そうして、リクオも三葉も、お互いの妖怪の能力を知っていく中、もうひとつの真実が明らかになります。
それは・・・・
三葉は、森の手前にある切り株の上に腰を降ろしている。その脇で、サヤちんが三葉の右腕に包帯を巻いている。彼女は万一の事も想定して、救急セットを持参して来ていた。
「ありがとう・・・」
「じゃあ、あなたは三葉や無いんね?」
「うん・・・僕は、奴良リクオ。さっきのを見たのなら分かると思うけど、人間と妖怪のハーフ、半妖なんだ。」
三葉の腕の治療が終わり、サヤちんは救急セットを片付ける。
「僕が、怖い?」
三葉の問いに、サヤちんはゆっくりと首を振る。
「だって、あなたは克彦達や、松本達を助けてくれた・・・・あの夜、私らが最初に妖怪に遭遇した夜も、あなたが助けてくれたんやろ?」
三葉は、無言で頷く。
「妖怪は怖いけど、あなたは、何か違う・・・うまく、言えへんけど・・・・」
「あ・・・ありがとう。」
三葉は、またお礼を言う。
「明日は、三葉さんに戻ると思う。こんな怪我をしちゃって、三葉さん怒ると思うけど、サヤちんから話してもらえないかな?手紙じゃ、うまく説明出来ないから。」
「う・・・うん。」
「あ・・・そうだ、ひとつ聞きたい事があるんだけど。」
「え?何?」
「あの祠、何だか分かる?」
三葉は、左手で、先程繭五郎が拝んでいた祠を指差す。
「あら?あんなところに、祠があったん?」
「知らないの?」
「知らへんよ。この道は滅多に人は通らへんし、あんな脇の草むらの中じゃ、誰も気付かへんと思うに。」
「そう・・・・」
皆に、忘れ去られた祠・・・・さっきの妖怪が言った“両面宿儺”と何か関係があるんだろうか?
朝、目が覚めても、布団の中で少し考え込んでいた。
私にも、妖怪の血が流れていた。その血を使って、リクオくんは私の体で妖怪に変化していた・・・・それで、テッシー達を守っていたのね?でも、妖怪に変化した私って、どんなんだろう?あ・・・だけど、リクオくんの体で私は妖力使ったけど、変化なんかしなかったわよね?
そして、ゆっくりと起き上がろうとすると・・・・
「痛っ!」
右腕に、激痛が走った。何かと思って右腕を見ると・・・・
「え?」
右腕には、厳重に包帯が巻かれて、動かそうとするとかなり痛い。
「な・・・何やの?これ?いったい、何をしたん?リクオくん!」
「どうしたん?お姉ちゃん?」
気が付くと、右手の襖が開いていて、四葉がじっとこちらを見詰めていた。
「え?・・・い・・・いや、な・・何でも無いんよ。」
「・・・リクオくんって、誰?」
「え?・・・あ・・・ああ、この間転校して来た・・・」
「それは、清司くんやろ?」
「い・・いや、隣のクラスにも転校生が来とって・・・その子。」
「ほんま?」
「ほ・・・ほんまやよ。」
四葉はずっと怪訝そうにしていたが、その場は強引にそれで押し通した。
「いたた・・・」
折れてる訳では無いので、動かす事に支障は無いのだが、動かせばかなり痛い。だから右手では物は持てず、鞄も左手に持って登校する。朝、ごはんを食べるもの辛かった。
昨日私が浮世絵町で体験したように、昨夜、糸守でも激しい闘いがあったの?もしかして、テッシー達にも被害が?・・・・だけど、それならリクオくん、手紙か何か残す筈・・・・
「三葉~っ!」
その時、後ろから声がして、サヤちんとテッシーが、いつものように自転車に2人乗りしてやって来た。
良かった、2人とも無事だったんだ。
「あれ?どないしたんや三葉、その腕?」
テッシーが、包帯を巻かれた私の右腕を見て言う。
「え?い・・・いや、ちょっと・・・」
ど・・どうしよう?何て言い訳すれば・・・・
「昨日、私を庇って、ちょっと酷く転んだんよ。」
てんぱっている私を制して、サヤちんが答える。
「え?!」
きょとんとする私に、サヤちんが耳打ちする。
「今は私に合わせて、後で説明するに。」
「う・・・うん。」
何だか訳が分からないけど、その場はサヤちんの言う事に従った。
休み時間に、サヤちんに呼ばれて、この間話をした校舎裏に行った。
「え?じゃあサヤちん、私が変化するところ見たん?」
「うん。」
そうしてサヤちんは、リクオくんから入れ替わりや妖怪の事等を聞いた事、昨日の夜に起こった事を話してくれた。
「リクオくん、三葉の体を傷付けてまったこと、酷く悔いとった。でも、元は克彦達を守ろうとしたためやった。だから、リクオくんを怒らんといて。」
「うん、それは分かっとる。驚いただけで、怒っとらんよ。それより・・・・」
「それより?」
「変化した私、見たんやろ?どんなんやった?」
朝から気になっていた事だ。サヤちんが見たのなら、様子を是非知りたい。
「ん~っ、髪は今の倍くらいに長くなって、しろ・・・いや、銀色やな。そんな色に染まって・・・・」
「うんうん。」
「体が、ひと回り大きくなっとった。テッシーほどや無いけど、男の子くらいの背丈になって・・・・」
「うんうん。」
「言葉遣いが、“俺様調”やったな。」
「俺様調?」
「うん。リクオくんって、どっちかというと“おしとやか系”やろ?変化すると、正反対になっとった。」
ふうん・・・・やっぱり、一度見てみたい。何で、入れ替ってる本人の私が見れなくて、サヤちんが見てるの?何か理不尽!
