かなり連中を引き離したことを知った彼は、予定していたタマムシジムへと立ち寄る。
一見すると立派に運営されているタマムシジムにも、あの悪の組織の魔の手が伸び…
タマムシシティについてから、早くも1週間が過ぎようとしていた。そして、俺は毎日決まった時間にタマムシジムへ向かい、ジムやジムリーダーのエリカさんが所有する様々な施設の掃除やポケモンたちの世話などに立ち働いた。
タマムシシティに到着したことをオーキド博士に報告すると
「他の連中はまだサントアンヌ号で楽しんでいるようじゃ。どんなに早くともお前に追いつくためには2週間はかかるじゃろう」
と言うので、せっかくだしタマムシジムでくさポケモンについて色々と学ぶことにしたのだ。
幸いというべきか、タマムシジムではポケモントレーナー向けにスクールのようなコースがあって、特に初心者向けにポケモンのことを色々学ぶことができる。
俺のような中途半端な駆け出しトレーナーにとって、こうした鍛錬にも近い旅の中で初心に戻ってポケモンのことを学ぶのは重要なことだ。
特に上手くことが運んでいる時こそこうしたことは重要なのであって、同じ基本を学ぶにしても初心者が学ぶのと経験者のそれでは、大分に趣が違っている。
最初は学ぶだけだったのだが、コースの中でバトルをしたり、手持ちのポケモンを見せたりするうちに、知らない間におれはスタッフ側の仕事を任されるようになった。
それはそれで別に不満はなかった。そもそも、一定以上の経験のあるトレーナーが挑戦をせずにジムに居ることの方が珍しいことだ。
おれはエリカさんには別段自分のことについて語っているわけではないが、とにかくジムに到着して早々
「見学させてください」
とお願いしたのだ。
前にも言った通り、俺は基本的にはジムリーダーへの挑戦はしない。目的はトレーナーとして成長することでもあるが、その過程で自分がトレーナーとして有名になってしまうようなことがあってはならないのだ。
何せ、俺が育ってきた孤児院は院の出身者がポケモントレーナーになることを原則として禁じている。なので、実は俺がこうしてポケモントレーナーとして旅をしていること自体、できるだけ秘密にしておかねばならない。
とはいえ、これまでの旅を振り返れば、それなりにバトルもしているし一部からはそこそこのトレーナーとして認識されている感もある。俺は、本来挑戦する予定だったグレンジム以外はとにかくこうして見学させてもらいながら旅をするつもりなのだ。
そんなわけで、ここに来てほとんどの時間を俺はジムやコースの裏方として働いている。朝の最初の仕事は、ジムにいるくさポケモンたちのチェックからだ。
もちろん専門的な知識があるわけでもないが、俺はこれでも案外ポケモンたちの機微には敏感な方だ。ジムにいるポケモンたちのリストを手に、それぞれの住処に出向いて朝の様子をチェックする。
俺が見て元気の無さそうなポケモンはだいたい多少の差はあるにしても体調を崩してしまっている。一度など、ここで一番大きく育っていたラフレシアが朝から妙な臭いを垂れ流しているのに気がついた。
その時は案外大変だった。どうも花粉が花粉管に詰まってしまっていたらしい。元々ラフレシアは何とも言えない臭いを放っているため、他の人たちは全く気が付かなかったそうだ。
そんなこともあってか、俺は外部の手伝いに過ぎないにも関わらず、エリカさんには目をかけてもらえていたりする。ご存知の通り彼女は典型的な日本美人なので、そうした女性に目をかけてもらえるのは、こいつはちょっと嬉しいものだ。
「おはようリョウジくん」
今日も本来ならそうする必要など無いのに、エリカさんは俺がいつも朝回っているルートのどこかで俺を待っていてくれる。
「おはようございますエリカさん」
挨拶を交わした俺達は、他愛もない会話をしながらポケモンたちの所を回っていく。そして、そんな俺達の後をゼニガメがついてくる。このゼニガメは、元々はこのジムのポケモンでは無いのだそうだ。
おそらく誰かの手持ちだったのだろうが、手放されたかどうかしたのだろう。俺がここにやってくる少し前にこの温室に迷い込んで来て、そのままここに居着いているのだそうだ。
