呉に舞い降りた道化   作:ちょりあん

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 まだちーが子供のころ、後ろをトテトテとついてくる人和がいた。転けないか心配で、ちーは何度も後ろを振り返る。

 すると人和と目があって、人和は嬉しそうに微笑んだ。

 

 ちーは人和が堪らなく愛しく思って手をさしだすの、そしたら人和もとびっきりの笑顔でちーの手を掴んだ。

 

 その時、ふと思った。

 

 小さなちーの手より小さな手。

 その手が愛しくて、人和が愛しくて。

 

 守らなければいけない存在。

 守ってあげたい存在。

 守りたい存在。

 

 ちーの大切な大切な妹なんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「張梁ちゃんが消えた……?」

 

 忍び込んだ人和の天幕の中、横島が震える声で呟く。今まで見てきた間抜けな顔じゃなく、深刻な顔は今起こってることの重大さを物語っていた。

 

「消えたって……それってもしかして……!?」

 

 次に天和姉さん。

 その様子は横島より酷くて、目には涙を浮かべ、体はガタガタと震えている。

 

 そしてちーは何が起こったのか理解が追い付かなくて、ただぼうっと立っているだけだった。

 

 ……ううん、違う。

 理解が追い付かないんじゃなくて、理解したくないだけ。

 

 だって答えは1つしかないじゃない。そんなこと認めたくないじゃない。

 

 でも、目の前にいる人和の形をした『何か』はそれを許してくれなかった。

 

「そう、人和はもう死んだ」

 

 人和の声でそう告げられる。

 それがどんなに認めたくないことだろうと、それが真実だとちーの心を抉った。

 

 姉さんは力が入らなくなったのかペタンと座りこむ。横島は顔を俯かせた。

 そして、ちーは……ちーは……。

 

 

 

 

『天和姉さん。地和姉さん。』

 

 

 

 

 

 頭に人和の顔が過った瞬間、ちーは顔をあけた。

 

「……嘘よ」

 

 ……認めない。

 

「人和が死ぬはずないでしょ……!」

 

 認めない。

 

「返してよ」

 

 認めてなんかやるもんか!!

 

「私のっ……ちーの妹を返しなさいよ!!」

 

「地和ちゃん!?」

 

 驚く横島を無視して人和へと駆け出す。

 

 

 

 

 天和姉さんはめんどくさがりで、もしかしたらちーよりワガママかもしれない。でも大事な時、いつもちーと人和を守ってくれた。

 ごめんね、ありがとう。と二人して泣きながら言うと姉さんはいつも笑顔でこう言った。

 

『だってお姉ちゃんだもん♪』

 

 そんな姉さんが大好きだった。

 だからちーも人和にとってそんなお姉ちゃんになりたかった。

 本当に困った時、守ってくれた天和姉さんみたいなお姉ちゃんに……!

 

 ―パンッ!

 

 ………………。

 

「え?」

 

 頬が熱を帯びる。

 それが頬っぺたを叩かれた痛みだと理解した瞬間、ちーは尻餅をついていた。

 

 ゆっくりと頬っぺたを叩いた相手を見上げる。

 それはもちろん人和で、それが人和の体を使った『何か』と解ってはいたのに、それなのにちーは人和に叩かれたという事実に傷ついてしまった。

 

「ふふ、アハハハハハハハハハ!!!!」

 

 そんなちーを人和は嬉しそうに顔を歪めて笑う。自然と涙が出た。

 

「くく、私が人の体を手に入れたのを涙を流しながら喜んでくれるのか?ありがとう。実のところ、この体を奪うことは半分諦めていたんでな」

 

「……どういう……こと?」

 

 何とかそれだけ返す。それを見て満足そうに頷き、人和は続きを話し出す。

 

「人の絆というものはバカに出来ないということだ、どんなにこの娘を唆し、術を施してもついに自我をなくすことはなかった。何故か解るか?お前たち姉妹がいたからだ。お前たちへの強い想い……愛情とでもいうのか?がなくなることはなくてな、結局最後の最後自ら魂を差し出すまで心をなくすさずいたのだ。扱いやすかった分、想像以上に苦労したよ」

