さて、ここ地獄のライン戦線について詳しく説明をしていなかったことを失念していたことを謝りたい。
事はノルデン地方での協商連合による国土侵犯から始まった。
協商連合内での政治的ゴタゴタの末、軍事的パフォーマンスやらだろうが、重要なのはその相手に選んでしまったのが我が祖国帝国ということ。
いくら戦争国家とはいえ国際法を守らねば非難され批判され、世界対帝国の不利なゲームが行われてしまう。
しかし協商連合からルール違反を犯してくれたせいで、帝国はルールを守り清く正しい戦争の火蓋を切った。
帝国側は戦争を拒む理由は無い、なんせ一対一で戦えば間違いなく勝てるのだから。
当初の想定通り帝国は領土の防衛に成功し、主力をノルデン地方に集め速やかに協商連合の制圧に向かう。
戦力は帝国の北側に集中し、戦線はどんどん押し上げられ勝利は確実と言えた。
そこに待ったをかけたのが帝国の西方に位置する共和国だった。
共和国は北方の協商連合が蹂躙されていく様を見て思ったのだろう。
協商連合が終わったら次はどこだ、あの鋭利な矛を帝国は次にどこに向けるのだろう。恐ろしい、ああ恐ろしい。
恐ろしいが、おや?その帝国の矛は北ばかり向いていて大層無防備な横腹が見えるじゃあないか。
帝国を倒すには今しかないと共和国は帝国へ宣戦布告。
そう、共和国の見たとおり帝国の横っ腹は実に無防備であった。
国のそこいらから急いで戦力を掻き集め、兵の質に関わる帝国軍の根幹ともいえる教導隊すらも投入し帝国の全力を持って共和国からの防衛にあたる。
北方の主力から西方へさっさと戦力を送って欲しいところだが、送る部隊の再編は遅々として進まないのが現状。
ここライン戦線が出来るまでの話は終わりだ。
幸いにして、帝国兵の練度が高いことがこの戦線を維持できている理由であり原因であり。その練度は戦場の神と信仰される砲兵を見ればわかる。
「神を称えよ!その名は砲兵!!素晴らしいリズムだ」
まず一発ぶっ放し、観測データをもとに修正射をぶっ放し、敵を吹っ飛ばすに十分な位置を把握して効力射をぶっ放す。
我が友砲兵部隊は効力射に移るまで実にスムーズで、その練度を敵国に身を持って味あわせている。ターニャが日頃口にする費用対効果的にも、これは満足のいく結果だろう。
砲撃の重音をBGMに大の大人がはしゃいでいる中、ターニャとシュワルコフ中隊長がのんびりと雑談をしている。
いつ見ても思うが、幼女とおっさんの構図はアンバランスが過ぎてなんだか微笑ましい気がする。話している内容が120m砲弾で耕した後の仕事の話という、物騒な話でなければだが。
「いつもそうだが、毎度騒がしいものだな」
「リースフェルト殿はこの砲撃音がお嫌いで?なかなか素晴らしいリズムではないですか」
「うん?いや、この音自体は嫌いではないよ。ハートが揺さぶられるいい音だ」
だがこの不規則性をリズムと呼称するな。
リズムとはもっと規則性を伴うものであり、ノリとビートでもって客を沸かせるものだ。こんなクソみたいな音の連続をリズムと言うことは許さんぞ。
「音楽性の違いですな」
「ああ、音楽とはもっと素晴らしいものだ。後方に戻ったら私が良いものを聞かせてやる」
「リースフェルト殿は音楽をやられるので?それは是非聞きたいものですな」
「ああ、一応大体の楽器は出来る、と思う。だがまだ望む機材が出来てなくてな、アンプやエフェクターどころかそもそもエレキギターがな...」
「あんぷ、えふぇく...?聞いたことのない機材ですな」
前世でエフェクターやアンプの回路などいろいろ弄ってきたため部品さえあればアンプエフェクターは頑張れば作れる。
だがこの近代では現代でクラシックなどに使われる楽器までしか開発されておらず、エレキなんてものはどこにも無いのだ。
後方に居た頃ちょくちょく部品を失敬して記憶にあるエフェクターを作ったものの、作ってみてから鳴らす元の音が無かったのは笑い話にもならない。
絶対わからないだろうが今世で音楽に触れていなかった鬱憤を晴らすべく一方的に話に乗ってくれた隊員に語る。
自分の理解から外れた事を捲し立てられても正直引くだけだろう、現に引かれている。が、音楽とは情熱であり私の魂の表現方法だったものなのだ。
「リ、リースフェルト殿は音楽がお好きなのですね」
「ああ、大好きだ。愛している」
