2-4
夜。
ぐ~。と、そんな音が少しどころか、かなり古い部屋中に響いた。
『お腹すいたね~』
親の顔は覚えていない。物心ついた時から私は二人の姉と一緒にいた。
『でもおねえちゃん、きょうのぶんはもう食べたよ?』
そういえばこの頃の私は二人の姉を『姉さん』ではなく『お姉ちゃん』って呼んでいたっけ……。
『……う~ちぃもお腹すいたー!肉まん食べたい~!!』
『でもうち、おかねないよ?』
あの頃は常にお腹をすかせていたっけ?満足に食べられた事なんてなかったな……。
『姉さんのせいだかんね!お腹すいたとかいうから、ちぃまでお腹すいちゃったじゃないっ』
『だって~お腹すいたんだもん』
『もう……とにかく何かたーべーたーい!』
天和姉さんと地和姉さんはいつも小さな事で言い合いをしていたっけ。
満足に食べることも出来ず、明日を無事に迎えられるか分からない日々。でも……。
『……あの』
『どうしたの、人和?寒い?』
『お姉ちゃんの服、着る?』
それでも自分を不幸だと思ったことはなかった。
『ううん、そうじゃないの……これ』
『え、それって……食べ物!?』
『うん。……なにかあったときのためにとっておいたの。これ、おねえちゃんたちにあげる』
食べ物といっても小さな木の実が数個。それでも少しでも姉さんたちの足しになればいいと思った。
私のたった二人の家族。
『『…………』』
でも、二人はじっと私をみて黙ったままで。
『あの…ごめん、たりないよ『『ばかっ!!』』ひぅっ!?』
この時の二人の表情は今でも覚えている。私が初めて見た、私に向ける怒りの表情。
『アンタは一番小さいんだから、ちゃんと食べないとめっ!なんだからね!!』
『いっぱい食べないとお姉ちゃんみたいな美人になれないんだよ?だからちゃんと食べないとダメだよ人和ちゃん!』
『え……ぁ、ごめ……なさい……』
初めて向けられた感情に私は何が何だか分からずに泣きそうになっていた。だって二人に嫌われたと思ったんだもの。でも、不安になる必要なんてなかった。
『私は人和ちゃんがすっごく好きなんだよ?
でもね、人和がお腹がすいてるのを我慢するのはお姉ちゃん悲しいなぁ』
『ちぃね、お腹がすくのはもちろんイヤよ。でも人和が苦しい思いをするのはもっとイヤなんだから』
そう言って、二人は私を抱きしめてくれた。とてもとても温かい……何にも変えがたい温もりだった。
『ごめんね、私たちがお腹すいたぁっていつも言ってるからこんなことしたんだよね?』
『ちぃたちは別に死ぬ程お腹が減ってるわけじゃないんだから、人和が我慢することないの!わかった?』
二人の愛情が胸に染み込む。ああ、この怒りは……とても温かい。
この時思った。
この温もりがあれば十分だ。
この二人がいれば満足だ。
私は……それだけで生きていける。
『おねえちゃん……』
『なぁに?』
『おねえちゃんのお唄、ききたいな。わたし、おねえちゃんのお唄すきだから』
『あ、ちぃもちぃもっ!天和姉さんの唄、上手だもん』
『う~ん、別にいいよ……あっでもどうせだから皆で歌っちゃおう!』
『え?』
『ちぃたちも?』
『うんっ、三人で歌った方がきっと楽しいよ、ね?』
『『…………』』
『『うんっ!!』』
私は……幸せだ。
「っあああああああああああああ!!」
どす黒い叫び声と共に天幕にあった色々な物が飛び散る。
それらは天幕に控えていた兵たちに勢い良くぶつかるのだが、当の兵たちは表情一つ帰ることなく、ただただ自分たちの主を見つめていた。
「どうして!?どうして姉さんたちは帰ってこないの!?」
そう自分たちの主……人和を。
「使いにだした追っ手も戻ってこない……姉さんたちに力はないはず……なのにどうして帰ってこない!?」
人和という人物は、常に冷静で物静かな少女であった。だが今の人和は鬼のような表情で目が血走り、かつての可憐な少女の面影は残していなかった。
「私はっ!姉さんたちのっ!!ために頑張ってきたのに!!!」
備えてあった槍を片手で力任せに投げる。投げた槍は兵の一人に当たりそのまま命を引き取った。
だがそんな些細な事など、この天幕の誰も気にしたりしない。いや、気にすることなど出来ないのだ。
「どうして……どうしてぇぇぇぇぇ!!?」
叫ぶと同時に人和は部下である兵の一人に飛ぶかかる。そしてそのまま顔面を殴りつけた!
