遠藤平和科学研究所
遠藤「全く央介のやつめ。一体何を考えとるんじゃ!!」
自分の息子に対して、遠藤博士はここ二三日異常に機嫌が悪かった。
京香「ダメですよ。あまりカッカカッカすると体に良くありません」
リーフ「先生の言う通りですよ博士。あまり血圧が高いと体の負担も大きくなるし」
ダイーダ「イライラしてるといい考えも浮かびませんよ。まず頭を冷やしてください」
そう言って遠藤博士をなだめようとしたリーフ達だったが、焼け石に水であった。
遠藤「これが起こらずにいらりょうか!! 特にラン、お前は自分の父親の不始末が情けなくないのか!!」
ラン「いや、まぁ… そりゃ驚いたけど、お父さんの言い分も理解できなくもないというか…」
あの後、何度も事情を問いただし、数日がかりでようやくキュア・デッド、四季ゆうのことについて央介から聞き出した遠藤博士だったが、その開発経緯について完全に頭にきていたのだ。
なかなか白状しなかったその理由は、その資金の調達元にあったのだ。
なんでも、もともとは警察に配備する予定だった犯人の捜査や逮捕及び鎮圧用として開発されていたが、資金の面で開発が滞りかけてしまったのだ。
そんな時資金提供を持ちかけてきたのが軍であったのだ。
軍としてはDr.フライ対策できる戦力を欲しており、さらには万が一に備えコズミックプリキュアとも戦えるような戦力を、ひいては強力な兵士を欲していたため、両者の利害が一致したというわけである。
遠藤「あ〜情けない。初めから人を傷つけることを前提に科学を用いるとは。わしは息子の教育を誤った」
ラン「でも、ゆうさんを作るためにお金がどうしても必要だったんでしょ。仕方なかったとも言えるんじゃ…」
遠藤「目的と手段が逆転しとる!! 警察用ロボットとはいえ、本来の目的は市民を守ることのはずじゃ!! 軍と協力などすれば破壊が主目的になるのは目に見えとる!! そして事実そうなっとるじゃろが!!」
そう怒鳴りながら、自分の息子に半ば無理やり提出させた四季ゆうの設計図をパソコン画面に表示させた。
遠藤「見ろこれを!! コンクリート上の足跡すら確認し探索できる機能や短時間の単独飛行機能。さらにはダイーダのレッドハンド以上のパワーをデフォルトで搭載し、完璧とでもいうべき格闘術のプログラムまでされておる。そこまではまだよしとしても…」
少しずつ設計図をスクロールさせつ、遠藤博士は怒鳴り続けた。
遠藤「右手の指のマシンガン、左足に搭載された小型ミサイル、左手のワイヤー式ロケットパンチ…全身武器の塊じゃ!! おまけにそれらがマイナスエネルギーで強化されとるもんだから、小国の軍隊ぐらいなら難なく単騎で壊滅させられるぞ」
京香「それほどの戦闘力が…」
遠藤「リーフ達が変身するのがマイナスエネルギーを浄化するためのものだとしたら、キュア・デッドへの変身機能とてこの武装の安全装置のロック解除みたいなもんじゃ。全く…」
ラン「…でもねぇ」
遠藤博士の言い分はランも十分承知している。
しかし、普段遠藤博士の研究費のせいで家計を圧迫されている身の上としては、父のとった行動を一概に否定しきれないのである。
そして何より、キュア・デッドこと四季ゆう。ランの妹を自称しているあのロボットのことをどうしても憎めないのである。
ラン「あっそうだ。それよりゆうさんが突然攻撃をやめてどっかいっちゃったのって理由わかったの?」
暗くなってしまった研究所内で、何とか空気を変えようとランは強引に話題を転換し、そう尋ねた。
遠藤「ああ、あれか。あのロボットに搭載されとるAIのバックアップ機能らしくてな」
京香「というと?」
遠藤「つまり、四季ゆう、彼女が行動をすることで蓄積されたそのログが一定量を超えるとAIに負担がかかり行動不能になる可能性がある。そのためそうなる前に3時間ほど強制スリープ状態にして蓄積したログの圧縮並びにAIの最適化を行うようにできとるらしい」
リーフ「ってことは、その時間は完全に無防備ってこと?」
遠藤「そうなるな。じゃからとどめをささずに引き上げたのじゃろう」
ダイーダ「でも、そんな大きな弱点をどうしてDr.フライは放置してるのかしら?」
ダイーダの当然ともいえる疑問に遠藤博士は呆れたように答えた。
遠藤「あやつのことじゃ。奪ったはいいが、攻撃対象をお前さん達コズミックプリキュアに変えるだけで精一杯じゃったんじゃろう。下手に弄れば壊しかねんからのう」
