呉に舞い降りた道化   作:ちょりあん

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今回の更新で二話更新は終わりです。
明日からは一話ずつになります。


2ー7

 

 

 

 

 

 

 

2-7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人和は暫くの間動けないでいた。なぜならずっと求めていた存在が目の前にいたのだから。

 人和の大切な存在。狂って尚想い続けた存在。二人の姉天和と地和である。

 

「あ、あぁ……姉さん……姉さん!!」

 

「「人和……」」

 

 人和の中に歓喜の渦が巻き起こる。今現在、追い込まれていた人和にとってそれはまさに天の救いだった。

 そしてそれを利用して、黒い闇も動き出す。

 

「あはは……はははははは!!これで大丈夫!!姉さんたちがいればっ、傍にいてさえくればまだ私は天下を獲れる!!あははははははっ!!!!!」

 

 そんな狂ったように笑う人和を悲しげに天和は見つめ、地和は睨みをきかせた。

 

「ねぇ横島……あれがそうなのね」

 

 ただし睨んでいるのは人和にではなく、人和を覆うように漂っている黒い闇をだ。

 

「ああ、あの黒い靄が張梁ちゃんを操っている奴だ」

 

 

「あいつが……!!」

 

 

 天和にも地和にも以前は見えなかった人和を覆う黒い靄が見えていた。それは横島に助けられるまでは見えていなかった物、太平妖術の書に宿る闇。

 そして何より、大切な妹を狂わせた張本人。顔を険しくさせるなというほうが無理な話である。

 

「さぁ天和姉さん、地和姉さん。三人で表にいる官軍たちを蹴散らしてやりましょう?そして3人で天下をとるの!」

 

 

 そう言いながら人和は二人に向かって手を伸ばす。二人なら手を握ってくれると、一緒にきてくれると疑いもせず。

 だが、その手は握られることはなかった。

 

「嫌よ」

 

 

「…………え?」

 

 

「人和ちゃん。もうこんなことやめよ?」

 

 

 理解出来なかった。出来る筈もなかった。二人から自分を拒絶するような発言が出るなんて微塵も考えていなかった。

 

「な、何をいってるの姉さんたち……?」

 

「人和、ちーたちは別に大陸なんていらないの!」

 

「そうだよ。お姉ちゃんは地和ちゃんと人和ちゃんがいれば……「違うっ!!」っ、人和ちゃん?」

 

「た、大陸を手に入れれば私たちは幸せになれるんだよ!?苦労なんてすることなくなるんだよ!?それなのになんでそんなこと言うんの!?私は姉さんたちのために!!」

 

「お願い!話を聞いて人和!!」

 

「わ、私はそれのために……!!三人で幸せになるために今までこうやって!!なのに……なんで!!!!」

 

 人和は目を血走らせながら髪を掻き毟る。

 そんな人和を見て二人が駆け寄ろうとするが、それを横島がとめた。

 

「今張梁ちゃんに近づいたらだめだ!」

 

「何言ってんのよ!人和があんなに苦しんでるのに……!」

 

「だからこそ早く張梁ちゃんに憑いてる奴を追い出さないと……でないと戻れなくなっちまう」

 

「「っ!!」」

 

 その言葉を聞き、二人は事前に横島から聞かされていたことを思い出した。人和が太平妖術の書を手にしてからもう数ヶ月。

 おそらくかなり深いところまで憑かれているだろうということ。

 

 横島が倒した追手逹に憑いていたのは弱霊。しかも憑いてそんなに時間もたっていなかった、だから少し衝撃を与えるだけで体から引き離すことが出来た。

 だが人和は違う。憑かれた時間が長すぎるため、憑いている霊と繋がりが深くなってしまっているのだ。

 

「……大丈夫だよね?」

 

 横島を頼ったのは自分たち。それは分かっていても目の前の人和を見ると聞かずにはいられなかった。それでも横島はニカッっと笑みを浮かべた。

 

「おう、まかせとけって」

 

「「・・・・・・うん!」」

 

 横島は一歩前へと出る。そこで始めて、これまで横島に目も向けてなかった……おそらく視界にすら入ってなかったのだろう人和が横島へと目を向けた。

 

「よっ張梁ちゃん!やっぱ姉妹だけあって2,3年後が楽しみだ美少女やな」

 

「……誰ですか貴方は?」

 

「俺の名前は横島忠夫。天和ちゃんの恋人で君のお兄さんに「そんなわけないでしょー!!」ぶほらぁっ!!!」

 

 真顔でふざけた事を抜かす横島の頭をスパコーン!と地和が張り叩いた。それから横島の襟元を締め上げる。

 

「あ・ん・た・はっ!こんな時くらい真面目にできないのっ!?」

 

「仕方ないんやー!!あの胸がっあの胸がワイを狂わせるんやー!!」

 

「胸ぇ!!?それはちーに喧嘩売ってるってことでいいのよね!?」

 

 首を揺さぶる地和に続き、天和も続く。

 

