「というわけで、こちらでは手がつけられないほどに暴れまくってな。大変だったんじゃ」
クチバシティに到着した俺は、ハナダシティを出発する直前にオーキド研究所に預けたギャラドスの話を博士から聞いていた。
ハナダシティのジムでのバトルの後、ほとんど押し付けられる形でゲットしたギャラドスだったが、まずは研究所に送るのが先だろうと思い、ハナダシティを出る前に研究所に転送したのだ。
だが、ギャラドスは『凶悪ポケモン』の名に恥じない、見事な暴れっぷりを披露したようだ。研究所の敷地にはプールもあって、多くの水ポケモンがそこで暮らしているのだが、そこにいた他のポケモンを残らずプールの外に叩き出したのだそうだ。
それを諌めに行ったオーキド博士に向かってハイドロポンプを連発し、プールの建屋そのものが崩れ落ちたという。俺としては平謝りしかない。
「そんなわけだから、ギャラドスはお前の手元に戻すぞ。大変じゃとは思うが、しっかり世話してやってくれ」
「はぁ・・・」
正直、博士の手に負えないような凶暴な奴を、名もなき新人トレーナーに過ぎない俺がどうにかできるなんて思えなかった。
だが、どういう経緯であったにせよ、ギャラドスは今俺のポケモンだ。俺が見捨てたら、こいつは行く場所も無くさすらうことになる。それは良いポケモントレーナーのすることではない。
世の中には、弱いだととか、自分になつかないだとかいう理由でポケモンを捨ててしまうトレーナーがごまんといる。
俺は、そんな真似をするような連中をトレーナーとは呼ばない。ポケモンは生き物であって、物ではない。自分にとって不要だからといって、捨てるなんて真似はぜったいにすべきではない。
欲しがっている他の人にゆずるという手もあるし、トレーナー同士で交換することだってできるはずだ。
『逃す』という行為もある。これは、ポケモンのためを思ってあえて手放す行為であり、結果は同じであっても『捨てる』とは明らかに違う。
中には、捨てた後に自分を追って来ないように、木にしばったりするような輩もいるのだそうだ。そういう奴は、最初からポケモンに関わるべきではない。
ところで、戻って来たギャラドスは、俺が心配するような真似は一切しなかった。これのどこが凶暴なんだと思うほどに大人しいし、後から入ってきたポケモンの世話もしてくれる。
一度など、頭にケーシィを載せたまま泳ぎ回っていた。載せられたケーシィは楽しそうだったし、ギャラドスも楽しそうだった。
思うに、ギャラドスは凶悪なのではなく、単に縄張り意識や仲間意識が強いだけなのではないだろうか。自分の縄張りを守るため、他の者に対して凶暴な姿を見せているだけのように、俺には思えてならない。
逆に、今俺や俺のポケモンたちに対して凶暴な姿を見せないのは、俺たちを仲間とみなしているからなのではないだろうか。
他のポケモンを体の上に載せて楽しいそうにしているギャラドスを見るにつけ、ポケモンのことを知るには、実際に触れ合ってみないと分からないことが多いものだと俺は実感した。
もしかしたら、これは俺のギャラドスに限ったことなのかもしれない。たまたま奴が、ギャラドスの中では比較的温和な性格をしているだけで、通常のギャラドスは、やはり凶暴で危険なポケモンなのかもしれなかった。
ただ、俺が知る限り、ギャラドスのゲットに挑んだポケモントレーナーが、命を落とすようなことになったという事例は聞いたことが無かった。
おそらくそれは、野性のギャラドスが自分の縄張りに入ったポケモンとトレーナーを追い払って、それに満足したからなのではないだろうか。そう思うと、やはりポケモンの生体には興味がおおいにそそられる。
俺がもし、シゲルの2/3位の脳みそを持っていれば、ひょっとしたらポケモンの研究者への道へ進めたかもしれない。オーキド博士のような、世間からもポケモン研究の第一人者とまでは思われなくても、そこそこの研究ができる研究者になれれば御の字だ。
もっとも、最近のオーキド博士は、ポケモン研究者としてだけでなくポケモン川柳でも有名で、案外そっちの仕事の方が多いのかもしれないが。
だが、残念ながら俺は、辛うじてサトシと他数名と一緒に、クラスの最下位にならないように鎬を削るといったレベルの学力しか持っていない。
まあ、元々俺は、俺自身にそれほど期待なんぞしていない。俺は単にポケモンが好きで、ポケモンに関連した仕事をしたいと思いつつも、孤児院の方針でその道にまっすぐ進めないだけの、しがないトレーナーもどきなのだ。
