己に勝つということ ただいま更新停滞中   作:雪宮春夏

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 一年以上ぶりの更新です。雪宮です。
 そろそろ三期も終わります。
 どこにオメガバースが入っているんだろうと真面目に考える近頃。
 まだ出せてませんが、出せるようになるよう頑張ります。


委員長選出……その最中

(あ……まただ……)

 真面目に授業を受けていた少年、緑谷出久は、視界に入った背中に目を向けた。

(これで20回? 今日は多いなぁ……)

 前方に座る少年、爆豪勝己に悟られないように、チラリと一瞥だけで確認した出久は、ノートを取るために板書に視線を変える。

 気が付いたのは中学を卒業するまでもうそんなに間がない時だったと思う。

 緑谷出久の幼馴染み、爆豪勝己こと、かっちゃんには、おかしな癖が出来ていた。

 苛立った時や、頭に血が上ったとき、そして個性を連続して使った時など、ことある毎に、首筋を指で掻きむしるようになったのだ。

 染みついた恐怖も相まって、言葉にすることは無いが、観察している以上、その原因にも気にかかる。

「個性を使う度にってのが、気になるよなぁ……個性なんて、物心ついた時から使っているんだから、いきなり必要な動作が増えるなんて無いと思うんだけど……。負荷がかかっているとかか?」

 授業の妨げになることのないように、声を殺してはいるが、ブツブツと呟き始めた出久の頭には、既に授業の内容など入る余地は無い。

 授業を受ける態度としては褒められたものではないが、小声で呟くその異様さも相まってか、面と向かって同じく授業中に注意しようと言うものはいなかった……が。

「緑谷」

 それはあくまで中学までの話である。

「……へ?」

 いつの間にか静まり返っていた教室に、はっきりと聞こえた己への呼びかけ。慌てて視線をむけると、そこには菩薩のように静かな穏やかな笑みを浮かべたセメントスが見えた。その背後に言葉にするのも恐ろしい真っ黒なオーラを背負っていたが。

「……ひっ!」

 それを目の辺りにしてしまった出久は恐怖から目を見開き、次いで零れた悲鳴を慌てて隠すかのように口元を覆った。しかし、全ては手遅れである。

「……静かにな」

 声を荒らげる事の無い静かなものだが、それが怒りがないという訳では無い。

 一部では、温厚に見えるが故に恐ろしいと呼ばれる人でもある。

 

「珍しいな。考え事でもしていたのか、緑谷君」

 授業終了後、出ていくセメントスを見送って、飯田天哉が出久の元へ訪れていた。

 見ると前の席にいたはずの勝己は既に席を立っており、教室から出て行く背中がチラリと見えた。

「あはは……ちょっとね」

 真っ正直に考えていた内容をそのまま話すわけにもいかず、笑って誤魔化すと、特に気にしていたわけではないのか、そのまま昼食に誘ってくれる。

「いや~やっぱり食堂は混どるね。人すごいなぁ……」

 出久と飯田の間に流れかけた言葉にすることが難しい微妙な空気を変えるかのように、麗日は誰に向けるでも無い感嘆を零す。

「ヒーロー科の他にサポート科や経営科の生徒も一堂に会するからな」

 その証拠に、律儀に合いの手を入れる飯田に構うことなく、自己の調子に合わせて食事を始めていた。

「それで……何か悩み事でもあったのかい?緑谷君」

 日替わり定食を食べる麗日の隣で、やはり緑谷にしては珍しい先程の授業中での、ブツブツが気になったのか、飯田が言葉を投げかけてくる。

「あぁ……」

 しかし問われた方の出久としては、正直に事を話すことも憚られた。

 中学の時も、卒業までの間に件の癖に気付いた人物は緑谷以外いないようだった。

 高校生となった現在も、おそらく気付いている人間はあまりいないのでは無いかと推測される。

 なぜならヒーローを志すだけあって、立派な志を抱く者の多い己のクラスで知られれば、大なり小なり騒ぎになっている筈だからだ。

(……まぁ、僕の場合は、日常的に彼の挙動を観察し続けているから気付いたとも言えるんだけど……あれ? もしかしなくてもこれ、ストーカー?)

 いや、あくまで根元は彼を案ずる気持ちからなっているのだから大丈夫だろうと、自己完結して、思考を戻す。

(あの癖がいつから始まって、何が原因かは知らないが、その頻度と行動から、間違いなく彼の個性が関係しているはず。弱味を見せたがらないかっちゃんに黙って、……いや、かっちゃんじゃなくても、人の悩みになっているかも知れないものを、勝手に第三者が打ち明けて良いわけないよね)

 そう心に決めて、出久は答としてもう一つの悩み事……と言えるかは分からない程度の不安を吐露した。

「いや、……いざ委員長やるとなると務まるか不安だなって」

 最も、軽めではあるが有る程度悩んでいたのは確かだった。

「ツトマル」

「大丈夫さ」

 しかしそれを、相席者二人は一刀両断の如く切り捨てる。

「緑谷君のここぞという時の胆力や判断力は、「多」を牽引するに値する。だから君に投票したのだ」

 しかもそのまま続けられた発言に、いみじくも己以外の投票された二票の内、一つの出所が分かった。

(君だったのか!)

