その辺が語れていなかったので、番外編で書いてみました。
糸守の崩壊から、三葉が奴良組に現れるまでの話です。
ティアマト彗星の破片落下により、糸守が崩壊してから、1年と数ヶ月が過ぎた。
私達家族は、飛騨市にあるお爺ちゃんの実家にお世話になっていた。お父さんの実家という選択肢もあったが、勘当同然で宮水家に婿に来た手前、合わせる顔が無いというのが実情だった。
学校は、飛騨市の高校に編入。受験は東京の大学に何とか合格し、春からは東京でひとり暮らしになる。
その報告も兼ね、半年ぶりに、私は糸守を訪れた。
私は、糸守高校の校舎裏の林に来ていた。
高校は既に廃校になっているので、彗星災害の時に破損した部分は放置されたままだ。校舎の窓ガラスは所々割れており、壁にも亀裂が入っている箇所が多い。
私が林の中に入って行くと、あちこちから、妖しい影が集まって来る。
「あねさん!」
「元気でしたか?あねさん!」
糸守の妖怪さん達だ。
彼らは、災害後も糸守に残っている。元々、野や山を根城にしていた者達が多いので、人間の住居が無くなってもそれ程支障は無い。何より、飛騨市は天下布武組のナワバリだ。そこに移住するとなると、天下布武組の傘下に入らなければならない。
でも彼らは
“あっしらはリクオ様の百鬼です!今更、他の組の傘下になんか入れやせん!”
と言い張って、ここに残っていた。
「皆も、元気やった?」
私は、素直に再会を喜んだ。
自分に、わずかだけど妖怪の血が流れているからか?リクオくんの体でひと月奴良組で過ごしたからか?今では、人と同じように、妖怪さん達にも仲間意識を持てるようになった。
「あねさん、糸守へは、いつ戻って来てくれるんですか?」
「ごめんね。まだ、当分は無理やわ。瓦礫を取り除くにも経費がかかるで・・・・」
正直、糸守の復興の目途は全く立っていない。
住民は全員生き残ったといっても、若者はこれを機会に都会に移住してしまった者も多い。元々人口が少ない上、戻りたがってるのはお年寄りが多く、復興の予算も中々集まらない。お父さんやお婆ちゃんが中心になって、復興のための活動を行っているが、賛同者が少なくて思うように捗らない。
でも、私は何とかしてここに帰って来たい。
前は“こんな町嫌や”とか、“来世は東京のイケメン男子にして下さい”とか思っていたけど、自分の先祖を知り、妖怪さん達を知った今は、この糸守が大好きだ。ミヤズミさん、両面宿儺さん、そして・・・・繭五郎だって愛していた、この糸守をずっと守っていきたい。
「ところで、あねさん?」
「ん?何?」
「総大将とは、どうなったんですか?」
「え?どうなったって?」
「その後、何か進展は無いんですか?」
「ええっ?」
そう言われて、思わず頬が赤くなってしまう。
「あ・・・ある訳無いやろ!あ・・逢ってもいないんやし・・・・」
「え~っ?何で逢わないんですか?」
「だ・・・だから、リクオくん達とは3年ずれてる言うたやろ・・・い・・今行っても、向こうは分からへんし・・・」
「じゃあ、あと2年したら行くんですか?」
「え?そ・・・それは・・・・」
正直、迷っている。
確かに、リクオくんには逢いたい。逢って、もう一度ちゃんとお礼がしたい。
でも、自分の中でも抑えきれない想いが・・・・これは、間違い無く・・・・
逢ったら、多分余計に、自分が抑えきれなくなっちゃう。
氷麗とも、気まずくなっちゃうかも・・・・