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
その言葉を呪文のように繰り返し呟いては都度兵の顔面を殴る。もともと訓練もしていない華奢な彼女の手は殴るたびに手を痛め傷を増やしていき、殴られ続けら男はいつの間にか息を引き取っていた。
「れれれ、れ人和さささまままっまっま」
「…………何ですか?」
そんな人和をとめたのは、新たにやってきた兵の言葉。やはり彼も目は焦点があっておらず、口から涎がたれている。
「敵がががががが来ま来ましっししししした」
その報告によると、諸侯がこの本隊がいる場所を見つけたらしく進軍しているとのこと。
人和は報告を受け、唇をいやらしく歪めた。
「そうよ……あいつらのせいよ」
ふつふつと……憎しみが人和から溢れる。
「あいつらが私の邪魔をするから姉さんたちは帰ってこないのよ!!」
もう既に自我は殆ど残されておらず、狂っている人和の中で姉たちだけが唯一人としての人和の人格を残していた。
「殺してやる……」
そう呟いた後、人和は一冊の本を持ち天幕を出た。
決戦の時は近い……。
「あ~最悪……」
不機嫌な声があたりに響く。黄巾党本隊へと進軍中の雪蓮たちの軍からだ。もちろん声の主は王である雪蓮である。
「そういうな雪蓮。まぁ、分からなくはないが」
そう言うものの、この中で一番不機嫌そうにしているのは冥琳である。
「無能無能と思っていたが、まさか諸侯にばらしてしまうとは思わなんだぞ」
呆れたように際。それに苦笑しながら穏が続く。
「でも蓮華さまたちを呼べるようになったのは良かったじゃないですか」
「まぁそれはね」
「実際、数の問題でも我が軍だけでは勝つのは難しかっただろうしな……」
冥琳が溜息と共に零す。
「ふむ、孫呉復活の足がかりにはなったんじゃ。いつまでも悔いていても仕方ないじゃろう?」
「分かっています。それに……本隊を撃つのは我らだ」
「当たり前よ。譲る気はないわよ。……それにしても、忠夫は何処行っちゃったのかな~?」
「忠夫というのは誰ですか?お姉様」
それまで黙っていた雪蓮の妹、蓮華が尋ねる。
蓮華の部隊とは先程合流しており、新たに孫権……真名は蓮華、周泰……真名は明命、甘寧……真名は思春などが新たに加わっている。
「忠夫はね~…………面白い子よ」
「ああ…………バカではあるが、面白い奴ではあるな」
「横島は……見ていて飽きない奴じゃな」
「忠夫さんはとっても自分に素直な子ですよ」
「「「…………」」」
何ともいえない人物評価に押し黙る、新加入の三人。
「ど、どんな人なんですかね?」
「名は聞いたことがありません。おそらく新参者でしょう蓮華様」
「信頼できる者なんですか姉様?」
「そこらへんは大丈夫よ。知も武もないし、謀反を起こした所で何も出来ないわ。それにそういう部分では信頼できるわよ」
「ええ、そこは私も心配していません。ただ……少し前から行方不明になっていて」
「「「行方不明!?」」」
驚く三人に、穏が竹を渡す。何故竹?と思った三人だが、そこに墨で何か書いてあるのに気づく。
「えと……各地の美女を拝んできます。すぐに帰ってくるので探さないで下さい。忠夫」
「……何、これ?」
「見たまんまよ。それ置いてどっか行っちゃったのよ」
「どっか行っちゃたのよじゃありません!!もし他国の諜報の者だったらどうするんですか!?」
蓮華の言葉に明命と思春も頷くが、その言葉を聞いて雪蓮たちは目をパチリとさせた後。
「忠夫が諜報?」
「ないない」「ないな」「ありえん」「ないですね~」
口々に否定した。
「な、ななな」
「心配ないってば蓮華。……そうね、そんなに心配ならウチの兵たちに忠夫のこと聞いてみないよ。忠夫ってば無駄に顔広いから、ウチで忠夫のことしらない人間っていないと思うわよ?」
どんな人間だそれは!?と叫びそうになったが、そこまで言うのだ。だったら聞いてみようと蓮華は踏みとどまる。
「そうですね……それならあそこにいる者に話しを聞くのが一番でしょう」
そう言って冥琳が指す方へ視線を向けると、一人の小さな侍女がいた。
「って、どうして侍女が戦に来ているんですか!?」
「だってどうしてもっていうから」
「だからって連れてきてどうするんですか!?」
「大丈夫大丈夫、配膳とかやることは戦にだっていっぱいあるんだから。それに可愛い女の子がいたほうが兵の士気も上がるでしょ?」
「~~~~~」
頭が痛かった。姉に振り回されるのはいつものことだが、何分久しぶりにあったのもある。
蓮華は初陣がこんなことになるとは毛ほども思っていなかった。
「……とりあえず、話しを聞いてみます。行くわよ、思春、明命!」
「はっ!」
「はいっ」
蓮華は頭痛を堪えながら二人を連れ、視界に移る侍女へと近づいていった。
侍女である、小喬へと。
続くっ!
蓮華参戦!
まぁ本格的に登場するのはしばらく先ですが。
では、また明日に。
明日もまたよかったら見て下さい。