「なるほど。そういう事じゃったのか。しかし、君が無事でなによりじゃ」
ハナダシティのポケモンセンターにたどり着いた俺は、おつきみやまでゲットしたポケモンをオーキド研究所に送る傍ら、近況報告もかねて博士に連絡を入れた。
「しかし、そうなると旅先で再びロケット団に遭遇する事になるやもしれんな。あまり無茶をしてはいかんぞ」
「はい。気をつけます。俺も基本的には安全に旅をしたいですから」
「うむ。そうそう。ついさっきシゲルたちからトキワシティへ着いたと連絡があった。出発した時間の違いはほんの数時間じゃったが、君の方がずいぶん早いペースで進んでおるな」
確かに、俺自身がかなり急いで旅をしてきたというところもあるが、連中は随分ちんたら旅をしているようだ。この分だと、俺がクチバシティへ到着する頃には結構な差が開いているかもしれない。
そのクチバシティも、俺はほぼ素通りする事を決めている。そういう意味では、各地でジムトレーナーに挑戦しなければならない他の連中よりも早いペースで先に進めるというものだ。
そんな事を思いながら、俺はふと気になった。確か、マサラタウンを旅立つ新人トレーナーは、ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメのいずれか一体を連れていく事になっている。だが、あの日マサラを旅立ったのは俺も含めて4人。フシギダネは俺が連れているとして、1人は必ずあぶれてしまう事になる。それは一体誰で、どうやって旅を始めたというのだろうか。
「おうおうその事か。実はな。サトシ君だけが時間に遅れてやって来てな。新人用ポケモンはもういなかったから、残っていたピカチュウを連れていったんじゃよ」
「ピカチュウ? あのピカチュウですか?」
「そうじゃ。あの困り者じゃよ」
(ふ~ん・・・ サトシがあのピカチュウをねぇ・・・)
サトシの連れているピカチュウは、数年前にポケモンが研究所から逃げ出したときに、同じように逃げ出した一体だった。人間はおろか、ポケモンにすらも心を開かず、オーキド博士も手を焼いていたし、何度か遊びに行った俺もたびだび電気ショックを喰らわされたものだ。
正直、あの事件の時、俺が今連れているフシギダネが協力してくれなかったら、あのピカチュウを連れて帰ることはできなかったろう。雷に対して比較的耐性のあるフシギダネにバトルをさせて、気絶したピカチュウを無理やり引っ張って帰ったのだ。それ以降、ピカチュウは俺を極端に嫌うようになった。
何にしても、あんな扱いの難しい奴を、よりによってサトシが連れて行ったというのは因果なものだ。しかし、もしかしたらそれは、うまい組み合わせなのかもしれない。俺にしても同じことが言えるのだが、俺やシゲル以外に友人らしい友人のいなかったサトシが、研究所でも孤立していたピカチュウとうまく噛み合う可能性が全く無いとは言えない。
誰にどのような才能があるかなんて、今の時点で分るわけもないし、ひょっとしたら、俺たち4人の中で、サトシが一番トレーナーとしての伸びしろがあるかもしれないのだ。もっとも、あいつの中では自分のライバルの勘定の中に、俺は含まれていないわけだが。
「ところで博士。例のかせきの件なんですが・・・」
「おお。偶然とはいえ、良い選択をしたな。こうらのかせきの方はカブトに再生できるんじゃが、カブトはすでに研究所に3匹おるんじゃよ。オムナイトはまだ1匹もおらんから助かったわい」
「そうですか」
「カブトのデータは、君のポケモン図鑑にも送っておこう。オムナイトの方は、君がグレンタウンで再生させてやってくれ」
「分りました。それじゃあ・・・」
「そうじゃ。ついでに、今研究所に居るポケモンのリストも送っておこう。もし、2種類以上のどれかを選ばなければならない状況になったら参考にすると良い」
「ありがとうございます」
電話の後暫くすると、図鑑にいくつかのポケモンのデータが送られてきた。これで、登録済みのポケモンに関しては必ずしもゲットの必要はなくなったわけだ。
俺は、空白の部分の数を確認しながら、とりあえずは4日以上は他の連中に先行しているから、せっかくなのでハナダシティをあちこち見て回ることにした。
ハナダシティにあるハナダジムでは、ジムと平行して水中ショーなるものをやっているとは聞いていた。
