満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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実に二カ月ぶり。
待ってくださった人もそうでない人も大変お待たせしました。
なかなかの難産です。ラスボス相手の戦闘シーンってホントどうすりゃいいんだ……


葵≠アオイ

 強壮な背筋に冷や汗が伝う。

 視界内にいる二つの人影は、寸分違わず全く同じ容姿をしている。

 普通に考えるならば、現在この広場の入り口付近にいる陽ノ本葵の方が本物、中央にいる偽物を屠ってやればいい。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。この二人を見分けるための判断材料は存在しない。それこそ、死角でシャッフルされようものならどちらが今まで一緒に歩いてきていた葵なのかも判別できない。

 全身が焦りで焼けるように熱くなるが、一方で頭からうなじにかけて、氷を滑らせたように嫌な冷たさを感じた。

 例えば、今ここで広場の中央にいる、恐らくアオイに槍を突き立てる。しかしその瞬間に葵とアオイの位置を何らかの方法ですり替えたのならば、意図せぬうちに葵を殺してしまうことになる。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 しかし、同時にこの相手に限っては時間をかけているわけにもいかないのだ。

 四月の三十日、午後十一時五十九分五十九秒、それが全てのタイムリミットだ。そこからわずか一秒進んだだけで、全てを忘却し半年前へと戻される。

 その瞬間を見て、全ての記憶を継続したまま絶望する葵を残して。

 

「……メンドクセェヤツ」

 

 舌打ちと共に悪態をつきながら双方を見据える。

 時間制限ももちろんだが、彼女自身の力も厄介なものである。

 彼女自身が霧の核だとしたら、その周囲に充満している濃密な霧全てが彼女の力となる。

 そして周囲からかき集めた力による一撃は、まさに即死級のものだった。

 果たしてその戦闘技術が陽ノ本葵に由来するものなのか、あるいは先程彼女が≪約束された勝利の剣(エクスカリバー)≫を扱ったのと同様、あらゆる技能を備えているのか。

 後者の場合であれば、今相手にしているのは、今までの『八本槍』など比べ物にならない化け物ということになる。

 物は試しだ。クーは様子を窺うためにインファイトに出る覚悟を固めた。

 地面に亀裂が浮かぶほどの力で蹴り、弾丸の如く直進する。

 一方アオイは折れた聖剣を放棄し新しい得物として二振りの剣、そしてその周囲に同様の剣を空中で配置させ――

 

 ――空間が歪む。

 

「≪王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)≫」

 

 暴風に煽られ、急停止を試みる。

 地面の砂粒が煽られ舞い上がっているのか、あまりの風の強さに視界を奪われ目を開けていられない。

 その現状に耐えていられないのか、遠くで葵が悲鳴を上げている。クーからは助けに行けそうもない。

 やがて風が止み、砂粒が視界を奪うこともなくなった。すぐに視界を確保しようと目を凝らすと、そこには一面の砂の世界があった。

 踏み締める大地は柔らかい砂の感触――踏み違えば滑落する危険もある。

 雲一つない青空から降り注ぐ、まるで昼夜が逆転したように照り付ける灼熱の太陽光。

 これはそう、あの『八本槍』ジェームス・フォーンが使用する魔法と同じ、心象風景を映し出す固有結界。

 しかしこれに関しては、自身の心象風景を現実のものとして呼び出したわけではないようだ。当然、陽ノ本葵もしくはヒノモトアオイがこの砂地の続く世界で王になった経験などない。そして、そこにいるアオイの背後には――

 

「ここにいるのはこの世界で負の思念に囚われ夢に揺蕩っている人たち――地上に蔓延っていた黒い人影はもう見ましたよね?」

 

 アオイの背後には、数千にもなる武装した兵が整列している。これら全部が、夢に支配された者を魔法によって呼び出した存在だとでもいうのか。

 彼女は言う。今彼らは、現実と夢の区別もつかず、まるで芝居の勇者の一人にでもなった気分で、人を殺す偽物の大義名分を背負って武器を取り、ただ一人の巨悪を倒すために絶と上がっているのだと。

