ブロロロロロ
うるさいプロペラの音で目が覚めた。頭上でヘリがゆっくりと旋回しながら降りてくる。…!?ヤバい!隣でまだ眠っている彼女が見つかれば、きっとこの場で処刑される!
「おい!起きろ!えっと…」
あれ?そういえば名前を聞いていなかったな、と考えている暇もない!
「ン~?…ナ…ニ?」
ふわあ、と欠伸する彼女に説明する時間もないので、そのままお姫様抱っこで海に一緒に潜る。だがしかし傷口も完全に治っているわけではなく、塩水でビリリと染み渡る。
「ダイジョウブ!?」
「お前は早く帰れ!」
プスッと背中に何かが刺さったが、恐らく麻酔とか睡眠作用が効く針の類だろう。バシャンと一緒に浅瀬でこけてしまった。彼女だけでもなんとか…と思っていたら、
「ワタシ…『マリー』……ナマエ…デス」
彼女が何か覚悟した初めて見る表情、そのまま一人で進んでいく。が、空から網が降ってきて、響く彼女の悲鳴。
「ま、マリー!!」
今すぐ駆け出してその網を解いてやりたいが、既に麻酔が身体を回りだしていて指先しかうまく動かすことができない。胸を締め付けて破裂させんばかりの絶叫。
あ、あぁ…イヤだ。なんで彼女まで、マリーまで殺さなきゃいけないんだ…
すでに「敵」は戦う力も残ってないじゃないか…
次第に意識までも遠のいていく、舌を噛んでみても既に痛みも感じなくなっている。ただマリーの嫌がる声だけが聞こえていた。
こんな世界、もう嫌だよ。そして、瞼が、降りていった…
左腕には点滴、右側にある花瓶には綺麗な百合が飾ってあった。あれ?夢かな?と、天井を眺めながら少しずつ思い出して………え、え、ええああああああああおおおおあああああえええあああああああ!?ああ?ああああ?
「どこだ!マリーはどこだ!」
知らない病院、おそらく政府の指定された重要な施設だろう。部屋には窓が付いておらず、どこにあるのか悟られないようになっている。地下にある施設だろうか?思ったよりスペースは狭く、叫ぶ声がギンギン響いてボルテージを加速させていく。
「てめえら全員ぶっ殺してやる!」
ガラッ扉が開くと同時に拳銃を手にしようとするも、その手はアッサリとすり抜けていった。普通の病院で着る服に着替えられていた。
「元気そうで何よりですね」
「…」
スーツ姿の少し老けた男性が眠そうに話しかける。
「いやあ、ほんと。行方不明の君が見つかってよかった、よかった」
「俺以外は全員死んだのか?」
「はい、そうですね」
「ふっ、日本は終わりだ。今の政府では世界に救援を呼ぶことも出来ない無能ばかりだ。だが…その前に俺がヤル」
「困りますよ、そんなことされたら。折角『カノジョ』にまた会えるチャンスがあるのに」
「…なんだと?」
「まあ、ここではアレなので。歩きながらゆっくり話しましょうか」
スッと後ろを向く彼に少し遅れつつも、点滴を引き千切り、取りあえず付いて行く青年であった。
部屋と同じように廊下も清潔で壁は白く電灯はLEDで少し眩しいと感じるくらいだった。
「君は敵の数がどれくらいか、聞いたことはありますか?」
「…いいや」
「深海探査機の結果、1000にも満たないそうです」
「は?」
「敵」の一人一人の戦闘力が駆逐艦一隻と同等であると教えられて訓練もその通りにこなしてきた。たった1000人が相手なら例え日本でもここまで手こずるはずがない。
「戦艦クラスがいるってことか…」
「しかも彼らは海の中で生きてきたのだから、海中での潮の流れ、地形、戦略的で頭も良い」
たしかに、いくら艦隊の訓練をしようと、生身と波に揺れる船。
「完全にアウェーだったということか…」
「それでも戦うしかなかった」
「…原因は人間じゃないのか?」
「戦争の、ですか?」
無言、二人の歩く音が数秒続く。それがイエスの合図。
「私は日本人だと聞いています」
「…」
「君ぐらいの年の子が初めて見た深海凄艦に興奮して誤って発砲してしまったらしいんですね。しかもそれが運悪く致命傷となってしまったらしくて…」
もう笑うこともできなかった。運の悪い偶然がほんのちょっと重なったことが理由で俺たちは死ぬ覚悟で戦って、マリーは…。
「それで、本題はなんですか?まさか、こんなことを言いに俺に会いに来たんじゃないんでしょ?」
歩いていた足が止まった。気付けば丁度2m位の大きな扉の前まで来ていた。質問に答えずにその扉をノックする。「は、はい!」と中から知らない女子の声が。
「さぁ、入ろうか」
ギィとそれらしい音を立てながら見えた部屋はまるで書庫のような場所だった。
「は、初めまして!この度、司令官の秘書を務めることになりました。『吹雪』です!」
ビシィー!
学校の制服を着た、年は中学くらいの女の子がまだ慣れない手つきで敬礼をしている。事態が全く理解できなくて横目で助け舟を呼んでみるが笑って頷くばかり。俺にどうしろというのだ…。
「たしか~、吹雪君は『C』クラスだったね」
「はい、『C』クラスの代表役をやらせてもらっています」
何も理解できていないまま話が進んでいっている気がする。そもそも子供がどうしてここにいるのか。理由も想像がつかないでいる。
「吹雪君、そこのヘッドホンを付けてもらえるかな?」
「はい…?わかりました」
「適当に音楽を聞いといてくれる?」
「はぁ…了解しました」
ヘッドホンをして少しすると爆音のようなロックサウンドが漏れ出してきた。はじめ彼女は「ひゃあ!」と声を上げたりしたが何故かそのまま聞き入ってしまって「おお!」などと感嘆している。
「さてと…何から話したものかな…」
「とりあえず、彼女は誰なんですか?それもまだ幼いですし」
「ああ、言ってなかったね…」
その日、一人ベットから起きた時、何もかも全部憎んで目に入るものを壊したい衝動に駆られて、そのまま飲まれていたら、どうなっていただろうか。これから待っている無理難題に立ち向かい、もう一度「マリー」に会っていなければ、きっと後悔しただろう。
だから…どんな運命だとしても、俺は、受け入れる準備をしなくちゃいけなかったんだ。
「元深海棲艦だよ」