「あ、そうや三葉、包帯変えんと!昨夜、私が巻いたままやろ?傷口も消毒して、薬塗っとかんと!」
サヤちんに連れられ、今度は保健室に行く。
「あれ?」
包帯を外して、傷口を見てサヤちんが驚く。
「どうしたん?」
「な・・・何か、傷口が小さくなっとるんやけど?何で、たった一晩で?」
そんな事言われても、私には分からない。昨夜の傷口を見て無いし・・・・も、もしかして、これもリクオくんの妖力?
「おはようございます!若!」
「お・・・おはよう・・・」
何か、今朝は氷麗の機嫌がいい。三葉さんと入れ替った翌日は、いつも不機嫌なのに。
朝食の後、お爺ちゃんに呼ばれてまた部屋に行った。そこで、昨日起こった事、三葉さんの妖力が発動した事を聞いた。
「じゃあ、三葉さんも自分が半妖である事を知ったんだね?」
「ああ。」
そうか、ならサヤちんから昨夜の話を聞いても、それほど混乱する事は無いかな?
「じゃが、入れ替わりの理由は相変わらず分からん。」
「その事で、少し気になる事があるんだけど。」
「何?」
僕は、お爺ちゃんに昨夜の事を話した。
「両面宿儺?繭五郎?」
「知ってる?」
「知らんな?聞いた事が無い。」
お爺ちゃんでも知らないなんて、いったい、どういう妖怪なんだ?
「じゃが、もしかしたら・・・・」
「え?何?」
「遠野なら、何か記録が残っているやもしれん。」
お爺ちゃんとの話が終わり、廊下に出たところで、
「リクオ様。」
黒田坊に呼び止められた。
「何、黒?」
「実は、昨日リクオ様を・・・中身は三葉殿でしたが、襲って来た妖怪達の処罰について・・・」
「ああ、それなら、傷が癒えるまでは家に置いてあげて、直ったら帰ってもらっていいよ。」
「え?・・・し・・しかし、あなた様を殺そうとしたんですよ。」
「三葉さんは、許したんでしょ?」
「は・・はい、そうですが・・・」
「じゃあ、僕がとやかく言う話じゃ無い。」
「ですが、このまま返せば、またいつ襲って来るか?」
「その時は、僕が相手をする。」
そう答えて、僕は部屋に戻った。
黒田坊は、立ち去るリクオをしばらく見詰めていたが、ふっと笑みを浮かべて言う。
「全く、お父上そっくりだ・・・だからこそ、私もこの命を預けられるのだが・・・・」
「やあ、奴良くん!久しぶりだね!」
学校に行くと、清継くんがようやく登校して来ていた。
「お・・おはよう清継くん。やっと、風邪が治ったんだね。」
「うん、心配掛けたね。これで、また今夜から妖怪探索に繰り出せるよ!」
「げ~っ、まだやる気なの?」
「全然懲りてねーじゃん!」
鳥居さんと巻さんが、突っ込みを入れる。
「そう言えば清継くん。」
「ん?何だい、奴良くん?」
「清継くんの従兄弟に、清司くんって居るよね?」
「え?奴良くん、何で清司兄さんを知ってるんだい?」
兄さん?同い年なのに、何で兄さん?
「い・・いや、この間、ひょんな事で知り合って・・・・」
「こ・・・この間?!」
突然、清継くんの顔色が真っ青になる。どうしたんだ?
