錬鉄の魔術使いと魔法使い達〜異聞〜 剣の御子の道   作:シエロティエラ

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「ここに誰か来ているのかい?」

「朱銀の髪の男? 何者だね、そいつは」

「人ならざる気配だって? 一体何なんだ?」






剣の御子と料理人の卵たち 二ノ皿

 

 

 

 差し出されたマフィンを、全員が一口含んだ。瞬間、全員の顔がほころび、何人かは腰が抜けてへたり込んだ。剣吾はその様子を見て満足そうな表情を浮かべている。

 

 

「さて、何か分かったことはあるか?」

 

 

 全員が完食して一息ついたとき、剣吾は問いを投げかけた。そこで皆は、今しがた食したマフィンについて思い出した。ふわふわとした生地に混ざるサイコロ上の果物。使われていたのはリンゴだけであり、香辛料はシナモンだけと言うもの。要するに隠し味なんて含まれていなく、フルーツマフィンの一つ、アップルマフィンの最も基礎的なレシピだけで作られていたのだった。

 

 

「……隠し味なんて、されてない?」

 

「御名答。君、名前は?」

 

「薙切えりなです」

 

「えりなちゃんね」

 

 

 一瞬勘違いと思われていたが、味に対して絶対的な正確さを持つえりなが結論付けたので、隠し味がないことが確定された。そして皆は、弟子である創真でさえも驚愕した。遠月の生徒は厳しいカリキュラムに残るために、様々な創意工夫を凝らしている。今この寮にいる全員もその厳しい選考基準をクリアするために、自らの料理に創意工夫を仮名せてきたのである。

 しかし、この男はそんなことは一切せずに、基礎の基礎の部分で彼らの技量を超えたのだった。ならばこの男が本気を出せばどれほどの料理が作られるのだろう?

 

 

「それより、今日は客人のくる予定はありますか?」

 

「ん? いや、ないはずだよ」

 

 

 しかしほんわかとした雰囲気から一転、剣吾の纏う空気が鋭利なものになった。先ほど調理していた時とは異なる、触れれば切り裂かれるのではと錯覚する空気であった。

 寮生は知らないが、彼は小学校に入る前から非常識の中に身を置き、殺し合いを初めて体験したのは小学校低学年の時。そのような世界にいなかった寮生は、彼のそれが殺気というのがわからなかった。勿論ふみ緒も感じたことはないが、そこは生きてきた年数が違うため、何事もなかったように振る舞っていた。

 

 

「成程、なら今玄関にいる男は招かれざる客、というわけだ」

 

 

 そう言うや否や、瞬きした瞬間には厨房から消えていた剣吾。そして次の瞬間玄関から誰かが倒れる音が響いた。驚いた寮生とふみ緒は急いで玄関に向かい、そして再び驚愕に顔を染めた。

 玄関に倒れていたのは薙切薊で、剣吾は床に彼を取り押さえている状態だったのだ。そしてえりなだけが気づいたのだが、いつもは無表情か口元に笑みを浮かべる以外の表情を浮かべなかった―というよりそれ以外見たことなかった―薊が、今や恐怖と憎悪に染まった表情を浮かべていたのだ。

 

 

「……薙切薊。成程、父さんの言っていた通り、クズだな」

 

「貴様……こんなことをしてただで済むと思っているのか?」

 

「ほう? 俺を脅すのか? あんたは確かに年上だろうが、井戸の中の蛙にどうこうされるほど俺は弱くないぞ?」

 

 

 普段強気なえりなは愚か、薊と関係ない人間でも恐怖で固まる空気を受けても、剣吾は臆するどころか更に威圧を高めていた。丸井や吉野、田所は既に空気に呑まれて気絶しており、榊や伊武崎も気絶はしないものの後退り、一色や創真、ふみ緒は表情は変えないものの、汗を多量にかいていた。

 そんなことは知る由もないというように、薊は立ち上がって剣吾と向き合う。真正面から睨みつけて剣吾を威圧するが、当の威圧されている本人は、まるで興味がないとでも言いたげに小指で耳を穿っていた。

 

 

「何だっけ? 美食と認められないものは全て餌? 餌を提供する店は全て潰す、だったっけ?」

 

 

 こともなげに放たれた言葉に、薊は表情を変えずに驚愕していた。自分の計画はまだ発表しておらず、ましてや最終計画である彼の述べたそれは、自身と信頼できる数人しか知らないはずのこと。何者かも知らない、生意気な小僧風情が知っているようなことではないのだ。

 

 

「……あんた、仮にも料理人だろ? それに調べたが、あの娘っ子の舌を作り上げたのはあんただっけ?」

 

「そうだが? 完璧な美食を作るには完璧な味覚が必要なのだよ。そして我々が目指す世界にはえりなの舌が必要なのさ」

 

「……それで味の劣る料理を捨てさせたと?」

 

「どこから聞いたか知らないが、美食でもない餌を捨ててなにが悪い?」

 

 

 薊の放ったその言葉に、何かが切れる音をその場にいた全員は効いた。同時に寮が揺れているような幻覚に全員が襲われた。そしてその発生源である剣吾は、表情をなくして薊を見つめていた。

 幻覚がいったん収まると、剣吾は人差し指を天上に向けて口を開いた。

 

 

「『男がやってはいけないことが二つある。女を悲しみで泣かせることと、食べ物を粗末にすることだ』!! 貴様は料理人の風上にもおけない最低な部類の輩だ」

 

「……なに?」

 

「そして、『子供は宝物、この世で最も罪深いのは、その宝を傷つける者だ』。俺にとってのあんたは、最も罪深いものだよ」

 

「君一人に言われたところで……」

 

