苦手な描写、苦手でない書き方、仕入れた知識や新しい試みなどいろいろと試してみてはいますが筆の遅さは何としても克服すべき事柄だと恥じ入るばかりであります。
全体としてのプロットだけでなく一話毎にプロットをちゃんと組み、『なんか会話』とか未來の自分にブン投げ過去の自分に殺意を湧かせる不毛なことはもう、やめよ。くたばれあの時の自分。
ああ、それにしても寒い。冬眠したい(切実
あ、UA100,000ありがとうございます。投票者の方も90人、お気に入りも約1,900人と大変ありがたい限りです。
励みにします。
酷く頭が痛い。
頭どころか身体中の至る所から痛みが奔っている。
今まで経験した痛みを軽く超えてきたこの感覚は、実に劣悪な目覚めを迎えたことを忌々しくも実感させてくれる。
気だるげに瞼を開き、目覚め特有のぼんやりとした視界は一人の人物を捉える。
ブラウンの髪を肩口まで伸ばした少女らしき人物は、自分が目覚めたことを認識すると誰かを呼びに部屋から出て行った。
その声は目覚めたばかりの脳髄に響くが、その判断は正しいものだと納得しまともに機能し始めた視界であたりを見渡す。
そこは小さな部屋だった。
ベットが一つ、隙間風に揺れるカーテン、洋服棚などの収納具。
何の変哲もない近代の洋室といった風。馬鹿な予想が頭の中に浮かび上がるが、判断には少し早い。
じっくりと部屋を観察していると、不意にドアが開き先ほどの少女とその親らしき人物が部屋に入ってきた。
「起きたのね、よかったわ」
大人の女性が体を触診し健康状態を簡単に確認。
その様子は手慣れた感じではなかったものの間違いは無く、すぐに検診は終わった。
「怪我は治ってきてるし後遺症もなさそうね。いろいろ聞きたいことはあるけど回復してからにしましょう。それじゃ晩御飯作るからメアリー、相手お願いね」
「はーいお母さん」
そういうと女性は部屋を出ていき、この部屋には自分と彼女の二人が取り残される。
「体は大丈夫?もう診てもらったから横になってて大丈夫よ」
「大丈夫です。すみませんがここは?」
今の自分が最も望むことは、ひとえに情報だ。
目が覚めたら見知らぬ地、何か一つでも既知の情報を欲し少女に尋ねるとここはレガドニア協商連合。戦争から離れた北方の山奥だという。
予期せぬ事態に痛む頭を押さえ、事態の把握に努める。
「私はメアリー・スーです。あなたの名前は?」
「ティーレ・ヌースフェルトです」
「ティーレさんね、よろしく」
滑らかに自分でない名前を語るこの口と表情は自然に、勝手に親愛の笑みを彼女メアリーと交し合う。
「それにしてもよかったわ。森の中で傷だらけになって倒れてたのを見た時はもう死んじゃってたと思ったから」
チリチリと脳内にノイズが奔る。
その時の状況を聞き出そうと思考は動き出そうとするが、それは阻害されるように歯は固く嚙み締められ、不快感と共に何者かの記憶が瞼の裏に上映される。
『よろしく頼む、この子は私の娘の―』『ミスター、予定ない者の同行は―』『仕方がない、護衛対象は二人だ』『移動を開始する、くれぐれも逸れないようにお願―』
「ちょっと、顔が真っ青よ!?」
記憶の再生による負荷と、病み上がりという状況が重なったのだろう、力無くベットに倒れこむ。
『もうすぐ国境線となりま...クソッ、偵察部隊だ』『工廠爆破といい手が早すぎる』(まったくだ。現場の有能ぶりに対し情報部は何をしている!任務に支障が出るだろうちゃんと泳がせろ!)『お父様怖い!』『落ち着きなさい、兵隊さん達が必ず守ってくれる』『ブレイク!ブレイクッ!!』『ミスター!走ってください!子供はこちらで担ぎます!』
間に挟まれた声無き声と、その後の恐怖を訴える声。
それはまるで先ほどから自分の声から発生しているとは思えない天使のような子供のような声。
そう、自分から発せられる聞き覚えの無い澄んだ声に、あまりにも自分と違う子供の体に気が付く。