カントー地方において、クチバシティほど有名な街はあまり無い。というのも、クチバシティには大きな港があり、そこから他の地方へ行くことのできる大きな船がたくさん出入りしているのだ。
そのためか、港の周辺には各地方へ旅行するツアーのパンフレットが置いていたりする。
オーキド博士の研究のため、カントーでできるだけ多くのポケモンをゲットするという使命のある俺が、よその地方に出かけていくなんてことはどあろうはずが無い。
無いのだが、旅と聞けばどうしても気になるのが男という生き物なのだろう。俺も、別に行くわけでもないそれぞれの地方に思いを馳せるべく、それぞれの地方のパンフレットを手にしてみた。
予定通りクチバを素通りした俺は、シオンタウンに向かう道すがら、いくつかのパンフレットを眺めてみた。最初に気持ちを引かれたのは、シンオウ地方だった。
シンオウ地方はとても寒いところらしいのだが、自然がとても豊かで、そこに生息しているポケモンの数も相当なものなのだそうだ。
多くのポケモンがシンオウ地方固有のポケモンで、他の地域に住んでいるポケモンも見受けられるらしく、ポケモン研究者も一度はシンオウで研究のための勉強をするのだそうだ。
街の数も多く、近代的な大きな街が多いのだそうだが、中にはかなり古い歴史のある街もあり、シンオウ全体には古代ポケモンにまつわる伝説が各所に伝えられているという。
言うまでも無いが、昔のポケモンの種類や行動を知るということは、現在のポケモンの研究にも欠かせないことであり、オーキド博士の先輩にあたる研究者が、そこでポケモンの進化についての研究をしているという話を聞いたことがある。
シンオウには、他にもポケモンにまつわる古代の出来事について研究する考古学者もいるのだそうだ。そんなおもしろそうな所、ポケモン好きの人間で行きたいと思わないやつはきっといやしない。俺はもちろん行きたいと思った。
だが、俺の気持ちをより強く惹きつけたのは、まったく別の地方のパンフレットだった。
そこには、ポケモンリーグが存在していないらしい。ポケモンがいないわけでもないのだが、ポケモントレーナーの絶対数が、他の地方と比べて圧倒的に少ないのだそうだ。
そのため、ポケモン研究の見地からすればまさに未開の地であり、しかもその地方にしかいない固有のポケモンの数も、他の地方と比べて圧倒的に多いというのだ。
パンフレットにその一例として写真が載っているのだが、これが少々驚きのものだった。
そのポケモンは、名前を『ストロープ』と言うのだそうだが、何とも形容しがたい姿をしている。見た感じは花のようにも見えるのだが、何というか、色がかなり毒々しい。
茎と思える部分から花と思える部分は、優美とも言えるほどに美しい曲線を描いているが、花にむかって膨らんで、花の中からは管だか紐だかのようなものが出ている。
花の部分もどぎつい赤に黄色の斑点のようなものがついていて、全体的に何というか、ぬめっとした光沢をもっている。茎の色も緑ではあるが、草原を連想させるような美しい緑ではなく、ドブを思わせるような毒々しい暗い緑だ。
そんな、できればちょっと近づきたく無いような印象を与えるポケモンの写真が、他にも数点パンフレットに掲載されている。
俺としては、こんなポケモンがいるという地域を旅行先として勧める旅行会社の営業精神もさることながら、このポケモンの写真を見て、その地方に行きたがる人がいると思っているパンフレットの制作会社にも呆れざるを得ない。
それにしても、ストロープの姿を見るにつけ、この地方でポケモントレーナーが少ない理由がなんとなく分かる。
ここまで、カントーの色々なポケモンを捕まえてきたのだが、そのどれもがかっこよかったり、かわいかったりする。そうした姿を見て、子供たちはポケモンに興味と憧れを持つようになるのだ。
そして、ポケモンに関連する何らかのものに自分もなるために、手始めにトレーナーとしての旅を始めるのである。
だが、ストロープにしろ他のポケモンにしろ、この地方のポケモンはそういったかわいいだのかっこいいだのと思わせるものは1つもいない。どちらかと言えば気色の悪い姿をしたやつばかりだ。これを捕まえるには少々の勇気がいりそうだった。
俺もポケモンが好きで今のような境遇でさえ甘んじて受け入れているのだが、これはあまり捕まえたいとは思わなかった。
ところで、パンフレットには『ミアス地方』と書かれている。この地方の名前には聞き覚えがあった。俺が興味を持ったのは、この地名を見たからだ。
実は、以前オーキド博士に、このミアス地方について少し話を聞いたことがあったのだ。ポケモン研究者としては気になる地域であることや、博士がタマムシ大学で教授をしていた頃の教え子が、研究者としてその地方にいるといったことだ。
