微睡みの中で声が聞こえる。

だけど、届かない。

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After war open war

クソ提督、起きなさい。ねぇ、いつまで寝てるの?起きなさいってば。

 

「あと五分。」

 

さっきもそう言ってたじゃない。いい加減にしなさい。

 

「お願い。もう少しだけでいいから。」

 

...ダメよ、もう時間だわ。

 

目が覚めた。毎朝聞こえるあの声。でも目を覚ますとその声の主はどこにもいない。

「曙...」

姿が見えることは無い。ただ、毎朝声が聞こえる。会いたくて仕方が無いのに、目を開けるとまるで嘘のようにその声は虚空に吸い込まれていくのだ。

 

クソ提督、また寝坊?いい加減にしなさいよ。

 

ほらまただ。お願い曙、顔を見せて。

「起きるから、すぐ起きるから、少しだけそこにいて。」

 

無理よ、私ももう行かなくちゃ。

 

「じゃあ連れてってよ。俺のことも。」

 

そんなこと...!できたらとっくにやってるわよ。

 

「...ごめん、怒らせちゃったかな。」

 

いいわ、こっちこそごめん。

 

「そろそろ起きるよ。」

 

じゃあね、クソ提督。

 

...いつからだろう、こうなったのは。あの海戦、艦隊の殿を務めた彼女は帰ってこなかった。艦載機に囲まれた艦隊を逃がすためにただ一人残ったのだ。辛くも帰ってきた潮にそう聞かされた。

 

「曙。」

 

なによ、目が覚めてるのなら早く起きなさい。

 

「厳しいなぁ、少しくらいいいじゃないか、ここでしか曙と話せないんだから。」

 

...クソ提督。

 

「曙。」

「曙?」

返事が聞こえなくなった。

「曙!」

跳ね起きて辺りを見回す。曙はいなかった。だけど微かに髪飾りの鈴の音が聞こえた。

「曙...」

ここは一体どこだ?

 

 

 

「曙、ここにいたの?」

薄暗い格納庫の中、あるべき機体のない空間。折角、戦争が終わったのに。

「朧、私たちって何のために戦ってきたの?」

あれはいつも通りの哨戒任務のはずだった。友好関係を結んだ深海棲艦の拠点を回って鎮守府に戻るだけ。

「...深海棲艦から人類を守るため。」

北側の寒いルートを潮、那智、最上と共に、あと少しで鎮守府に帰れたのに。

「じゃあなんで、人間は裏切ったの?」

「...違うよ。」

「違わない。」

目の前に現れた巨大な船体。それは私たちの艤装とは違う、本物の戦闘艦、人民解放軍のシェンヤン級駆逐艦だった。

「あいつらは私達を撃った。深海棲艦がいなくなった途端に撃ってきた。私達は利用されただけなんだ。」

目の前で、那智が殺された。轟沈ではない。そもそも艤装は通常兵器に対しては効果をなさない。それを知っていて、奴らは30mmCIWSで撃ってきた。

「やっと私たちの戦争が終わったのに。」

今度は日本と共和国の戦争が始まった。武装を解かれた艦娘は既に軍籍はない。だけど軍事施設から出られないのはそういう理由があるからだ。布告無しに行われた私たちへの攻撃。それもこの国の領海内で。

「曙...」

「曙ちゃん、日向さんが呼んでる。」

潮も格納庫の中に入ってきた。

「何の用で?」

「わからない...ごめんなさい、私のせいで...」

「潮、あんたそれ本気で言ってる?」

「え?」

「本気でそれを言ってるの?ねぇ。わかってる?あんたがクソ提督に何も言わなければあいつは死なずに済んだんだ!」

「やめなさい、曙!」

朧に羽交い絞めにされた。

「あの状況なら私は帰ってこれるかも知れなかった!なのにあんたがあいつを寄越したせいで!」

「やめないか!」

声のする方を見ると、漣と日向が入口に立っていた。

「ぼのたん落ち着いて、今はそんな事考えてる余裕はないんだよ。」

「すまない曙、司令部からお前の査問請求がなされた。」

「どういうこと?私は何もしてないわよ。」

「司令官の死亡についてだそうだ。来週私と一緒に来てもらう。」

「わかりました。」

 

 

 

ねぇクソ提督、いつまで寝てるのよ。

 

「今日は、少しでいいんだ。顔を見せて。」

 

無理よ、早く起きなさい。

 

「曙...今どこにいるの?」

 

クソ提督の側よ。

 

「俺の手は届く?」

 

無理ね。

 

「そっちからは?」

 

もっと無理。

 

 

 

