護衛艦でいず!   作:角煮か?

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第4話

 

 基地の見学は数時間で終わった。

 元々そこまで敷地は大きくなく、司令官(二人は岩崎のことをそう呼ぶので、俺も真似することにした)の使う煉瓦造りの本庁舎、艦娘の使う寄宿舎、艤装の整備と建造を行う工廠、負傷した艦娘の怪我を癒す入渠ドックの四つの施設しかない。

 

 あとは港の方に小さな訓練場があるみたいだ。体調に問題がなければ、明日から早速俺もそこで訓練を始めることになる、と皐月に言われた。

 

「訓練かー……」

 

 見学が済むと、何か準備があると告げて皐月はどこかへ行ってしまった。俺はまた医務室に戻ってきた次第だが、工廠からついてきた妖精さんが話し相手になってくれる。

 仕事が少ないので彼女(?)たちも暇らしい。

 

「最初は海に立つだけでも苦労すると思いますが、あなたの艤装スペックなら慣れれば30ノット以上のスピードで走れますよ」

 

 艦娘の元は軍艦。それが人の規格になるというのは中々大変みたいだ。転んだり、躓いたり、まるで立ち上がることを覚えたばかりの子供みたいに苦労して親しんでいく。

 

「そういえば俺って船だったころの記憶も全然ないんだよな」

 

 皐月たちも断片的だが、自分が船として海を駆け抜けた記憶を持っている。でも俺は人としての記憶も船としての記憶もない。

 元男という漠然とした直感だけが、俺の中のアイデンティティだ。哀しい。

 

「私共でも記憶喪失の原因は分かりません。こんな形であなたをこの世界に呼んでしまい、申し訳ないです」

 

 妖精さんが小さく頭を下げる。

 

「そんな、謝らなくていいよ。思い出がないなら、新しく作っていけばいい。その内何かのキッカケで思い出すかもしれないしさ」

「前向きですね」

「後ろ向きに生きてたってつまんないだろ」

 

 皐月たちも良くしてくれるし。先行きへの不安はあまりないな。

 俺はベッドに寝転ぶが、窓から差し込む夕日に目を細める。

 

「随分長い間、話し込んだみたいだ……もう夕暮れか」

「本日のメニューは何でしょうかね。ここのご飯はいつも美味しいのですよ」

「へぇ……それは楽しみだ」

 

 どんなご飯なんだろう。夕食は6時と決まってるようで、時計を見ればあともう少しだ。

 

「少し早いけど行きましょうか? どうせここにいてもやることありませんし」

「そうだな、行こうか」

 

 妖精さんを肩に乗せ、医務室を出る。先程教わった通りのルートで三階にある食堂の方へ足を進めた。

 夕暮れに染まる廊下を通り抜け、『食堂』のプレートが下がった扉の前で止まる。

 

「……?」

 

 また気配を感じる。艤装を出せば視えるだろうけど、酷く酔うので使いたくはない。

 まあ、別に危険じゃないしいいか……。

 

 戸口に手をかけ、ガラッと開けた瞬間――。

 

「建造、おめでとー!」

「……おめでとう」

「ほい、おめでとさんっと」

 

 一人ハイテンションでクラッカーの紙吹雪を俺に飛ばす皐月。

 淡々と告げる菊月。

 適当にパチパチと手を鳴らす司令官。

 

「何この状況」

 

 いや、空気からして俺のことを祝ってくれてるのは分かるよ? ただ……統一感なさすぎじゃね? 嬉しいけどさ。

 

「ゆきづき。現時刻を持って貴艦を江ノ島基地第一輸送艦隊に配属する。貴艦の練度向上と活躍に期待しよう」

「は、はい! 分かっ、りました」

 

 こういう場合、どういう返事を返せばいいのか分からず、歯切れの悪いモノになってしまった。どう見ても年上だし、軍なら上下関係は厳しく管理されるだろうから気をつけないと。

 例え口調については、敬語でもタメでも自由だと言われていても。

 

「そしてこれが輸送隊の部隊章だ。失くすなよ」

 

 手渡されたのは腕章だ。夜空に浮かぶ三日月とヤドカリ、そして桜の花弁が描かれている。

 

「……なんでヤドカリ?」

 

 何か深い意味があったり?

 

「馬鹿でかい殻背負って移動してるだろ? それが物を運んでるようにも見えるから、ヤドカリにしたんだ」

 

 た、単純な理由だった……。

 

「ま、堅苦しい挨拶はここまでとしよう。今夜は建造記念パーティだからな。遠慮なく肩の力を抜いて楽しめよ」

 

 確かに食卓の上には美味しそうな料理が所狭しと並んでいるが……。

 

「あ、あの司令官」

「なんだ?」

「これだけなの?」

「これだけ、とは?」

「この基地にいる艦娘」

 

 俺は食卓に座る菊月と皐月を見る。おまけに食堂とは名前ばかりで、やたら生活感あふれる内装だ。誰が見ても共用施設ではなく個人用の私室だろう。

 

「そうだ」

「えっ」

 

 ちょ、少数精鋭ってレベルじゃない。戦力的に拙いでしょソレ。人少ないとは思ってたが……。

 

「何、大した問題ではない。国内船の護衛や短距離の輸送任務が主な役目だ。駆逐艦で十分事足りてるぞ。ドンパチやるのはもっとデカい鎮守府さ」

 

 俺の表情を察したのか、相好を崩す司令官。イケメンだ。ホレないけど。男だし、チョロインになるつもりもない。

 

「早く席に着くと良い。料理が冷める」

「あ、うん……」

 

 椅子を引き、皐月の隣に座る。司令官と菊月と対面する形だ。妖精さんも専用の人形遊びで使われるようなおもちゃの食器の前で落ち着いた。

 

「んじゃ、いただきます」

「いただきます」

「い、いただきます」

 

 出来立てのご飯と取れたての魚料理は美味しかった。司令官の自炊と聞いて驚いたのはまた別の話……。

 

 

 


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