そんなリクオの異常に、いち早く気付く者が・・・・
三葉に入ったリクオの方も、何とか無難に振舞おうとしますが、次第にボロが・・・・
「きゃああああああああああっ!」
「待って下さい!どうなさったんですか?わかあっ!」
奴良組総本家の廊下を、一心不乱に逃げ回るリクオ(中身は三葉)。その後ろを、氷麗と、奴良組の妖怪達が追い掛けている。
「た・・・たすけてえええええええっ!」
長い廊下の角を曲がったところで、三葉は右手の襖を開けてその部屋に飛び込む。襖を閉め、身を低くして、じっと息を潜める。
「わかあああああああああっ!」
氷麗を先頭にした妖怪集団が、襖の向こうの廊下を駆け抜けて行く。一団が過ぎ去ったところで、リクオはほっと一息つく。
「何の騒ぎじゃ?」
「?!」
背後から、突然声がするので振り向くと、部屋の中央にひとりの老人が座っている。老人は、静かにお茶を飲んで居る。
え?このお爺ちゃん、さっきから居た?部屋に入る時に、全然気が付かなかったけど・・・・
改めてその老人を見て、三葉は少し震えた。そもそもここは妖怪屋敷、もしかして、目の前の老人も妖怪なのか?その奇妙な頭の形が、尚更人間らしからぬ雰囲気を醸し出している。
「ん?どうしたんじゃ?リクオ?」
「え?い・・・いえ・・・その・・・・」
恐怖と警戒心で、リクオは言葉が出ない。
「んんっ?」
老人は、リクオの様子がおかしいのに気付いて、じっと彼の目を見つめる。と、その時、
『総大将、ちょっと宜しいでしょうか?』
襖の向こうから、男の声がする。
「おう、入れ。」
『失礼します。』
襖が開き、ひとりの男が部屋に入って来る。だが、その男の姿を見て、三葉は凍り付いた。
入って来たのは、青い羽織を着て、黒い首巻を巻いた、イケメンの男性であった。
「首無、いつまでわしを総大将と呼ぶんじゃ?今の総大将は、リクオじゃぞ。」
「あ・・・も・・・申し訳ありません・・・・ん?り・・リクオ様?」
リクオは、“首無”と呼ばれた男を、がたがたと震えながら見つめていた。
「ど・・どうかなされましたか?リクオ様?」
「あ・・・あなた・・・ど・・どうして生きとるの?く・・・首が捥げたんじゃ?」
「捥げた?・・・捥げるも何も、私の首は・・・・」
そう言って、首無は、自分の頭部だけをはるか上方に浮かせて見せる。
「ひっ!」
その瞬間、三葉は白目を向いて、意識を失って倒れてしまう。
「り・・リクオ様っ?!」
慌てて、リクオに駆け寄る首無。
老人・・・ぬらりひょんは、腕を組んで、じっとその様子を見つめていた。
糸守の田舎道を、僕は学校に向かって歩いていた。
大丈夫かな?三葉さん・・・まさか、また入れ替るなんて・・・・
「三葉~っ!」
後ろから名を呼ばれて振り返ると、テッシーとサヤちんが、自転車に2人乗りしてこちらに向かって来る。
良かった、2人とも元気そうだ。釣瓶落としの件は、夢か幻と思ってくれたんだな。
と、思ったら、サヤちんはその件がショックで、昨日1日寝込んでいたそうだ。テッシーの方も、未だに夢とは思えないといった感じだ。
「三葉は、覚えとらんの?」
「覚えてるも何も、妖怪なんて見て無いし・・・」
「ん?昨日は、“妖怪探索なんか行っとらん”て言っとったやろ?」
「え?」
そ・・・そうか、昨日は三葉さん本人だったから、当然そう言うよな・・・・
「あれ、三葉、また髪結っとらんね?」
「ほんまや、また侍やな?」
「う・・うん、ちょっと寝坊して、時間が無くて・・・・」
「何か三葉、雰囲気違わない?」
「え?」
「妙に落ち着いとるしな・・・・」
「そ・・・そんな事無いよ!」
「言葉使いも、変やない?」
「そ・・・そんな事・・・」
「全然、訛っとらんしな?」
ま・・・まずい、どうしよう・・・・
「おはよう!諸君!」
そこへ、清司くんが割って入って来た。
「あ・・お・・おはよう清司くん。」
『お・・・おはよう・・・』
サヤちんとテッシーは、ちょっと力無く挨拶を返した。先日は、散々彼に振り回されたのだから、分からなくも無い。
「名取くん、もう体は大丈夫かい?」
「え?・・・ええ・・・」
「そうか、じゃあ今夜は、第2回妖怪探索に出掛けても大丈夫だね?」
『ええ~っ?!』