「ま・・・まさか・・・・奴良くん!清司兄さんが、妖怪になって現れたのかい?」
「ええっ?な・・・何で?」
「だってそうじゃないか!3年前に死んだ清司兄さんに会ったなんて!」
「えええええっ?!さ・・・3年前に死んだあ?!」
家に着くころにはもう陽が暮れ掛かり、リクオは夜のリクオに変化していた。
リクオは、真っ直ぐぬらりひょんの部屋に向かう。
「じじい!」
「ん?・・・どうした?リクオ。」
「今直ぐ、宝船を貸してくれ!」
「何?・・・・何じゃ、突然、何処へ行くつもりじゃ?」
「糸守だ!」
「何じゃと?」
リクオとその側近達は、宝船で糸守に向かった。ぬらりひょんも、それに同行した。
宝船の甲板に、リクオとぬらりひょんが並んで立っている。
「何でじじいまで付いて来るんだ?」
「ちょっと気になることがあっての・・・・糸守という名、どこかで聞いたことがあると思ったが、ようやく思い出した。」
「はあ?・・・どこで聞いたんだ?」
「それは、着いてから話す。」
「何だよ、勿体つけやがって。」
糸守に着き、リクオ達は愕然とした。
そこに、町は無かった。無残な、廃墟があるだけだった。
宮水神社や三葉の家があった辺り一帯は湖と化していて、元の湖と繋がって瓢箪型になっていた。その元の湖の周辺は、瓦礫の山となっている。糸守高校はそのまま残っているが、窓ガラス等は割れたままで、完全に廃校になっている。その糸守高校の校庭の隅、いつも昼食を取っていた辺りに立ち、リクオ達はこの惨状を見つめていた。
「な・・・何だよこれは?き・・・昨日は、何とも無かったんだぜ!俺は、ここでテッシー達とメシを食ってたんだ・・・・」
「しかしリクオ様、この校舎の廃れ具合・・・・もう、何年か経っていると思われます。」
リクオの言葉に、黒田坊が返す。
「も・・・もう、誰も住んでいないの?」
氷麗が呟く。
「・・・ティアマト彗星じゃ。」
『?!』
ぬらりひょんの言葉に、皆はっとする。しかし、リクオには何の事か分からない。
「な・・・何だそれは?じじい!」
「今から3年前、お前は、鵺との闘いの傷を癒すため、半妖の里に行っていたから知らんじゃろう。1200年周期で地球に近付くティアマト彗星が、この日本に最接近したんじゃ。」
「ティアマト彗星?・・・・あ?・・・そういえば・・・・」
リクオは、最初に三葉と入れ替った時の、テレビのニュースを思い出す。
「最接近時に、彗星の一部が分裂して、その破片が日本に墜ちた。その場所が、この糸守じゃ!」
「な・・・何だと?」
「確かに、そのような事件がありましたな。」
「ま・・・待って、じゃあ、三葉は?」
「住民の殆どが亡くなったって話だ、とても生きちゃいまい。」
「ま・・・待てよ!」
黒田坊、氷麗、青田坊の会話に、リクオが突っ込む。
「俺は昨日も、三葉と入れ替ってんだぜ!もう死んだ奴と、どうやって入れ替るんだよ?」
「元々、3年ずれていたんじゃ。」
『ええっ?!』
ぬらりひょんの言葉に、皆驚く。
「じゃあ俺は、3年前の三葉と入れ替ってたっていうのか?」
「そうじゃ!そして、それが入れ替わりの理由じゃ!」
「そ・・・そうか、3年後のリクオ様にこの事を気付かせ、それを三葉殿や糸守の住民に伝えて避難させる為に。」
「そ・・・そうすれば、三葉達も助かるのね?」
「じゃが、そう簡単な話しでも無い。」
黒田坊と氷麗の楽観的な言葉に、ぬらりひょんが水を差す。
「“3年後に行って見て来ました”等と言って、いったい誰が信じる?実際に、自分の目で見ない事には信用せん。それが人間じゃ。三葉には知らせる事ができても、その三葉の言葉を皆が信じなければどうにもならん。」
「別に、信じさせる必要なんてねえさ。」
リクオが口を挟む。
「何じゃと?」
「糸守の俺の百鬼で脅かして、この学校まで追い立てりゃいい。」
『ええええっ?!』
皆、また驚く。
遂に、3年の時差に気付いたリクオ達。
が、リクオが糸守で集めていた百鬼が、思わぬところで役立つ事に。
これで、三葉や糸守の住民も助かるのか?
しかし、リクオはひとつ忘れています。そう、あの男の存在を・・・・