっとしてないで、早く入りましょうよ」
「そうだな悪い、人の多さで思わず立ち止まっちまった」
「兄さんららぽーとは初めてでしたっけ?」
「いや、来たことはあったはずだけど、だいぶ昔だったから覚えてないな。買い物するときはだいたい駅前で済ませちまうしな」
「そうなんですか? じゃあ今日は私が案内しますね!」
「あっ、おい!」
あやせが俺の手を掴んで店内に向かって歩き始める。妹の手を握るなんて小学生以来だ。こんなに小さくて柔らかいのか、もちろんあやせも小学生の頃からは成長しているのだから、その頃と比べたら手も大きくなっているのだろう、それでも男の自分とは全然違うサイズと柔らかさに、妹相手なのにドキドキしてしまう。
あやせに手を引かれたまま、自動ドアを抜けると冷んやりした空気が流れてきて気持ちいい。節電の影響でクーラーの温度が高めに設定されているとはいえ、やはり外の灼熱世界と比べると此処は天国だ。それにしても店舗の数の多さに圧倒される。こんなところではぐれたら絶対に迷子だろ! まあいまは携帯があるから大丈夫だが、昔の人はどうしてたんだろうな? 周りをキョロキョロ見渡しながら他愛も無いことを考えて歩いていると、あやせが案内板の前で立ち止まる。
「兄さん何処に行きたいですか?」
「そうだな正直な話、こんだけ店があると案内板見てもよくわからんな。まあ今日はお前に付き合うんだからお任せするよ! ちなみにいつもはどんな感じでまわっているんだ?」
「そうですね? 桐乃達と来るときは買い物は買ったものが邪魔になりますから後にして、ペットコーナー見たり、アイスやクレープ、ケーキなんか食べたりを先にしてますね」
「そうか。あやせがいつもと同じでよければ、それでまわってみないか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。じゃあペットコーナーから行きましょうか!」
「了解。……ちなみにこのままで行くか?」
「えっ?」
俺は繋がっている手をぶんぶんと振った。俺と手を繋いでいることにやっと気が付いたのか、あやせは慌てて手を離す。
「あ、な、こ、これは違います」
あやせの顔は耳まで真っ赤である。……たぶん俺の顔もあやせほどじゃないが赤くなっているだろう。
「あ、あれだろ? はぐれたら困るとか?」
「そ、そうです! 人多いですから人!」
「そうだよな。人多いもんなほんとに!」
「ええだから仕方ないんですよ。ええ本当に」
さっき考えたように迷子になると困るから、そうこれは仕方ないことだったのだ。携帯? あれは電池切れるかも知れないだろ? いま何パーセントかなんて確認してないけども……
気恥ずかしさはあったが、妹と久しぶりに手を繋いだことは嬉しかったのだろう。何故ならいま手が離れたことに俺は寂しさを感じてしまっているのだから。だからついこんなことを言ってしまったのだ。
「えっとこの後はどうする? はぐれないよう、繋いでいくか?」
「……えっとそれは恥ずかしいです」
「そ、そうだよな悪い、変なこと言った」
まあそうだよな。この歳で兄妹が手を繋いでなんておかしいよな。俺は何を考えているんだ。
「でもはぐれたら困るので、こ、これでいいですか?」
あやせが俺のTシャツをそっと掴む。
「…………」
「…………」
「べ、別に兄さんがはぐれたら困るからしてるんですよ。本当にそれだけなんですからね!」
「お、おう、もちろんだ! これならはぐれないしな」
思わずフリーズしちまった! ただこれも相当に気恥ずかしい。と、とりあえずこの恥ずかしさを誤魔化す為に話題転換を試みよう。
「あ、あれだなあやせ」
「な、なんですか?」
「その、うん。わざわざ着替えたんだな?」
「もう、あたりまえですよ兄さん!!」
俺の質問はどうやら機嫌を損ねてしまったようだ。あやせの服装は昼食のときといまでは違っている。あのときは英語のロゴ入りの白いTシャツの上に黒の半袖のパーカーを羽織り、下はデニムの短パンだった。俺の目ではその格好でも充分に出かけられると思っていたが、あやせにはそれでは不合格だったらしく、着替えてきてから出発したのだ。
ちなみにいまの格好は紺と赤の線が入ったチェックのラベンダー色のワンピースで、所々についた白のフリルとレースが可愛らしさを際立たせている。その上に白色に近い桃色のボレロを羽織っている。女性用のジャケットってボレロであってたっけな?
まあとにかく、さすが読モをやっているだけあって、ものすごく似合っている。ここに来るまでと今もだが男達の視線が凄い集まっている。まずはあやせを見て相好を崩し、一緒にいる俺を見て嫉まし気に睨みつけてくる。手を繋いでいる姿やいまのシャツを掴まれている姿を見ている為か、あいつらの怨嗟が凄い。『なんでこんな冴えない奴が、こんな美少女と!?』『チッ、男連れかよ。いちゃいちゃしやがって』『憎しみで……人を殺せたら!!』男の嫉妬は醜いというが、醜いというよりもう怖ろしいぞ!?