京香「許せませんね。人のものを強奪しておいて、自分は偉いみたいな言い方をするとは。 それを改良しきれない段階で大した技術がないと認めているようなものなのに」
遠藤博士の感想に、京香先生も憤っていた。
ラン「でも、ゆうさんの動きが完全に止まる時間があるなら、その間に回収して直してあげることもできるってことよね?」
遠藤「まぁそうじゃが… 現状では破壊を優先したほうがいいと思うがな…」
リーフ「そうだよね。あの子のマイナスエネルギーはメイジャーに取り付けているものなんか比べ物にならないぐらい強力だし」
ダイーダ「おまけにあの戦闘力… まともに戦って勝てるかどうかわからないものね。その隙を狙って破壊したほうが…」
ラン「ダメ!! お父さんの作ったロボットだもん、そんな簡単に壊すなんて言わないで!!」
遠藤博士達の意見を即座に却下したランに、リーフとダイーダは顔を見合わせるしかなかった。
海底 Dr.フライ秘密研究所
Dr.フライ「先の戦いでは今一歩のところで制限時間が来てしまったが、今度こそコズミックプリキュアを破壊するのじゃぞ、よいな」
ゆう「肯定する。私の行動目的はプリキュアの破壊だ。奴らとの決着は必ず私がつける」
自分の言葉を素直に肯定したゆうにDr.フライは満足そうにうなずいていた。
Dr.フライ「うむうむ。よし行け、コズミックプリキュアをその手で破壊しろ!!」
ゆう「肯定する」
淡々と返事をして出撃していったゆうを見て、Dr.フライは満足げにいやらしく笑った。
Dr.フライ「クックックッ。世界を救うためのロボットがプリキュアを破壊する、こんな気分のいいことはないわ。さて…」
そうしてゴーロやファルの方に向き合うと厳しい表情で告げた。
Dr.フライ「次はお前らじゃ手筈通りに行動するんじゃぞ」
ゴーロ「けっ、胸糞悪ぃ。あんな奴にリーフやダイーダをぶっ殺させるのかよ」
いかにも面白くなさそうに吐き捨てたゴーロに、Dr.フライが釘をさすように言った。
Dr.フライ「貴様らが失敗ばかりするからじゃ。連中の対策はあれに任せておけばいい!!」
ファル「…まぁ、連中を気にせず行動できるってのはいいことだな。それで今度はどんな素晴らしい作戦を天才様は考えついたんだ」
Dr.フライ「フェッフェッフェッ。警察や自衛隊はもちろん、万が一があってもプリキュアどもでさえ手出しできん兵器を考えついたのじゃ。そのための装置もすでに開発済みじゃ」
甲子市 童夢小学校 休み時間
豪「それで? 結局ゆう姉ちゃんにはどういう対応をすることになったわけ?」
ラン「なんとか破壊せずに回収して修理することを目標にしようってことでおじいちゃんもリーフさんもダイーダさんも納得してくれたわ。無理言ってるのはわかるけど…」
豪「まぁ、気持ちは俺もわかるよ。ゆう姉ちゃんってただ操られてるだけだもんな。だからかな、敵って感じがまるでしないのは」
あの時、リーフやダイーダが来なければ、豪はゆうを完全に仲間として扱い研究所に連れて行っていただろう。
それぐらい彼女が敵であるという印象がまるでなかったのだ。
ラン「ああ、それは他の理由があってね。なんでもゆうさんの顔っておばあちゃんの若い頃が参考にされてるみたいなの。…まぁだからおじいちゃんが余計怒ってるんだけど」
その話を聞いて、豪の表情は曇った。
豪「そっか… なんとか姉ちゃん達が仲良くなれればいいんだけど。 前にやった野球大会の時みたいにみんなで楽しく過ごしてさ…」
ラン「あれはそういうもんじゃなかったでしょ。あの後しばらく大変だったんだから…」
実は数ヶ月前、リーフとダイーダは町内会の対抗野球大会に選手として出場していた。
なんでも、ピッチャーとして当てにしていたらしい中学のソフトボール部員であるパン屋の女の子が、絵画コンクールで入賞した友人の授賞式にいくとかで参加できなくなったための代役であったのだ。
しかし、軽く投げても300キロ以上を余裕で出す球を投げるリーフとそれを簡単に素手でキャッチするダイーダである。
結果、総投球数81球による27奪三振完全試合と、全打席場外ホームランという驚異的な記録が出てしまった。(無論、相手は敬遠しようとしたがその球でさえ飛びついて打っている)
その後の騒動に関してはここでは省略するが、しばらくまともにリーフ達に買い物を頼むこともできないぐらいだった。
豪「でもさ、いろいろ教えたいんだよ。ゆう姉ちゃんにもさ。いっぱい楽しいことがあるって」