「メアリーさん、自分がどういう状況で森に倒れていたのか、教えてもらってもいいですか」
思考を記憶から現実に移り変える。
「自分が何故森で倒れていたか、どうやら覚えていないどころか何も記憶が無い」
「そんな」
沈痛な面持ちでそっと抱きしめてくるメアリーの成長具合に神経を集中させながら、厨二的結論を出す。
(転生...だろうな)
「私は思い出さなければならない、そしてどこかへ帰らねばならない。そんな気がするんだ」
窓の外、振り続ける雪の空をじっと見つめ、胸に湧き上がるなにか感じ、そっと意識を失った。
転生、正しくは憑依という言い方が合っているのだろう。
私を見つけたという少女、メアリー・スーとその母親と生活していくうえでいきなりフラッシュバックするこの体の記憶は、恐らくこの体の記憶。
拾ってくれたうえタダで衣食住の世話までしてもらっているというのは無職であった頃を思い出すものだが、身体が動くのに何もしないというは私の信条が許さず、お手伝いの日々を過ごしている。
過ごしているのだが、それを阻害するものがそのフラッシュバックだ。
前回のように倒れて体をぶつけないよう膝を抱き込み座り込む。
「大丈夫?お水持ってくるね」
「いや、しばらくすれば大丈夫、だ」
顔の目の前に映りこむメアリー・スーを塗りつぶすように視界が暗転していき、記憶が映しこまれる。
再生される記憶は途切れ途切れだが、今回は随分と血の色が多かった。
苦悶に呻く人、喪失感に嘆く人、血みどろになりながらも懸命な人。
そしてヒトとモノを瞬時に判断し、視界いっぱいの内臓を弄繰り回しながら指示を行う自分らしき人物。
「メアリー、今日の夕ご飯なんだっけ」
「今日?確かイノシシのお肉が取れたからそれを使うって言ってたわね。どうする?食べれそうにないなら...」
「いや、まあたぶん大丈夫だろう。ありがたくいただこう」
フラッシュバックは収まったが生々しい臓腑が目に焼き付いた。
お嬢様、軍人、医者と、確定的な記憶とはいえないおぼろげな記憶が今まで流れたのだが、果たして自分はいったい何者だったのだろうという疑問が膨れ上がる。
段々と記憶は過去に遡っている気がして、それと同時に俺という中身が喪失していっている感覚と、私が更新されていく感覚が起こる。
「また記憶を見たの?」
「ああ、そうみたいだ」
「記憶が戻りそうでよかったわ。けどなんだが、段々と変わっていく感じがして少し怖いわ」
「うん?」
そういうと、大丈夫と断ったはずの水をおせっかいにも手渡してきた彼女は言う。
「記憶が戻っていくたびになんだか、男の人みたいに喋り方が変わっていくでしょ?」
水に口を付ける動きが止まり、思い出す時に流れる疲労から流れる脂汗とは違う汗が流れ出る。
(言いくるめ、騙し、処理。どうにも物騒な選択肢ばかり思い浮かぶのは何故だろうな)
自分の中で何かがせめぎ合うのを感じながらも女性の口調を意識しながら会話を繋げる。
「何故、なんでしょうね。まだ私にもわからなくて」
「喋りやすいならその男の子っぽい喋り方でも大丈夫よ。なんだかお父さんみたい」
「そういえばメアリーのお父さんは?聞いても?」
自分は人の家庭を知りたいような人に興味を湧かせる人物であったか?と疑問が浮かぶが、口や体がいつの間にか勝手に動くのはこの体になってからは今更かと身に任せる。
今まで生活していた中で目にした人物は目の前にいる彼女とその母親、それと近所に住む老人など。
父親らしき人物は今まで見たことは無かった。
「大丈夫よ。お父さんは軍人なの」
この近代らしき時代、父親が蒸発もしくは死亡しているということを予想の中に入れていたが、どうやら父親はご存命の様子。
「軍人ですか、そんなに軍人っぽい喋り方してました?」
「まあ、ちょっとね。こんなに小さい軍人さんもそうそういないでしょうけど」
「確かに」
小さくクスクスと笑い合う。