人懐っこい上に仕事(主に水やり)を手伝ってくれるので、今ではすっかりここのポケモンになっているらしい。俺にもよくなついてくれている。
ひと通りポケモンをチェックしたら、次は朝食だ。ご存知の通りポケモンは、同じ種類のポケモンでも好みの食べ物が違う。特にくさポケモンには独特の好みを持っているものがとても多い。
なので、これだけの規模でこれだけの数のくさポケモンがいれば、食事の用意をするだけでもかなり大変だ。
俺は残念ながらそちらの方はあまり詳しく無い。なので、教えてもらう傍らポケモンフーズの調理も手伝う。もちろん各ポケモンに食事を配るのも手伝う。数が数なので重労働だが、これもこれで楽しい。
俺は、何となくシオンタウンで別れたイワオのことを思い出していた。彼もまた、ポケモンの世話をしている時はこんな風に感じていたのだろうか。そして、その仕事を忘れることができないから、配置換えをされた時に悪者になりきれなかったのではないだろうか。
今はきっとセキチクシティのサファリゾーンで一生懸命働いていることだろう。イワオにとっては、これまでの人生の時間を取り戻すための重要な時間なのだろう。もし時間が許すようであれば、セキチクジムに行った後にでも少し覗いてみるのも良いかもしれない。
ポケモンたちの朝食が終わったら、一部の係の人は今度は自分たちが朝食を食べる番だ。ポケモンたちに食事を配る前に朝食を済ませていた人たちと一緒に、俺はポケモンたちの朝食の後片付けをする。
「エリカさん。ジムリーダーのエリカさんがこんな裏方仕事をしては・・・」
「いいのよ。私もたまにはこういったことをしなくちゃ」
これはここ最近のエリカさんとジムスタッフのこの時間のお決まりのやり取りだ。元々エリカさんはこうした作業は係りの人に任せきりだったらしいのだが、俺が来てから2、3日して以降はずっとこうして裏方作業を手伝っている。
朝食の直後にバトルをしたがるポケモンもいるから、そうしたポケモンたちに軽くバトルをさせたりするためだと言っているらしいが、そうしたことは今に始まったことでは無いだろう。
おそらく、俺が朝からちょろちょろしているから、ちょっとした気まぐれで手伝ってみたら、案外朝の気持ちの良い空気を吸うことが楽しいということに気がついたのではないかと思う。それくらい、ここの朝の空気は実に清々しいのだ。
ジムへの挑戦者がいない場合は、食事の後は所属トレーナーの手伝いをする。彼ら(あるいは彼女ら)は全て、ジムリーダーのエリカさんのような立派なポケモントレーナーになることを希望して日夜研鑽している。
俺が言うのも失礼かもしれないが、中には飛び抜けて才能のある人もいる。こうした人は、本当なら旅に出るべきだと俺は思う。
俺が育ったマサラタウンには、残念ながらポケモンジムはない。だからかもしれないが、ポケモンの関係の何かになるためには絶対に旅が必要だ。今はトキワシティのジムが閉鎖されているので(あそこはロケット団の巣窟であるという疑いがある)最低でもニビシティまで旅をすることになる。
ニビシティへの旅は、徒歩でも数日で済むものだから、そこから先のハナダシティまでは行かなかれば旅とは到底言えるシロモノではない。
とはいえ、これらの街のジムに挑戦して失敗し、ポケモントレーナーになることを諦める人もいるのだそうだ。
エリカさんの話では、全てのジムリーダーが他のトレーナーより優れているというわけではないと言っていた。確かに、単純にポケモンバトルで優劣をつけるのであれば、各地のジムリーダーよりも間違いなくリーグの四天王やチャンピオンの方が強い。
ただ、ジムリーダーになるためには、それ以外の資質も必要だ。自分の持っている知識と技術をジム生に教え、上手に育てるのは言うほど簡単なことではない。
また、ジムに挑戦するトレーナー達をも指導する立場にある。時には厳しく、時には優しく挑戦者に接して、最終的には自分を上回るトレーナーに育て、そして彼らにジムバッジを委ねるのだ。