ラン「そうね、知らないだけなのよ。きっと…」
そんなことを休み時間の教室で話していると、チャイムが鳴り先生が入ってきた。
先生「さぁみんな席につけ。授業を始めるぞ」
そうして授業が進んでいく中、生徒達が突如としてざわつき始めた。
先生「こらどうした。静かにせんか」
それを見た先生は、静かにするように促したが生徒達は耳を押さえたり顔をしかめたりしていた。
生徒「先生、なんか変な音がするんです」
生徒「携帯からだ。何の音だよこれ」
しかし
先生「何も聞こえないぞ。みんなに空耳が聞こえるのも変な話だが…」
首を傾げていると、生徒達の目がうつろになり、まるで操られるように一斉に席を立って教室から出て行ってしまった。
先生「お、おいどうしたんだ!? みんな教室に戻れ!!」
慌てて引きとめようとした先生だが、他のクラスの生徒達も同じようにうつろな目をしており、まるで言葉が耳に入らないようだった。
先生「どうしたんでしょうこれは?」
先生「わかりません。突然生徒達が」
そしてそのまま生徒達は何かにとりつかれたようにどこへともなく歩いて行ってしまった。
この現象は市内全域で起こっており、いたるところで混乱が発生し、いなくなってしまった子供達の親の悲痛な嘆きがこだましていた。
遠藤平和科学研究所
マイナスエネルギー検知器がけたたましく鳴り響く中、リーフがイエローハンドで町内の状況を探っていた。
リーフ「博士、超高周波での変な音波があっちこっちから聞こえます。おそらくこれが原因ではないかと…」
ダイーダ「おそらくじゃないわ、間違いなくこれが原因よ。人間の聞こえる範囲ギリギリの周波数だけども、これを聞いた人間は催眠状態に陥って同時に流された指示に従ってしまうようになってる。問題はどうして子供達だけに作用して、どこから流しているかだけど…」
リーフとダイーダが調査・分析を行っていると、病院に行っている京香先生からも連絡が入った。
京香『もしもし、リーフさん、遠藤博士、聞こえますか?』
リーフ「先生、どうしました?」
京香『知ってると思うけど、病院でも診察を受けに来た子供達がどこかに行ってしまったの。ただ、小児病棟に入院してる子や集中治療室の子達は特に影響がなかったみたい。一体何が原因なのか…』
それを聞いて、遠藤博士は原因に思い当たった。
遠藤「そうかわかったぞ!! フライのやつめ、携帯電話やスマートフォンをジャックして強制的に催眠音波を流したな。おそらくモスキート音を利用したものじゃから、子供達にしか聞き取れんのじゃ」
京香『そうか、携帯電話の持ち込みが制限されているから病室の子には効果が… でも一体どんな目的で…』
その時、テレビの電源が強制的に入りDr.フライがアップで映った。
Dr.フライ『間抜けな日本政府に告げる。今子供達を催眠状態にしているのは、大天才のこのわしじゃ。こやつらはわしの指示一つでどうにでも動く』
画面が引いていくと、Dr.フライの後ろに子供達が一列に並んでいる映像が流れた。
そしてDr.フライが手を叩くと子供達が殴り合いを始めた。
リーフ「なっ!!」
ダイーダ「なんてことを!!」
皆が絶句する中、Dr.フライがやめるように命じると皆嘘のように静かになり再び整列した。
Dr.フライ『見ての通りじゃ。子供達を無事に返して欲しければ、一人につき金塊1キロを用意しろ。 3時間以内に兵殺谷まで持ってくるがいい、さもなくば…』
その言葉とともに、子供達の手にマイナー達が刃物を握らせる映像が流れた。
Dr.フライ『こやつらを同士討ちさせてやる。子供達の殺人ショーを全国ネットで放映してやるわ。さぞかし視聴率が取れるじゃろう。ヒャッヒャッヒャッ』
その胸糞の悪くなる笑いを最後に、画面はブラックアウトした。
ダイーダ「今、ランと豪もいたよね。早く助けに行かないと!!」
遠藤「わかっとる!! リーフ、ダイーダ。目標兵殺谷、三冠号で至急出動!!」
リーフ・ダイーダ「「了解!!」」
先の放送で日本中が大パニックになる中、臨時閣僚会議が開かれ、どう対処するかの話し合いが始まっていたが、子ども一人につき10キロの金塊という条件に皆が頭を悩ませていた。
そんな中、一足先に三冠号が子供達の救助に向かうべく急行していた。
三冠号で兵殺谷へ向かっている中、リーフはぽつりと口にした。
リーフ「あの子… 四季ゆうだっけ、なんとかできると思う?」