 

 反論しようとする薊だが、剣吾の空気に呑まれ、その声も小さいものしか出なかった。

 

 

「そして、遠月のブランドで食の世界を統一するとか言っていたな? しかもあんたが美食と認めたもののみで構成された」

 

「何か問題があるのかね?」

 

「大有りだ。確かにこのブランドで統一された料理はおいしいだろう、味の組み合わせだけ見ればな。だが勘違いするなよ? 『本当に美味しい料理というのは、食べた人間の人生まで変える』。そして『本当の名店は看板やブランドを出さない』んだよ」

 

「偉そうに、料理人でもない君が何を言うかと思えば。私が学生時代にあったあの男を思い出すよ。才波城一郎先輩の顔に泥を塗ったあの男に」

 

 

 薊の言葉を聞いた創真は、突然一人の男のことを思い出した。まだ彼が幼く包丁も握っていなかった頃、師匠と一緒に一人の男が幾度か実家の定食屋に来ていたのだ。当時は何者かは分からなかったけど、親父が師匠と言っていたのを覚えている。ということは、親子そろって師匠の家系に弟子入りしていたというわけだ。この前聞いた話だけど、親父は学生時代に師匠に負け、それまでの料理観が崩されると同時に、新しい扉を開くことが出来たと言っていた。

 

 

「はっ。『刃物で人を幸せにできるのは料理人だけ』だよ。一度あんたの料理を食べたことがあるが、ありゃ味がいいだけの粗悪品だ、食材にも食べる人にも失礼な代物だな」

 

「言わせておけば……」

 

 

 考え事をしている間にも話は進んでく、が、進むたびにあれほど威圧を感じていた薊から迫力を削いでいく。そして幾分か時間が過ぎたとき、薊は背を向けて帰っていった。

 険悪な雰囲気がなくなったことによって全員が大きく息をつき、気を失っていた者も目を覚ました。当事者の剣吾は何やら思案している風に顔を顰めており、顎に手を当てていた。

 とりあえず汗もたくさんかいたため、食堂で全員揃ってお茶を飲む。水分が不足した体にはお茶が染み渡っていく。しばらく無言でお茶を啜っていると、ふみ緒が口を開いた。

 

 

「そう言えば聞いてなかったね。お前さん、どうしてここに来たんだい?」

 

「ん? ああ、俺はとある人物から依頼されてきたんだよ。あの男の動きを妨害しろってな」

 

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

 

 唐突に告げられた目的に対し、寮生は全員声を上げた。

 

 

「師匠、どういうことだよ!!」

 

「まぁ落ち着け創真。いつも言ってるだろ? 『男はクールであるべき』と」

 

「落ち着いていられるか!!」

 

「まぁそう急くなって、今話すから」

 

 

 そういって剣吾はお茶を一気に呷り、口を開いた。

 聞けば数年前から世界中で薊に関する話は聞こえていたらしい。彼自身はその話に関与する気は無かったらしいが、たまたま出会った幸平城一郎に協力する形になり、この問題への対処をすることになったという。元々城一郎は所謂「表」の世界の人間であるため、集められる情報に限りがある。しかし「裏」の深い闇にまで関わっている剣吾なら、より多くの情報を仕入れることができ、薊に対する策も増やすことが出来る。

 そう考えた二人は銀ともコンタクトを取り、それぞれ行動を開始した。結果、城一郎や銀では到底入手できない情報も仕入れることができ、今計画の次の段階に移行しているらしい。

 

 

「んでその計画ってのが、お前たちの料理スキル全般の底上げだ。恐らくこれから今までよりもさらに酷い切り捨て、要するに反乱分子の粛清があるだろう。八百長なんてなんのその、是が非でも邪魔者は消してくる」

 

「そのための底上げだ。ここは料理学校、八百長とかがあるとはいえ、正当性を示すために料理で落としてくる。その八百長さえも跳ね除けるほどの技術を、俺が滞在するこの一ヶ月で行う。お前たちも、このまま今までの自分の道を否定されるのは嫌だろう?」

 

 

 剣吾の問いかけに対し、寮生とえりなは間髪入れずに肯定する。薊の目指す世界は耳障りは良いかもしれないが、停滞することと同義である。自らの分野のまだ見ぬ可能性を模索する彼らにとっては、到底受け入れられるものではなかった。えりなも、自分の忘れていたものを思いださせ、知らなかった世界を示し、新たな目標を見つけさせてくれた寮生や親友の緋沙子のために恩返しをしたいと、父の影におびえる自分から脱却したいと思っていた。

 全員の反応を見ると、剣吾は満足そうに口の端を吊り上げた。

 

 

「答えは聞いた。なら明日から。早速特訓に入る。講師は俺と……」

 

 

 剣吾が立ち上がると同時に、食堂にまた一人男が現れた。その男の存在に誰もが疑問符を浮かべていたが、創真はその人物の登場に驚き、えりなや丸井、そして一色は顎が落ちるほど口と目を見開き、ふみ緒は信じられないものを見る目で男を見つめていた。

 その男は剣吾そっくりの白い短い髪をしていおり、オールバックにして立たせていた。肌は対照的に浅黒く、肉体は鋼と形容してもいいほどに引き絞られている。何より特徴的なのはその眼光、鋼の様な色の瞳は、まるで鷹のように鋭い眼をしており、細められている。

 

 

「紹介しよう。今回特別に話を受けてくれた俺の師匠で俺の父親、衛宮士郎だ」

 

 

 自らの世界を護るために、「錬鉄の英雄(おや)」と「剣の御子()」がここに集った。

 

 

 






次回でソーマでの話は終わりです。
ではまたいずれかの小説で。



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