聞いてはいたが、こんな事やってる連中が、この間のニビシティのタケシのようなバトルをやれるとは到底思えなかった。
元々は、このジムに挑戦するつもりは全くなかった。前にも言ったが、俺が旅をしている事は、孤児院に知られるわけにはいかない。
ジムへの挑戦と、それに勝利する事は、ポケモン関連のメディアの注目を集めることになる。それはどうあっても避けなければなかなかった。
当初の予定では、俺はタマムシシティ、セキチクシティ、ヤマブキシティ、グレンタウンのジムを訪ねるつもりだった。このうち、実際に挑戦を計画していたのはグレンタウンのジムだけだ。
訪れるジムの選定は、それほど困難では無かった。フシギダネを連れて旅に出ると決めた時、同じ草タイプのポケモンを扱うタマムシジムを見学するのは当然の流れだと思っていたし、セキチクジムは雑誌にとても変わった構造であると載っていて、以前から興味があった。
ヤマブキジムはエスパータイプがメインのジムだ。エスパータイプはあまり種類が多く無いから、どんな風に育てているのかを見てみたいし、ジムリーダーが美人で巨乳だった(笑)
グレンタウンは言うまでもない。トキワシティのジムが閉鎖されている今、カントーのジムリーダーでも最強と呼ばれるジムリーダーがいるジムだ。トレーナーとして、ここに挑戦しないなんてどうかしている。
それならどうしてここに来たのか。1つは、後続の連中に随分差をつけているという事。これまで結構無理な旅程で進んできたせいか、少々体が痛い。野宿が続いたのも原因なのかもしれない。
そんなわけで、ハナダシティに到着した当日は街のあちこちを見て回り、その後はポケモンセンターでゆっくり休むことにした。
街自体はトキワシティより小さいので、それほど見て回るようなものは無い。俺は散策にはそれほど時間をかける事なく、午後のやや遅めの時間にはポケモンセンターに引き上げて、ひさしぶりのベッドの感触を心ゆくまで楽しんだ。
翌日、さっさと旅立っても良かったが、もののついでにハナダジムを覗いてみる事にしたのは、街を行き交う人々の話を何となく聞いたからだった。
「評判通り、素晴らしいショーだったわね」
「ポケモンと人があんな風に共演できるなんて、目からウロコだったよ」
「それに、随所で見せたポケモンの技の数々。ありゃ相当鍛えられてるぜ」
「それにしても、何でジムであんな真似してるんだろう?」
「ああ。なんでもあのジム、存続の危機なんだってさ」
「マジでっ!?」
「ああ。元々あのジムは、今のジムリーダーたちの親がやってたらしいんだけど、経営に行き詰まった挙句、あの娘たちを置いて蒸発したらしい。あまり大きな声では言えないけど」
「ハナダみたいな小さな街だと、ジムの経営って難しいて言うしね」
「一応公的な補助はあるらしいけど、お役所のやる事だからな。詳しくは知らないけど、金額はとてもジムをやってけるレベルじゃないって言うぜ」
「本当に大変なのね・・・」
どうやら、ここのジムもニビジム同様に訳ありのようだ。そして、ここでもやはり、親の都合に振り回された人たちがジムリーダーをやっているようだ。
何だか他人とは思えない気がしてきた俺は、ついでに水中ショーとやらを見ていくことにした。聞いた話だと、出ているポケモンは良く育てられているらしいから、今後の参考になる事も少なくないだろうと思ったからだ。
ところがだ。中身を見てみると、実際は聞いていたほどのシロモノではない。構成はよくできているようにも思えるが、舞台演出の知識があるわけでも、興味があるわけでもない俺にはどうでも良い事だった。
それに、出演しているポケモンの技も、見た目こそ派手だが技そのものは通り一辺倒の域を出ない。確かに良く育てられてはいるが、平凡だ。
(やれやれ・・・見るほどのものでもないな・・・)
そう思って席を立とうとした俺は、その認識が一変するような演出を見ることになった。
人魚の姿をした出演者を、スターミーがバブル光線でプールの上空に浮かせている。一見すると単純で見栄えの良いだけの演出に見えるが、バブル光線でできた泡をプールの周辺に飛散させながら、人一人を楽に浮かばせている。
元々バブル光線は、吐き出した泡が散乱しやすく、集中して攻撃に利用するのは難しい技でもある。それを、人を傷つけない程度の力加減で、なおかつある程度周囲に飛び散らせながら放つなど、そうそう簡単にできる事では無いはずだ。