だから、ジムリーダーは単に強いだけのトレーナーにバッジを渡してはならない。ポケモンを大切に扱わないような輩にバッジを渡すわけにはいかなし、単にポケモンに対して優しいだけのトレーナーにもバッジを渡すわけにはいかない。
トレーナーの育成のためにジムリーダーが果たす役割とは、これほどまでに重要だ。だからこそ、ポケモンリーグ本部は各ジムの管理にも力を入れなければならないし、そのジムがジムとしてふさわしいか、ジムリーダーが果たすべき役割を果たしているかを厳密にチェックしなければならないのだ。
そうでなければ良いトレーナーが育たず、質の悪いトレーナーばかりが登場してしまう。こうした連中は周囲に迷惑をかけることになるだろうし、そうしたトレーナーに捕らえられたポケモンも不幸でしかない。
タマムシジムへの挑戦者は、だいたいジム戦を経験したトレーナーたちがやってくることが多い。ここはヤマブキシティの西側にある街で、他の街からのアクセスも比較的良いので、俺が知っている8つのジム(もっともトキワシティのジムは除くけど)以外のジムに挑戦した後にやってくるトレーナーも少なくないのだそうだ。
なので、エリカさんは挑戦を受ける際にまずはトレーナーの持っているバッジを確認するのだそうだ。また、そうしたことから相対的にエリカさんをはじめとしたスタッフの手持ちポケモンも強くなるので、場合によっては挑戦ではなくまずはスクールに入ることを勧めることもある。
もちろんそれを受け入れる挑戦者などいないので、一応はバトルをするが、当然ながらワンサイドゲームとなる。で、改めてスクールを勧めて入るならば良し、入らない場合は再度の挑戦を受けることになるんだそうだ。
午前中は初心者コースがあり、午後はバッジ1個以上のトレーナーを対象としたコースがある。俺が現在所持しているバッジは1つなので、午後のコースに参加することもできるがそれはしないでいる。
他のトレーナーと違い、俺はポケモンリーグへの挑戦を目指しているわけではない。まだ目標らしい目標はないが、今はオーキド博士の依頼を完遂することが俺の目標であり、また別な目標としてはグレンジムのジムトレーナーに挑戦して勝利することが目下の目標だ。
だから、スクールにいる連中とは少々目的が違う。また、こうした連中は血の気の多い奴が多く、コースの開講中でも互いにバトルをしたがる連中が多い。俺としてはそうした輩とは関わりあいになりたくない。
そんなわけで、俺は基本的にはポケモンの昼食まではここで手伝いをして、午後の時間はタマムシシティをぶらぶらしている。
だいたい行くところはデパートかゲームコーナーだ。もはやタウンどころかビレッジになっても不思議ではないマサラタウンの出身者である俺からすれば、デパートなんてシロモノは珍しいに決まっている。
各フロアにそれぞれ違う商品がたくさん並んでいる光景はなかなかに見ものだ。もちろん、入用なものがあれば購入する。今までのところ俺はさほど無駄遣いをしていないから、それなりに金も残っている。まあ、基本的にはポケモンたちにとって良いと思えるものを買っているが、たまに自分の物も買う。
ゲームコーナーは少し変わっていて、スロットマシーンでためたコインの枚数に応じて色々な景品をくれる。俺も一応ポケモントレーナーの端くれだから、勝負事になると熱くなってしまうので気をつけなければならない。
ただ、気になるのは景品の中にポケモンがいるということだ。直接お金でやりとりしないのであれば合法ということになるのだろうか。そのへんの法律については俺はサッパリわからない。
そんな中で、ついつい誘惑に負けてストライクをゲットしてしまった。素早さと攻撃力に優れたポケモンなので、育て方によってはチームのエース格になるかもしれない。弱点が多いのもあるが、欠点のない者なんて、人でもポケモンでもいるわけがない。
ところで、このゲームコーナーは他にも少々気になる点がある。コーナーのスタッフが時折俺のことをじっと見ていることがあるのだ。最初はさほど気にしなかったが、何度かそういうことがあると気になるものだ。