 僕の思考の声など届くことも無く、飯田は得意げな顔でカレーライスのスプーンを口に運んでいる。

「でも飯田君も委員長やりたかったんじゃないの? メガネだし!」

 最後の一言を心なしか強調気味に言う麗日は、眼鏡に対して、おかしな偏見でもあるのだろうか。

 単刀直入にざっくりと心を抉るような動きに、出久の頬は引き攣っていた。そんな二人の様子には気づく様子も無く、飯田は気まずそうに目を伏せ、しかし、きっぱりとした様子で言葉を紡いだ。

「「やりたい」と相応しいか否かは別の話……僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 そう言いきる飯田の主張は立派なものだった。しかし二人はその主張自体よりも、そこにさり気なくつけられていた一人称に目を向けていた。

「「僕」……!!」

 思わず声に出してしまった僕らに、彼も自覚があったのか、ピクリと体が震えてしまう。

 触れて欲しくは無いのかもしれない、そう躊躇した僕に気付くこと無く、ざっくりと切り込む態度を崩すことのない麗日が特攻をかけていた。

「ちょっと思ってたけど飯田君って……坊ちゃん!?」

「坊……!!!」

 昨今ではあまり使われない言い方に、瞬発力の高い飯田君も、二の句が継げない様子だった。

嫌がるようならば、無理に暴くのも悪いと思いながらも、強い眼力で飯田君を見据える麗日に、自然と、僕も期待のこもった目を向けてしまう。

 その僕たち二人の様子に根負けしたように、飯田君は自分の家族について話してくれた。

 飯田君の家族は皆ヒーロー免許を持っており、中でも実兄で、現在六十五人ものサイドキックを従えている東京、保須市に事務所を構える大人気ヒーロー、インゲニウムは飯田君の憧れなのだという。

(僕にとってのオールマイトが、飯田君にとっては、インゲニウムなんだ……!!)

 彼のように規律を重んじ、人を導くヒーロー。

 それが目指すヒーローなのだと言いきった飯田君が僕を委員長に推薦したのは入試の時の判断の違いから来るものだった。

 自分より上手であったと称されたが、実際の所は試験内容に隠された意図を分かっていて行動したわけではない。

 自分の試験合格と彼女の安否。

 極限の二者択一で試験合格を切り捨てただけだった。

 その、意識せずに行った選択で褒められるのは本意ではないし、彼女の弁明がなければ本当に不合格となってしまっていたのかもしれないと言う思いも未だにある。

 せめてその思い違いだけでも訂正しようと、僕が改めて飯田君へ言葉をかけようとした時。

 緊急事態を知らせる警報が、学校内に鳴り渡った。

 

《セキュリティ三が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい》

 職員室からほど近い空き教室で、爆豪は警報を聞いていた。窓から見ると、雄英高校の敷地内に我も我もと入り込むマスコミの姿がよく見えた。

「……バカだろ」

 それはこれから、彼らの思惑通りにとんでもない行動をとろうとしている己に対してか、それとも何故入れるようになったのかを考えもせずに、悪意に良いように利用されながら、血気盛んに取材を敢行しようとしている報道陣に対してか。 

 どちらかを深く考えることを放棄して、彼は軽い足取りで職員室へと向かう。

 職員室の扉を開けると、そこはもぬけの殻だった。 

 おそらくヒーロー免許を持つヒーロー科の教師は事態の収拾に向けて、具体的な状況把握に乗り出したのだろう。

 普通科にはヒーロー免許未保持者も居るだろうが……。

「軒並み避難かよ。クソが……」

 僅かに開けた隙間からグルリと職員室の内部を見渡して、思わず顔を顰める。

 これから悪事に及ぼうとする己からすれば都合の良い展開なのだろうが、その一方で、たとえ非力な一般人であっても、ここにいてくれればとも思ってしまう。

 それを理由に彼らの頼みを達成できなかったと、言い訳にでも使うつもりなのだろうか。

 素早く確認した範囲では、監視カメラも無いようだった。まぁ、敷地内に敷かれている「雄英センサー」と呼ばれる防犯システムしかり、ヒーロー科の教員という形であれ、多くの有名なプロヒーローが在籍しているという事実しかり、今まで外部の人間に侵入されたことなど無いのだろうから仕方ないのかもしれないが。

(……これじゃあ、カリキュラムの一つ盗んだとしても、気付かれないじゃねぇかよ)