 

「人和……」

 

「人和ちゃん……!」

 

 姉さんと二人、顔を歪める。確かにそうだ。

 人和はおかしくなりながらも、ちーたちのことは大切にしてくれた。

 他人に向ける狂喜をちーたちに向けることはなかった。

 

 それだけ人和はちーたちを大事に想ってくれてたんだよね……。

 

「だが、この娘に魂を差し出させたのもお前たちへと愛情だというのだから皮肉なことだ」

 

「人和ちゃんが魂を差し出したのが……」

 

「ちーたちへの愛情のせい……?」

 

「デタラメ言ってんじゃねぇ!」

 

「出鱈目ではない」

 

 人和は横島に対して憎しみのこもった目で睨み続ける。

 

「先ほどの攻撃は本当に危なかった。この娘が何もしなければこの体から私は引き剥がされていただろうな……だが」

 

 そこでまた嫌らしい笑みでちーを見た。

 頭のなかで、これ以上聞いちゃダメだと警報がなったけど、何も出来ずに続きを聞く。

 

「なあ娘、何故この娘は私を求めたと思う?」

 

「求めたって…………あんたが、あんたが人和を操ってたんでしょ!!」

 

「違う。確かに意識の誘導はした。だが私の支配もまだ弱かった初期、間違いなく私を、力を求めたのはこの娘だ。私はあの忌まわしい本から出て人の体を手に入れるため、この娘は私を媒介とした本の力を得るため……自分の利益のためにお互いを利用していただけなのさ」

 

 まぁ、私がこの娘の体を狙っていることは本人には言ってなかったがな。と、さらに笑みを深くして笑う。

 

 何を……勝手なことを!!

 

「さて、質問に戻ろうか。何故この娘は私を求めたのか?お前にわかるか?」

 

「な、なんでって……」

 

「そんなに難しい質問でもないだろう?というか答えは先程言っているしな。それとも、気付かない振りでもしているのか?」

 

「ち、ちが……」

 

「仕方がない私が教えてやろう」

 

 ずいっと人和が顔を近づける。

 息がかかる距離、人和の中の『何か』が覗かせる暗い闇がちーの恐怖心を増大させた。

 

「お前たち姉妹のためだ。お前たちを守るためにこの娘は私を求めたのだよ」

 

「……ぁ」

 

 その言葉に息がつまった。

 

「太平妖術(わたし)を手に入れるまでお前たちは特別人気のある旅芸人ではなかったな?人和の記憶を覗いたが時にはその日の食事すらとれない日もあった。何より女三人、男共に襲われそうになったこともあった。そんな時に私を手に入れたのだ。人の心を操れ、暴漢など退けさせることの出来る力。お前たちを守れる力を。

望まない訳がないだろう?目の前にその力があるのだから」

 

 確かに、人和の太平妖術(こいつ)に対する執着は凄かった。ちーたちにすら触らせようとはしなかったぐらいだ。

 

「それに何より面白いのが、この娘は私が体を乗っ取ることを知っていたということだ」

 

「…………え?」

 

知ってた?……え?だってさっか人和には言ってないって……

 

「なに、自分で気づいただけのことだ」

 

 ドクリと脈うつ。

 人和の瞳の闇が濃くなった気がした。

 

「何とも愉快なものだったぞ?少しずつ少しずつ自分が狂っていくのを理解しながらも手放すことが出来ず。もうこんなことしたくないと叫びながらも人を操り殺していく。心と矛盾した行動をとり、半ばからは私が何もしなくても一人で勝手に自分の心を壊していった!何より皮肉なのが!最後の最後、私から逃れられた筈にも関わらずこの力が無いと姉妹を守れないからと自らの魂を差し出したぁ!!」

 

 そう誘導したのは私だかな。と言った後、こいつは笑った。

 

「本当に人の絆とは馬鹿に出来ないものだな!