「お父さんは今戦争中でなかなか帰ってこないけど近いうちに一度帰ってくるって手紙に書いてあったわ」
「その時はメアリーが寂しい時にお父さん役をこなせる様しっかり観察せねばなりませんな」
「まあ、なら私もティレが寂しくないようにお母さん役練習しなくちゃね」
わざとらしい偉そうな軍人口調で茶化し彼女が冗談を返し会話を弾ませる。
「メアリー、ティレちゃん。ごはん出来たわよー」
「「はーい」」
雑談をしている間に出来た昼ご飯を頂いたが、近代欧州の飯という物珍しさのみが評価点だった。
不味くなければ良いという割り切り、診察後にお昼寝という文化を楽しみ、勉学の時間を過ごすこととなる。
「先生、ここ教えてもらっていいですか?」
「はいよ」
一日の中、メアリーは昼寝後に勉強を行うのだが、その間やることが無く暇な私はその勉強を覗き込み、メアリーが躓いていた問題を事も無げに答えを当てた。
メアリーにその問題を解説し教えてから、いつの間にやらこの時間はメアリーの家庭教師となっていた。
この体はなかなかにスペックが高い。たとえこの身が頭脳明晰で見た瞬間答えがわかろうとも、元の私は非才の塊。
才能有りし人が言う何がわからないのかわからないとかいうことに悩まされることは無く、わからないであろう箇所を分析し適した解き方を教える。
人に物を教える適正は自分ではそれなりにあるとは思う。しかし私が教えるのに適しているのは非才の者のみ。
メアリー・スー。
彼女は才能人間なのだ、困ったことに感覚派の。
「先生の教え方は学校の先生よりわかりやすくていいわ」
「メアリー、君の感覚は学校の教育とはたぶん相性が悪い。ちなみに私の教え方とも相性は悪い」
「ええ!でも他の誰よりわかりやすいわよ?」
驚きをあらわにする彼女はそういうが、教育に擬音を使用する教育方法など私も初めてなのだ。そしてなぜそれで理解させられたのか私としても謎。
「それにしてもティレって頭良いわよね。私の方がお姉さんのはずなのに勉強教えてもらってるし」
「メアリーも十分頭良いさ」
それにこちらは前世というアドバンテージとこのスペックの高い脳味噌のおかげだ。
石を投げればそれの計算式が頭に浮かび、石が落ちる前に答えは導かれ計算した落下地点に落下する。その計算能力はこの脳味噌だけではなく記憶にある経験によるものが大きいような気がする。
「頭の良し悪しの話は置いといて、勉強の続きだ」
「はーい先生」
間延びした返事をして勉強に戻るメアリーと、それを見守る自分。
家事を手伝い、メアリーとおしゃべりし、時折記憶を思い出し、勉強の教師をしながら穏やかに過ごす。
この平穏に浸かりながら暮らすのも悪くないと日々を平和に暮らす。
終わりが来たのは彼女の父親が帰ってきてからだった。
髪を短く切り、さして手入れをしていない髭を伸ばした軍人らしい厳つい顔をした男だった。
でれでれと娘にじょりじょりと髭を擦りつけ嫌がられ落ち込んだ一場面を勘定に入れなければ、軍人らしく自分に厳格であろうとする雰囲気をしていた。
「始めまして、しばらく前からお世話になってます。ティーレです」
「アンソン・スーだ。記憶を失っているそうだな。大変だろうがしばらくはうちでゆっくりするといい」
互いに握手を交わし、表面上は和やかに。しかし互いに慎重に。
「手紙に書いてあったティーレさんの事情について私の方でも調べたのだが、それを話したいからすまないが二人だけで話したい」
「さすがパパ!何かわかったのね!」
「ああ、だがまずティーレさんのみに話す。部屋で待っててくれ」
「私も聞いちゃダメなの?」
「メアリーさん、なにか考えあってのことでしょうしまず私一人で聞きますよ」
「うん、わかったわ」
「良い子だ」
どことなく不安げな顔をしているメアリーの頭をぐりぐりと撫で部屋に送り出すアンソン・スー、そして小さく手を振る私。