別に不正行為を行なっているわけでもないのだが、どうしてだろうか。こちらにはやましいことなどないので知らん顔をしているが、あまり良い感じはしないのは事実だ。あれは一体何だろう。
騒ぎは、午後の経験者コースの開講中に起こったらしい。いつもの通り、血気盛んなトレーナー達が自分たちで勝手にバトルをはじめたのがきっかけだった。彼らはジムリーダーであるエリカさんにはかなわないものの、他のジム生に太刀打ちできる者がいなかった実力者で、そうした連中が勝手にバトルを始めてしまうと収集がつかないことが多いのだ。
おおよその場合、こうした時にはエリカさんが直接出ていって事態を収めるのだが、今回は場面が悪かった。なんと、彼らが勝手にバトルを始めたのに呼応して、他の場所でもバトルが始まり、それが連鎖的に受講生たちに拡がっていったのである。
そこかしこで行われる、バッジ獲得者たちの勝手なバトル。こうなると、さすがのエリカさんも一人で収拾をつけるのは困難だ。
その騒動が起こった時、俺はポケモンセンターでオーキド博士と電話をしていた。エリカさんをはじめとしたジム生の手伝いもあって、俺は自分の手持ちポケモンをかなり増やすことができた。
そいつらを研究所に送って、そのあとは博士と他の連中の話やごく他愛もない話をしていたのだ。
最初、外が少し騒がしいなとも思ったが、俺はオーキド博士との電話の方が気になっていた。ご存知の通りシゲルやサトシたちの動向が気になったからだ。
おそらく時間的には十分に余裕があるとは思ったが、やはり追われている身だから気にはなる。もっとも、彼らからすれば俺を追っているというつもりなどサラサラないだろうが。俺が追われているというのは、あくまでも俺の都合である。
俺が彼らの状況をオーキド博士から聞いていると、今度はポケモンセンターからトレーナーたちが慌ただしく外に出ていった。一体何があるんだろうか。
この時点でも俺は
(騒がしいな・・・)
と思った程度で、すぐにオーキド博士に捕まえたポケモンについて報告をしていた。いわば、すべき事をしていたのである。その時
「リョウジさん!」
突然横からジョーイさんが俺に声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
「タマムシジムが大変なことになっているの! 早く行ってあげて!」
と手を握られて言われた。
正直に言おう。俺はスケベだ(笑)もっとも、これも正直に言えばあまり人と接することが得意ではない俺は、どこかの誰かさんのようにあからさまにアプローチをかけていくという真似はできないが。
ともかくそんな俺が、ジョーイさんのような見目麗しい女性にこんな風にとりすがられては、悪い気持ちがするわけがない。
それはともかく、どうも俺が留守にしている間に、タマムシジムで何かが起こったらしい。先ほどから騒がしかったのはそのためのようだ。
「すみませんオーキド博士。俺、タマムシジムに行ってきます」
「うむ。タマムシジムにはお前は世話になっとるからな。気をつけて行って来い」
俺はオーキド博士の言葉を背に受けながらタマムシジムへと急いだ。
ジムにたどり着いた時、俺は一瞬何が起こっているのか分からなかった。ジムの建物はあちこちが壊れていて、壁越しに中の様子を見ることができるような状態だ。火が出ているのかあちこちから煙が上がっている。
周囲にはトレーナーも含めた野次馬が群れをなして取り巻いている。その群衆の中に、ジム生が混じっているのが見えた。
「何が起こったんですか?」
俺が近づいていたことに気がついていなかったのか、ジム生のミニスカートの女の子は酷く驚いたようだった。
「経験者コースの受講生が勝手にバトルを始めたあと、あっちこっちでバトルが始まって、そのあと妙な格好をした連中が突然現れて・・・」
話を聞いている俺の視界に、まさに妙な格好をした連中の姿が移った。ロケット団だ。
これである程度読めてきた。おそらく奴らは、ここのスクールの噂を知っていたに違いない。そして、経験者コースに入り込み、バトルが始まるとそれを煽って混乱を引き起こした。そして、それに乗じて暴れまわっているのだろう。
