「嫌だ、拒否する、断固として拒否する!」
「命令だ、諦めろ」
「いーやーだー!」
自らのベットの上で幼子のように腕を振りまわし駄々をこねる中年男性の需要というものは、限りなく零に近い。
零でないことに人類の業を感じざるを得ないのだが、それは精神的な物であって、実際には駄々っ子をするのに相応しい幼女が一人。
そう、職業軍人であり、大学生であり、転生者ということを除けば何もおかしなことは無かった。
事の始まりは、ここ最近では珍しくげっそりしたターニャが、人事部の書類片手に帰ってきたことにあった。
参謀本部にお呼ばれされたターニャを笑顔でお見送りし、私は自室でお勉強。
軍大学の教育は戦時下ということもあり、不要を削りより実践的な教育課程にシフトされている。
教育に費やす期間は短縮され、しかして必要な知識は教育期間が長かった時期と変わらず膨大。
前世という優位性を存分に活かせているターニャと違いこちらはそういった知識が無い故に、周りに置いて行かれぬよう必死に勉学に励まなくてはならないのだ。
決して趣味に入れ込み過ぎてその不足を補っているわけではない。
ターニャをお見送りしてから夜までぶっ続けで机に齧りついていたのだが、流石に集中力が切れコーヒー片手に休憩を取ろうと机から離れた時、参謀本部へ行っていたターニャが帰ってきた。
そしてただいまを言う事も無く自身が抱えていた書類の一つを押し付けるように差し出し、淹れたてのコーヒーを強奪していった。
ターニャの表情から嫌なものを感じるが、ちらりと書類に見える文字列は参謀本部通達というお上からのもの。
出来るならば即座に燃やし尽くし勉学の疲れを癒すべくお外で煙草でも吹かしたいところだが、その選択肢の先に待っているのは最前線ルート一直線。
嫌々ながら書類を読むと、航空魔導大隊構想の概要と、その大隊の補佐に付けという辞令であった。
ohナンテコッタイ、どちらにせよ最前線じゃないかF〇CK!
その後思わず幼児退行してしまった私をターニャが気色悪そうに見ている。
しかしながら鉄拳を持って精神の安定を強制しないあたり、この気持ちはわからなくもないのだろう。
何せ補佐する魔導大隊の大隊長こそ、目の前で蔑んだ目線で私を見るターニャ・デグレチャフその人なのだから。
「コーヒーでも飲んでそろそろ落ち着け」
「うん、ありがとう」
自身がおかわりするついでに入れてくれたコーヒーにミルクと砂糖を投入する。
彼にコーヒー党に染められて随分経つが、未だにブラックを美味しく飲めない。この体になってからは全くだ。
「煙草火着けていい?」
「ダメだ、部屋で吸うな外で吸え」
「言ってみただけだよ」
いつかのように火のついてない煙草を咥え、書類片手にお仕事の話を始める。
「まずはこの即応魔導師大隊構想とは?以前言っていた大隊ということでいいのか?」
「ああ、内容自体は変わっていないが、規模は新編の増強大隊となった」
通常魔導師は四人で小隊、十二人で中隊、三十六人で大隊となる。
そしてそこに中隊分を追加した四十八人は増強大隊と区分され、その増強大隊は主に特殊な任に就くことが多いとされる。
新しい部隊の規模としては十分な数が揃えられており、期待のほどが覗えよう。
しかしながら問題が無いわけではなく、一つ挙げるのならば新たな大隊は新編ということ。
あらかじめ組み終わっている大隊を引き抜くことが出来たのならば、ある程度の訓練でもって増強大隊に編成しなおすことにそう時間はかからないだろう。
だが新編、新しく隊を組みなおすとなれば、人の選別、入隊訓練、そして大隊として動くための訓練、その部隊を始動させるまでには膨大な時間を費やすこととなる。
いや、そこで時間を掛ければ前線に送られるまでの時間を稼げる、ターニャはそういうつもりなのだろうか。
「新編とは言うが、どこから引っ張ってくるつもりだ?」
「西方北方以外からだ、流石に精鋭を前線から引っこ抜いてしまうわけにもいくまい」
「だろうな」
「そもそもとしてだ、私は大隊を率いるつもりなど無い」
うん?先ほど命令だの一言で冷徹に拒否を拒否したお方の言葉とは思えないな。
基本的に業務命令を順守するターニャには珍しいターニャの抵抗の意、解釈により回りくどく命令に背くということではなく明確に背くことは本当に珍しい。
「まず求人広告を徹底的にブラックにする、過酷な労働環境の中碌に報酬も約束されていない部隊なぞ誰も好んで来るまい」
労働には正当な対価を、戦場では労働基準法なぞポイされているが、わざわざブラックな部隊の求人応募に来るやつなど碌にいないだろう。
要するにだ、新しい部隊に対する意気込みは十分であります。しかしながら、非常に残念なことですが、元手となる人員は集まらず、集まった人材は能力不足。
誠に遺憾でありますが、この企画はボツとなりますというプランだろうか?