その人は、ポケモンの体について研究していて、例えば、破壊光線やギガインパクトといった大技を放ったポケモンが、一時的に体が動かなくなるのはなぜかとか、同じような体当たりをするような技であるにも関わらず、反動があるものとそうでないものがあるのはなぜかといったことを研究しているのだそうだ。
今でこそ、そうした分野は『ポケモン生理学』として1つの研究ジャンルになっているのだそうだが、その人が研究をするためにミアス地方に移り住んだ当初は、異端の研究者として良くも悪くも注目されたのだそうだ。
年齢も博士号を持っている人としては比較的若い方らしい。名前は何と言ったか・・・
辛気臭い。それがこの街の第一印象だ。ご存知の通り、シオンタウンはカントー地方全域から死んでしまったポケモンが集まり、ここに墓が作られている。だから、こんな雰囲気になるのは分かっている。
分かってはいるが、やはり来てみるとどうしてもその雰囲気にはおどろかざるを得ない。未だ手持ちのポケモンが死んでしまった経験の無い俺には分からないのかもしれないが、こうして持ち主がいつまでも悲しみ続けている状況というのは、天国にいるポケモンたちの目にはどのように映るのだろうか。
忘れて欲しくはないだろう。だが、いつまでも悲しんで欲しいとも思ってはいないのではないだろうか。
ポケモンとの追憶はいつまでも持っているとしても、泣き暮らしている持ち主の姿を見たポケモンの方こそ、悲しい気持ちになるのではないか。俺にはそう思えてならない。
ところで、そういった場所のためか、ポケモンたちの墓のあるポケモンタワーには、どこからともなくゴーストポケモンが集まって来るという。ここに入るのには、やはりポケモンを連れていなければ無理そうだ。
俺としても、ポケモンの先人たちに対する追悼の思いもあるから、一応中に入ってお参りくらいはしておこうと思う。
ここに葬られているポケモンのすべてがすべてというわけでは無いだろうが、中にはトレーナーとして高みに登ろうという持ち主と共に旅をして、その途上で果てたポケモンもいるだろう。
そうしたポケモンに鎮魂の思いを馳せるのも、ポケモントレーナーとして当然の行為だ。もっとも、厳密には俺はトレーナーでは無いのかもしれないが。
それに、俺はオーキド博士からの依頼でポケモンを集めている。ゴーストタイプのポケモンをゲットできる数少ないチャンスを逃すわけにはいかない。
まあ、まずはポケモンセンターに行って手持ちのポケモンたちに一休みをさせるかたわら、オーキド博士に連絡をしておく必要があるだろう。
「おお。リョウジか。その様子じゃと、どうやらシオンタウンに到着したようじゃな」
「分かるんですか?」
「もちろんじゃ。そこには・・・いや、それは良い。それより、シゲルの奴から連絡があってな。今、クチバシティに来ているサント・アンヌ号にいるそうじゃ」
「サント・アンヌ号?」
なんでも、俺がクチバシティを出発した翌日にその船が港に入港したのだそうだ。世情に疎い俺は知らなかったが、世間には名の知れた豪華客船で、クチバに停泊している間、実際に客が入っている客室を除いて、艦内を一般に公開しているという。
特に、ポケモン好きな船長の計らいで、ポケモントレーナーが乗船した場合は無料で食事ができたり、船内の多目的スペースでポケモンバトルの大会が開催されたりしているという。かなり楽しそうだ。
俺が普通のポケモントレーナーであれば、今すぐに踵を返してクチバシティに急ぐことだろうが、生憎と俺は急いでいる。
それに既にクチバにまで来ているシゲルと顔を合わせるのはまずい。俺の旅はあくまでも極秘のことであり、少なくともマサラタウン出身者に俺がポケモンを連れて旅に出ていることは知られてはならない。
また、ポケモントレーナーとして世間の注目を集めることも憚られる。俺がこれまで世話になってきた孤児院は、院の出身者がポケモントレーナーになることを固く禁じているからだ。
とにかく、ずいぶんと差を開いていたはずのシゲルが、すぐ後ろにまで迫ってきているという事は、俺にとっては憂慮しなければならない事だった。とにかく急ぐ必要がある。
「シゲルのやつは、サント・アンヌ号が出向するまではクチバシティで羽を伸ばすと言っておった。それほど気にする必要は無いとは思うが、追いつかれないためには、できるだけ先を急いだ方が良さそうじゃな」
博士の言う通りだ。俺は、タワーでゴーストポケモンをゲットしたら、早々に街を出ることに決めた。