連中の狙いが何はわからない。しかし、そんなことを知る必要など全くない。奴らがジムに乱入して暴れている。その事実だけで十分だった。
ジムの中には俺のフシギバナとナゾノクサもいる。俺は急いで建物の中に向かった。
中は予想以上の大混乱だった。あちこちでロケット団とジム生を始めとしたトレーナーたちがバトルをしている。彼らもジムを守るために必死に戦っているのだ。
俺はナゾノクサを守りつつ頑張っていたフシギバナと合流すると、数人のロケット団と戦いつつもエリカさんを必死で探した。
エリカさんはロケット団員にすっかり取り囲まれていた。ジムリーダーの中でも凄腕として有名なエリカさんを相手に、連中は数人でかかっているらしい。汚い奴らだ。
「さあさあジムリーダーさん。そろそろ潔く私達に降参したらどうかしら?」
おそらくこの連中を率いているのであろう女のロケット団が居丈高にそう言う。エリカさんは悔しそうに睨みつけるだけで何も言い返せない。
よく見ると、周りにはエリカさんの手持ちポケモンたちが倒れている。おそらくロケット団の連中から袋叩きにされたのだ。何度も言うが、本当に汚い奴らだ。
俺は、ポケモンにだけは真面目に接してきたし、これまでルールを破るような戦い方もしたことがない。だが、シオンタウンでのヒデト兄さんとのバトル以降、色々と考えることもあった。
ポケモンが倒れてしまっている今、エリカさんはどこにでもいる普通の女の子に過ぎない。女の子を守るのは男の義務であることは昔から決まっている。脇から走りこんだ俺は、連中の前に立ちはだかった。
「あら。あんたはあのヒデト様が勝てなかった奴ね。あんたを倒せば、あたしも幹部の仲間入ができるわ!」
そう言って、女ロケット団員は他のロケット団の連中に合図をした。一気に連中のポケモンが俺を囲み込む。
「リョウジくん」
何かを言おうとするエリカさんを、俺は手で制した。もはや俺は連中との戦いの間合いに入っているのだ。
正直、これほどまで怒りがこみ上げてくることは今までなかった。それほどまでにこの連中のやり口がひどいのだ。
俺はこれでもポケモントレーナーのはしくれだ。だが、ルールに従わない連中に対してルール通りに接してやるほど人間はできていない。
外法には外法。俺は腰につけたモンスターボールを3つ放り出した。
「ギャラドス、カビゴン、ストライク! はかいこうせん3連斉射!!」
俺は、あのシオンタウンでの出来事以降、万に一つの可能性を考えてこうした戦い方も考えていた。正直したくない戦法だが、連中やその他の外法の輩に対して断固たる排除の意志を示すためにはやむを得ないことだろうと考えている。
もう一度言うが、正直こういった戦い方はしたくなかった。だが、こうした事態の解決のためにはやむを得ない。
はかいこうせんはご存知の通り、威力は凄まじいが1度放つと一定時間動けなくなってしまう。その欠点を補うための集団戦法を考えた時にこれを思いついたのだ。
はかいこうせんを放つ順番を決めて、その順番の通りに一匹ずつ攻撃する。3匹目のポケモンがはかいこうせんを放つ頃には最初のポケモンは体が動くようになる。こうして間断なくはかいこうせんを敵に浴びせるのだ。
これは強力な先制攻撃だ。容赦無い攻撃なのでできればしなければ良いといつも思っていた。だが、今度のことは到底許せるものではない。こうした輩に俺は容赦をするつもりは一切ない。
強烈なはかいこうせんの連続攻撃を受けて、ロケット団はかなりの混乱をきたしている。客観的に見ると、どちらが悪者かわからないような有様だ。
「斉射やめ! フシギバナ! 前方全方位に高密度はっぱカッター!」
これも前回のヒデト兄さんとの対戦の後、フシギバナに練習させてた技だ。ヒデト兄さんのサイホーンのようなスピードのある敵に対して、逃げ場もないほどの密度のはっぱカッターを放つのだ。
攻撃範囲は狭まってしまうが、なるだけ広範囲に攻撃できるようにずっと訓練をしていた。これはこうした戦いだけでなく、普通のポケモンバトルにも十分使える技だ。