「そもそも私は横島さんは顔が好みじゃないも~ん」

 

「がーーん!!ち、ちくしょー!やっぱり男は顔なんかー!?ワイみたいなブ男はお呼びやないっていうんかー!!」

 

 それでも夢くらいはみたいんじゃー!!と叫ぶ横島を冷たい瞳で人和が見る。それから愉快そうに唇を歪めた。

 

「そう……そうだったのね」

 

 まともな思考が出来ない人和は、二人の姉が自分を拒絶した原因が目の前の横島であると思い込む。大事な大事な姉をおかしくした人物。

 しかも真名までも呼んでいる……。人和は嘲笑う。

 

「貴方が姉さんたちを……!!」

 

「っ!天和ちゃん、地和ちゃん!後ろに下がって!!」

 

 人和の様子に気づいた横島が慌てて二人を後ろに下がらせる。この場にきてからもともと出ていた人和を包む黒い影。

 それがより濃く黒く広がっていた。

 

「…………許さない」

 

 その黒はどんどん大きくなり、やがて幾つにも細く枝分かれしウネウネと生き物のように動きだす。

 それから一度ピタリと動きを止め―

 

「『殺ス!』」

 

 人和のその言葉を皮切りに一斉に横島に襲い掛かった。

 

「のわっ!?」

 

 だがそこは横島。情けない声を上げながらもなんとか跳んで避ける。着地し態勢と整えながら横島は安堵していた。

 人和が天和と地和を攻撃対象にいれていないことに。

 

 様子をみていてそれはないと思っていたが、やはり霊に憑かれていても二人のことが大切なのは変わらないらしい。

 攻撃対象は横島一人。おかげで後ろの二人に気を割くことなく人和に集中できることができるからだ。

 

「『避ケルナ!!』」

 

 叫びと共に遅い繰る大量の黒い触手。

 持ち前の身軽さでそれを危なっかしくも避けていくが、それにも限界がある。ただでさえ此処は決して広くない天幕の中、少しずつ横島は追い詰められていく!

 

「『コレデ最後!!』」

 

「っ!?」

 

 横島の視界いっぱいに向かってくる触手の群れ。逃げ場のない状況に人和は勝利を確信する。

 そして触手の群れが横島の体に突き刺さろうとした瞬間、黒い触手たちはバラバラになっていた!

 

「『ナ…………何なのそれは!?」

 

 横島の右手から延びる霊波刀によって。

 

 人和にとってそれは始めて目にするモノだった。これまで思うがままにやってこれた力。

 その力を切り裂いた光の剣。悪霊を払う横島の武器、霊波刀。

 その存在に人和は困惑し、霊波刀を出現させた横島を呆然と見た。その横島はというと……

 

(あ、危なかったー!華麗に敵の攻撃を避けて天和ちゃんの気を引こうなんて考えるんやなかったー!!)

 

 なんてアホなことを考えていた。それから気まずそうに顔を歪める。

 

(にしてもいくら張梁ちゃん本人のためとはいえ気が引ける!)

 

 これから自分がやらないといけないことえお考え、横島の気は重くなっていく。

 

 これから横島がやらなければいけないこと……つまり、人和に憑いている悪霊を人和から引き離すこと。

 だがこれは横島が天和たちに言った通り、楽なことではない。以前天和たちを追っていた追っ手とは違い、人和は憑かれて長い。

 

 それを無理やり引き離そうとするのなら、それ相応の手段でなければいけない。

 しかし経験豊富な横島の上司、美神なら色々な手段を思いついたかもしれないが、残念ながら横島が考え付いたのは手段は一つだった。

 実はそれは追っ手たちにやった方法と同じ、霊力を込めた拳で衝撃を与え、霊を追い出すというもの。

 

 ただし今回は目いっぱいに霊力を込めて……が条件なのだ。女好きで女性に甘い横島にとってこれほどやり難いことはなかった。

しかも横島は記憶喪失の為覚えていないが、今回はメドーサのような生粋の悪ではなく、人和は被害者なのだ。

 それが余計に横島の気を重くしていた。とは言っても、いつまでも悩み続けるわけにもいかず―

 

(女の子の体を傷つけた罰は張梁ちゃんが後、二年くらいたってから体で返そう!!)

 

 そう結論づけて、横島は人和へと向かって駆け出した。

 

「っ!く、来るな!!」

 

 人和にとって未知の力である霊波刀。

 人和も人和の中にいる闇もその力の強さを感じ取り、横島を近づけさせないため先程より多くの黒い触手を横島へと放つ!

 

「うおおおお!!霊波刀!!」

 

 しかし霊波刀と横島の人間離れした動体視力により、黒い触手はかわされ切り裂かれていく!そして一歩一歩二人の距離は近づいていき―

 

「すまん張梁ちゃんです。……痛いと思うけど我慢してくれ」

 

「……なにをっ!!」

 

「ギャラクティカ・マ○ナム!!!」

 

 全力で霊力を込めた右手を人和に叩き込んだ!!