「ポケモンタワーでまともに戦うには、必要なものがある。わしの知り合いのフジという人物がいるから、尋ねて見ると良いじゃろう」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は、ポケモンたちの回復を待って、言われたフジという人物を尋ねることにした。
フジという人はシオンタウンでも有名な人だった。なんでも、自宅をボランティアハウスとして開放し、そこで人間に見捨てられたポケモンを保護しているのだそうだ。
俺が訪ねて行き、用件を伝えると、フジと言われるそのおじいさんは何とも言いようの無い表情を浮かべた。
「そうか。オーキドくんはまだがんばっているんじゃな・・・」
感慨深げにも見え、苦しそうにも見える表情を浮かべつつそういうフジ老人を見て、俺は問いたい気持ちをぐっと飲み込んだ。
俺でなくとも、旅先でオーキド博士の知人に出会う機会があれば、博士とはどのような関係なのかと聞いてみたい気持ちになるだろう。おそらくは、若い頃に博士といっしょに研究をしていたとか、そういった関係なのではないかと思う。
だが、今目の前にいるこの老人にそれを聞くのは、まともな神経を持っている人にはきっと無理だろう。思うに、何か思い出したく無いような出来事があって、そのせいでこの人はポケモン研究の道を離れたのではないだろうか。
「ポケモンタワーに住んでいるポケモンたちは、これをつけていなければ正体を突き止めるのは難しい。持って行きなさい」
そういってフジ老人が俺に差しだしものは、何か妙な機械のようなものだ。眼鏡のようなものにも見えるが、これは一体何なんだろう?
「ポケモンタワーに行った時、正体のわからない者が出てくるはずじゃ。それをつけてそいつを見れば、正体が分かるはずじゃ。正体さえわかってしまえば、ポケモンも攻撃ができる」
そういえば、ポケモンセンターでもタワーに行ったトレーナーが、幽霊のようなものに追いかけられたと言っていたな。それを見たポケモンも怯えて、技を出すことができなかったらしい。
俺が実際に見たわけではないが、どうやらゴーストポケモンはそうやって身を守っているようだ。ゲットするにはバトルは不可欠だ。これはとてもありがたい。
「ありがとうございます」
「・・・君は、若い頃の私に似ておる。それだけに、私のような過ちを犯して欲しくない。だから、何があってもポケモンを労る気持ちだけは無くさないでくれ・・・」
フジ老人はそう言うと、その後は何も語ろうとはしなかった。俺はもう一度お礼を言うと、ボランティアハウスを後にした。
散発的にあった野性のポケモン、その殆どがゴーストタイプだったが、彼らとの戦いをなんとか凌ぎきった俺は、ついにポケモンタワーの最上部にたどり着いた。
はっきり言えば、何も無いところだ。ただ、かなりの高さなので眺めは良さそうに感じる。霧の煙る状態がずっと続くシオンタウンだが、もし天候がよければカントー地方の端まで見渡すこともできそうだった。
しかし殺風景なところだ。ここにはポケモンの墓も無いようだし、何より移動する場所も限られている。ざっと見渡したところ、見どころになるようなものではない。
それぞれの墓にも手を合わせたし、ポケモンもゲットした。もう夕暮れであまり視界も良くないことだし、引き返した方が良さそうだ。
そう思って帰ろうとした時、俺の右前方から何やら物音がした。かすんで良くは見えないが、音がした方向には柱があり、その柱の近くに人影のようなものが動いている。
妙だ。こんな何もない屋上みたいなところに、用もなくやって来るのは俺くらいのものだと思う。しかも、時間が時間だ。
どうもあやしい。いや、向こうが俺がここにいることを知ったら、向こうが俺のことをそう思うのかもしれないが。
とにかく様子を見てみよう。もしかしたら、まだゲットしていないポケモンの可能性だって無いわけではないことだし。
慎重に足音を立てないよう、俺は膝立ち状態で影の方に近づいていった。影は、今でははっきりとそれが人であることがわかる大きさに見える。
さらに近づいた俺は、その人が柱の周囲を調べるようになでまわしてみたり、回り込んでみたりしていることに気がついた。この時点で、俺はこの人影がロケット団員であることに気がついた。
しかも、いつぞやおつきみやまでピッピと遭遇した際にいた下っ端のようだ。何をやっているんだろう。
「あんた何やってんだ」
「うわぁっ!?」
至近距離から俺がいきなり声をかけたもんだから、やっこさん相当驚いたようだ。驚いたのは仕方ないが、驚きついでに飛び下がったのはまずかった。ロケット団員の飛び下がった方向には床が無いのだ。