ところで、フシギバナの放ったはっぱカッターがロケット団のポケモンとその持ち主を攻撃する。かなりの密度なのでまるではっぱの竜巻の中に入ったように感じることだろう。
「ガーディ! 最大出力で火の粉をはっぱカッターに放て!」
これはとどめだ。燃えやすいはっぱが高密度かつ広範囲にばら撒かれていて、そのはっぱに火を放てばどうなるか。考えるまでも無いだろう。
一気に燃え広がった炎が、燃焼に必要な酸素を求めてはっぱの無いところにも走る。強烈なバックドラフトが発生するのだ。これでこの場のロケット団とそのポケモンを一掃してやる。
と、ここまで考えた時、俺の目の端にエリカさんの姿が映った。このままではエリカさんも巻き添えになってしまう。
「エリカさん!!」
俺はエリカさんに急いで駆け寄ると、そのまま上に覆いかぶさった。間髪入れず炎が俺たちの後方を走る。ギリギリだった。
「大丈夫ですかエリカさん」
「え、ええ・・・」
少し顔を赤らめたエリカさんがそう言う。よく考えたら、まるで俺がエリカさんを押し倒しているみたいである。
「あわわ! ごめんなさい!」
俺は急いで立ち上がると、エリカさんに手を差し出した。しかし俺は、この時自分がとんでもない状況にあることに気がついてはいなかった。
俺の手を取ってエリカさんが立ち上がる頃には、ここにいたロケット団はあらかたやっつけていた。残った連中も逃げにかかっている。連中についてはジュンサーさんに任せておけば良いだろう。それにしても、少々エグい戦い方だったなと自分でも思う。
ひと通り騒ぎが収まったあとの後始末は大変だった。まずはとにかく人を一旦外に誘導し、そのあとは火の手が上がっているところを鎮火して回った。
後から消防隊が来てくれたから良かったが、それまでの消火活動には例のゼニガメがおおいに役だってくれた。
騒ぎが落ち着くと事情聴取があったが、俺にはことさら厳しい聴取が行われた。そりゃそうだ。何せロケット団がつけた火よりも俺がやった例のバックドラフトの方が遥かに被害が大きかったのだから。
ちなみに、エリカさんをかばった時にどうやら俺の尻に炎がかすったようで、俺はしばらくおケツ丸出し状態でウロウロしていたことになる。非常に恥ずかしい。
それはともかく様々な混乱が収まり、今回の件がロケット団の犯行であることが分かると俺もどうやら無罪放免となった。やれやれ。一応連中を追い払ったメンツの中に俺も入っているはずなのだが。
諸々の騒動にも一応のカタがつき、ようやく俺は出発する準備ができた。
何もなければそのまますぐにでも出かけることができたはずなのだが、今回のドタバタのおかげで少し遅れてしまった。
本当なら後片付けも手伝うべきだしそうしたかったが、俺はいわば追われている身である。ここで一週間を過ごしている間にシゲルあたりにかなり追いつかれてしまったはずだ。詳しくはわからないが・・・
「最後の最後にやらかしてくれたわね」
まるでいたずらをした弟をたしなめるような口調でエリカさんが言う。ま、理由が理由ではあるが少々俺もやりすぎてしまったと思う。
「でも、本当にありがとう。正直あなたが来なかったら、このジムはどうなっていたか・・・」
そう言いながらエリカさんは、再建中のジムの方を振り返った。力自慢のポケモンたちが人間に入り混じって働いている。
ポケモンは人間のように修理の段取りをしたり、新たに作るべきものを設計したりすることはできない。だが、ポケモンは人間よりも身体能力が優れている。
やり方さえ覚えてしまえば人間よりも効率的に仕事を進めることができるし、人間が数人がかりで運ぶしかない大きなものを楽々とかついだりもする。
この現場の姿は、まさに人間とポケモンの関わりの理想を端的に表していると思う。どちらが上だの下だのというのではなく、互いに足りない部分を補い合いながら、互いの幸せのために働く。
生意気なことを言わせて貰えば、それは人間同士でも同じことなのではないかと思う。他人を騙したり貶めたり、そのためにポケモンを利用するなんて間違っている。少なくとも俺はそう思う。