何より、リクオくんの傍から離れられなくなっちゃうかも・・・・そしたら、もう糸守には・・・・
「どうしたんすか?あねさん?」
真っ赤になって、両手で顔を覆っている私に、妖怪さん達が聞いて来る。
「い・・いや、な・・・何でもないの・・・ははは・・・・」
笑って誤魔化すしか無かった・・・・
その後、春から東京に行く事を伝えたら、尚更リクオくんに逢いに行く事を勧められた。
私とリクオくんの仲を応援している気持ちもあるが、皆も、リクオくんに逢いたいのだ。それはそうだろう。
とりあえず、リクオ君に逢ったら、皆の事も伝えておくと言っておいた。
そうして、また1年が過ぎたある日、久しぶりにサヤちんと会った。
サヤちんとテッシーも、東京の大学に通っている。私とは違うが、2人は同じ大学だ。
今は、2人は正式に付き合っている。
私のいきつけのカフェで、ランチをしながら長々と話し込んでいた。
「それで三葉、もう東京には慣れたん?」
「まあね・・・もう、1年近く暮らしとるし・・・最初の頃は、中々道が覚えられんで大変やった。」
「私も・・・私らみたいな田舎者には、本当に迷路やわ、東京は。」
「でも、あんたら2人やから、迷っても何とかなるやろ。私なんか、もう途方に暮れて・・・・」
「三葉も、誰かいいひと・・・・」
そこまで言い掛けて、サヤちんは黙り込んだ。
「・・・・ごめん、あと1年、待っとるんやな?」
そう言われて、私は少し考え込む。
「う・・・うん・・・・でも・・・・もしかしたら、行かへんかも・・・・」
「え?・・・何で?」
「い・・・いや、ちょっとね・・・」
「まさか、リクオくんが妖怪やから?」
サヤちん達、お婆ちゃん達家族にも、わたしも半妖である事は言っていない。何にも知らない家族はともかく、妖怪さん達のおかげで皆が助かった事を知っているサヤちん達は、事実を知っても私に対する想いは変わらないだろう。それでも、その事は言えずにいた。
「そ・・・そういう事やなくて・・・」
「じゃあ、何やの?」
「・・・・」
結局、何も答えられなかった。
“神社の跡取りだから”という理由は、説得力が無い。今まで散々それを否定して来た上に、現状は神社の再建も目処が立たない状態だ。理由を説明するには、どうしても私が“ミヤズミ”の子孫であり、その大いなる力を受継いでいる事を話さなければならない。
サヤちんと分かれてから、考え事をしながらぶらぶらと歩き回っていた。
ふと気付くと、私は浮世絵町に来てしまっていた。
し・・・しまった、つい、こっちに足が向いちゃった。
慌てて戻ろうとした時、目の前に懐かしい人影が飛び込んで来る。私は、慌てて物陰に隠れた。
「若、今日は、幹部会がある日ですよね?」
「ん~っ・・・・ちょっと気が重いんだよね・・・」
リクオくんと氷麗が、並んで歩いて来る。学校の帰りのようだ。
「何でですか?」
「どうも古株の幹部連中は、僕が、未だに学校に通っているのが気に入らないみたいで・・・」
「ああ、確かに。特に、一つ目様なんか。」
話しながら、隠れた私の横を通り過ぎて行く。真近で横顔を見た時、胸がきゅんと締め付けられる。つい、声を掛けたくなる衝動を、私は必死に抑えていた。
そうしている内に、2人はどんどん離れて行く。2人の姿が完全に見えなくなったところで、私はほっと息をつく。
この心の痛みは・・・・間違い無い!私は、リクオくんが好き!逢ったら・・・・直接言葉を交わしたら、絶対に歯止めが利かなくなっちゃう!