「うわっ!? うわぁ~~~!!」
足場の無い場所に人が着地しようとした場合のことなど、今更解説する必要も無いだろう。俺は大急ぎでそちらに走り寄ると、急いでロケット団員の腕をひっつかんだ。
「しっかりしろ!」
「あ! お前この前の!!」
今はそれよりこの状況をなんとかしなければならない。俺も同世代の子供の中では体力が無駄にある方だが、だからといって、大人一人を引っ張り上げるほどの剛の者ではない。このままでは二人共タワーのてっぺんから真っ逆さまだ。
じりじりとすべり落ちそうになりながらも、俺はもう片方の手でなんとかモンスターボールを放り投げることができた。誰が入っているボールかは正直分からないが、誰であってもポケモンさえ出せればなんとかなるはずだ。
幸いなことに、ボールの住人は我が相棒のフシギバナだった。すっかり成長したこいつのパワーなら、俺たち二人を持ち上げることなど造作もないことだった。寸でのところで二人して転げ落ちそうになったところを、フシギバナがつるの鞭で間一髪助けてくれた。
高さが高さだから、落ちていたら二人してあの世行きだ。志半ばにしてロケット団員と心中なぞごめん被りたい。
「ぜぇぜぇ・・・一応礼を言うべきだな」
「それは別にいいけど・・・あんたそれで良くロケット団がつとまるな・・・」
「うるせぇよ。俺だって、好きでこんなことやってんじゃねぇ」
別に聞きたいと言った覚えもないが、男は自分がロケット団に入るまでの顛末を勝手に話し始めた。いい迷惑だったが、何となくその場を離れ辛い雰囲気になってしまったので、俺としては不本意ながら聞いてやるしかない。
最初は、どこにでもいるトレーナー志望の少年だったこの男は、ポケモンリーグへの出場を目指して旅を始めた。
当初は勝ったり負けたりを繰り返しながら、徐々に自分と自分の手持ちポケモンたちが成長しているのが感じられ、とても充実していたという。
ところが、ある時点から他のトレーナーに負けることがとても多くなってきたのだそうだ。
トレーナーなら、誰しもが一度は通る道なのだが、彼はそこでかなり悩んでしまったらしい。ポケモンを鍛えても鍛えても、どうしても勝てない相手が出てくる。
どれだけ鍛えてもかなわない相手と数十回戦った後、彼はトレーナーとしての自身の限界を感じて引退したという。
トレーナーの道を諦めた人間の末路は様々だが、彼は大半の元トレーナーがそうするように、『社会復帰プログラム』に参加して、どうにか中学校への進学を果たした。
だが、年齢のこともあってクラスに馴染むことができず、半年ほどでせっかく入った中学校を退学してしまったのだそうだ。
そうなると、後は絵に描いたような転落人生が待っていた。学歴も中途半端な彼は、様々な仕事についたがそのどこでもバカにされ、長続きしなかった。
自暴自棄になった彼は、死のうと思って大きな車の前に飛び出した。それが、ロケット団の総帥の車だったのだそうだ。
結局轢かれなかった彼は、そのままロケット団に入るはめになり、最初は作戦ではなく強奪したポケモンの世話をさせられていたという。
「あの仕事は嫌いじゃなかった。強奪したとはいえ、ポケモンの世話をしてたんだからな」
その仕事が性に合っていた彼だが、そのままというわけにはいかなかった。配置換えが行われた際に下っ端として作戦に駆り出され、現在に至るのだそうだ。
「結局俺は、どこで何をしていようとダメなんだよ・・・」
俺としては、かける言葉も無かった。俺が明日、こうならないと誰に言えるだろうか。
そりゃ、俺だってここに来るまでに、何度か他のトレーナーたちとバトルもした。負けたこともありはするが、そこが自分の限界だとは思っていない。たまたま俺が、その時いっしょに戦ったポケモンに向いた指示を出せなかっただけだ。
とはいえ、きっと俺にもどこかで、この男が当たった壁がやってくるに違い無い。もちろん俺は乗り越える気満々だ。だが、それを乗り越える自信はあるが、保証はどこにもないのだ。
そんなものがあるなら、殆ど全てのポケモントレーナーが名うてのトレーナーになっているはずだ。同情するわけではないが、俺にはこの男のことを笑うことはできなかった。
「くだらん泣き言は、その辺にしておけ」
後方からのその声に、男は怯えるように振り返った。俺はゆっくりと立ち上がると、声のした方に目を向けた。
聞き覚えのある声だった。そして、その声の主を、俺は素通りしたトキワシティのジムで一瞥していたのを思い出した。
「ヒデトにいさん・・・」