小さく手を振り返す彼女に微笑みながら共にリビングに向かう。
「可愛いだろう私の娘は」
「ええ、同意しましょう。それに彼女はとても聡明だ」
「ああ、それに気立てもいい。自慢の娘だ」
「将来は良いお嫁さんになりそうですね」
「娘は嫁にやらん」
「・・・」
「やらん」
「・・・」
帰ってきて早々娘自慢、溢れ出る親馬鹿臭に緊張感を削がれそうになるが、親馬鹿とはまた違う真剣なアンソンの眼光に射抜かれ、場は緊張感を保たれていた。
「そんな可愛い娘と愛する妻の住む家に久々に帰ってきたのになんだ、なぜお前のような者がいる」
「・・・」
リビングに着いたにもかかわらず互いに座ることなく向き合って話し合いが始まる。
「我が祖国に何の用だ、『血濡れ』」
「『血濡れ』、ですか」
「近距離魔導白兵戦のプロフェッショナルであり日々返り血に染まり着いた忌み名は『血濡れ』。西方では随分と暴れまわっているな。相方の『ライン悪魔』の情報はともかく血濡れ、お前の報告書ならいろいろと出回っている」
そうか、アウトレンジ戦法や殲滅が主のターニャの情報はあまり出回っていないのか。
まあ私の情報が流出することは私が接近主体の戦法を使うことからわかってはいたが、それにしても血濡れって。そんな返り血で真っ赤になることなどあまりなかったと思うが。
「同胞を幾人も討ち果たした貴様をただ生きて返すつもりはない。手紙に書かれている通り貴様の記憶が戻っていないというならこれから独房の中でゆっくりと思い出すといい」
懐から素早く引き抜かれた拳銃を体に引き寄せるように構え照準を行い引き金に指をかけるアンソン。
ティアナは袖口に隠し持っていたテーブルナイフをアンダースローで投げ込み拳銃を衝撃でもって叩き落す。
同時に踏み込み距離を詰めるティアナだったが素早いローキックの牽制に阻まれる。
たとえ牽制の蹴りであろうが挌闘戦では重量は戦闘の優劣を決める一つの重要な要素、軍人の牽制一発がこの子供の身には堪える。
「やはり記憶は戻っているようだな」
「まず一発弾丸をぶち込み様子を見るとは、さすがいきなり越境行為を行った国の軍人といえるな」
「撃つつもりは無かったさ、しかし貴様がやり返したとあってはな」
「ぬかせ」
もう片方の腕を振るいいくつか隠し持っていたテーブルナイフの一つを逆手に構える。
アンソンは背中に装着していた軍用ナイフを構え、同時に魔力の気配が漂う。
最悪だ。
相手は現役の軍人、しかも魔導師と来たものだ。
防殻術式を起動させられたのならもう攻撃を入れられる余地はほぼ無い、つまりは対魔導士戦闘を歩兵装備以下のちゃちなナイフ一本でやれというのだ。無理難題にもほどがある。
コンパクトに振られるナイフに合わせナイフを振るおうものなら一撃でこちらのナイフがおしゃかだ。
素早く振るわれる斬撃を回避し、伸びた手にナイフで切りつけるが防核術式の堅い感触。
生身で魔導師を制圧するには挌闘戦で関節の攻撃や絞め技が有効だが、それを相手は承知しているのかナイフを振るう手の戻しは早く、それを行う隙はほぼ無い。
最も、こちらは力の弱い子供の身でありそれを行うには深く踏み込まねばならず、しっかり間合いを取られては踏み込むには多大なリスク。
「降伏勧告すら、無しとは、子供を甚振る趣味がおありで?ッ!」
「貴様をただの子供とのたまう現役軍人などおるまいよ。それに妻は元医者だ、即死しなければ何とかはなる」
ナイフを掻い潜りながらの口撃も意味をなさず、徐々にナイフが衣服にかすり始める。
(どうしようもない糞ゲー感、やばいな)
能力を駆使し斬撃の軌道、ナイフや腕のリーチ、行動のほんのわずかな癖、踏み込みの深さを認識し情報を収集、回避に適応させる。
(ちょっと楽しくなってきた)
振れども振れども敵の返り血でしかそうなる気は無いといった風に血濡れと呼ばれたティアナに傷がつくことは無い。