 

「……かはっ!!」

 

 物理的な痛みだけでなく、自分の体を駆け巡る霊的なダメージに人和は膝をつき、手に持っていた太平妖術の書を落とす。

 それから人和を覆っていた黒い影が人和から離れていき始めた。

 

「やった!影が人和から離れていく!」

 

「人和ちゃん!!」

 

 その様子を見て、人和が助かったと思い天和と地和は安堵の息をつく。

 横島もとりあえずこれで人和は助かったと笑みを浮かべ、人和に憑いていた悪霊が完全に人和から離れきった後に消滅させるために霊波刀を再び出現させ、構える。

 そして完全に影が人和から離れかけた時、それは起こった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 人和は自分の中から何か力が抜けていくのを感じていた。それは黄巾党を結成した時、性格に言えば太平妖術の書を手に入れてから感じていた力。

 そう…人和にとり憑いていた悪霊の力である。それがどんどん自分の中から抜けていくのを人和を感じていた。

 

(力が……抜けていく。姉さんたちと幸せになるために必要な力が……!!)

 

 そしてその力は人和にとって手放せないものでもあった。

 大好きな姉と幸せになるための力―そう思わされているだけなのだが―この力は人和にとって絶対に必要なものになっていたのだ。

 

 その力が……今、消えようとしている。

 自分の下から離れようとしている。人和は震えた。

 

(い、嫌だ……!失いたくない!!)

 

 頭に浮かぶのは幼い自分と幼い二人の姉。貧乏で、食べるものにも苦労していた日々。

 でも幸せだった日々。

 

(天和姉さん……地和姉さん……!!)

 

 苦しみも、痛みも、辛さも全て分かち合ってきた大切な姉。喜びも、楽しさも、嬉しさも全て与えてくれる大切な姉。

 だからこそ、人和は二人のために何かしたかった。そして手に入れた力……。

 

(私は……私はこの力で姉さんたちともっと幸せになる……!!だからこそこの力は失えない!!なのに……!!)

 

 人和は望んだ。

 心から力が欲しいと、失いたくないと……どんなことをしてでも。

 

 だからこそ、そんな人和に悪魔は囁いた。

 

『力が欲しいなら、私を受け入れろ』

 

(受け……入れる?)

 

『魂の底から願い、私に身を委ねるのだ。そうすればお前はもう力を失わなくてすむ』

 

(力……この力が失われないというのなら……)

 

『お前の魂を私に……』

 

(私の魂を……)

 

『捧げろ!!』

 

(捧げる!!)

 

 

 

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 突如起こった旋風に三人は驚愕の表情を浮かべる。

 それから、その原因となった人物へと視線をむけた……人和へと。

 

「うそっ!影が人和に戻っていってるじゃない!!」

 

「ど、どうしてー!?」

 

 人和から離れかけていた影は、どういうわけか人和へと再び戻り始めていた。しかも明らかにさっきより大きく強大に人和を影が包んでいく。

 さらに、太平妖術の書からも大量の影が出現し、それも人和へと吸い込まれていった。

 

「ちょ、ちょっと何が起こってるのよ横島ー!?」

 

「いや、俺にも分からん!けどこれは……ちょっとまずいかもしれん!!」

 

「わかんないって横島さん無責任ー!!」

 

 三人が慌てるなか、影はとうとう全て人和に吸い込まれた。静けさが辺りを覆う。横島の喉がゴクリとなった後、人和はゆるりと立ち上がった。

 

「……フフ」

 

「れ、人和?」

 

「人和?……フフ、もう人和なんて人間はいない」

 

 顔を上げ、そういう人和の顔は先程とは違い確かな理性があった。

 だがそれは天和と地和がよく知る人和のものとはちがった。

 

「あ、あんた誰よ?」

 

「人和ちゃんがいないってどういうこと!?」

 

「言葉通りさ。人和は私に体を明け渡したんだよ」

 

 愉快に笑いながら人和は落ちていた太平妖術の書を広い上げる。

 

「長かった……実に長かったよ。『燃えろ』」

 

 言葉と同時に太平妖術の書が燃え上がり、そして炭になり消える。

 

 人和は以前の人和とはまるで別人だった。

 話し方も纏う空気も、何より狂っていても大事に思っていた天和たちを今はゴミでも見るような目でみていた。

 

「てめぇ……まさか張梁ちゃんの体を乗っ取ったのか!?」

 

「その通り。私はあの忌々しい太平妖術の書に閉じ込められていた存在。そして今はこの体の新しい持ち主」

 

「張梁ちゃん……張梁ちゃんはどうなったんだ!?」

 

「消えたよ」

 

「「「なっ!?」」」

 

「馬鹿な女だ、自分から私に魂を明け渡してくれてね。お陰で念願の人の体が手に入った」

 

 人和から放たれた言葉に動きを止めた三人を尻目に、

 

「はは、ははは、あはははははははははっはははははーーーーーー!!!!!」

 

 人和は狂ったように笑い声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 

 


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