やがてスターミーは、バブル光線の威力を調節しながら、徐々にその勢いを弱め、上に載っている人は、適度な高さに来ると実に美しい身のこなしでプールに飛び込んだ。その様はまさに、童話の人魚姫のそれを彷彿とさせるものだった。
見事だ。その一言に尽きる。このようなショーをやる人なら、タケシに引けを取らない、いやむしろ上回る使い手の可能性がある。俺は、ダメ元でこのジムのジムリーダーにエキシビジョンでの対戦を希望することにした。
「エキシビジョン~~?」
俺が話を切り出すなり、ジムリーダーの1人であるアヤメさんは胡散臭そうにそう言うと、俺をまるで値踏みでもするように頭の先から足の先までジロジロと見た。まあ、思った通りの反応だ。
なんでも今このジムは、サクラさん、アヤメさん、ボタンさんの3人で管理しているらしい。三人は姉妹で、もう一人末の妹がいるそうだが、彼女はより高いレベルのポケモントレーナーになるために旅に出ているのだそうだ。
女性のポケモントレーナーが珍しいというわけではないが、1人で旅に出るのは珍しい。それはともかくとして、俺は自分が日陰者である事もちゃんと説明し、その上で再度お願いした。
「さっき、水中ショーを見たんです。最後のスターミーのバブル光線は本当にすごかった。だから、是非手合わせをさせて頂きたいと思ったんです」
「でもね~。あのスターミー、私たちのポケモンじゃないのよ~」
ジムリーダーの1人で、この姉妹の長女であるサクラさんが言うには、さっきのスターミーはこのジムを旅立った末妹のカスミという娘のものらしい。先の通り、彼女はポケモントレーナーとしてレベルを上げるために旅に出たらしいが、その際スターミーをジムに残していったのだそうだ。
スターミーは厳密には彼女らの手持ちではないため、とりあえず水中ショーの手伝いだけをしてもらっているらしい。何とも拍子抜けな話だが、彼女らが言うには、妹のカスミという娘は姉妹の中でも実力的には一番劣るのだそうだ。
本当かどうかは分らないが、それなら彼女たちはやはり相当なレベルのトレーナーのはずだ。戦っておいて損は無いはずである。
「そぉねぇ。ウチも一応ジムなんだし、トレーナーとしては挑戦を受けたら逃げるわけにはいかないわね。それじゃボタン、お願いね」
「え~なんであたしが~」
何だかすげぇ嫌そうだ。どうしてここまでトレーナーとの対戦を面倒くさがるのだろう。正直少々頭にきていた俺は、やるのであれば既にフシギソウに進化して久しい相棒か、これまた既に10万ボルトを自在に操ることができるようになっているピカチュウのどちらか(あるいは両方)でやってやろうと決めた。
「仕方ないでしょ。私はさっきのショーで疲れちゃったし、アヤメは次のショーの台本書かないといけないんだから」
「しょうがないなぁ・・・」
としぶしぶ感満点のボタンさん。なんだか俺は、正直
「じゃあいいです」
と言いたい気分になっていた。
「勝負は1対1。先に相手のポケモンを戦闘不能にした方の勝利とします」
審判をつとめるサクラさんの声を聞きながらも、戦いを前にした今でさえ俺はげんなりしていた。もちろんそれは、先ほどのやりとりのせいである。
まさか、挑戦者をそういう気分にさせる事が作戦だったのではないかと思わせるほどに、とにかくやる気を感じることのできないジムだった。俺は非公式な挑戦だから勝っても負けてもそのまま旅を続けるが、シゲルたちがカントーリーグへの挑戦を考えているのであれば、他人事ながらなんとなく気の毒になるようなジム戦が予想された。
「行ってきて! トサキント!」
そういってボタンさんが繰り出したのは、それなりに育てられているように見えるトサキントだった。トサキントねぇ・・・
さっきまでは、フシギソウやピカチュウを使って圧倒的な勝利をしようと考えていた俺だが、今はいささか冷静になっている。そんな俺が、十分に育った相手の苦手なタイプの手持ちポケモンを戦いに出すのに迷いが生じたのも無理は無い事だろう。
どんな相手であれ、ポケモントレーナーの勝負というのは、勝負である上に互いの鍛錬の場である。そんな所に、相手を圧倒する事が確実なポケモンを出すのはいかがなものか。