もう一度お礼を言わせて貰おう。お前たち姉妹の絆、愛情のお陰で人の体を手に入れることが出来たよ!!!ハハハ!あっはははは!!あははははははははは!!!!」

 

「ぅ……あ、」

 

 その笑い声を聞いて―

 

「ぁあ……あああ…………!」

 

 ちーの心は―

 

「うあああああああーーー!!!!!」

 

 爆発した。

 

 許さない。

 許せない!

 

 人和の気持ちを利用して、人和を苦しませて、人和を追い込んで…………そして人和を馬鹿にした!

 

 ちーたち三姉妹の絆を馬鹿にした!

 

 こいつだけは許せない!!!!!

 

 目の前にいるのは人和の体、それはわかってた。でもそれ以上に人和の中の『何か』が許せなくて、ちーは掴みかかりにいった!

 

 けど―

 

「ふん」

 

「っ……あうっ!?」

 

 ちーの突進は軽くよけられ、勢いのままにちーは転んだ。

 

「く……ぅ、うぅ……!」

 

 涙が止まらない。

 

 人和を利用したアイツが許せないのに!

 

 何も出来なかった自分が悔しい!

 何も出来ない事が悔しい!

 

 そして、お姉ちゃんなのに人和に守られて、

助けてあげられなかった自分が何より許せない!!

 

 そのせいで、もう……人和は!

 

「もう十分お前たちの絶望した顔は楽しませてもらった。」

 

 顔だけ振り向くと、黒い闇を槍に変えた人和が冷めた瞳で見ていて、その槍はまっすぐにちーを狙い定めていた。

 逃げることも、逃げようともしなかった。……出来なかった。

 

「そろそろ死ね」

 

 槍が突き出される。

 

 ああ、人和。

 

「ダメなお姉ちゃんでごめんね」

 

 そう言ってちーは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「サイキック・ソーサ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 バチィ!!っと何かがぶつかりあう音が響く。

 一体なによ!?と、目を開けると人和の槍を光る盾で防ぐ横島がいた。

 

「横島っ!」

 

「うおりゃあ!!」

 

「……っ!?」

 

 横島はそのま ま腕を振り抜き人和を弾き飛ばした。

 

「大丈夫か、地和ちゃん!?」

 

「地和ちゃん!!」

 

 そう言って二人がちーを助け起こしてくれた。天和姉さんの目からは涙が溢れていた。

 

「天和姉さん…………横島ぁ……!」

 

そしてちーの目からもまた涙が溢れてきた。

 

「れ、人和が……人和がアイツに…………!ちー、何もできなかった!お姉ちゃんなのに、何も!!悔しい……悔しいよぉ……!!!」

 

「そ、そんなこと……私だって、お姉ちゃんだっておんなじだよ……!!私は地和ちゃんと人和ちゃんのお姉ちゃんなのに……!!」

 

 天和姉さんと二人抱き合って……ううん、しがみつきながら泣く。もう人和が戻ってくることなんかないって分かってるけど、分かっているからこそ涙は止まってくれなかった。

 

「天和ちゃん……地和ちゃん……」

 

 でも横島の一言でソレは、

 

「人和ちゃんは生きてるぞ」

 

「「…………え?」」

 

 一瞬で引っ込んだ。

 

「ど、どどどどういうこと横島!?れ、人和は生きてるのっ!?」

 

「ほ、本当なの!?横島さん!!!」

 

 横島はこういう霊障専門の人間だ。

 その横島が言うってことは人和は本当にまだ生きてる!!ちーと姉さんはお互いに顔を見つめて笑った。

 

 の!に!!

 

「いや、まぁ勘だけどな」

 

 ずっこけた。

 そりゃもう見事に姉さんと二人ずっこけた。

 

「ちょっと横島ぁー!!あんたこんな時に何適当なこと言ってんのよー!!!!」

 

「言っていい冗談と、言っちゃダメな冗談ってのがあるんだよ!横島さん!!!」

 

 横島の首をガタガタと激しく揺らす!

