呉に舞い降りた道化   作:ちょりあん

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「お姉……ちゃん?」

 

 その声に反応するように目の前の少女が小喬へと顔を向ける。

 そして――微笑んだ。

 

「ぁ……お姉ちゃんっ、お姉ちゃん!」

 

 姉の微笑みが嬉しくて小喬は姉に近寄ろうとする。が、横島がそれを許さなかった。

 

「駄目だ小喬ちゃん!あの子に近づいたら駄目だ!」

 

「離してっ!お姉ちゃんが笑ってるの……、だから行かなきゃ!離してっ!離してよっ!」

 

 腕の中で暴れる小喬を抑えながら横島は大喬を見る。

 確かに大喬は微笑んでいる。だが、目は正気の色を失っているのだ。

 

 その証拠に大喬が手を掲げると傍にあった机が中に浮く。

 

「んげっ!まさかっ」

 

 横島の予感した通り、大喬は中に浮かせた机を二人めがけて飛ばした!

 

「こなくそっ……あだっ!!」

 

 横島はそれを小喬を抱えたまま何とか避ける。が、一人が暮らすには広い部屋も動き回るには狭すぎ、横島は避けた勢いで壁に背中をぶつけた。

 

 一方小喬は今の大喬の行動に驚きの表情を隠せないでいた。

 

「今お姉ちゃん……私を狙って?嘘……なんで?」

 

 明確な理由はないが小喬には分かった。

 今の姉の行動……それは横島ではなく自分を狙っての行動だと。

 

 だからこそショックが大きかった。

 

「わ、分かった……お姉ちゃん、私がすぐに駆け寄らなかったから怒ったんでしょ?ご、ごめんね。今行くからっ」

 

「だから駄目だって!」

 

「イヤッ!だってお姉ちゃんが私を狙うはずないもんっ!!お姉ちゃんが私を……殺そうとするはずないもんっ!!」

 

 横島はその言葉に歯噛みする。

 こんなことになるのを避けたくて色々やってた筈なのに、結局はこうなった。

 だが、なってしまったのはしょうがない。

 将来有望な美少女のためだ!なんとかしなければ!

 

「小喬ちゃん……聞いてくれ」

 

 横島の言葉には目もくれず小喬は大喬に近づこうと腕の中でもがく。

 それでも横島は言葉を続け――

 

「その大喬ちゃんは確かに本物だ。

でも、今の大喬ちゃんは悪霊になりかけてる」

 

 その言葉にようやく小喬は動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪蓮たちが小喬を連れ帰って来た時にまで時間は戻る。

 あの時、横島は少女を見て固まった。

 雪蓮に抱えられた大きな布に包まれる小喬……に寄り添うように中に浮いていた少女を見て。

 

 横島はそれが幽霊だとすぐに分かった。同時に、とても危ない状態だということも。

 布にくるめられた少女……小喬を見る瞳は穏やかだったが、その表情には闇が確かに息づいていたのだから。

 

 それでも初めは良かった。

 闇に犯されながらも大喬は慈愛の瞳で小喬を静かに見守っていただけだった。

 だが、それも長くは続かない。闇に飲まれていく魂は清らかな心を保てない。

 

 経緯が経緯なので大喬に近づくことはできなかったが、少し離れた場所からなら少なからず会話も出来ていた。

 意思疎通を出来る程度にだが……

 

『君は?』

 

『大喬……小喬ちゃん……大事……』

 

 それも次第に無理になり大喬は小喬を狙いだす。まずは腐りかけの木の枝を落とした。

 そこからは度が増してゆくばかり。しまいには例の包丁の事件。

 

 もう、戻れないところまで来ていた。

 そして今夜、とうとう彼女は行動に出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう……こと?悪霊って?」

 

「悪い幽霊のことだよ。

大喬ちゃんはそのなりかけ」

 

「あの……お姉ちゃんは幽霊?それに悪い幽霊??」

 

 小喬の動揺している姿に横島は一瞬躊躇うが、そのまま続ける。

 

「多分、大喬ちゃんは……小喬ちゃんが心配だったんだ」

 

「……え?」

 

「死んだ後、一人残してしまう小喬ちゃんが心配でそれが未練になって大喬ちゃんはこの世にとどまったんだと思う」

 

 そうそれこそが大喬がいまだ現世にとどまっている理由。

 小喬に憑いた根本的な理由。

 

「でも、問題は大喬ちゃんの……死に方」

 

 大喬は黄巾党の連中に犯されて殺された、隠れていた小喬の目の前で。

 

 まだ雪蓮たちが来ていない時、大喬のいた村を黄巾党が遅い、略奪の限りを繰り返していた。

 

 大喬はこのままでは小喬が危ないと家の戸の中に小喬を隠し、自分が囮となり族に捕まり陵辱されたのだ。

 

