ちょっと長くなったので前後編に分かれます。
これはとある夏休みの1日のことだ。
その日、雪兎の家に再びシャルロットが訪れていた。今回はちゃんと事前に連絡を入れており、前回のような入れ違いは発生しなかった。
「そろそろ昼か、今日はどうする?また俺が作ろうか?」
「雪兎に作ってもらってばっかじゃ申し訳ないし・・・・そうだ!雪兎、僕に料理教えてくれない?」
前回、雪兎の料理の腕に自身の女子力に危機感を抱いたシャルロットはせっかく手本のなる人が目の前にいるのだから教えてもらおうという結論に至ったようだ。一緒に料理もできるし、雪兎の好みも知れる良い機会でもある。
「俺でいいのか?料理ならあの
「僕は雪兎に教えて欲しいの!わかるでしょ?」
「・・・・何か付き合うようになってからシャルって結構積極的だよな」
「だめ?」
「だからその眼はやめろ、それは俺に特攻だぞ!」
すっかりシャルロットに攻略されてしまっている雪兎。やはりシャルロットは手強い。一夏ラバーズがシャルロットが雪兎狙いでどれだけ安心したことか。
「教えるよ。それだと食材が足りないな・・・・買い出し行くか?」
「うん」
そして雪兎とシャルロットは近くのスーパーまで買い物に行くことにしたのだが・・・・
「何故わたくしに料理をさせていただけませんの!」
スーパーにやってくると、どこか聞き覚えのある声がした。
「またやらかしてやがんのか、あいつら・・・・」
「みたいだね」
そこには以前より改善したとはいえ料理下手なセシリアを宥める一夏達の姿があった。
「そうか。今日だったのか、あれ」
「あっ、これも読んだことあるお話なの?」
「ああ、ちょっと時間が夕食と昼食って違いはあるが誤差の範囲だろうな」
そう、これは原作四巻であった「恋に騒がす五重奏」もしくはアニメのアンコールディスク「恋に焦がれる六重奏」のエピソードだろう。
「どうするの?」
「ほっといても気付かれるだろうし、こっちから出向くか・・・・セシリアは流石に放置できん」
セシリアは放っておくと以前のようなことをやりかねないと懸念し、一夏の胃袋のためにも加勢することを決めた。
「悪いな、せっかく二人っきりだったのに」
「ううん、それはまた今度でも大丈夫だよ。それより僕もセシリアを止めないとマズイ気がするよ」
セシリアの料理はそれだけの飯テロ(意味は本当にテロである)をやらかした前科があるのだ。
「おい、お前ら。もう少し静かに買い物できんのか」
「おっ、雪兎か!良いところに。雪兎もセシリアを止めてくれ」
「わかってる。セシリア、お前、またOHANASHIされたいのか?」
雪兎のその言葉で騒いでいたセシリアが動きを止め、ゆっくり油を注していないロボットのようにギッギッギッと雪兎の方を振り返る。
「ゆ、雪兎さん・・・・それに、シャルロットさんも・・・・何故ここに?」
「僕達もお昼ご飯を作ろうと思って買い物に来てたんだ」
「そういえばシャルロットは雪兎の家に行っていたのだったな」
そこでシャルロットと同室のラウラが納得したとばかりに手をポンっと叩く。
「ほんと、あんた達ラブラブよね・・・・」
呆れたようにそう言う鈴だが、内心は滅茶苦茶焦っていた。まだ知り合って半年も経っていないのにあっさりと付き合い始めたこの二人の進展具合を見て長年幼馴染をやっているのに一夏を攻略できていないことに鈴は最近焦りを感じ始めていたのだ。
「二人揃って買い物なんて・・・・まるで夫婦だな」
「ふ、夫婦だなんて・・・・」
箒の言葉で顔を赤らめるシャルロットに箒もまた鈴同様に焦りを感じていた。
((やっぱり一夏を攻略するには