3人揃って、不平の声を上げた。
昼休み、いつものように、校庭の隅で昼食を取り、食後にまたその話になる。
「私はもう嫌やっ!絶対に行かへんからっ!」
サヤちんは、目に涙を溜めて訴える。
「そ・・・そんな?妖怪をこの目で見る、絶好の機会なんだよ?」
「もう二度と、あんな怖いもの見とう無い!」
「え~っ?」
同意が得られず、清司くんはがっくりと肩を落とす。
「諦めや、清司。俺が、一緒に行ってやるで。」
そう言って、テッシーは清司くんの肩に手を置く。自分も怖い思いをしている筈なのに、優しいんだな、テッシーって。
「三葉はどうするんや?」
「え?」
急に、テッシーが僕に振って来る。
「い・・・行く訳無いでしょ!私、そういうの苦手なんだから・・・・」
ここは、こう言っておかないと怪しまれる。それに、2人を見守るなら、別行動の方が都合がいい。
「そんなあ・・・・」
清司くんは、更に肩を落とす。それを、テッシーが懸命に宥めている。
夜も更けた頃、僕は、こっそりと家を抜け出そうとする。しかし・・・・
「お姉ちゃん?こんな時間に、何処行くん?」
妹の四葉ちゃんに見つかってしまった。
「あ・・・い・・いや、ちょ・・・ちょっと、テッシー達と約束があって・・・」
「こんな夜中に?」
「う・・うん・・・」
「その包みは、何やの?」
脇に抱えた包みを見て、四葉ちゃんは聞いて来る。
実は、妖怪相手に毎度丸腰では心もとないので、神社から御神刀をこっそり拝借して来ていた。
「こ・・・これは、て・・テッシーに頼まれた物で・・・・」
「背中にしょっとるリュックは?」
「こ・・・これも、テッシーに頼まれて・・・・」
リュックの中には、着替えが入っている。三葉さんの服では、変化した時に窮屈なので、神社にあった羽織袴を借りて来た。
「ふうん・・・・」
四葉ちゃんは、相変わらず不審そうに見つめている。
「じゃ・・・じゃあ、行って来るね。」
そう言って、僕は逃げるように家を出て行った。
三葉が出て行った後、四葉が部屋に帰ろうとすると、突然電話のベルが鳴った。
部屋に行きかけたところで戻って、四葉は電話に出る。
「はい、宮水です。」
『あ・・・四葉ちゃん?早耶香やけど・・・』
「ああ、サヤちん。お姉ちゃんなら、今出たとこやよ。」
『え?ど・・・何処に?』
「テッシーと約束や言っとったけど、サヤちんも一緒やないの?」
『ええっ?!』
その頃、テッシーと清司は、山のふもとの小川に居た。
「何で、こんな時間に川に網を張るんや?」
「この時間に、この川に網を張ると、“川男”という妖怪が出てくるんだ。」
「ほお?・・・・」
テッシーは、半信半疑で作業を手伝っている。
その2人を、木の陰からじっと見つめる妖しい影がひとつ。身の丈は2m近くあるだろうか、細身で全身どす黒い怪物が、獲物を狙うような目を2人に向けている。
「ひひひひひ・・・俺様の狩場に入り込むとは、運の無い奴らだ。」
「待ちな。」
その黒い影を、背後から呼び止める者が・・・・妖怪の姿に変化した、三葉だ。今夜は白と赤の羽織袴に身を包み、御神刀を肩に掛けている。
「何だ?手前は?この辺は、この川男様のナワバリやぞ!」
「今度、この辺をシメる事になった“奴良リクオ”だ。」
「ふざけんじゃねえっ!」
川男は、三葉に向かって水を吐く。鉄砲のような水が、三葉を襲う。しかし、三葉の体は幻のように揺らいで、水鉄砲はすり抜けていくだけだ。
「な・・・どうなってやがる?これならどうだっ!」
川男は、マシンガンの如く水鉄砲を連射する。その連射で、三葉の姿は跡形も無く消える。
「へっ、粉微塵に吹っ飛んだか?」
「こっちだ。」
背後からの声に振り向くと、三葉が、御神刀を振り上げて待っていた。
「喰らいな。」
三葉は、刀を振り降ろし、川男を一刀両断する。
「ぎやああああああああああっ!」
激しい血しぶきが上がり、川男は真っ二つに・・・・なってはいなかった。
「え?・・・あれ?」
自分が切られていない事に気付き、茫然とする川男。
「今のは、俺の畏が見せた幻覚だ。まだ闘るってんなら、今度は本当に叩っ切る!」
「ひいええええええええっ!」
川男は、三葉の前に土下座をする。