「大喬ちゃんには恨みの気持ちがあった……この世にとどまるっつーことは、その恨みも怨みに変わって大喬ちゃんの中に残るってこと」

 

 そして、その怨みは小喬を想う純粋な心をも犯し――

 

「その怨みが大喬ちゃんを悪霊に変えようとしてんだ」

 

「そんな……」

 

 信じられない話だ。普段なら信じるはずもない話。

 

 だが目の前に姉がいて、それも中に浮き机を操り投げて来た。そんなこと普通の人間が出来るはずがない。

 

 何より姉はもう死んだのだ。

 

「で、でも何でお姉ちゃんは私を狙うの?」

 

「それは……」

 

 それは横島にとって一番伝えたくないことだった。

 小喬は男が怖いのにわざわざ震えながらもお礼を言いに来てくれたいい子なのだ。

 そんな子がこの話を聞いて自分を責めないわけがない。

 

 それでも……小喬と大喬を救うには伝えるしかないのだ。

 

「小喬ちゃん……大喬ちゃんを求めたろ?」

 

「え?」

 

「一人は嫌だとか、寂しいとか思ったろ?」

 

「それは……あるけど」

 

 それが何なのだと小喬は思う。

 大事な姉を亡くしたのだ。そう思うのは仕方ないだろう、と。

 

「言ったろ、大喬ちゃんの未練は小喬ちゃんだって。大喬ちゃんは小喬ちゃんが一人で大丈夫か心配でこの世にとどまった。だから大喬ちゃんの基本的な行動基準は小喬ちゃんのためなんだ」

 

「……だから、何なのよ?」

 

「大喬ちゃんは叶えようとしてるだけなんだ。

小喬ちゃんの願いを……歪んだ形で」

 

「私の……願い?」

 

「一人は嫌だ、寂しい……そう思うなら一緒になればいいって」

 

 小喬は急に心が冷えていくのを感じた。

 まさか……そんな……、考えは止まらない。

 

「だから、小喬ちゃんを大喬ちゃんと一緒の幽霊にしちまえば……一緒にいられるって」

 

 決定的な一言。小喬は力が抜けポツリと洩らす。

 

「――――私の……せい?」

 

「ちがっ――ちっ!?」

 

 否定しようとした瞬間、再び大喬が机を二人めがけて飛ばす。

 横島はそれを何とか避け、小喬の肩を掴んだ。

 

「小喬ちゃん、いいか?大喬ちゃんがこうなったのは絶対小喬ちゃんのせいなんかじゃねぇ!

大事な人が死んじまったんだ……そんなことを考えるなってほうが無理だ。でも、大喬ちゃんはもうすぐ悪霊になっちまう……」

 

 そこで一息つき、真剣な瞳で小喬を見据えた。

 

「だから俺はそうなる前に大喬ちゃんを祓う!」

 

「……え?祓うって……、だ、大体あんたにそんなこと出来るの?」

 

「ああ、俺はそういうのが本職だからな」

 

「で、でも……」

 

「このままじゃ館の人たちにまで被害がいっちまう……そうなってからじゃ遅いんだ。だから、そうなる前に俺が――」

 

「だめっ!そんなのっ……お姉ちゃん何も悪くないじゃないっ!!ただ私の願いを叶えようとしてくれてるだけで……」

 

「そうだな……でも、だからってこのままにしておけないだろ?館の人のためにも……大喬ちゃんのためにも」

 

「お姉ちゃんのため……?」

 

 祓うことのどこに大喬のためになることがあるのだろうか?少しの怒りの目を乗せ横島を睨む。

 

「大喬ちゃんに……罪の無い人を殺させてもいいのか?」

 

 だが、その言葉に息を呑む。

 

 そう、もしこのまま大喬が悪霊になれば人を襲い、最悪誰かを殺していまう。

 あの優しい姉が人を殺すなんて……見たくないし、させたくもない。

 

「じゃ、じゃあどうすればいいって言うのよ!?お姉ちゃんがまた死んじゃうとこなんて私もう見たくないっ!!」

 

 嫌だった。姉がいねくなる所をもう一度見るなんて、絶対嫌だった。

 そう思い、涙が流れた時だ――

 

「だったら成仏させてやろう」

 

 優しい声。

 小喬は横島を見上げる。

 

「大喬ちゃんの未練は小喬ちゃんだ。

だから小喬ちゃん……小喬ちゃんがやるんだ」

 

 温かい表情だった。

 とても日夜女性に声をかけまくっていた男と同一とは思えない程、柔らかな表情。

 

「俺も手伝うから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大喬ちゃんを安心させて成仏させてやるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小喬は少しだけその表情に魅いった。

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 




本日の更新は以上です。
読んでくれてありがとうございました❗
明日は小喬編ラスト二話とオマケの三話更新です。
よかったらまた見てやって下さい。

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