意図を把握し、互いにニヤリと。
ターニャと共に案を出し合い、程よく厨二文章を織り交ぜ痛々しさを醸し出し出来上がった草案は、それは見事な物となった。
『帝国軍参謀本部 戦務課通達』
『常に彼を導き 常に彼を見捨てず 常に道なき道を往き 常に屈さず 常に戦場にある』
『全ては勝利の為に』
敢闘精神の無いものはここで落とす、一応やる気のあるやつを募集している文章ということでこの後の文面に対する文句は抑える手筈。
『求む魔導師』
『至難の戦場 わずかな報酬』
『剣林弾雨の暗い日々 耐えざる危険 生還の保証なし』
『生還の暁には名誉と称賛を得る』
『参謀本部第六○一編成委員会』
「「これはひどい」」
悪ノリ以外の何物でもない草案をゲラゲラと笑い合って、何事も無かったかのように次の話に移る。
「さて、これで志願する者は碌に居ないと信じたいものだが、人間の英雄願望というものは存外馬鹿に出来んぞ?」
「いやいや、流石にこれは来ないだろう」
「いや、一定数は確実に応募が来る。死を厭わぬ馬鹿もしくは戦争中毒のイカレ野郎、そして馬鹿」
幼き頃より教育を施され、一定の知能指数を得たはずの日本人でさえ確実に馬鹿が沸く。
消費を目的とする人材であるなら一応使用用途は無くは無いが、この大隊にそういった人員は不要。
そういった無能は書類で落とすにしてもだ、問題は有能なる厄介者達。
北方西方で派手にドンパチしている中、果たしてそれ以外の他国の進行に備える方面軍はどう思うのだろうか。
平和を思うべきが軍人の姿、しかし軍人だからこそ、戦場に恋い焦がれる部分がある。
各方面軍に必ず存在する戦場の狂気を嗅ぎ付ける戦争屋や、愛国心や英雄願望を元に集う者達、その多くは有能なのだ。
「そうだな。その場合はヘルウィークでもするか?いや、いっそのことあらゆる特殊部隊の訓練方法を取り入れるか」
ニヤニヤと自分の世界へ入り込むターニャを眺めコーヒーを口にする。
実に過酷なこの世界だが、ミリオタであるターニャにとってはある意味楽しい世界なのではとよく思う。
「高度順応訓練にヘルウィーク、これに耐えるものには一週間のSERE。そして最後に一週間の非魔力依存長距離行軍演習」
流石にこれらに耐える人材はおるまい。と実にイイ笑顔を浮かべるターニャ。
こいつの本性はやはりドSだと確信できる笑みだった。
「ところでターニャ、私は参謀本部から部隊の補佐としてこれから立ち回るわけだが、無論その訓練時私は補佐としての参加となるよな?」
ターニャ考案の特殊部隊訓練ごちゃまぜ地獄コースに参加したいかと言われれば、勿論NO一択だ。
しかしそんな内心を知るであろうターニャはほーう、と呟きニヤリと嗤う。
「あぁ、その心情はわかるとも我が友ティアナよ。嫌だろう、嫌だよなあ、私だって嫌だ。だがしかし我らは軍人、軍人とは規律を重んじるものだ。一人だけ特別扱いにしては規律というものは乱れる」
「おっとー随分と嬉しそうですね中尉殿ー?」
にやにやとした顔を張り付けながら、なおもターニャは嘯く。
「嬉しいものか、なにが悲しくて死人すら出かねない地獄のような訓練に長き付き合いをしてきた友をぶち込もうと思うのか。しかしな友よ、知っての通り我が国は只今戦争中なのだ。」
「戦争に生き残るのは難しい、これはティアナも知ってのことだろう。その戦争に生き残るための訓練なのだ、生き残って欲しいからこそ私は心を鬼に、心を鬼にして!私は友を長く苦しく辛く耐えがたき地獄のような訓練にぶち込もうと今心苦しくも決意を固めているのだ。わかってくれ、友よ」