 このっ!こいつはこんな時になんてことを!

「ちょ、やめ!揺らさんといてーー!!!!」

なんて言ってるがやめてやるもんですか!

 ぬか喜びもいいところよ!!!

 

「なんでそんな酷いことを……!人和ちゃんが生きてるなんて嘘を!」

 

「いや、だからさ」

 

 涙をため睨む姉さんにオロオロしながら横島はちーたち二人に答える。

 

「俺からしたらなんで二人は張粱ちゃんが死んだなんて思ってんだ?」

 

「何言ってるのよ!だってアイツが……「だからだって」っ!……どういうことよ?」

 

「アイツは敵だぜ?なのになんであんなクソ野郎の言葉を信じてんだ?」

 

 言葉が……詰まった。

 

「人和ちゃんは消えちまった。でもそれはあの野郎に取り込まれたからで、決して死んだわけじゃない。俺はそう信じてる」

 

 そう言って横島はニカッと子供見たいに笑う。

 

「それとも二人は何もしないであきらめんのか?」

 

「っ……!」

 

「くく、中々に残酷な男だな貴様は」

 

「「「!?」」」

 

 聞き慣れた声なのに今は不快な声。人和の体を乗っ取った太平妖術の闇がニヤニヤとちーたちを見ていた。

 

「せっかく親切で人和の死を教えてやったというのに、改めて妹の死を確かめるなどその娘たちをまた絶望させたいのか?」

 

「うるへー!誰がテメェの言葉なんて信じるかってんだ!張粱ちゃんは絶対生きてる!絶対だ!!」

 

 人和は……生きてる……。

 横島の言葉が胸の中で拡がっていく。

 

「まぁ信じようが信じまいがどうせ絶望するのだ。それよりそろそろカタをつけさせて貰おう。時間もないようだ」

 

 そう言ってまた黒い闇の槍を出す。確かにアイツの言う通り外から軍の声が近づいてきてる。

 外の戦も決着がつきそうってことだろう。

 

「天和ちゃん、地和ちゃん。確かにあの野郎の言う通り、本当に張粱ちゃんは死んでんのかもしれねぇ。足掻いても後悔と絶望して、だからって何もしなくても後悔するに決まってる。…だったら。どっちの選択肢も後悔する道だってんなら……」

 

 横島が光る剣を出して人和に向きならう。

 

「俺は最後まで足掻いて後悔する道を選びたい!」

 

「横島……」

 

「横島さん…」

 

 確かに、確かめるのは怖い。

 人和がやっぱり死んでいたらさっきみたいに姉さんもちーも絶望して何も出来なかった自分に後悔するんだろう。

 でもこのまま何もしなかったらどうなるの?

ちーたちは殺されて人和の体を使ってアイツは非道の限りを尽くすんだろう。

 

 そんなの絶対嫌だ!

 人和の体を勝手にされてたまるもんですか!

 

「反抗的な目だな?また絶望したいのか?」

 

「うるさい!」

 

 何も出来なかった自分を嘆き、後悔し、絶望することになっても。なるんだとしても!

 

「それはあんたを倒してからよ太平妖術!!!」

 

 だからお願い―

 

「横島……」

 

「横島さん……」

 

「「アイツを倒して!!!」」

 

「つーわけだクソ野郎……。テメェはこの俺、GS横島忠夫が」

 

 

 

 

 

 

「極楽に逝かせてやるぜぇー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

続こう!

 

 

 

 

 




この話、アシュタロス編の横島のセリフを地和に言わせるというのが、黄巾党編の書きたいシーンでした。
そして当時の僕はそれで満足して、力尽きてしまいました。
ですが、やる気を取り戻し完結まで書いてやる!と気合いを入れてハーメルン様に投稿させてもらいました。
次で黄巾党編は終わりです。
二章も待たせず更新できますので、また見てくれると嬉しいです。

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