 夢の中に閉じ込められ、意識もないまま再び世界に呼び出されて、そして夢だと錯覚したまま気分のままに人を殺す、そう言う存在だ。

 それが本当かどうか、クーに確かめる手段はない。殲滅してアオイを追い詰めることは決して難しいことではないが――英雄クー・フーリンには似合わない方法だ。

 

「――さあ皆さん。今こそ理想郷を害する逆賊を打ち滅ぼす時です!」

 

『――応ッ!!』

 

 列をなす武装集団が、アオイの声に反応し、統率の取れた返事を上げ、音の大波をつくる。

 音波に全身を打たれたクーは、その衝撃に僅かに身を屈める。一人ひとりは有象無象でも、数を揃えて統率をとれば立派な軍隊となる。その上、全員夢の中で悪の竜を退治すると言わんばかりの気迫だ。一人ひとりの士気は恐ろしく高い。

 だが、こちらとて欧州でも恐れられる、世界最強と謳われる『八本槍』のメンバーの一人だ。その存在がどれ程の脅威を有するかと問われた時の表現は――一個師団を紙屑のように扱う化け物、である。

 各々の砂を蹴る足音がバラバラに鳴り、怒号となって迫り来る。

 砂煙を巻き上げつつ押し寄せる人の波は壮観であった。宵とは思えない陽光に照らされて、金属の光が煌めき目を差す。

 正しく剣を振ることもままならない、人を殺すどころか、家畜一匹殺したことのないような、平和慣れした素人ばかりの軍団。

 恐るるに足らず――だが、戦場にいるという昂揚感そのものは本物だ。迫り来る大波を蹴散らす、それだけで血が騒ぐ。

 なぜならクー・フーリンとは、戦場で輝く英雄なのだから。

 人と音の波に真っ向から立ち向かうように、槍の穂先を向け駆け出す。

 口角をあげて白い歯をちらつかせ、闘志と血の滾りを笑みへと変えて砂地を駆ける。

 そして小さな一人が大きな波に飲み込まれる数メートル手前、クーは前へと走る運動エネルギーをそのまま殺すことなく、上に飛び上がるための力へと変換する。

 跳躍すること数十メートル――上へと伸びる速度が停止した時、手に握る槍を逆手へと持ち変えた。

 そして槍を握らぬ左手で人差し指の腹を槍に当て、そして文字を刻む。乗せたルーン魔術の属性は、火と風。

 槍は不自然な色で輝きを放つ。落下が始まると同時に、クーはその槍を全身の膂力を最大限に振り絞り、地面へと向けて投擲する。

 無論、人の塊ではなく、その最前線から少し離れたところへと向けて、だ。

 

「≪突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)≫!」

 

 核爆弾をも超越する破壊力を秘めた槍を、敵の最前線少し手前へと向けて投げ飛ばす。

 そして瞬間的に地面へと着弾、砂の間から光が漏れ、僅かな砂の盛り上がりを見せた次の瞬間、対戦車用の地雷でも爆発したかのような轟音と共に砂煙が舞う。

 高く飛び上がっていたクーでも感じられる高熱。その威力と恩恵は、十分に効果を発揮したようだ。

 火のルーンによる火力の上昇と、風のルーンによる爆風の威力の強化――その二つの恩恵を浴びた必殺の槍の一撃による爆発は、争いの経験のない素人集団を、紙切れを団扇で仰ぐように、あっけなく空へと舞いアオイの背の向こう、遠い空の彼方へと吹き飛ばした。飛ばした先は柔らかい砂地である。爆心地を浅めになるように調整しているため、基本的に吹き飛んだのは水平か僅かに角度がある程度だ。落下したとしても死者は出ないだろう。大怪我の可能性は十分あるが、命あっての物種ということで一つ、我慢してもらいたい。

