呉に舞い降りた道化   作:ちょりあん

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「だああああああああああああ!!!!」

 

「カヒュッ」

 

 漆黒の髪を揺らし、振り下ろした一閃は見事黄巾兵を一刀両断した。女性では持つのも困難そうな大剣を振りかざす彼女の名は夏侯惇。

 

 曹操に仕える武将である。

 

「何なのだこやつ等は!斬っても斬っても向かってくる……」

 

「春蘭さま~!」

 

「おお季衣か!そっちはどうだ?」

 

 ど、夏侯惇……春蘭に近づくちっこい少女。桃色の髪を縛りハンマー片手に駆け寄ってくる曹操が抱える武将の一人、許緒である。

 

「こっちも同じです。ぶっ飛ばしても何度も向かってくるんですよ!目も気持ち悪いし…これって妖術って奴なのかなぁ?」

 

「分からん。だが気味が悪いのは同意だな。初めの混乱で少し持っていかれたのと、不気味さで兵の士気は低いままだ!」

 

 また殺したと思った敵が襲い掛かってきたのでなぎ払う。

 

「どうやら秋蘭の部隊も手間取っているようだな。ちっ、忌々しい奴らだ」

 

「っ!春蘭さま後ろ!!」

 

「分かっている――」

 

 季衣に応えると同時に剣を振り上げながら後ろへ振り返る。そこには春蘭へ斬りかかってくる敵の姿。

 

 それを落ち着いて斬り捨てようとして、春蘭は動きを止めた。なぜなら春蘭が何かをするより先に、鋭い刃が敵の胸から生えていたからだ。

 

 だが、心臓を貫かれたところで敵は動きを止めない。ギチギチと音を立てながらもその槍を春蘭に突きたてようとしている。

 

「なるほど、殺しても死なないという報告は嘘ではなかったようね」

 

 しかし、声が聞こえたと同時に敵の首は胴体からポロリと落ちた。

 

「でも、首を落とされては流石に動けないのかしら?」

 

 そこに立つのは死神のような鎌を持ち、金髪にツインテールの美しい少女。小柄ながらもその堂々とした姿は王を連想させる。

 

 その名を、曹操と言う。

 

「「華琳様っ!」」

 

「心配はしていなかったけど、二人とも無事のようね」

 

 曹操……華琳は二人の無事な姿を見て笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くく……はは、あははは!!」

 

 一方、黄巾党本陣。そこでは一人の少女が狂ったように笑い声を上げていた。言うまでもなく天和、地和の妹の人和である。

 

「そうとう動揺したみたいね!前線がみっともなく崩れてるっ!」

 

 既にその顔にかつての面影はなかった。冷静で姉妹の中で一番現実を見ていた人和。だが決して冷たい人間ではなかった。

 姉を思いやり、他者を思いやる心を持っていた筈だったのだ。今はそれがすっかり形を変え、目を赤く血走らせ憎しみを瞳に宿らせいる。

 

 最近は碌にご飯もとっておらず、その頬は薄くこけていた。それでも人和は楽しげに笑う。

 

「みんな貴方達が悪いのよ?天和姉さんと地和姉さんを盗ろうとしたんだもの」

 

 もう彼女にまともな思考回路は残っていない。ただ頭にあるのは、こんなに狂わされていても変わることのない二人の姉への愛情。

 それだけが人和の人としての部分を残していた。

 

「姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんんんーーーーーーー!待ってて……すぐに助けるから。それでまた三人で……――」

 

(三人で……何だっけ?私たちは三人で何をしようとしていたんだろう?)