相手がアズマオウくらいまで育てられているのであれば、俺も迷い無く彼らを場に出しただろうが、トサキント相手ではいかんせん気の毒すぎる。ここは1つ、今の俺の手持ちメンバーの中では成長著しいサンドで戦う事にした。
ご存知の通り、サンドは地面タイプだ。水タイプのトサキント相手にはやや不利な相手と言えなくもない。ただ、それも相手の育て方次第だ。
実際、今目の前にいるトサキントは、おそらく『たきのぼり』を覚えるほどにまでは育てられていない。そうであれば、使える技はひこうタイプやノーマルタイプのものばかりのはずだ。他の場所で技を教えられているのであれば話は別だが、俺のサンドもそろそろサンドパンに進化してもおかしくない頃だ。きっと良い勝負になるだろう。
「出ろ! サン・・・」
俺がサンドを出そうとしたその時だ。プールの横合いからポケモンがモンスターボールから勝手に飛び出してきた。なんとギャラドスだ。
確かにギャラドスは水タイプのポケモンだが、分類は『凶悪ポケモン』とされている。その名の通りかなり凶暴なポケモンで、なかなかトレーナーの言う事を聞かないのだ。
オーキド研究所の資料によれば、コイキングがある程度まで成長するとギャラドスへと進化するというが、そうするトレーナーはほとんどいない。
理由は2つあって、1つはコイキングを育てるのにはウンザリするほど時間と手間がかかる事。もう1つは先の通り、極めて凶暴で扱いが難しいためだ。
ハナダジムは水タイプのポケモンジムだから、確かにギャラドスがいても不思議ではない。不思議ではないが、これほどやる気の感じられないジムに、まさかこんな大物がいるとは夢にも思わなかった。
「大変! またあの子勝手に出てきちゃったわ!」
サクラさんが驚いている間に、ギャラドスはなんとボタンさんのトサキントを強烈な尾の一撃でのしてしまった。
「ちょっと! あたしのトサキントになんて事するのよ!」
そう怒鳴るボタンさんに向かって、ギャラドスは強烈なハイドロポンプを繰り出す。間一髪でボタンさんはそれを避けたが、直撃した場所はすさまじいまでに破壊されていた。なんてパワーだ。
それにしても、どうやらこの人たちは、ギャラドスをちゃんとコントロールすることができていないらしい。確かにギャラドスは扱いの難しいポケモンだが、よくそれでジムリーダーなんぞやっていられるものだ。
ところで、本来の対戦相手だったトサキントが戦闘不能になってしまった以上、俺がギャラドスを戦うべき相手とみなすのは当然の事だったと思う。
どちらにしろ、こんな状況を放っておくことはできないし、できたとしてもここからギャラドスの攻撃を受けずに逃げ出すことは不可能に近い。とにかく、ギャラドスをおとなしくさせるのが先決だった。
「出ろ! ピカチュウ! 相手にとって不足は無いぞ!」
それまでのげんなり感はすっかりなくなった。自分の育てたピカチュウが、相性の有利なタイプとはいえかなりの強敵であるギャラドスを相手にどこまで戦えるか。あるいは、俺がどこまで戦わせることができるか。
この戦いは、まさに俺のトレーナーとしての現在の力量を図るためにはうってつけの戦いと言えた。これまでの育て方。これからの戦いの仕方。そのすべてが現在の俺の実力という事になる。
「ピカチュウ! 電光石火で足場を動き回れ!」
ハナダジムは水タイプのジムなので、ジム側のポケモンは当然水タイプになる。なので、バトルフィールドも水タイプが有利なように広いプールに足場となる浮橋を浮かべたものになっているのだ。
一見するとジムに有利に見え、不公平感を感じるかもしれないが、実際には使用するポケモンのタイプを公表しているジムの方が明らかに不利だ。
あらかじめ使用ポケモンが絞り込めるのだから、挑戦するトレーナーたちは、それに備えて水タイプに対して有利なタイプのポケモン、電気タイプや草タイプのポケモンを手持ちに加えるといった対策を取ることができる。
それを考えれば、水タイプのポケモンが実力を十分に発揮できるようなバトルフィールドを使用する事に文句は言えないし、対策を十分に立てている場合は挑戦者の方が有利である事に変わりは無いだろう。
俺がピカチュウに足場を動き回るように指示したのは、以前のタケシとの戦いの時と同じ理由からだ。動き回るピカチュウを追うギャラドスの動きを見て、ギャラドスの死角を見極める作戦だ。