身振り手振りを加え、私は悲しいといった迫真の表情を持って朗々と紡がれるその言葉は、私に「お前演劇部とか入ってたっけ?」という些細な思考を与えたのみであった。
「で、本音は?」
「お前が苦しむ様を久々に見たい」
「表に出ろクソドS、格の違いを教えてやろう」
私は激怒した。必ず、この性悪冷徹幼女を除かねばならぬと決意した。
自己鍛錬は大いに推奨されているが、訓練に使われる銃弾はタダではないため、主に格闘戦などお金のかからない鍛錬が推奨されている。
撃ち合いならばターニャに分があるだろう、しかしながら格闘戦なら私の方が圧倒的に強い。
「わかった落ち着けノーコン野郎。実際そうしてやりたいのはやまやまだがな、訓練中不慮の事故でもって私の評価が下がるのはよろしくない。そうした事態を防ぐため医療魔導師として補佐してもらうとするさ」
「知ってた、わかってるな我が友よ」
「治療に関しては死なない程度、後遺症が残らない程度で良いからな」
「あいよ大隊長殿」
実に忌々しそうに大隊長はやめろというターニャに笑い、夕飯の支度を始める。
ターニャと二人でルームシェアをしているが、こいつは碌に家事をしない。
そのため家事全般は基本的に私が担当している。
自室で世話を焼いていると、見た目からか本当に子どもの世話をしている気持ちになり、ターニャとの共同生活はそう悪いものでは無いと思わなくもない。
「リクエストは?いや、確か参謀本部で食べてきたんだっけ?」
「シュラハトプラット、私に美味いシュラハトプラットを食わせろ」
シュラハトプラット、ドイツの郷土料理だったか。
確かザワークラウトと豚肉やらウインナーを一緒に蒸すだけのお手軽料理だったと記憶しているが。
「ターニャあれ好きだったっけ?」
「ティアナ、良いことを教えてやろう。いいか、これは公然の秘密とはいえ口に出してはならない事実だ」
「はっ!留意致します!それで中尉殿、その秘密とは?」
塩漬けしてあった豚肉やら野菜を取り出し、料理の下ごしらえを行いながら適当に答える。
女にモテるために身に付けた料理スキルだが、やってみるとなかなか面白いもので、時折こいつを家に呼んで振る舞っていた。
「参謀本部の飯はまずい!」
知ってた、言伝に聞いた限り相当だと知ってた。
「不味かった!」
それほど手間のかからないシュラハトプラットを夕食に出すと、なかなかに満足気なターニャが見れた。
「ちなみに私は中尉ではなく大尉だ、昇進した」
「それはおめでとう」
嵐が来る、嵐のような忙しい日々がもうすぐ待ち受けていることを私は予感した。
しかしおいしくご飯を食べているターニャを眺めていると、それでもこれから頑張れる気がしていた。
「お父さん頑張るよ」
「だれが娘か」
駄々っ子ー幼子最終奥義。
蔑みターニャーやめろ!そんな目で私を見るなぁ!(ビクンビクンッ
ティアナの成績ー優秀なれども綺羅星達には及ばず。
大隊補佐官ー副官にするかは考え中、副官とする場合セレブリャコーフが犠牲となってしまうんだ...。
ターニャとティアナの戦力比ー遠距離ターニャ封殺、中距離ターニャ有利、近距離、ティアナ勝ち。ターニャの嫌なところって負けだとしても損害を発生させそうなところ。相手にしたくはない。
ランキング乗った作者が筆が止まった瞬間にメンヘラ発作するやつー!―私だ。