音楽をやっている時の自分は、普段と違って目がぎらついているとよく言われたが、多分今もそうなっていたと思う。
あれをリズムとかぬかしやがるのが悪いのだ。
「頃合いだな。中隊、突撃発起用意。撃ち漏らしを狩るぞ!」
「ティアナ少尉、音楽の話はそこまでだ。軍曹、ティアナにその話をするのは止した方がいい、彼女は音楽馬鹿の節がある」
「まだ話したりないのですが、お仕事の時間でしたらしかたありませんねターニャ少尉。軍曹も失礼しました」
軍曹が止めてくれて助かったとターニャに視線で礼を送っているが、正直まだ話したりないぞ。
詫びを言ったものの憮然とする私を無視してターニャはニコニコと砲撃地点を見つめる。
「仕事の時間ですな、いつもこれくらい楽しいと良いといいのですが」
「少尉、好き嫌いはいかんな。身長が伸びんぞ?」
「シュワルコフ中隊長殿、私は被弾面積が小さいことを喜ぼうと思うのですが」
「はい!私は好き嫌いが少ないので小さくても良いというターニャ少尉より大きくなれますよね中隊長!」
大きくなりたい子供のようにビシッと手を上げ進言すると周りからクスクスと微笑ましいといった笑い声。
ターニャと違って道化を演じ、隊の緊張をほぐすことに貢献することは別に苦ではない。
「好き嫌いが少ないことは良いことだが、デグレチャフ少尉の言い訳には実に説得力がある。小さいままのデグレチャフ少尉に降参だな」
ターニャから子供の力とは思えないローキックが私の足に突き刺さる。結構痛い。
「宜しい、好き嫌いの激しいデグレチャフ少尉に独り占めされぬよう、各自奮起せよ!」
「お前は好き嫌い少なくても嫌い方は私より酷いだろ、あと今度も私の方が身長抜くからな」
上司が喋っている中他に聞こえないように再度ローキックと文句を言ってくるとは、結構イラッとしたなターニャ。
黙ってもう一発蹴られ、仕事へ意識を向ける。
「突撃!我に続けぇえええ!!」
塹壕から一斉に飛び出し、眼下の敵部隊に向かって勢いよく飛翔する。
歩兵対魔導師というものは、いわば人対戦車のようなものだ。眼帯付けた伝説の特殊潜入員でもなければ相手にはできまい。
とはいえ戦車の装甲と違って数を揃えた銃弾の雨、統制射撃が魔導師を落せる一つの策であるのだが、砲撃によって陣地をグチャグチャにされているなかそれもない。
よって今のような状況、魔導師には魔導師をもって対抗するのだが、共和国魔導師は不幸にも砲弾によってミンチにでもされたのか出てくる様子はなく、帝国魔導師はいじめっ子のようであった。
「各級司令官と無線手を狙え!」
もはや勝敗を決していると言えるのだが、敵の損害は帝国が喜ぶべきこと。
他の隊員と共に司令官らしき人物と無線らしきを背負った人物を滅多打ちにする。爆炎術式も交じっていたのでまあ間違いなく死んだろう。
敗北を知る司令官というのは生かしておいてもこちら側に得の無いもの、敗北を糧に成長されても困る。
蹂躙された敵陣地から散発的に飛んでくる銃弾の密度からして、敵の抵抗は微弱。
もはや残敵掃討の体を成しているため、今日の仕事は終わりに近いだろう。
「や、あの二人はダメだと思ったが、セレブちゃん育ったな」
「仕事中だぞティアナ少尉。が、まあそうだな。顔を青くして嘔吐していた頃が懐かしい」
余裕があったため観察していたが、最初の頃ふらふらと危なっかしく飛んでいたのに比べ今は割と普通に飛べており、多少の被弾はあれど防殻を抜かれた様子もない。
いやはや、鍛えてみるものだ。とターニャの呟きに対して、絶対育ててないだろ。という突っ込みを我慢し心の中でセレブリャコーフ伍長によく自分で育ってくれたと賞賛を送る。
逃げる敵兵を後ろから纏めて吹き飛ばす。
自らが放った銃弾が命を終わらせたことに対する感慨は何もない。
長く生きすぎたのか、元々擦り減っていた物が擦り切れたのか、作業ゲーをやっているかのように人を殺せている。
しかしそれは二度の人生を経ての物。二度目の人生だというのに隣で淡々と人を撃ち殺すこの金髪幼女は果たして何を思っているのだろうか。
前々から思っていたがこいつは普通の人の感性から結構外れている。
だからこそこうしてつるんでいるのだが、この人であることを否定するような戦争で、果たしてこいつはどう変わっていくのか。
「やれやれ、戦場にあって余念がすぎるな、これは」
ターニャ・デグレチャフ、今世でお前は何を思う?