 

 そこまで考えた所で、黒い闇が人和の思考を奪う。

 

「そう……そうだった。天下をとる……私たち三人でこの大陸を手に入れるの!」

 

 また高らかに笑う。だがその様子を変だと思う人間はここにはいない。

 いるのは霊にとり憑かれ、人形のようになった者たちだけ……。

 

「だから……殺して殺して殺しつくしてやる!!まずは姉さんたちを奪った目の前の官軍共から!!」

 

「れ、人和サまままっまままま」

 

 と、本陣に一人の兵が入ってくる。

 

「何?私は今気分がいいの、くだらない話なら殺すから」

 

 せっかく気分良く浸っていた所い水を刺され、機嫌悪く人和が入ってきた兵を睨む。

 

 だが、兵の言葉を聞き、

 

「二番と、ととと五番隊が、せ殲滅ささされましたたた」

 

「……………え?」

 

 人和は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃあ確かにね」

 

「何度も襲ってくるのは確かに不気味じゃ」

 

 呉軍。

 

 そこに二人の鬼が立っていた。返り血を浴びながらも美しく輝く鬼。

 

 雪蓮に祭だ。

 

 そしてそんな二人の傍には大量の黄巾兵たちの骸が広がっていた。もうすでに活動を停止していて、再び動き出す様子はない。

 つまり、彼等を破壊しつくしたのだ。

 

「何度も何度も向かってこられるってのは恐いものね」

 

「うむ、だがそれだけじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

「不気味ってのいうのは認めるわ。でもそれだけ、こいつ等は所詮は獣。恐れるに足らない存在」

 

 不適な笑みを絶やさないまま華琳は眼前に立ちふさがる黄巾兵を睨む。

 

「春蘭」

 

「ハッ」

 

「確かに敵は少し丈夫かもしれない。でもそれだけの敵ごときに、貴方の武は、私の愛すべき兵たちは止められるような存在なのかしら?」

 

「っ……!」

 

「表面にばかり気をとられてはまだまだよ春蘭。敵は私たちより丈夫なだけ……我が軍は力で劣っているどころが勝っている。私はそう思うのだけれど、春蘭は違ったかしら?」

 

「違っていません!このような者共に、我らが劣っているわけがありません!」

 

 その答えに満足したように浮かべていた笑みを浮かべる。それから一度、グルリと自分の兵たちを見渡す。

 みんなさっきまでの弱気な瞳はしていなかった。季衣なんかは強い瞳を宿し、鉄球を振り回しながら敵を睨んでいる。

 

「なら春蘭」

 

「ハッ」

 

「私の覇道を邪魔するあの者たちを徹底的に片付けるわよ」

 

「ハッ!!」

 

 こうして官軍たちの反撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

「な、何で私たちが圧されてるの!?」

 

 先程の報告があってから、どんどん黄巾党はおされはじめていた。どんどん入ってくる自軍敗北の報告。

 少し前までの陽気な気分は完全に吹き飛んでいた。

 

「どうして……さっきまであんなに……!!」

 

 人和は今まで、黄巾党を使い思うがままに戦を仕掛け、そして勝ってきた。

 接戦ではなく、常に大勝という形で勝で…。だからこそ人和はピンチに陥るといった経験が全くなかったのだ。

 

 これまでは太平妖術を使い、その力だけで勝ててきたのだ。だが今回は違う、官軍たちはその力を退けたあげく更にこっちを仕留めようと向かってきている。

 こんな時、どうすればいいかなど、経験のない人和に分かるわけがなかった。

 

 だからこそ、指示の出し方次第でまだ戦況をひっくり返せる状況にあるとうのに、人和は簡単に混乱に陥ってしまった。

 

「どうすれば……どうしたら……!」

 

 取り乱しオロオロする人和。だが、そんな彼女を助けてくれる者はいない。

 

 人和の傍にいるのは、ただ人和の命令を聞くことしかできない、ただの抜け殻でしかないのだ。

 

 人和はギュッと己の腕にあるのを抱きしめる。今まで自分が依存してきた存在……太平妖術を。

 

 もうまともな思考を出来ない人和にとって、

頼れるのはこの本しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら持ち直せましたね~」

 

「ああ、一安心だ」

 

 蓮華の率いる軍に来た冥琳と、合流した穏が戦況を見ながら話す。

 

「恐らく妖術の類だろうが、あのような兵を使うのだ、切り替えした所で直ぐまた次の一手を打ってくると思ったが……」

 

「きませんねぇ」

 

 今まで経験したことのない事態だっただけに、次に何がくるか警戒していた二人だが、何か来るどころか向こうはどんどん混乱していっているようだった。

 これがもしかする次の一手の策かと若干の警戒はするものの、肩透かしをくらったような気分だった。

 