更に月日は流れ、また1年が過ぎ、10月4日も過ぎた。もう、リクオくんは私の事を知っている。
でも、未だに私は、どうするか決める事ができていなかった。
そんな時、急に、糸守の御神体に行きたくなった。
どうしてなのか分からない。無性に、そういう気持ちになっていた。
私はひとり、糸守を訪れ、御神体のある山の頂上目指す。
タクシーで行けるところまで行ってもらい、それ以上はひたすら歩いた。御神体に口噛み酒を奉納したのはリクオくんだったから、私が来たのはこれが初めてだ。でも、入替っていた時の体験は、自分で無い時の事もデジャブーのような感覚で感じられる。自分でも一度ここに来たような、錯覚を覚える。
山の頂上に来ると、ようやく御神体の大木が見える。ここも、以前に見ているように感じる。実際には、私の体は見ているのだが。
真っ直ぐに大木に向かい、池のようになった小川を越え、岩の裂け目から中に入る。階段を降りると小さな祠が有り、瓶子が2つ供えられている。私と四葉の口噛み酒だ。
四葉の方は、周りに苔のような物がいっぱいこびり付いているが、私の瓶子にはあまり無い。数日前に、リクオくんが飲んだからだ。
え?よく考えると、それって、リクオくんの中に私が一部入ってるって事じゃ・・・・
急に、胸の鼓動が高まり、何とも言えない感情が溢れて来る。鏡が無いので自分では見えないが、多分顔は真っ赤になっているだろう。
あ・・・あの時は、それどころじゃ無かったから何も感じなかったけど・・・今考えると、恥ずかしい・・・・
――― 三葉! ―――
その時、誰かに呼ばれた気がして、顔を上げる。
すると、祠の上にうっすらと人影が浮かんで来る。それは・・・・
「お・・・お母さん?!」
そこで、私は悟った。何故、急にここに来たくなったのか・・・・
「お・・・お母さんが、私を呼んだんやね?」
お母さんは、ゆっくりと頷く。
『あなたは今、迷っているのね・・・・でも、もっと自分に素直になりなさい。』
「え?」
『御先祖様の想いを、自分の使命のように感じる必要なんてないのよ。』
「そ・・・そんな事は・・・」
『あなたが、糸守を大切にしたいって気持ちは良く分かるわ。でも、そのために自分を犠牲にするのは間違ってる。』
「犠牲になる訳やない・・・・私は、リクオくんも、糸守の皆もどっちも好きやの。」
『だからと言って、そのどちらかを諦めなければいけない事は無いのよ。』
「どういうい事?」
『あなたが、リクオさんの所に行っても、あなたが糸守を捨てた事にはならないわ。誰も、そんな風に思わない。』
「そ・・・それは分かっとる・・・でも、私がずっと東京に行っちゃったら、糸守は誰が護るの?ご先祖様の事を知っとるのも、妖怪の皆の事を良く知っとるのも、私だけなんよ。」
『ちょっと、口を挟んでいいかい?』
突然お母さんの横に、黒い着物を着た、長い黒髪の男の人の姿が浮かんで来る。何か、変化した時のリクオくんに似ている。
「あ・・・あなたは?」
『奴良鯉伴、リクオのおやじだ。』
「え?り・・・リクオくんの、お父さん?!」
『お嬢ちゃんの言う“糸守を護る”ってのは、ずっと糸守に居座ってねえとできねえのかい?』
「え?」
『ここは、はぐれ里なんだろう?天下布武組を含め、いつよその組の脅威に晒されるか分からねえ。だったら、強い後ろ盾が欲しいんじゃねえのか?』
「強い後ろ盾・・・そ・・それって、まさか?」
『そう、奴良組だ!』
「で・・・でも・・・・」
『その橋渡しになるのは、あんたしかいねえんじゃねえのか?奴良組にも、糸守の妖怪にも、どっちにも顔が利く。』
「でも、ど・・・どうやって?」
『あんたが、奴良組に入るんだよ!』
「ええっ?」
『奴良組の幹部になって、糸守を正式に奴良組のナワバリにするんだ。そうすれば、どの組もおいそれと手は出せねえ!』
「そ・・・それは、確かに・・・・」
『まあ、あんたがリクオを射止めるかどうかは、別問題だがな。俺と違って、身持ちが堅てえからな、あいつは。』
「はあ?」
『それこそ、愛人になっちまえば話は早えんだが、夜のあいつはともかく、昼のあいつはそういう事しねえだろうからな。』
「はあ・・・」
『いっそ、夜這い掛けちまえば?夜のあいつなら、簡単に誘いに乗ってくるかも?』
「な・・・何言ってんですか?!」
思わず、怒鳴ってしまった。
『ははははは・・・・まあ、それは冗談だ。だが、奴良組に入れば、糸守も護れてあんたの気持ちもすっきりする。一石二鳥だと思うがな?』
