護衛艦でいず! 作:角煮か?
「長月が入渠ドックから消えた?」
正座で反省の意を示す司令官は頷く。つい先ほど長月の意識が戻ったと妖精さんから報告が入るも、目を離した僅かな合間にドックから抜け出したらしい。
「もう夜だよ。どこに行ったんだろう」
皐月は心配そうに外に視線を流す。周辺海域の制海権は生きてるし、基地内の警備も万全だ。それでも一人、勝手の知らない場所をうろつくのは安全とは言い難い。
「探そう。艤装の燃料は満載じゃないんだろ?」
「ああ。あの残量では遠洋に出ることはまずできない」
なら捜索範囲は絞られるだろう。妖精さんたちも手伝ってくれるみたいだ。
「菊月と皐月は海岸沿いを頼む。ゆきづきは妖精さんたちと基地周辺を当たってくれ」
「了解!」
夏の気配が濃くなる季節だが、まだ夜の沿岸は冷え込む。俺は懐中電灯の光源をあちこちに回しながら長月を探した。
「仕方ないとはいえ、暗いな…」
灯火管制をしてなくとも、必要以上の明かりは灯さないのが鉄則だ。ブルーアイランドの防衛線に風穴が開いてる今、いつ敵機が飛来してもおかしくないし……。
俺も早くトマホークを使いこなせるようにならないとな。気合を込める意味も兼ねて自分の柔らかい頬をペチンと叩く。
よし、探すぞ!
「水を注すようですが……水上レーダーを使ってみてはいかがです?」
「……そうだね」
イージスのレーダーは夜の闇など何ら障害にもならない。SPQ-9のアンテナから照射される探索レーダーが全方位に広がっていく。得られた情報は直ちにバイザーへと流れ、妖精さんたちが処理する。
「レーダー感……近い。菊月たちじゃなさそうだ」
俺は慎重に近づいていく。
すると――。
「この闇の中、私を見つけるとはな。驚いた」
どこか菊月と似通うトーン。声の質も姉妹にそっくりだ。
「……君が長月?」
俺の懐中電灯が照らし出す一人の少女。真っ黒な海に面した防波堤に座り、こちらを見つめていた。
「そうだ。駆逐艦と侮るなよ……」
新緑を彷彿させる緑色の長髪を海風に靡せ――長月は不敵に笑った。瞳も同様に澄み切った翡翠のような輝きを持ち、薄闇でもその光は失われない。
「俺も一応、駆逐艦だよ。ゆきづきだ」
自衛隊だと2万トン越えでも駆逐艦だからな。世界的な基準で見れば、俺は巡洋艦クラスの排水量なんだがね。
「その制服…睦月型だな。私の知らない艦名だが、夕月以降に建造されたのか?」
「うーん……確かに夕月以降と言えば以降なんだけど……」
俺はできるだけ丁寧に説明する。
自分が未来の船、イージス艦であるということを。睦月型の名を受け継いだ艦艇であることを。
「いーじす艦……みさいる……」
神妙な面持ちで俺を眺め、それから小さく笑みを零す。
「そいつはすごいな。新しい妹がいるってだけでも驚いたが…数百の距離を見渡す電探に、百発百中の噴進砲か。頼もしい限りだ」
「今のところは必中じゃないけど……というか、アッサリ信じてくれるんだ」
初対面で、いきなり長月が軍艦だった頃から数十年以上過ぎた世界の船だよ、と言われたらまず疑うだろう。おまけに艦娘だの、深海棲艦だのと、理解を超えた出来事の連続である。
混乱しても仕方ないくらい、突飛な事態だ。
「まあな。私が人の姿で海に浮かんでいた時点で、一生分の驚愕を体験したさ。この目で深海棲艦とかいう連中を目にしたし、妖精さんたちからも話を聞いた。そして実際……死にかけたからな」
冷たい夜風が長月の髪をくすぐる。
「まずはお前に礼を言いたかった。助けてくれて感謝する」
「お、俺は何もしてないよ! 頑張ったのは皐月たちや妖精さんだから!」
迷いなく頭を下げた彼女に俺は、両手をブンブン振って否定した。あの戦いのMVPは少なくとも俺ではない。潜水艦を
「妙なオートジャイロから修理要員を派遣してくれたと聞いたが?」
「ああ、うん。ソイツは俺の判断、だけど」
「なら謙遜は不要だ。艦艇でもある艦娘を讃えることは、ひいては乗組員である妖精さんたちへの歎称に繋がる」
そっか…じゃあ俺を一杯褒めてもらうことが、普段頑張ってくれてる妖精さんへの一番の恩返しにもなるんだな。
「もっと褒めてもいいのよ?」
「……それは睦月型のセリフではない気がするぞ」
俺も長月の隣に座り、月明かりが反射する水平線を眺める。太陽の光とはまた違う煌めきは優しく、穏やかだった。
「長月はどうして海を見てたんだ?」
隣に座っている長月の横顔をチラリと盗み見る。
「……ただ、見たかっただけだ」
帰ってきた返答は単純で、しかし計り知れない重みが含まれているような気がした。
…余計な詮索は自重しておこう。
「ゆきづき」
「ん?」
「出会ったばかりでこんなことを頼むのもおかしいと思うが……」
暗闇に長月が身じろぎする音が微かに聞こえる。
「みんなを護ってくれ」
イージスは神話に謳われる最強の神の盾。どんな悪意も災厄も払い除け、持ち主を護り抜く。
誰かを護ることならどんな船にだって負けない。たとえ相手が空母や原潜だろうと。
「ああ、任せろ」
だからだろうか。ごく自然にそんな言葉が紡がれる。
長月の表情は見えない。だが、不思議と優しげに相好を崩したという直感があった。
「――もちろん私も頑張らないとな。海の上で転ぶようでは、少し頼りないぞ」
「なっ、どこでそれを!?」
「妖精さんから聞いた」
「妖精さん!」
「すみませんー、ついウッカリ」
なんだよ、せっかくかっこよく決まったと思ったのに!
「これでも最初の頃に比べればマシになってるからな!」
「その意気だ。驕らず、共に精進していこう」
クスリと笑う長月。差し出されたその手を、俺も握り返した。
「おう」
「……あのー、盛り上がってるところ悪いんだけどさー」
「見つけたなら連絡くらいはしてくれ」
「あ」
…ごめんなさい。