護衛艦でいず!   作:角煮か?

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第10話

 

 

「今日は夕食の前に話すことがある」

 

 見慣れた食卓の風景。今日の晩御飯も獲れたての魚がメインの料理だ。

 

「今日、手紙が届いてな。差出人は大本営だ」

「珍しい。こんな僻地に」

「僻地言うな。これでも江ノ島は人気の海水浴場だったんだぞ」

 

 そういえば昔の江ノ島は夏になると大勢の人で賑わってたそうな。

 

「話が逸れたな。で、手紙が来たわけだが……まあ、ゆきづき。大体お前のことだ」

「俺?」

「イージス艦の艦娘について報告書を出したんだ。まさか大本営直々に来るとは想定外だがな」

 

 司令官は手紙を広げる。

 

「えー、小難しい文章だから要約するぞ。お前は引き続きこの基地の所属とし、練度を高めてくれってさ」

「ん? 異動とかないのか?」

 

 もっと重要な場所に送られることは覚悟してたが。

 無論この基地にいられるなら文句はない。

 

「いくらイージスでも、海の上で転ぶような新兵を前線に送れんわ」

「ぐぬぬ」

 

 くっ、正論だ。悔しいが。

 

「次が本題だ。――来週、月曜日に横須賀鎮守府の元帥がこの基地の視察に来る」

「元帥?」

 

 海軍で一番偉い人、だっけ? そんな人が来るって……まさか司令官、怒られるようなことを。

 

「今度は何したのさ」

「司令官……罪は償うべきだ」

「謝ろう?」

「おい。晩飯抜きにするぞ」

 

 すみません、調子に乗りました。

 

「ったく。お前ら、俺の事をどう思ってんだ?」

 

 司令官は腰に手を当てて、俺たちを睥睨する。

 

「訓練の様子を録画して、転ぶたびに見えるゆきづきのパンチラシーンで一時停止してる変人!」

「司令官はただの司令官だ」

「スキンシップが少し面倒かな……って、皐月! どういうことだそれ!」

 

 俺の動きをチェックするために、訓練中の様子を録画してるのは知ってたが。

 

「コラ、誤解を招くような発言は止めんか。転んだシーンを様々な角度から分析し、どこが悪いのかを調べてるだけだ」

 

 なんだ、それはありがたい。司令官のこと、見直す――。

 

「……ところでゆきづき。街にはまだ下着を取り扱ってる店があるんだが、行ってみたか?」

「対艦ミサイルでぶん殴っていい? いいよね? 一度くらいなら誤射かもしれないもんね。大丈夫、炸薬は抜いてるよ」

「もう殴られてますが……」

 

 ワケねぇだろ。少しは隠せ、その下心。

 

「で、どうして元帥がこの基地に来るんだ?」

「どうも話が脱線するな。視察は建前さ。本音はゆきづきの能力と」

 

 頭にコブを作った司令官は手紙に視線を落とす。何やら真面目な空気に早変わりするが。

 

「ブルーアイランド飛行場に関することだ。こちらについては後程、執務室で説明するから食後休憩が済んだら全員集まるように」

「……もしかして作戦が発動するの?」

 

 ブルーアイランドってこの基地の沖合にある飛行場だよな。前は遊園地だったとか。

 

「ま、そんな感じ。でも今は飯だ。冷めないうちに食うぞ。いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 今日も飯が美味い。

 

 

 

 太陽が水平線に消え、丸い月が薄暗い空の果てから浮かぶ。開け放たれた執務室の窓から断続的に寄せては引く波の音が聞こえた。

 

「んじゃ、説明するぞ。先日我が基地からブルーアイランドへ連絡を試みたが、電話回線は途絶していた。無線も全領域にて不通。その旨を横須賀へ伝えたところ、あちらさんでも交信不能であることを確認。本土への空襲を防ぐ防空網、そして通商破壊を目論む敵性潜水艦の哨戒。二つの重要な任務を担う要衝だ。直ちに偵察機が飛び立ったが――」

