護衛艦でいず! 作:角煮か?
「……ブルーアイランド飛行場か」
岩崎は険しい顔のまま何もない空間を睨み据える。机の上には数枚の資料が無造作に置かれていた。
元は水上に作られた一大アミューズメントパーク。しかし深海棲艦の出没により僅か数年で閉園してしまい、その後立地条件の良さから旧海上自衛隊が買い取った。
更に深海棲艦の本土爆撃を防ぐため、航空自衛隊と共同で飛行場を設営。やがて艦隊を指揮するための施設も作られ、洋上拠点の基地となった。
そこを指揮するのが岩崎の同期だった男――高見沢タケル。風当たりの良い好青年で、大本営からの信頼も厚かった。
だが、一つ気になる噂を耳にしている。
――ブラック鎮守府。
第三世代以降の艦娘に蔓延する、海軍の腐敗。
彼がいくつもの武勲を立て続けに挙げているのも、無茶な運用体制によるものだ、とまことしやかに語られている。
無論、根も葉もない噂と一蹴してしまえばそれまでだが……岩崎自身、同期のよしみで何度か顔を合わせたことがある。
にこやかで社交的。誰にでも気軽に接する男。それが岩崎の第一印象だ。しかし彼はその笑みはどうしても貼り付けたように見え、底を覗かせない仮面のように感じてしまう。故にあまり関わることはなかった。
まあ――それについては、いずれハッキリするだろう。
潜水艦が哨戒網を抜けてきたのも気になるが、報告書は既に送った。近いうちに指示が届くはずだ。
それよりも救助した艦娘が目下の課題になる。
皐月は負傷した艦娘を無事、基地まで引っ張ってきた。菊月も怪我一つなく、完全勝利と言えるだろう。
ゆきづきは無茶な速度を出しだせいで派手に転んだらしい。びしょ濡れだったな。制服の生地がもう少し薄ければ下着も透けて…待てよ、あいつ、パンツ以外の下着は嫌がってつけてない(元男のプライドがどうのと言って)と聞いたが……。
「イカンイカン、作業をやらねば」
頭を振り、目の前の作業に集中する。イージス艦娘が生まれただけでも手一杯なのに、今度は所属不明の艦娘の救助である。
何故こうもトラブルが舞い込んでくるのだ。まったく、実に面倒な…。
「司令官! 大変だよ!」
バン! と扉が壊れそうなくらいの勢いで開かれる。飛び込んできたのは息を切らした皐月だった。
「犬がネコでも生んだか?」
「もう、ふざけてる場合じゃないよ! なんか手紙が来てると思ったら……」
立派な封蝋が施された封書を見せる。
差出人は大本営だった。
「マジ?」
「大マジ!」
岩崎は本格的に頭を抱えたくなった。
初の実戦から三日後。救出した艦娘は第一世代の睦月型駆逐艦『長月』だった。つまり、菊月と皐月とは姉妹であり、俺にも血の繋がりを感じさせてくれる。
ただ彼女の怪我の度合いは深刻だ。未だに目覚めることなく入渠ドックで眠り続けている。
今日は訓練のない休みの日だし、後で見舞いに行こう。
「しっかし訓練がないと暇だなぁ」
休日は街に出ることも許可されるが、別段興味を惹かれる施設はない。湾岸線は深海棲艦の対地攻撃や空襲に晒されやすく、殆どの住人は安全な内地に避難している。だから街に出ても何もないのだ。
あるのは空き家と廃墟ばかり。コンビニすらない。せいぜい駄菓子屋が一件立ってるくらいだろう。
だから俺にできることと言えば、自室に戻って上から支給される嗜好品(駆逐艦だと主にゲームなど。希望を出せばある程度、融通が利く)で遊ぶか、こうして意味もなく夕日に染まる海を観察するかだ。
「――……」
不意に、歌が口から零れる。
俺の知らない旋律が流れていく。
これは――ゆきづきの記憶?
音楽については疎いんで評論は差し控えたいが…悪くないと思う。
静かで優しいメロディだ。
自分で歌ってるクセに何を言ってんだって言われそうだが、こればかりは体験してみないと分からないな。
……こんな奇怪な状況に陥る人間が俺以外にいれば、だけど。多分落ちてきた隕石に当たって死ぬより確率低いぞ。
と、枝を踏む音が聞こえたので俺は振り向く。
「菊月?」
「……すまない。別に盗み聞きするつもりはなかった。あまりにもいい声だったから、つい」
「や、別にいいよ。良い歌声だろ?」
「自分で言うのか……確かに良い声だったが」
俺の隣に座る菊月。夕日に照らされた横顔は凛々しく、不覚にも心拍数が高まった。
一応中身は男だからね!
「工廠の妖精さんから伝言だ。海上自衛隊とやらの資料やデータを元に、噴進砲の弾薬が作れるようになった、と」
噴進砲――ああ、VLSに詰め込む各種ミサイルの事かな。
近代艦の出番が終わってから久しく、イージス艦用の弾薬類が補充できるか検討されてたみたいだけど……何とかなったね。良かった。
……最近、ハマってる架空戦記物のマンガに補給面で苦労するシーンがあってな。
「ん、後でお礼を言っておくよ」
「そうだな。きっと喜ぶはずだ」
ざあ、と白波が足元を浚う。今夜は潮汐か。この辺りは海の底になる。
「…長月、どうだった?」
爪先を濡らす波をボーっと見つめながら暫しの沈黙を挟み、ふと尋ねてみた。
「当面、起きそうにはない。あれだけの怪我だ……じっくりと休ませるべきだな」
俺は直接見てないが、沈没の一歩手前の状態だったとか。彼女をそこまで追い込んだのは件の潜水艦と断定できる。
しかし長月の所属は不明だ。目印となる部隊章や認識票もない。妖精さんによれば第一世代の艦娘のみ建造システムの他、海で邂逅するパターンも稀にあり、長月はそれに該当するとの事。
「心配はいらぬ。入渠ドックはどんなに酷い怪我でも生きてさえいれば治せる。手足が吹き飛んだ艦娘も数時間で再生した逸話もあるくらいだ」
「そ、それは盛りすぎじゃないか?」
トカゲのシッポじゃあるめぇし。
でも妖精さんパワーならありえそうな気もする。なんたって世界一だからな。
「そろそろ帰るぞ。潮が満ちてきた」
立ち上がる菊月。スカートについた砂を払い落し、手を差し伸べる。
「ん」
俺はその手を掴んだ。