一夏の幼馴染同士とあってか、二人の心境は似たようなものだった。
「ほんとお似合いだよな、お前達は・・・・俺も彼女欲しいよ」
そう呟く一夏だが、今周りにいる四人の誰かに「付き合ってくれ」と言えば即OKが出るなどとは思いもしていないのだろう。だからこの唐変木は・・・・。ちなみに、今の「彼女欲しい」発言はラバーズ達にもちゃんと聞かれており、「我こそは!」と闘志を燃やしている。
「ほんと一夏ってたまにわざとやってるんじゃないかって思う時があるよね・・・・」
「その台詞、今聞くことになるとは思わなかったわ」
先のシャルロットの台詞は原作だと学年別トーナメントの後に一夏がやらかした後に言われる台詞である。
「前にも言ったよ?その時、雪兎はいなかったけど」
やはり一夏はやらかしていたようだ。
「はぁ・・・・さてと、お前はどうせ夕食の時間くらいまで一夏ん家に居すわるつもりなんだろ?ついでだ、夕食の分の食材も買っていったらどうだ?」
「いいアイデアね、雪兎!」
「うむ。流石だな、雪兎」
雪兎の提案は渡りに船と幼馴染の二人がグッジョブと内心雪兎を褒め称える。
「セシリア、お前は俺が監視する。前みたいなことやってみろ・・・・どうなるか、わかってるな?」
「は、はいっ!」
以前、セシリアの料理のあまりの酷さに堪えかねた雪兎が指導した時にセシリアは色々やらかしており、その際に受けた制裁はセシリアにとってトラウマレベルで身に染みていた。
「雪兎の料理か、嫁やシャルロットからある程度聞かされてはいたが」
「俺なんてそこの主夫には劣るっての。俺は精々自炊できる程度だって」
そうは言うが、雪兎の料理の腕は店を開ける程度にはあり、それを知る箒達からすれば謙遜もいいところである。本当に一夏と雪兎の家事能力は下手な女子など比較にならないレベルであり、何人もの女子が自らの女子力と比較し絶望したことか。
「でも雪兎が参加してくれるなら色々と安心だな」
「そうか?でも、一夏の家のキッチンで全員は料理できないだろうし、昼食は女子に任せて俺達男子はそのフォロー。夕食は俺達二人が作るってのはどうだ?」
「それいいかもな。流石は雪兎」
この雪兎の提案に女子達全員は再びグッジョブを送るのだった。
「よし、全員作りたいメニューを教えてくれ。料理が被らないよう調整したり必要な食材の計算とかしたいからな」
雪兎の参戦で混迷に陥りそうだった織斑家の食卓の平和は守られるのであった。
何度か雪兎自身も言っているが、一夏と雪兎では料理の腕自体は一夏に軍配が上がる。しかし、それが教えるとなると評価は一変し雪兎に軍配が上がる。学園でのISの特訓などの指導がいい例だろう。教え方は初心者でもわかり易く、言われた通りに調理すれば並みの女子よりは上手く作れる程だ。
「さて、食材も揃ったし始めようか」
ちなみに、セシリアが買おうとした使用用途不明な調味料や隠し味に使おうとしていただろう食材は全て雪兎によって徹底的に除去されている。セシリアは不満そうだったが雪兎の一睨みで沈黙した辺り、彼女が雪兎をどれだけ恐れているかがわかる。それほど雪兎の制裁がトラウマだったのだろう。
「調理を始める前に言っておく。料理は愛情などとよく言われるが、それは最低限の腕前があって始めて通用する言葉だ。間違っても「最初に口にして欲しいから」と味見をしないことでも、「隠し味に」などと入れてどうなるかもわからないものを入れることでもない」
織斑家のキッチンに整列させられた女子達に雪兎が口にする言葉は約一名、セシリア・オルコットに深く突き刺さっていた。