「ま・・・参りました。さ・・・流石、噂に聞く奴良組の三代目。」
「今後、俺のシマで勝手な悪行は許さねえ!いいな?」
「へへええええええええっ!」
こうして、また、糸守でのリクオの百鬼が増えていく。
「おい、全然妖怪なんて出えへんやないか!もう帰ろうや。」
「何を言うんだ、勅使河原くん!これからだよ、これから!」
その後、何時間待っても、2人の前に川男が現れる事は無かった・・・・
「んっ・・んんっ・・・」
目が覚めると、朝起きた時と同じ布団の中だった。また、気を失っていたようだ。
体を起こすと、横に、先程のお爺ちゃんが座っていた。
「・・・あんた、リクオじゃ無いな?」
私は、無言で、ゆっくりと頷いた。
「あんたは、何者だ?何故、リクオの中に居る?」
そんな事言われても、私も何が何だか分からない・・・・答えられず、戸惑っていると、
「ああ、済まない。どうやら、あんたにも分からんようだな・・・・すまんが、あんたの事でいいから、話してくれんか?」
「は・・・はい・・・・」
私は、自分の名前が“宮水三葉”という事、岐阜県の糸守町に住む高校2年生の女子である事、お婆ちゃんと妹との3人家族で暮らしている事、リクオくんと入れ替ったのは今日が2回目である事等を説明した。
「あんた、人間か?」
「は・・はい、もちろん・・・」
お爺ちゃんは、その答えに対してだけは、何故か怪訝そうな顔をして私を見つめていた。
「うむ・・・あんたの事は、良く分かった。今度は、こっちの説明をする。もう分かっていると思うが、ここは関東任侠妖怪一家“奴良組”の総本家だ。あんたが入れ替っとるのはわしの孫、奴良組三代目総大将“奴良リクオ”だ。」
「は・・はい・・・」
この人、このリクオくんのお爺ちゃんだったのね。
「ただ、リクオは完全な妖怪では無い。半妖じゃ!」
「半妖?」
「簡単に言えば、妖怪と人間のハーフじゃ。リクオの母親は、人間じゃ。」
そ・・・そうなんだ!・・・あ、先日会った髪の短い女性、あの人がリクオくんのお母さん?どう見ても妖怪に見えなかったけど、人間だったんだ・・・・
「カラス天狗、おるか?」
「はい、総大将、ここに。」
突然、目の前に服を着た、喋るカラスが現れた。しかし流石に、もうこの程度では驚かなくなった。
「お前まで・・・もうわしは、総大将では無いと言ったろ。」
「いえ、私ももう隠居の身です。リクオ様の百鬼は、息子達に引き継ぎました。ですから、私にとっての総大将は、生涯あなたです。」
「やれやれ・・・・すまんが、リクオの側近だけをここに呼んでくれんか?」
「はっ!」
そう言って、カラスさんは飛び立って行った。
少しして、部屋にカラスさんに呼ばれた、リクオくんの側近の妖怪達が集まって来た。
私は、お爺ちゃんの横に座り、その側近妖怪達と対峙している。
まず、朝起こしに来る長い髪の、手が異様に冷たい女の子。未だに、心配そうに私の顔を見詰めている。
次は、体が大きく、肌は黒く、髪が角のように尖っているお坊様。
その隣もお坊様だが、こちらは細身で、長い黒髪に笠を被っていて、あまり妖怪っぽく無い。
そして、先程も会った“首無”さん。首巻で遠めには分かり難いが、良く見ると、胴体と頭部の間にはっきりと隙間が・・・これは、未だに馴染めない・・・怖い・・・・
その隣に、もうひとり女の人。ウェーブのかかった長い髪で、非常に色っぽく、胸も大きい。大人びた女性だ。
最後は、名前を聞かなくても姿で分かる。絵本等でも良く見た姿、河童。
まず、お爺ちゃんが話を切り出す。
「回りくどい説明は抜きじゃ。単刀直入に言うが、ここに居るリクオは、リクオであってリクオじゃ無い。」
『はあ?』
全員、怪訝そうな顔をする。
「姿はリクオじゃが、中身は、岐阜の糸守に住む女子高生じゃ!」
『ええ~っ?!』
全員、一斉に驚きの声を上げる・・・・それはそうよね・・・・
さり気無くテッシー達を助けたつもりのリクオですが、出掛けた事がサヤちんにばれてしまいます。これが、この後どう影響してくるのか?
この話に出て来る“川男”は、本来人を襲う妖怪では無く、やたらと話し掛けて延々話し続ける傍迷惑な妖怪なんですが、それでは百鬼にならないので、勝手にアレンジしてしまいました。