大きな建物の、小さな部屋に通される。日向は部屋の前で待機を命じられていた。

「すまない、私はここまでらしい。」

「大丈夫よ。」

ノックをする。

「入れ。」

「特型駆逐艦、曙。」

「座りなさい。」

「はい。」

「君のところの司令官について少し聞きたい。」

真ん中の席に、一番階級の高そうな男、その両隣に少し見劣りする階級章の二人、部屋の隅に速記がいた。

「早速で悪いが君は仁賀大佐の最期を見たのかね?」

「...はい。」

「どのような様子だった?」

「どのような、というのは?」

「彼の表情、通信、そのほか感情的なものから、彼が死ぬ時の状況など知っていることをすべて。」

「通信は確認していません。あったとしても会話ができる状況ではありませんでした。そして距離があったため、詳しくはわかりませんが、共和国籍と思われる空母、外見は遼寧に酷似していました。それに突入...航空自衛隊から払い下げられたF-4戦闘機に乗っていたと思います。飛行甲板に機体を立てて、斜めにこう...」

「わかった、もういい。しっかりと記憶しているようだな、では次の質問だ。何故君は単艦であの場に残った?」

「旗艦が射殺され、また私以外の全員が多少なり損傷していたため、無傷の私が妥当と判断しました。」

「一緒に帰る、というのは頭になかったのかね?」

「無理です。敵航空機に包囲されたと思います。私が単艦で母艦を攻撃すれば敵は私に集中せざるを得ない、そして、艦娘には誘導弾が通じないとのことだったので、なんとか私も逃げられると思っていました。」

「多少軽率とも思えるが、まぁ君の考えも間違いとは言えないな。では何故大佐があの場に来た?」

「帰還後、同僚から聞いた話でありますが、私が残ったことを聞くやいなや周りの静止を振り切って機体に乗り込んだ。そうです。」

「...彼の中に感情的な部分があったということか?」

「...否定できません。」

「その指輪と関係は?」

「わかりません。」

「最後にいいかね?これは記録には残さない。」

それまで喋らなかった右側の男が口を開いた。

「記録やめ。」

真ん中の男が速記に命じた。

「大佐は、君じゃなくても同じ行動をしたと思いますか?」

「...はい。必ず飛んだと思います。」

「わかった。仁賀大佐、そして那智の喪失は残念だ。二人は優秀な軍人だった。協力に感謝する。」

査問は終わった。部屋を出ると日向が落ち着かない様子でそこにいた。

「曙、大丈夫か?」

「えぇ、まぁ。」

建物を出ると、上空を轟音が突き抜けていった。見上げると二機の戦闘機が編隊を組んで飛んでいた。

「さっきドアの隙間から見えたんだがな。」

車に乗り込みながら日向が言った。

「右に座っていた将校、あれは仁賀の教官だった。だからお前にキツく当るかもしれないと心配だったんだが...そうはならなかったようだな。」

 

 

 

起きなさい。

 

「なぁ曙、ここは何処だ?」

 

...

 

「教えてくれ、なんで俺はこの朝を何度も繰り返しているんだ?」

 

...

 

「頼む、俺は一体何なんだ、教えてくれ曙。」

 

...聞いたら、クソ提督は何処かに行っちゃう。その覚悟はある?

 

「...あぁ。」

 

じゃあ話すわ。クソ提督はあの戦いをどこまで覚えてる?

 

「潮からの通信が入るまで。」

 

...曙は死んでないの。この私はあんたが創り出したただの幻影、だから触れることも見ることも出来ない。そして、あの時死んだのはクソ提督、あんたの方なの。

 

「...」

 

思い出した?

 

「全く。」

 

私自身もクソ提督の記憶から成り立ってる、だからあんたの記憶の中にも真実はあるはずよ。

 

「...曙、お前、空見てたか?」

 

...えぇ。飛んでいるあんたを見上げていたはずだわ。

 

「俺は飛行機に乗っていたのか?」

 

そうよ。

 

「そうか...そう...あぁ、そういうことか。」

 

思い出したようね。

 

「あぁ...もう起きるよ。」

 

そうね、迎えが来てるわ。

 

「最後に、曙に会わせてくれないか?」

 

 

 

先程の戦闘機を追うように一機の戦闘機が飛んでいた。

「自衛隊がまだファントムを使っているとはな。」

それを見て日向が言った。その機体は不意に機首を下げると、急降下して地表ギリギリをこちらに真正面から迫ってきた。

「お、おい何のつもりだ!?」

日向がアクセルを踏み込んだ。目前に迫るその機体が翼を立てた。ナイフエッジ。そして車の助手席側を掠めるようにすれ違う。コクピット。爆音。激震。車はスピンして180度後ろを向いた。

「なんなんだ!後で空自に文句言ってや...」

フロントガラスの向こう側、ファントムが飛び去った方向。そこには排気炎すら残っていなかった。すれ違う瞬間、パイロットと目が合った気がする。耳に残る爆音とパイロットの優しい顔。

「いない...どういうこと...?」

あれは確かに、クソ提督そのものだった。

 

 



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