君の孫   作:JALBAS

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彗星の破片落下まであとわずかとなったある日、リクオはお婆ちゃんに連れられ、宮水神社の御神体を訪れます。
その道中で、リクオはお婆ちゃんから“ムスビ”の事、“口噛み酒”の事を教わります。
この話では、今迄のどの話よりも、“口噛み酒”が重要なアイテムとなって来ます。




《 第十話 》

 

三葉さんが繭五郎と会って以来、繭五郎はぱったりと姿を見せなくなってしまった。僕も何度もあの祠に足を運んだが、奴が現れる事は無かった。

そして、彗星の破片落下の日が、とうとうあと4日後に迫った。

 

その日の朝、僕は三葉さんの体で目覚めた。今迄、2日続けて入れ替る事は無かったから、もし入れ替ってもあと1回。でも、もう準備はできている。あとは当日、うまく住民を避難させればいい。

但し、ひとつ気掛かりなのは、やっぱり繭五郎の動向だ。

少なくとも200年以上前からこの糸守に居る筈なのに、糸守の妖怪達は彼の事を知らない。最も、三葉さんの先祖にあたる妖怪の事も知らないんだけど・・・・

いったい、何を企んでいる?三葉さんが見た、夢の話も気になる。住民の避難計画に、支障を来たすような事が無ければいいけど・・・・

 

いつものように、制服に着替えて下に降りると、

「何で制服着とんの?」

と、四葉ちゃんに言われる。え?今日は、日曜日じゃ無い筈だけど・・・・

 

今日は、山の上にある御神体に、口噛み酒とやらを奉納する日らしい。この町だけの行事なので祝日では無いが、学校や仕事は休みらしい。

僕と四葉ちゃん、お婆ちゃんの3人で出かける。宮水神社の、裏手の山を登って行くようだ。

昔は、宮水神社の御神体も神社の本殿にあったらしい。200年前の“繭五郎の大火”で神社と一緒に御神体も燃えてしまい、以降は山頂に祭られる事になったようだ。もう火災等の被害が及ばないように山頂にしたのか?それとも別な理由があったのか?宮水家にも何も伝えられていない。

もし、繭五郎がわざと大火事を起こし、神社や御神体も燃やそうとしたのなら、それはいったい何のためなのか?御神体に行ったら、何か分かるんだろうか?

 

結構な山道を、ひたすら歩く。まだまだ、先は長そうだが、お婆ちゃんには、この山道は辛いだろう。非常に、歩みも遅い。これでは、いつ御神体に辿り着けるか分からない・・・・

「お婆ちゃん!」

僕は、お婆ちゃんに背中を差し出す。お婆ちゃんは、にっこり笑って、

「ありがとうよ。」

と言って、僕の背中におぶさる。

少し歩いたところで、お婆ちゃんが語り出す。

「三葉、四葉、ムスビって知っとる?」

「ムスビ?」

四葉ちゃんが聞き返す。

「土地の氏神様のことをな、古い言葉で産霊(むすび)って呼ぶんやさ。この言葉には、いくつかの深い意味がある。」

土地の氏神様?土地神の事かな?僕らは、そんな呼び方をした事は無いけど・・・・

「糸を繋げることもムスビ、人を繋げることもムスビ、時間が流れることもムスビ、全部同じ言葉を使う。それは神様の呼び名であり、神様の力や。わしらの作る組紐も、神様の技、時間の流れそのものを顕しとる。

寄り集まって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、また繋がり・・・・それが組紐。それが時間。それが、“ムスビ”。」

僕と三葉さんの入れ替わりも“ムスビ”なのかな?入れ替わりは、宮水家の先祖の妖怪の能力と思っていたけど、土地神の力なのかな?

 

「ほら、飲みない。」

大分歩いたところで、木陰で小休止。お婆ちゃんが、水筒を手渡してくれる。中には、お婆ちゃんが作ってくれた麦茶が入っている。少し汗を掻いていたので、凄くおいしく感じた。

「私も!」

四葉ちゃんがねだって来る。2杯飲んだところで、四葉ちゃんに渡す。

「それも、ムスビ。」

「え?」

「水でも、米でも、酒でも、何かを体に入れる行いもまた、ムスビと言う。体に入ったもんは、魂でムスビつくで。だから今日のご奉納はな、宮水の血筋が何百年も続けてきた、神様と人間を繋ぐための大切なしきたりなんやよ。」

 

ようやく頂上に着くと、そこには、大きなカルデラ状の窪地があった。その中央には、巨大な岩と一体化した巨木があり、それが御神体らしい。

この巨木を御神体としたのは、200年前の“繭五郎の大火”で、本来の御神体が消失してしまってからだ。しかし、目の前にある巨木には、何か神秘的なものを感じる。御神体となる前は、ここは何だったのだろうか?そもそも、ここは火山でも無いのに、何でこのようなカルデラ状の窪地ができたんだろうか?