ギャラドスはイワークと違って、顔の中央には突起が無い。それだけ視野が広いわけだが、目が顔の前面についているのは同じだ。必ず左右のどちらかに動きは偏っているはずである。
俺は集中してギャラドスの動きを観察した。急いで見極めをつけなければ、動き回るピカチュウのスタミナがきれてしまうからだ。左への動きの方が少しだけ良いことに気がついた俺は、次の指示をピカチュウに出した。
「ギャラドスの右から後ろに回り込め!」
俺の読みどおり、ギャラドスは右への反応がわずかに遅い。そこをついたのだが、相手もなかなかに手強い。ピカチュウが回り込んだ方向に尾で強烈な一撃を繰り出してきた。
「避けろピカチュウ!」
俺の指示で間一髪ピカチュウは攻撃を躱したが、そう簡単に後ろを取らせてはもらえそうにない。ギャラドスはさらに、連続してピカチュウに噛みつく攻撃を繰り出してきた。
俺の指示を待つまでもなく、ピカチュウはギャラドスの攻撃を必死に躱しているが、ギャラドスの動きが速い。急いで対策を講じなければピカチュウが倒されてしまう。スタミナもそれほど残っていないはずだ。
ふと俺は、ギャラドスの動きに気がついた。噛みつく攻撃を繰り出すためには、当然ながら顔をピカチュウに近づけなければならない。
ギャラドスの体長はおおよそ7m未満で体はそれほど柔らかい方ではない。俺の腹は決まった。
「ピカチュウ! ギャラドスの真上に飛べ!」
噛みつき攻撃を繰り出すタイミングで俺はピカチュウに指示を出した。俺の予想どおり、ピカチュウに突進したギャラドスはそのまま直進し、落下したピカチュウはギャラドスの頭部から3mほどの場所に張り付くことができた。
あの位置であれば、ギャラドスがどれほど体をひねってもピカチュウの方を向くことはできない。となれば、噛みつく攻撃もハイドロポンプも空振りするだけだ。
それに、尾の攻撃もあそこならぎりぎり届かない。そうなると、ギャラドスがピカチュウを振りほどくためには動き回るか、自らの体を水面なり地面なりに叩きつける他ない。
動き回ってピカチュウを振りほどくいは時間がかかるし、体をどこかに叩きつけるにはギャラドス自身もダメージを負う事になるため躊躇がある。俺の狙いはそこだった。
「ギャラドスに張り付いたまま10万ボルト!」
強烈な電撃が周囲に飛散する。それほどまでに、今のピカチュウの10万ボルトは強力なのだ。一応技の名前が『10万ボルト』なのだが、実際にはそれ以上のパワーがあるかもしれない。
俺自身がピカチュウをしっかり育てたという事もあるのだろうが、それ以上にピカチュウの個体の能力が高かったという事なのだろう。俺にとってはうれしい驚きだった。
自分の体に直接苦手な電撃、それも強力な一撃をお見舞いされたギャラドスはさすがにこたえたようだ。それだけでとどめが刺せるほどでは無かったが、もう戦う力はほとんど残っていなかっただろう。
「戻りなさいギャラドス!」
いつの間にか、ギャラドスのモンスターボールを確保したサクラさんがギャラドスを引っ込めた。勝負ありという事だな。
「実際に勝負はできなかったけど、あなたの実力は良く分ったわ」
サクラさんが、急にジムリーダーらしい事を言ったのには少々驚いた。
「サクラ姉さんのギャラドスが乱入しなかったら、絶対あたしの勝ちだったんだから」
相変わらず勝気な発言をボタンさんがする。俺としては苦笑するしかない。
「これがジム戦だったらバッジを渡す所なんだけど、今回はこれをあげる」
そう言ってサクラさんが差し出したのは、先ほどのギャラドスのモンスターボールだった。
「いいんですか?」
「ええ。わたしたちじゃとても扱い切れないし、水中ショーにも使うのは難しいから」
そういう事か・・・俺としては、また苦笑するしかない。
何だか妙ななりゆきだったが、俺は非公式ながらハナダジムを勝ち抜き、ギャラドスをゲットした。早速オーキド博士の所に送ることにしよう。
「旅先でもしウチの妹に会うような事があったら、よろしく伝えておいてね」
これまでさほど発言の無かったアヤメさんがそう言った。なんやかんやで妹の事が心配なのだろう。
「それじゃあ俺、そろそろ行きます」
「そう。色々あると思うけど、がんばってね」
そう言うサクラさんは、それまでに見せた事の無い、俺も見た事があまり無いような笑顔を浮かべていた。その表情は、後々まで俺の印象に深く残るのだった。