それどころか攻撃が見切られ始め、効かないとはいえ手首の頸動脈を何度もナイフで撫でつけられる。
防核術式によりその攻撃が効くことは無いが、命に係わる器官を何度も脅かされるというのは心理的に負荷がかかる。
「アンソン殿はこうして、幼女の衣服を細切れにしていくのが趣味なのですかな?はっはっは、良いご趣味で。おっと」
反射的に言い返したくなる気持ちを攻撃に込め、アンソンは戦闘に集中する。
これまでの攻撃で衣服はズタボロだ。ナイフで引き裂かれた衣服は牽制の蹴りにより引き千切られ、布より素肌が多く時代を先取りしすぎたファッションのようだ。
「お父さん?どうしたのドタバタと...」
「メアリー!部屋に戻ってなさい!」
と、これまでの挌闘戦でどったんばったんしていたため様子を見に来たメアリーが目にしたものは、服をズタズタに引き裂き幼女に迫る父親の姿と、メアリーをしっかり感知し持っているナイフを死角に置き涙目で助けを求める視線を送るティーレの姿。
「メアリー、た、助け」
「メアリー!部屋に戻りなさい!」
「お父さん最低っ!」
一瞬の硬直。
意識を塗りつぶすように強く床を踏み鳴らし距離を詰めにかかるティアナに対し、先ほどまでと違い精細さを欠いた咄嗟の突きで対応する。
それを回避し手首を握り内側に捻り、そこから重心を利用し倒れ掛かってくるアンソンの胸に手を当てそのまま一回転させ背中から地面に叩きつける。
衝撃と捻りにより緩んだ拳からナイフを素早くもぎ取り、胸にある宝珠に手を当てナイフをアンソンの首に添える。
「形勢逆転だな」
「え、え?何がどうなってるの」
宝珠に適度な魔力を流しエラーを誘発。
首に添えたナイフから一筋の血が流れたことから防殻術式は機能不全を起こしたことを確認。
動きの止まったアンソンの体をまさぐり、拘束用装備を探し出しそのまま使用。ついでに使える装備を引っぺがす。
「家族には手を出すな!」
「民間人に手出しをする気は無い。ほれ、口開けろ」
猿ぐつわを噛ませアンソンの拘束を終えると、すぐさまこの家を出る準備を始める。
「メアリー、しばらく世話になった。今日でお別れだ」
緊急用にアンソン家が用意してあった緊急避難バッグの中身を選別しながら、現状の把握に努めているメアリーに話しかける。
「改めて自己紹介しよう、とはいっても本当の名は名乗れんが」
冷蔵庫にある食料をバックに詰め込む手を止め、改めてメアリーに向き直る。
「帝国軍航空医療魔導師、大尉を拝命している。そうだな、友人は私をティアと呼ぶ、そう呼んでくれ」
「帝国魔導士...、ティア...」
帝国式の敬礼を行いながら目線で感謝と非礼を詫びる。
メアリーは賢い子だ、与えられた情報を咀嚼し素早く現状を認識しているのを感じる。
「騙すような真似をしてすまなかったな、たとえ敵国であろうと民間人に危害を加える気は無い。それにすぐ出ていくから安心してくれ」
「ティアが記憶を失っていたのは、本当?」
聞くこと、聞かねばならないことは他にいくらでもあるだろうに、メアリーがしてきた質問は私の記憶喪失についてのことだった。
「記憶を失っていたことは本当だ、この私という人格が戻ったのもつい最近のことだ」
「そう、ならいいわ」
「?」
思っていた展開パターンのどれとも一致しない疑問と回答。
諦めるようでもなく、悲しみや怒りを抱くでもなく、仕方ないといった風にこちらに微笑んでくる。
「あなたのあの優しさが本当だったなら、それでいいわ」
懐かしくも忌まわしい過去の自分、とうに捨て去った優しさを再び演じれば最も穏やかに彼女への別れを迎えられる。
血の通わぬ冷徹な仮面はそう囁いた。しかし私のルールはそれをさせず、私は素の私を表し別れを告げることにした。
「たとえ記憶を失ってからの私が優しかろうと今の私は帝国軍人だ。国防のため人を殺し、侵略のため人を殺し、命令により人を殺す。その中には無論協商連合の兵士も殺してきた」