僕達は、その御神体を囲むように流れる、小川の前まで行く。

「ここから先は、カクリヨ。」

『かくりよ?』

僕と四葉ちゃんが、揃って声を上げる。

「隠り世、あの世のことやわ。」

この先があの世?どういう意味だろう?

「わ~い、あの世やあ~!」

四葉ちゃんは、何の事か分かっていないようだ。そう叫んで、バシャバシャと水しぶきを上げながら、走って小川を渡ってしまった。

僕は、お婆ちゃんの手を取って、岩を足場に小川を渡った。

「ここはもう死後の世界、此岸に戻るには、あんた達の一等大切なもんを引き換えにせにゃいかんよ。」

神妙な調子で、お婆ちゃんが語る。脅かしているのかな?でも、妖怪の僕にそんな話をしても、大して驚きはしないけど・・・・生き胆の一部でも、置いていけばいいのかな?

「心配せんでもええ、口噛み酒のことやさ。」

何だ、この奉納するお酒のことか。

「あの御神体の下に、」

と言って、お婆ちゃんが巨木を見る。

「小さなお社がある。そこにお供えするんやさ。その酒は、あんた達の半分やからな。」

三葉さんの半分・・・・

僕は、手の中の瓶を見る。この酒は、三葉さんと四葉ちゃんが米を噛み、唾液と共に吐き出したものらしい。先程の“ムスビ”の話からすれば、これで三葉さんが神様と結びつく・・・・いや、ご先祖様と結びつくのかな?

御神体の前まで行くと、小さな入り口があり、下に降りる階段が付いていた。中に灯りは無いので、蝋燭に火を点け降りて行く。

奥には、小さな祠があった。僕と四葉ちゃんが、それぞれ自分の口噛み酒を、そこに奉納した。

“リクオ・・・”

「え?」

ふと、誰かに呼ばれたような気がした。

慌てて辺りを見渡すが、僕達以外には誰も居ない。と言っても、蝋燭のわずかな灯りでは、隅の方までは見えないが・・・・

「?!」

その時、天井に何か絵が描いてある事に気付いた。

何だ?あの絵は・・・・長い尾を引く塊・・・何か、光っているような・・・・ま・・・まてよ、これは、彗星じゃ無いのか?な・・・何で、こんなところに彗星の絵が?

 

御神体を出て、山を降りると、もう陽が雲の後ろに隠れ掛かっていた。

結局、御神体に行っても、繭五郎の事は何も分からなかった。

「もう、彗星見えるかな?」

四葉ちゃんが、そう言う。

西の空を探すと、ひときわ明るい金星の下に、青く光る彗星の尾が見えた。

あと3日で、あれの破片がここに墜ちて来る。繭五郎の企みは分からないが、今は住民を避難させる事だけを考えよう。もしかすると、糸守に来れるのは今日が最後かもしれない。今夜の内に、糸守の妖怪達ともう一度話をしておかなければ。

 

 

 

夕方、学校が終わり、奴良組総本家に氷麗、青田坊さんと共に帰って来る。門をくぐろうとしたところで、玄関から黒田坊さんが走って来る。一足先に帰宅していたようだ。

「み・・・三葉殿、い・・今、お屋敷に入るのはまずいです!」

「え?」

「ど・・・どうしたの?黒?」

「と・・とにかく、今晩は、何処か他で時間を潰すのが得策かと・・・」

「何言ってんだ!そんな事をしたら危険だろう?」

「いや、今晩は家に居る方が危険かと・・・・」

『はあ?』

全く要領を得ない。すると、

「何だ!居るじゃねえか!リクオ!」

玄関から大きな声がして、頭にバンダナを巻いた、短髪の男の人が歩いて来る。

『い・・・イタク?!』

氷麗と青田坊さんが、揃って声を上げる。知り合いの妖怪さん?