「お礼と言うにはちょっと変だけど、この子を連れて行ってくれない?」
そう言ってエリカさんがそう言って勧めてくれたのは、あのゼニガメだった。
「この子、あなたのことを気に入ってるみたいだし、あなたにとってもこの子はきっと助けになるわ」
俺を伺うように見ているゼニガメの頭を撫でながらエリカさんが言った。俺に否やがあろうはずもなかった。
「ありがとうございます。ゼニガメ。一緒に行こう」
「ゼニ〜!」
ゼニガメは元気に返事をすると、俺の手持ちの空のモンスターボールを自らタッチした。
「それじゃあエリカさん。ジムのみなさんも長々とお世話になりました」
「こちらこそ。とっても思い出深かったわ」
俺は頭を下げると勇躍タマムシジムを後にしたのだった。
タマムシシティは大きな街なので、街を出るのも一苦労だ。ようやく町外れにたどり着いたころ、後ろから呼び止めるような声がしたような気がして俺は振り向いた。
するとそこには、息を切らせながら走ってくるエリカさんの姿が見えた。はて。俺は忘れ物でもしただろうか。
「追いついた・・・」
息を弾ませてそう言うエリカさんは手ぶらだった。どうやら俺の忘れ物を届けにきてくれたわけではないようだ。
「どうしたんですエリカさん?」
そう問いかける俺をエリカさんはいきなり引っ張り寄せると、頬に口づけをした。
俺は呆然とされるがままになっていた。急な出来事だったというのもあるし、予想外だったということもある。
ジムリーダーとして勇名を馳せ、さらにその美貌でも有名なエリカさんが、日陰の道を歩くしかない俺に・・・?
何とも言えない良い匂いがしている。そして、まるで地面が綿にでもなったかのようにふわふわしているように感じる。
なんだか顔が暑くて、何かを言わなきゃいけないような気がするのに、何を言うべきなのかを考えることができない。
何か行動をしなければならない気がするのに身体が全く動こうとしない。こんな経験は初めてだった。
冷静に混乱している俺から、エリカさんがそっと唇を離す。呆然とその姿を見るしかない俺の目には、少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしているエリカさんの姿が映った。
何を言うこともできず、何をすることもできない俺は、ただただ呆然とエリカさんの姿を見つけることしかできない。エリカさんが俺が何かを言うのを待っているのはわかっているのに、俺の頭には言葉はおろか文字さえも浮かんでこなかった。
こんな時、学校で習ったことなんて全く役に立たない。経験値の低さが思いっきり露呈してしまった恰好だ。これがバトルなら完全に俺の負けである。いや、そもそもこうしたコトをバトルに例えている時点で俺はどうかしている。
長い、とてつもなく長い沈黙のあと、エリカさんがようやく
「気をつけて・・・それから・・・また来てね」
と言った。俺はその言葉でようやく我に返ることができたのである。
「もちろん。今度はあんな騒動が起こらないときに、ゆっくりと」
俺は踵を返すと、できるだけゆっくりと歩き始めた。別にエリカさんとの別れを惜しんでいるわけではない。互いにポケモントレーナーなのだから、ポケモンに関わってさえいれば、きっといつかまた会える。
歩きながら俺は、自分の心の中に立ったさざ波が、やがて大きな波となり、うねりをともなってどんどん広がっていくのを感じた。その感覚、その感情を表現するための言語など、はじめからこの世には存在しないような気がした。
徐々に歩むを早めながら、それでも俺の心はざわめいていた。いつしか走りだした俺の胸に刺さるこの思い。それを形容するにふさわしい言葉などどこにも無いとは思うが、あえて他者にも理解できる言葉を使えば、きっとそれは『初恋』と呼ぶべきものだったろう。
ヤマブキシティへと走り続ける俺が、実はポケモンずかんをタマムシジム忘れていることに気がついたのはそれからだいぶ経ってからのことだった。
ぼちぼち続き書かんと。いや、マジで(^^;