「は・・・はい・・・・」
『何にしても、決めるのはあんただ。じゃあ、邪魔したな!』
そう言って、リクオくんのお父さんは姿を消した。
しばしの沈黙の後、お母さんが切り出す。
『・・・三葉・・・』
「は・・はい。」
『鯉伴さんの言った通り、決めるのはあなた・・・でも、これだけは言わせて。』
「な・・・何?」
『このまま、自分の気持ちに嘘をついたら、きっと後悔する・・・』
「・・・・」
『それじゃあね・・・』
最後にそう言って、お母さんは消えていった。
私は、しばらくその場にしゃがみ、考え込んでいた。
そして、意を決して立ち上がり、御神体を後にした。
ひと月後、私は、奴良組総本家の前の石畳を、門に向かってゆっくり歩いていた。
この場の雰囲気に合わせて、紅葉柄の赤い着物を着て。
そして門をくぐり、敷地の中に入って行く。
「お・・・おい!」
「知らない人間が、入って来たぞ?」
屋敷の庭には、小妖怪達がうろうろしていて、私を見てざわついている。それに私はにっこりと笑って答え、屋敷の玄関に向かって行く。
「す・・・すみません。どちら様ですか?」
「こ・・・ここは、人間の方が来られるところでは・・・・」
丁度玄関に居た、氷麗と青田坊さんが私を引き止める。
「これは、お久しぶりです。青田坊さん、氷麗さん。」
『え?』
2人は驚き、顔を見合わせる。
「青?あんたの知り合い?」
「いや、全然知らん!お前の知り合いじゃねえのか?」
「ああ、そうでした。この姿は、あなた方にはお見せした事が無かったですね。」
『はあ?』
2人は、余計に訳が分からなくなって戸惑っている。
「み・・・三葉さん?!」
そこに、玄関の奥から声がする。リクオくん・・・いいえ、リクオ様だ。
その姿を見て、気持ちが一気に昂るが、必死に堪えた。
『み・・・三葉~っ?!』
青田坊さんと氷麗は、またも驚きの声を上げる。
「そうよ!始めましてになるのかしら?氷麗。」
私は、少し悪戯っぽく笑って答えた。
私は奥の部屋に通され、部屋の中央に正座している。その向かい側、部屋の奥にはリクオ様が座っている。氷麗達側近さんは、私の後ろに並んで座っている。
まず私は、リクオ様に丁寧にお辞儀をする。
「リクオ様、その節は、大変お世話になりました。混乱を避けるため、お礼に参るのに3年も掛かってしまった事、深くお詫び致します。」
「や・・・やめてよ、三葉さん。そんな硬苦しい挨拶は。それに、“様”もやめてよ。前みたいに、“リクオくん”でいいから。」
「いえ、そういう訳には参りません。」
私は、真剣な表情でそう答える。
「で・・・でも、三葉さんは奴良組じゃ無いんだから・・・・」
「実は、お礼に参ったのもそうですが、本日は、リクオ様にどうしても聞いて頂きたい、お願いがあって参ったのです。」
「え?お願い?・・・な・・・何?」
「入れ替わりが起こるまで、私は妖怪を誤解していました。また、自分に妖怪の血が流れている事すら知りませんでした。そんな人間だった私を、奴良組の皆さんは暖かく受け入れてくれました。私は、この組の皆さんが好きです。また、奴良組がこのような素晴らしい組になったのも、ひとえにリクオ様のお力だと思います。」
「ええっ?そ・・・そんな大袈裟な!そもそも、この組を作ったのはお爺ちゃんだし、皆をまとめ上げたのは父さんで・・・・」
「いいえ!皆さん、リクオ様に惹かれてここに居るのです。リクオ様だから、命を預けられるのです!」
この言葉には、側近さん達も同意して、無言で頷いている。
「私は、そんな奴良組に、リクオ様に惚れました!私を、奴良組に入れて下さい!」
「は?」
一瞬、皆私の言葉が信じられなかったみたいで、その場を静寂が包む。
「私を、リクオ様の百鬼に加えて下さい!」
『な・・何~っ?!』
今度は、皆揃って驚きの声を上げるた。リクオ様も、目を大きく見開いて驚いている。
でも、もう私は決心した。何があろうと、リクオ様に付いて行くと・・・・
という訳で、三葉が奴良組に入る事を決心するまでの話でした。
最終回に引き続き、二葉さんと鯉伴さん再登場。
最終回の時は二葉さん全然セリフが無かったんで、今回はじっくり話してもらいました。
“何で訛ってないの?”という意見もあるかもしれませんが、まあそこは大目に見て下さい。
鯉伴さんは、今回もいい味出してます。でも、やたらと二葉さんとつるんでると、不倫してるみたいですね?山吹乙女さんが、後ろで妬いてたりして・・・・