ダイーダ「はっきり言って難しいわね。なんせライナージェットでも浄化しきれないとなると相当強力なマイナスエネルギーが取り付けてあるわ。あの真っ黒な鎌だってマイナスエネルギーの塊みたいなものだったし…」
ダイーダの感想に、リーフはため息をついた。
リーフ「やっぱりか… でも、なんとかしてあげたいんだ。ランちゃんのためにもさ」
ダイーダ「まあ…ね。私だってそうよ。せっかくこの世界の人達がこの世界のために作ったものだもの。この世界のためになってほしいわ」
そんなどこか暗い空気の中、突如として三冠号が大きく揺れた。
ダイーダ「な、何? 気流はそんなに乱れてないはずよ!?」
リーフ「レーダーにも何も… え? 誰かが上に乗ってる?」
レーダーにも何の反応がないことに疑問を感じたリーフだが、尾翼の部分を映すサブモニターに人の足らしきものが映り込んでいるのを見て仰天していた。
ダイーダ「誰かって… まさか!!」
現在三冠号は上空数千メートルを飛行中である。
こんなところに生身で来ることができる存在など一つしか心当たりがなかった。
ハッチを開けて外に出たダイーダは、平然と尾翼に腰掛けハープを弾いている少女を見て、やっぱりかというように顔をしかめた。
ダイーダ「四季…ゆう…!」
ゆうの方もダイーダの姿を認めるとハープを弾くのをやめてゆっくりと立ち上がった。
ゆう「確認する。コズミックプリキュアだな」
ダイーダ「そうよ」
ゆう「了解した。私と勝負をしろ」
そう告げると、ゆうは飛行中の三冠号のボディをゆっくりと踏みしめるようにコックピットへと近づいてきた。
ダイーダ「ちょっ!? こんなところで戦えるわけないでしょ!!」
戸惑いながらそう口にしたダイーダだったが、ゆうは淡々と否定した。
ゆう「否定する。貴様達及び私の身体能力ならば、この状況下での戦闘力の減退率は地上でのそれの2%程度でしかない」
ダイーダ「くっ… 時間がないのに」
確かに、ゆうはもちろんリーフやダイーダも飛行中の三冠号の上で戦えないわけではない。
だが、今この場で戦うには三冠号を自動操縦にする必要があり、どうしても時間をロスすることになる。
一刻を争うこの状況では、時間を無駄にしたくなかった。
歯ぎしりをしていたダイーダに、三冠号を操縦していたリーフからの秘密通信が届いた。
リーフ(ダイーダちゃん)
ダイーダ(!! オッケー、任せたわ)
小さく頷いたダイーダは、構えを取りゆうを迎え撃つ体制に入った。
そんなダイーダの姿を見たゆうは、どこか嬉しそうに微笑むとダイーダに向けて跳びかからんとした。
しかし次の瞬間
三冠号が錐揉み回転をし、上に乗っていたゆうをその勢いで振り落しにかかった。
ゆう「!!!!」
あらかじめ知らされていたダイーダはハッチのヘリに捕まったことでなんとか踏みとどまったものの、ゆうはとっさに反応できずに三冠号から振り落とされ雲の中に消えていった。
ダイーダ「ナイスよリーフ」
そんなゆうの姿を見届けたダイーダは、リーフにサムズアップを送った。
リーフ「ちょっと悪いことしちゃったかな。でもあの子なら大丈夫だよね」
ダイーダ「深く気にしなくても大丈夫よ。あの子短時間なら飛行できるらしいし、この高さなら私達だって大丈夫なんだから。あの子ならなおさらよ」
少し罪悪感を感じていたリーフをそう言って励ますと、ダイーダは現場への急行を促した。
ダイーダ「さっ、急ぎましょう。早く豪達を助けないと」
その言葉にリーフも頷き、兵殺谷へと三冠号を向かわせた。
ゆう「状況分析完了…飛行システムの回復まではまだ時間を要する。 ならば…!!」
一方三冠号から振り落とされたゆうは、落下しながらも、左手を親指・人差し指・中指の三本を立てて前に突き出した。
ゆう「チェインジ!!」
そして突き出した左手の指を立てたまま、手の甲を内向きにして顔の前へと横向きに持って行き、人差し指と中指の間から赤い右目を光らせた。
ゆう「スイッチ・オン!!」
次の瞬間、黒い電流のようなものが火花をあげてゆうの全身を走り、華麗に空中で何度も回転して着地した時にはその姿は変わっていた。
彼女の着ていた黒いスーツは、フリルのない落ち着いたデザインのロングスカートの黒一色のドレスに変わっており、同じく黒一色の肘まである手袋とブーツを着用していた。
これが彼女のバトルスタイル キュア・デッドである。
デッド「検索する。コズミックプリキュアの追跡に最適なルートを確認。追跡を開始する」
淡々と呟くと、猛烈なダッシュでデッドは三冠号の後を追いかけて行った。
第42話 終