王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)≫は恐らく、数の暴力で相手を殲滅するタイプの魔法だったのだろう。更に今回はその数の暴力を人質という意図としても使用したのだろうが、砂地という環境、そしてクーの持つ能力によってあっけなく攻略される。もしくは、呼び出した軍団の質がもう少しよければ――例えば平和な世の市民を使うのではなく、それこそ聖戦(ジハード)が行われていたり群雄割拠の大戦乱の時代であったり、そのような英傑が揃っているような時代でこの霧の世界を創り軍団を呼び出していたのなら、もう少し苦戦していたのかもしれない。

 だが、あいにく負の思念に捕まった人々の戦力はそこまで大きくなく、また風見鶏の対応が迅速であったこともあり、強力な個人を召喚させることもなかったようだ。

 

「まぁ、それがどうした、っていう話なんですがね」

 

 フ、とアオイが不敵な笑みを浮かべる。

 そう、彼女はこの状況で大きなアドバンテージを有しているのだ。当然それは、クーは「アオイ」を「アオイ」であると断定して攻撃できない、「葵」と「アオイ」という不確定要素が存在している以上、下手に攻撃して「葵」を負傷、最悪死亡させるという可能性を考慮しなければならない。そしてそれは、致命的な攻撃の手の鈍化を生み出す。

 決定打が、悪い意味での決定打になり得てしまう。

 大量の人が遥か彼方へと吹き飛ばされたことでこの固有結界を維持する意味がなくなったのか、視界の端から明るい砂世界が消え、その境界から元の薄暗い路地裏の公園の姿が蘇る。

 地面の感触を確かめると、元の公園の字面、固い土の地面へと戻っていた。

 首だけで背後を振り返り、葵の姿を確認する。現状だけでは、前方がアオイ、そして後方に葵であるようだ。

 

「さぁ、この私を攻撃してください。そうすれば晴れて、あなたと、そして()の願いは叶えられるのでしょう?」

 

 妖艶な笑みと共に、全ての欲望を受け止める肉体は、両腕を広げて立ち尽くす。

 それは絶対的有利から生じる余裕。

 クーにはそれを覆す手段がない。そもそも、その存在するかも分からない現象がどんなものなのかも理解できていない。

 可能性としては二つ――一つ目は、単純に葵とアオイの立場をそれぞれ入れ替えるだけの、テレポートのような物理的魔法、そして二つ目は、それよりも高度な、現象そのものを書き換えることで、葵とアオイの立場をそもそも逆だったことにする、時空そのものに干渉する魔法だ。

 前者であれば、最悪魔法の発動の瞬間を見切って柔軟に対応することができれば打開することはできるだろう。しかし後者であれば、能力の可能性によっては槍を刺した後でも書き換えることが可能なのではないかという推測が立ってしまう。

 卑劣ではあるが、卑劣に徹している故に、最大の防御と相手の時間の浪費を成功させているのだ。

 だから、アオイは、このスタンスを取り続けている限り、敗北はない。

 敗北がない、ということは、この世界は守り続けられる。そして、時間は過ぎ、新しいループ世界が始まる。誰も世界に危機感を抱かない、そして葵自身が今回の無駄を絶望し、再びループ世界にこもる決意を固めた世界が。

 アオイの思考は、戦術は、相手のタイムリミットがある現状で、最適解といえるものだ。そのための、この余裕である。

 

「――分かったやってやるよ」

 

 その声は紛れもなくクーのものだった。

 表情には焦りはない。諦めもない。何気ない普段のような顔つきで、槍を肩に担ぎ、そして学園の廊下を歩くような足取りで、真っ直ぐにアオイに近づく。

 そして焦りを感じたのは、今度はアオイの方だった。この不確定な現状を攻略する方法でも見つけたというのか。いや、そんなはずはない。この現象においてアオイはクーに対して何も説明していない。せいぜいが、アオイと葵の立場を入れ替えることができるかもしれない、という程度の情報を与えて不安を煽っただけだ。