鏡のように、自身を何も映さない瞳がじっとターニャを観察していたが、誰もそれに気づくことはなかった。
「中隊長より各位、三百秒後に友軍が砲撃再開予定。離脱に入れ」
「集結を確認、損害なし。各位装備以外に消耗もありません」
集結地点に到着し報告が終わると、緊張の糸が切れたセレブリャコーフ伍長がフラフラと寝床へ歩いて行き、対してターニャは「寝る、おやすみ」ときびきびしてさっさと寝に入ってしまった。
自分はそれを見送り体内調整術式を起動、その状態のまま煙草に火をつける。
流石に煙草の悪影響を緩和しなければこの歳で吸おうとは思わない。まあ緩和しているというだけで依然悪影響ではあるのだが。
「やあリースフェルト少尉、私にも火もらえるかな」
「シュワルコフ中尉殿、しばしお待ちを」
懐からマッチを探る。
以前煙草を吸っている時にやんわりとやめるよう言われたが気にせず吸っているとそれ以降何も言わず、時折一緒に吸いながら雑談するようになった仲だ。
「おや、すみません。マッチが切れてしまったようで」
火を着けてもらおうとわざわざしゃがんで待っていたシュワルコフ中尉は少し残念そうに自分のポケットに手を突っ込む。
「失礼、少しそのままで」
口に咥えている煙草を固定し、中尉の煙草に接着させる。所謂シガーキスというやつだ。
別に直接接吻するわけでもなし。男性同士だったら同性愛を疑われるものだが、今の私は美少女。相手に負の感情が芽生えるわけもない。
「これこれ、年頃の女性が行うものではないぞ」
「年頃というには幼すぎる自分を見て勘違いする輩もおりますまい」
「ふむ、だとしたら私はそれを注意せねばならないな」
それと目線で刺された煙草、仕事終わりのこれをやめるつもりはない。
「はっ!以後注意いたします!」
互いにクスクスと笑いあい、共に空に向かい紫煙を吐き出す。
「どうですか、集結の具合は」
「未だに再編の途中だと、今しばらくは変わらん」
子供に対する話題など持ちえまい、こちらもそういう話をされても返答に困るためこちらから仕事の話を振る。
ターニャの小隊に入ってからしばらく経つが、集結の具合からまだしばらくは泥と硝煙に塗れて飛び回ることになるようだ。
「中隊長殿。この前線に長くいるとはいっても、その殆どが診療所勤務、私は戦闘員としてしっかりやれているのでしょうか」
「撃破数は既にエース級、共同撃破も多数。優秀なサポーターという評価だと私は聞いているが?」
「数字だけ見れば立派なものですが、それはターニャ少尉の助力があってのことでしょう。彼女の火力のおこぼれを貰っているのが実際です」
謙遜も含んだが、実際ターニャの持つエレニウム95式は凄まじい。まさしくチートアイテムだ。
呪われているが。
私が少し突出し敵部隊を掻き回し、ターニャが後ろから狙撃術式でもって確実な撃破を行い、乱れた敵部隊をさらに自分が掻き回し、撃破を重ねる。私たちの基本コンビネーション。セレブリャコーフは添えるだけだ。
私のみでは少々火力不足で、実際の航空魔導師としての実力はなかなか落ちないというだけなのだ。火力をターニャに依存してしまっている。
言ってしまえば、私はあまり必要ないほどターニャは優秀なのだ。
「エレニウム95式は貴官にも使えると聞いたが?」
神の遺産エレニウム95式は、転生者ということがトリガーなのかわからないが、私にも扱える。
試しにターニャから借りてみた時に、口から自動的に垂れ流される讃美歌と共に起動している間は自身の記憶が消失。
記憶が戻った時には今にも引き金に指を掛けやばい形相のターニャが目の前にいたのは至極驚いた。讃美歌嫌いすぎるだろ。
「あれはターニャの物です、起動できるというだけで十全に扱えるわけではありませんよ」
お断りである。
あんな自身を差し出すようなもの。
「まあ大丈夫であろう、ここで飛び続けている。それは一つの証明だ」
「ああ、そうでしたね」
ただ生きる。それだけのことが難しいライン戦線で飛び続けていることは確かに有能の証明と言える。
短くなった煙草の火を足で捻じり消していると、シュワルコフ中尉が無線から連絡を受けている。その顔色はよろしくない。
「リースフェルト少尉、急ぎ仕事の時間だ」
「はい、シュワルコフ中隊長殿。命令となればどこへでも」
中尉も煙草を捻じり切り、共に集合場所に向かう。
さして休めていないが、ライン戦線ではある意味いつも通りだ。
非情な現実はいつも唐突に訪れる、ここではその頻度が少しばかり他より多いだけだ。
「よろしい。さて、中隊諸君、よろしくない知らせだ」
音楽の話ーいらなくない?と思ったけど、戦後もしかしたら楽器弾いてるかもよ、とフラグ蒔き。
シガーキスー少し目を丸くしてるおっさん(漫画版容姿)と幼女のシガーキス、控えめに言って、これは萌えでは?
ターニャは優秀なのだー自身の有能性を自覚していないわけではない。が、ターニャだけで良いんじゃないかなとよく思っている。
「セレブちゃん育ったな」―おっぱいのことではない。
ティアナ・リースフェルトの二つ名を募集いたします、詳しくは活動報告の方まで。
よろしくお願いします。