「女の子は出掛けるのにそれ相応の準備が必要なんですよ兄さん!」
「やれやれ大変なんだな」
「大変なんです。ふふっ、どうです。似合ってますか?」
「うん、とてもよく似合ってるな」
思わず素で答えてしまう。あらためて妹の格好に注目するとそれ以外の感想が浮かばない。本当に俺とこいつは血が繋がっているのかを疑ってしまうレベルである。
「(〜〜〜〜そのまま褒められるとは思いませんでした)」
「どうした?」
「な、なんでもありません。何時迄も止まっているのもあれですので、行きましょう!」
「お、おう」
声を張り上げたあやせに押されながら、ペットショップへと向かう。ペットショップに行くすがら犬を散歩しながら歩いている人を見かける。
「うおっ!? 屋外通路とはいえ店の敷地内に大丈夫なのか?」
「凄いですよね! いまから行くペットショップにドッグランもあるんですよ!」
「マジか? 凄いなららぽーと!」
ららぽーとの凄さに驚きながら進んで行くと、ペットショップの看板が見える。
「さあ着きましたよ兄さん! 早く早く!!」
「あ、おい、そんな押すなよ」
最初の目的地に無事到着だ。あやせがもう我慢できないといった様子で俺を急かす。目的はやっぱり子犬や子猫のケージコーナーだろう。うちは親父が動物アレルギーだから一軒家でも犬や猫を飼えなかったので、可愛い物好きのあやせはこういうチャンスに目が無い。
「きゃー、兄さん!! もふもふのふわふわのころころですよー!!」
「お、おう」
「いやー、この仔可愛いーー!! お腹見せてコロンとしてますコロン!!」
「そ、そうだな」
「ニャー、猫ちゃんもいいですよね! この仔なんてつぶらな瞳でこっち見つめてますよ! やーんもう!!」
「ああ……」
ケージコーナーに着いた途端、あやせのテンションがマックスゲージを振り切っている。あっちこっちに移りながらケージに向かってワンワンニャーニャー話しかけている。『こっちに来てニャー』『あっ、行かないでほしいワン』……どうしようこれ凄く動画に撮りたいんですけど、でもバレたら間違いなくハイキックコースだよな。それにせっかく楽しんでいる妹に水を差すのも悪いか。あきらめよう勿体無いが。妹のお宝映像を逃す哀しみに、はぁーと俺はため息を吐いた。
しかしこんな状態で周りの目は大丈夫だろうか? 周囲を見回してみると、微笑ましげな目で見つめられている。……奇異の目でないので良しとしておこう。
ひとしきり騒いだ後ようやくあやせが落ち着いた。
「いいですね。ワンちゃん、猫ちゃん」
「うちでも飼えればいいんだけど、親父がな」
「仕方ないですよ。体の事はどうしようもないですから」
言葉ではそう言いながらも、やっぱりあやせの表情は寂しげだ。俺はあやせの頭にポンと手を置いた。
「まあそれは仕方ないけど、その分今は楽しもうぜ!」
「そうですね兄さん! 次はドッグラン見ませんか? ワンちゃんが元気にはしゃいでるんですよ!」
「おっ、そうだな行ってみるか!」
隣接しているドッグランコーナーに向かう、そこには何匹もの犬が元気に……
「だれてるな……」
「だれてますね……」
夏の日差しのせいだろう、本来なら多くの犬と飼い主が遊んでいる筈のその場所は、いまは三匹がいるだけだった。しかも舌を出して座り込んでいる犬もいるし、他の二匹もとても元気といえるような状態でない。
「この暑さじゃしょうがないか。でも飼い主もなんでこの暑さで来たんだろうな?」
「そうですね? せっかく来たのだからとか、もともと散歩コースだからとかじゃないですか? ここなら飼い主もペットも飲み食いに困りませんし」
「なるほどな! でも残念だよな、これじゃあここにいても仕方ないよな?」
「ええ、次のところに行きましょうか」
あやせの顔はちょっと寂しげだ。兄としては妹がそんな表情のままなのは気に入らない。
「そうだな、またここに来るのは、涼しくなってからにするか!」
「えっ、兄さん?」
「言っただろ? 別に何もなくても付き合うって! まあその時は奢ってやれるかわからないけどな?」
「……ありがとう兄さん!!」
「別に礼を言われるようなことじゃねーよ!」
「いいんです私がお礼を言いたかったんですから」
「そういうもんか?」
「そういうものです!」
ふふっとあやせが微笑みを浮かべる。
そうだやっぱり笑っている顔が一番だよな!
書いていて一言、こんな兄妹いねーよ!!
だいぶいまさらですが
あと店内に某ゴーストスイーパーが居たようです(笑)
あやせの親父さんを動物アレルギーにしたのはオリジナル設定です。ご了承お願いします。