 あまりの無用心さに、見る見るうちに眉間の皺が増えるのを自覚する。

 再三になるが、この展開は彼にとっては都合の良いものなのだ。

 しかし、ヒーローを志す彼自身としては、このまま良いように彼らに……彼を良いように利用している彼らに動かれるのは面白くない。

(流石に報道陣がセンサーの反応無しに入れる事は有り得ねぇ。現に警報は作動している。にも関わらず、もう一つの防犯システムであるシャッターの方は作動してねぇ……)

 ここまでは、プロヒーロー達も読めるだろう。だからこそ、事が終われば直ぐにでも、作動しなかったシャッターを確かめに行く筈である。

 そして発見するのだ。粉々に破壊された、シャッターだった破片達を。

(外部からの犯行……元々奴らはそう見せかける為にやんだろうが)

 そしてその思惑は見事に成功だ。プロの視点からすれば気付いた時にはもう見つからなかったとしか思わないだろう。

 外側に注意を向けている隙に、内側から奪い取るなど、そうそう気付かれる事じゃ無い。

 そうでなくてもこの混乱時、誰もいない状態なら、そもそも何かを奪われたことに気付くかどうかも定かでは無かった。

 彼らの掌で良いように転がされている状況はクソみたいな物だが、それでも己がそれに刃向かう選択肢は取れない。

(………)

 頭の中で素早く算段を建てながらも、元々取れる時間が多くないのは分かっていた。

 マスコミは警察さえ来れば直ぐさま沈静化してしまうだろうし、生徒達の混乱は事情さえ分かれば更に早いかも知れない。

 未だ入学して日がたっていないため親しい人間はいない……己の現状を自覚している分、たとえ時間がたっても己の傍に親しい人間など作るつもりは今の処無いことは置いておくにしても。……とはいえ、良くも悪くも目立つ自覚はある。

 多少の時間は食堂に顔を出しておいた方が良い事は分かっているのだ。

「……ちっ」

 その舌打ち一つの間にやることを定めて、のそりと爆豪は()()をある人の机から取り上げた。

 

「大丈ー夫!!」

 自らの個性と麗日さんの個性を使った飯田君が、非常口の標識の上で言い切るその姿は、周囲の混乱状態だった生徒達の注意を一気に引いた。

「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません大丈ー夫!!」

 誰一人にも口を挟ませない勢いのそれに、啞然としつつも周りの焦りが急激に溶けていくのを感じながら、混乱に巻き込まれる形で流されていた僕も、体の力を抜いていた。

「ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 その言葉に、ようやく事態を飲み込めた混乱していた生徒達が、一人、二人を周囲にいた者達と顔を見合わせている。

 そうしている内にガラス越しでも、警察が呼ばれたのか、俄に外が騒がしくなっているような気がした。

 この場での混乱は収まったが、授業が始まる時間はいつもよりも遅れるのだろうか。

 そう考えながら、チラリと外に見つけた担任の相澤先生に視線を向けようとして、その更に向こう側、職員室や特別教室の集まる一角に、見慣れた姿が映った気がして、出久は目を瞬いた。

(かっちゃん?)

 しかし、直ぐさま否定する。

 まず食堂から離れており、常に使っている教室のある棟でも無い所に、彼がいる理由が無い。

 況してや、このような時に。

(あの様子を見る限り、侵入してきたのはオールマイトの着任に関するコメントを欲しいだけの単なるマスコミだ。……それにしても、どうやって……)

 しかし、その答となる言葉を、今の僕はまだ持ち合わせてはいなかった。

 

「ご苦労様でした。爆豪勝己」

 そうこちらを労ってきた黒霧の声音は、僅かに高かった。

「こんなん出来て、当たり前だろうが」

 淡々と呟くままに渡したのは一学年の年間カリキュラム。

 移動教室に担当する教師の名前。その時間に行われる大まかな内容が、それぞれ一行分の文字で綴られていた。

 その内容をざっと確認したらしい黒霧は、満足げな様子で結構と一言声を漏らした。

「それではまた、ご用があればお呼びします。いつもの方法で」

 己の背後に個性で生じる黒い穴を開けた黒霧の言葉に、俺は無言で睨む力を強める。

 しかし、実際にやり返すことが無いことを知っている彼らはまるで反抗心むき出しの子猫を見ているような生暖かい目でこちらを見下すばかりだ。

「それでは、有意義な学校生活を」

 本気でそう思ったことなどないくせに、よく言う。

 

「ただのマスコミが()()()()()出来る?」

 時は少し巻き戻り、マスコミが警察の協力により撤退させられてからしばらく後。

 雄英を守っていたセキュリティーの一つ、雄英バリアーに起きた惨状を前に、雄英高校校長、根津は独り言のように言葉を紡いでいく。

「そそのかした者がいるね」

 そのクリクリとした目は淡々と、これからの波乱を見据えるように。

「邪な者が入り込んだか……もしくは宣戦布告の腹づもりか」

 

 

 

 

 


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