「な・・・何で、イタクがここに居るの?」

「お前、最近たるんでんじゃねえのか?聞いたぞ、炎魔とかいうどこの馬の骨とも分からねえ奴に、やられそうになったそうじゃねえか!」

「い・・・いや、あれは返り討ちにしたから・・・」

氷麗が答える。私は、何だか訳が分からず、呆然としているだけだった。

「どっかの田舎で、じじいの妖怪に畏を絶たれたとも聞いたぞ!」

「い・・・いや、だからそれは・・・・」

「来い!鍛え直してやる!」

「え?」

その男の人は私の腕を取り、どんどん屋敷の奥へ引っ張って行ってしまう。

「ま・・・待って!イタク、待ってったら!」

慌てる側近さん達。私は、その人の迫力に何の抵抗もできず、されるままに奥の特訓場に連れ込まれてしまった。

 

「きゃあああああああっ!」

「何だ!その女みてえな悲鳴は!」

「ひいいいいいいいっ!」

「こらっ!逃げんじゃねえっ!」

鎌で攻撃してくるイタクさんに、防戦一方の私。一応お婆ちゃんに剣術は習っているけど、こんな真剣での乱取りなど経験は無い。おまけに、相手は凄腕の妖怪さん。勝負になどなる筈も無い。とにかく逃げ回るしか無かった。

「や・・・やめて、イタク!そのリクオ様は違うの!」

「何が違うんだ!なめてんのか手前!」

側近さん達が必死に止めに入るが、イタクさんは聞く耳持たない。

「ようし分かった、あくまでやる気を出さねえってんなら・・・・」

イタクさんの姿が、見る見る内に凶暴なイタチの姿に変わって行く。

「ひいいいいいいいいいっ!」

その恐ろしい姿と、異様なまでの妖気に、私は震え上がってしまう。

「これでも喰らえっ!」

「い・・・いかんっ!」

イタクさんの、渾身の攻撃が私を襲う。黒田坊さんが止めに入るけど間に合わない。

もう、だめっ!

そう思った時、また、あの力が発動した。

 

「な・・・何だと?!」

三葉の体は激しく輝き、イタクの攻撃を跳ね返す。

「ぐわああああっ!」

何倍にもなった自らの攻撃のカウンターを受け、イタクは部屋の隅まで吹き飛ばされてしまう。

 

「え?ど・・・どうしたの?」

気が付くと、イタクさんは部屋の隅で伸びていた。また、意識が飛んでしまっていたようだ。

 

しばらくして、奥の座敷でイタクさんに、入れ替わりの事等を説明した。

「何だ、それならそうと先に言え!」

手当てを受けながら、イタクさんが言う。

「言う暇無かったでしょ!本当に、頭に血が上ると、周りが見えなくなるんだからっ!」

氷麗が、きつく叱り付ける。

「しかし、さっきの光は何だ?」

全く悪びれる様子も無く、イタクさんは聞いて来る。

「わ・・・私にも、よう分からんのやけど・・・先祖の妖怪から受継いでいる力やと思う。繭五郎って妖怪は、“光魔の鏡”って呼んどった。」

『光魔の鏡?』

皆、同時に復唱する。

「でも、こんな力があるなら、繭五郎って妖怪が何を企んでても大丈夫よね?」

「そいつはどうかな?」

氷麗の言葉を、イタクさんが否定する。

「その力、お前は意識して使ってねえだろう?」

「う・・うん、力が発動する時は、意識が飛んどる。」

「本当に命に係わるような、緊急時じゃないと発動しねえ。それに、あくまで受け身の力でしかねえ。敵が、お前の命を奪おうとしなければ、お前には何もできない。敵を倒す事もな。」

「た・・・確かに、その通りやけど・・・」

「仕方無いでしょ、イタク!三葉は、ついこの間まで、普通の人間として暮らしてたんだから!」

「それで、敵が見逃してくれるんならな。」

的を射た言葉に、全員沈黙する。

「じゃ・・じゃあ、どうすればいいってのよ!」

と、氷麗。

「一晩でどうにかなるものじゃねえが、何もしないよりはマシだろう。」

そう言ってイタクさんは立ち上がり、私の所に近づいて来る。

「来い、さっきの続きだ。」

「え?」

そう言って、私を引きずって歩き出す。

「ま・・・待って、つ・・・続きって?」

「心配するな、死なない程度に手加減はしてやる。」

「い・・・いや、そ・・・そういう事や無くて・・・・」

「つべこべ言うな、手前の里を護りてえんだろ!」

「そ・・・そうやけど、い・・・いきなり、そんな事しても・・・」

周りは皆、何も言えずに茫然と見つめているだけだ。

「い・・いやあああああああっ!だ・・・誰か、助けてえええええええっ!」

その夜は、今迄生きて来た中で、最も長く辛い夜になった・・・・

 






突然、イタク師匠の猛特訓を受ける羽目になった三葉。
三葉の身を案ずれば、側近達も頭ごなしに反対も出来ません。
果たして、この猛特訓が実る事はあるのでしょうか?

はっきり言って、ありません。イタクの言った通り、一晩でどうにかなるものでは無いです・・・・

口噛み酒の奉納のくだりは、今迄のシリーズではかなり省略して書いていましたが、今回はお婆ちゃんとのやりとりを少し詳しく書きました。この話では、本当に肝になる部分ですので。

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