警告、自己にとって利益などどこにもない、ただの警告。
「メアリー、敵と味方をくれぐれも間違えてくれるな。君にとって味方は今気絶している君の父親であり、敵は私だ。歩み寄る相手を間違えてはいけない」
「随分とおせっかいな敵さんね。それよりもこっちの空は冷えるわ、今ジャンパー持ってくるからちょっと待ってて!」
「ねえ聞いてる?」
「おかーさん、ティアが旅立つって!」
「聞いてー?おーい!...アンソン、どういう教育している。ここを出ていくのが不安になったぞ」
聞く耳を持たずリビングから出ていくメアリー、思わずアンソンを問い詰めようとするがおーっとアンソン氏も困惑の表情だー。
迅速にこの家を出ていく必要があるにもかかわらず猿ぐつわを外し娘さんの教育計画について話し合いを始めてしまう。
「民間人への攻撃は条約によって禁止されているが実際は何が起こるかわからん。正直大丈夫か娘さん」
「私は軍属で家になかなか帰れないから妻に一任していたが、正直私も今不安になった...」
「帝国軍はお国柄規律を重視しているから比較的マシではあるが、東のコミー共の脅威は帰るたびちゃんと教えろ、必ずだ」
帝国の東に位置する連邦は粛清粛清大粛清の国民虐殺国家だ、侵略した国の扱いなど碌なものではないのは情報部やターニャから聞き及んでいる。
「帝国領となれば統制のため多少の抑圧はあれど何事もなければ穏やかに暮らせるが」
「させんよ、我が祖国は帝国の侵略を凌ぎきる」
「二正面で戦争している帝国に苦しめられてる協商連合程度が?はっ」
拘束され寝転がされているおっさんとヤンキー座りで顔を近づけて会話している幼女がガンをつけ合っていると、扉の向こうで制止を呼びかける母親を振り切りメアリーが上着を持ってきた。
「ティア、これなんか暖かいわよ。どうかしら?」
「待て、それは私が娘に対してプレゼントした物であって貴様にむぐぐ」
「...すまない、いつか借りは必ず返す」
再び猿ぐつわを噛ませ、メアリーから上着を借り受ける。
成り行きではあったがアンソン家には多大な借りが出来てしまった。
戦場での貸し借りや仕事面での貸し借りはあるが、私的な貸し借りはターニャ以外には思えば初めてのことであり、いつ返せるかわからない借りなど思えば三度の人生の中で本当に初めてだ。
仕事時、必要性に駆られればいくらでも非情になれれども、私生活では恩義は返すのが私のルール。
受けた恩義を心にしかと刻み、飛行術式を起動させ旅立つ。
目指すは協商連合レガドニア首都。
冷たい寒空の中、渡された上着は確かに暖かかった。
メアリーママン―この話を書くに当たり一番困った存在。勝手に設定ぶち上げました。
ティーレさん―いったい何ースフェルトなんだ...。偽名は適当に浮かんだものを使いました。
情報部―無能。
メアリーの成長具合に神経を集中―(おぉぉおっぱ――)
一度目の男―人生の負け犬。自分への決め事は絶対の有言絶対実行の若干サイコパスで社会不適合野郎。
協商連合元ネタ地域でのお昼寝―寒さに強い子にするため雪が降っている中、外で昼寝するそうです。ヨクワカラナイ。
擬音授業―「この公式をカカッと代入してな」「なるほど!」(何故必要のない擬音入れるだけで理解度が上がる、なぜ擬音抜くだけで理解度が下がる...)
お父さん最低攻撃―父親に絶大なダメージ。作者自身も書きながらどうしようと困りながらいつの間にか電波を受信し無理やりこれで解決させた。ギャグ。
血濡れ・航空医療魔導師―二つ名募集枠にて頂いた案を採用させていただきました。案を出して戴いたお二方、ありがとうございました。
血濡れ―原作様『幼女戦記』の発想元の一つ、『リリカルなのはAnother~Fucking Great!~』の主人公に付く『血濡れのマリア』からリスペクトの意を込め使わせていただきました。こちらも大変面白い作品ですのでどうぞ。
メアリー―きっと元は良い子。