 

 司令官はホワイトボードに複数枚の航空写真を貼り付ける。

 

「見てのとおり、大規模な深海棲艦の揚陸部隊が確認できる。鬼や姫、特殊災害指定艦『レ級』の姿はまだないが、看過できる状況ではない」

 

 写真には真っ黒な影のようなものが人工島の浜辺に広がっていた。アレが全部、深海棲艦とは笑えない冗談ね……。

 

「よって、ブルーアイランド飛行場の奪還作戦が今日付で大本営より発令された。滑走路の破壊、敵施設及び補給物資への空爆など、対地攻撃を中心とした大規模なものになる。ここまでで質問は?」

 

 皐月が手を上げる。

 

「所属の艦娘たちは……」

 

 言いかけ、無言で頭を振る岩崎を見て察したのか、口を閉ざした。

 ……全滅か。

 

「大本営は奴らの航空戦力が整う前に叩くつもりらしい。本作戦における我が艦隊の役目は特にないのだが――……」

 

 司令官が俺を見る。なんだよ?

 

「ゆきづき。お前、VLSにトマホーク積んでるよな」

「え? あ、ああ。一応…有ったと思う」

「そうか……大本営もお前に興味津々さ。まともに海を走れなくとも、安全圏で停船状態ならミサイルくらい打てるだろうと言ってきた」

「つまり?」

「つまりお前は作戦に参加しろってことな。トマホークで滑走路と格納庫を精密攻撃し、航空戦力を潰す。その後、戦艦と空母の総攻撃で一気に粉砕する腹積もりだ。元帥がここに来るのも自らお前に会って作戦を説明するためだな」

 

 待て待て、何それ聞いてない! 

 

「あの拒否権」

「あるわけない」

「ですよねー」

 

 最初から選択肢なんてなかった。

 冗談だろ。通信衛星やGPSだってまともに使えないんだぞ。

 

「トマホークは複雑な手順が必要だ……第一、衛星とのデータリンクは?」

「アメリカが使ってた軍事衛星がまだ機能してるだろ。SOSUS同様、老朽化の可能性が高いが」

 

 それが問題なんだよなァ。

 今回は海の上を飛ばすから地形の照合は必須じゃないだろうけど。

 

「ゆきづきさん。私たちも頑張りますよ」

「そうです。時間もあります。衛星があるなら繋がるよう、我々で何とかしてみますよ」

 

 俺が返答にあぐねていると、妖精さんたちが口を揃えて鼓舞してくれる。

 …悪いな。船なのに乗組員に苦労ばかりかけて。だからこそ、頑張ろうと思えてくる。

 

「ありがとう……」

「我らは一蓮托生です。楽しいことも、苦しいことも全部共有していきますよ」

「船は一人で動くことはできませんし、我らは船が無ければ海に出られません。そう言うことです。遠慮なんていりません」

 

 そう言って妖精さんは俺の身体に飛び乗る。

 まったく、頼もしい限りだよ。

 

「ボクは未来の船の事なんて分からないけど……できることがあれば手伝うよ」

「私もいつでも手を貸そう」

 

 そして皐月と菊月。

 船としては大先輩であり、艦娘としては共に往く戦友だ。

 

「みんな……」

 

 ここまで言われちゃな。

 うん、前向きに考えよう。どうせならプラス思考で行きたい。

 

「ミスは気にするな。あくまでも本命は洋上に展開する主力艦隊だ。滑走路を叩けと言うのも、こちらの空母艦載機の被害を抑えたいと考えてるだけさ。もし何か言ってきたとしても、その時は俺も応じるつもりだ」

 

 最後に司令官に肩を叩かれた。

 俺は無言で頷き、それに応える――。

 

 こうなったらイージス艦のすごいところ、一杯見せてやろう。

 

 

 


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