「料理本の写真の通りにならないのも、これはプロが美味しそうに見えるよう素材を厳選し、プロの腕前で調理したからできるものであり、見よう見まねで作ったやつに全く同じものが作れる訳じゃない。それだけは心に留めて調理をしてくれ」
明らかに雪兎の言葉はセシリアを狙い射ちしにきている。本当に以前何をやらかしたのだろうか?まあ、雪兎はよほどのことがなければ優しく丁寧に教えてくれるので他の四人は思い思いの料理を作っていく。
「雪兎、これはこんな感じでいいの?」
「ああ、そんな感じだ。あと、油を使う時は慎重にな?周りに人がいる時は特に油が跳ばないようゆっくりと低い位置から入れるんだ。手に油が跳ぶのが怖いなら菜箸かトングを使うといい」
「うん、ありがとう」
「どう致しまして、っと!」
シャルロットに指導していた雪兎は突然どこから取り出したのか果物ナイフをセシリアの手元に当たらないギリギリのところに投擲する。
「おい、セシリア。お前、今何をしようとした?」
セシリアが手を伸ばそうとしていたのは元々織斑家にあったタバスコの瓶だった。
「お前が作ろうとしているハッシュドビーフにそれは不要だと俺は言ったはずだよな?」
「も、申し訳ありません!」
怒る雪兎のオーラがとてもではないがセシリアに反論を許さない。
「見事な投擲技術だ。あれも今度教えてもらおう」
一方のラウラはその雪兎の投擲技術に感心していた。先程の雪兎の投擲はラウラから見ても取り出してから投擲するまでに一切の無駄がなく狙いもかなり正確だった。
「ノールックであれとか中学の時より腕上げてるわね・・・・」
鈴はその投擲技術に戦慄している。どうやら中学時代にも果物ナイフでこそないものの、投擲はかなりの腕前だったようだ。
「調理前に言ったことをもう忘れたのか?見ていないからなどと余計なことはするな、いいな?」
「は、はひっ!」
こうして雪兎の監視下の元、セシリアは一切余計なことはできなかった。やろうとする度に果物ナイフが飛んでこれば誰でも諦めるだろう。
そして、全員の料理が完成した。
「何とか無事に全員完成させれたな」
「約一名、部屋の隅で震えてるやつがいるがな」
結局、あれからセシリアは諦めるまでに数回雪兎の投擲を放たれ、盛り付け後に部屋の隅で恐怖からガタガタ震えていた。本当に以前の指導で雪兎は何をしたのやら。
((((雪兎の前では絶対に料理で余計なことはしないでおこう))))
それを見て女子達が学んだのはその一点だった。
「そんじゃ、一夏、試食を頼む」
「お、おう。雪兎監修ならよっぽど大丈夫だろうけど」
それぞれが作ったのは・・・・
箒がカレイの煮付け、セシリアがハッシュドビーフ、鈴が肉じゃが、シャルロットが唐揚げ、ラウラがおでん(マンガ)である。何れも原作のものとは完成度が違った。特にラウラのおでんなどはマンガで見るまんまではあるもののとても美味しそうだった。セシリアのハッシュドビーフも普通に美味しそうな程だ。あのセシリアにまともな料理を作らせた雪兎の指導力は確かに本物だ。
「うん、どれも旨いな。これなら全員いい嫁さんになれると思うぞ」
「良かったな、主夫のお墨付きだぞ?」
その言葉に女子達は揃って安堵したのだった。
雪兎、セシリアに一切の容赦無しです。
雪兎の言葉の一部は今日の夕食時に妹と話してた内容から引用しました。
ほんと、よくメシマズとか言いますけど、どうしてそうなるのやら・・・・私は雪兎が言っていた内容が答えだと思っています。
次回予告
昼食は雪兎のおかげで平穏が守られた。そして、気になる一夏と雪兎の作る料理とは?
次回
「とある夏の織斑家の食卓 兎、そして主夫の実力」