「冥琳!来てくれたのねっ」

 

 そこに、冥琳の姿を確認した蓮華がやってくる。

 

「蓮華様、無事で何よりです」

 

「ええ、実は少し危なかったのだけど……変な男に助けられて」

 

「変な?」

 

 怪訝な顔をする冥琳と穏を他所に、その時を思い出して蓮華は顔を赤くする。

 

 結局あれからずっと仲間の兵にお尻を見られていたのだ。

 それどころか、

『孫権様のお尻の守るぞーーーーーーーー!!』

 なんて掛け声で敵を倒していくもんだから本人からした堪ったもんではなかった。

 

「蓮華様、敵の動きを崩した今が好機です。幼平も向かいました。一気に殲滅させましょう」

 

「そ、そうね。その変な男のことはまた後で話すわ冥琳」

 

「わかりました。では行きましょう」

 

「ええ!」

 

 その後、男の話を聞き、冥琳がまさか……と思うのはもう少し後の話しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううう右翼、突破さされっれました」

 

「ささささ左翼ももももでス」

 

「…………」

 

 腰の力が抜け、地面に膝をつく。あれだけ有利に始まった戦いが、気がつけば完全に形勢逆転されていた。

 そしてここまでくれば今の人和でも理解できる。もう……勝つのはムリだと。

 

「……負ける?私が?」

 

 いずれ直ぐ本陣にも乗り込まれてしまうだろう。そうなれば待っているのは……死。

 

「いやだ……死ぬのは嫌」

 

『ナラ……逃ゲロ』

 

 頭の中に響く声。これは聞きなれた声だ。この本を手に入れてから聞こえ出した声。

 人和を狂わせた張本人。

 

「逃げる……でも、姉さんたちが」

 

『心配スルナ、スグニ会エル。ダカラ今ハ逃ゲテ、力ヲ蓄エルノダ……』

 

「そうすればまた……姉さんたちに会える?」

 

『アア……』

 

「分かった……」

 

 ゆっくりと、人和は立ち上がる。瞳に……色はなかった。

 

「貴方たち……」

 

 本を翳し、能面の顔で告げる。

 

「私が逃げる間の時間を稼いで……死んで下さい」

 

「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 

 その言葉に兵たちは黙って頷き、本陣から出ていった。

 それを無感情に見送った後、人和は逃げるための荷物を纏めるため、今自分が使っている天幕へと戻っていった。

 

 

 

「どうして……こんなことになったのかな?」

 

 天幕の中、荷物を纏めながら人和はうわ言のように呟く。

 

「私は……ただ、天和姉さんと地和姉さんと三人で……」

 

『大陸ヲ手ニ入レルノダロウ?』

 

「そう、大陸を手に入れる……。そのためにまた力をつけないと。今度はもっと強力な人を人形に……」

 

 それで……それで幸せに……。

 

「幸せに……?」

 

 なれるのだろうか?というか自分にとって幸せは何だったのだろうか?人和には分からなかった。

 

 だから思う。

 人和には分からない。

 だから誰か教えて欲しい。

 

 こんなことを続けて自分は――

 

「幸せになんかなれないよ」

 

「っ!?」

 

 慌てて振り向く。そこにいたのは、居るはずのない人物……。

 

「もう止めよう人和ちゃん。こんな人和ちゃんみてるの、お姉ちゃん嫌だな」

 

 自分の姉である天和と、

 

「お~、二人を見てて絶対そうだと思ってたけど、張梁ちゃんも将来有望な美少女やな~」

 

「ちょっと、人和に手を出したらちーが許さないからね!」

 

 見知らぬ誰かと話す地和の姿だった。

 

「ねぇ……さん?」

 

 二人は人和を見つめ、微笑む。

 

「人和ちゃん」

 

「人和」

 

 

 

 

「「助けに来たよ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続くんだ!!

 

 

 

 




華琳様、俺だー!!結婚してくれー!!
ちょこっと魏のキャラも登場。
そしていよいよ黄巾党編も終わりが近いです。
また明日も見てくれると嬉しいです。

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