 それがどうしてここまでのんびりと歩いてこられるのか――理解に苦しむ。

 そしてクーが正面に立ち、肩に担いでいた槍が方から離れ、片手で掲げられる。

 掌で高速で回転させ弄んで、再び握り締める。

 そして次の瞬間、その槍は一直線にアオイの脳天へと穿たれた。

 

「――ッ!?」

 

 その刺突を、アオイはかろうじで回避する。バランスを崩して地面へと尻餅をついた。

 そして、クーの紅い視線はアオイを見下す。

 

「――っどうして!?」

 

 真っ直ぐに伸びた腕をすぐに引き戻し、地面に座り込んだアオイへと向けで第二撃を打ち込む。

 アオイはこれを横に転がり躱して、次いで飛び上がり距離をとる。

 焦りと困惑が胸中を渦巻いている。理解、理解できない。

 

「俺様、気付いちゃったんだなぁ」

 

 挑発するような少し高めの声音で、クーはそう言う。

 相変わらずやる気のなさそうな、肩に槍を担いだ格好で話を続ける。

 

「何でテメェ、葵と場所をわざわざ入れ替えんの?」

 

 その質問に、アオイは喉を詰まらせる。

 それは答えられない質問だ。その質問に答えてしまっては、この現象がどういうものなのか看破されてしまう。

 クーがアオイとの距離を詰める。常人では躱せないような速度の槍が正面から狙いどころを変えることなく脳天目がけて突き出される。

 

「――っ……」

 

 いや、答えるまでもない。今アオイがこのように焦った行動をとっていること、そして余裕の笑みを崩してクーの攻撃を回避することに専念していることが、全ての答えだ。

 アオイは確信する――クー・フーリンは、このイカサマを見破ったと。

 

「なるほど、面白れぇ手品みせてくれると思ったが、ただのハッタリかよ脅かしやがって」

 

 そう、アオイは最初から何もしていなかったのだ。

 ただ言葉の上でクーの行動を牽制するような状況をつくり、相手の動きを鈍らせることで決定打を封印し続けただけのことだった。

 そもそも最初から二人の位置は入れ替わってなどいない、アオイの恐ろしいまでの演技力がクーの手を鈍らせただけだったのだ。

 

「大体テメェが葵と入れ替わることに、何のメリットもないんだよ」

 

 クーは看破した内容を語る。

 アオイの意図は、このループ世界を維持し続けること。この意図自体は、アオイの話していた会話の内容から十分に読み取れるものだった。そしてそのためにはこの霧の世界を保ち続ける為の核が存在していなくてはならない。

 そしてその核として選ばれたのは、この魔法を発動した術者である陽ノ本葵と、そしてもう一人、この魔法を発動したことでこの世界に迷い込んだ迷子(ロストボーイ)、さくらである。どちらかが死亡すれば、この世界は崩壊する。

 そう、陽ノ本葵が死亡した時点で、ループ世界は終了するのだ。それをアオイは許さない。アオイ=葵であるのなら、アオイもまた心優しい一人の少女から生まれた負の思念である。故に、葵同様他人が傷つくことをよしとしない。それは葵に対しても同じことが言えるだろう。

 つまり、アオイは葵を傷付ける選択を最初からとることができず、そしてその不作為的な動機は二人の状態のエクスチェンジを躊躇わせる。例えその全知全能のような力を以って可能せしめたとしても。

 しかし、クーの決意の源はそこにはなかった。

 

「生憎、それだけが理由じゃない」

 

 そう言って振り返った先には、覚悟を固めて握り拳を震わせる葵の姿があった。

 クーとの視線が合うと僅かに驚いた表情を浮かべ、そして力強く頷く。

 

「さっき一度振り返った時、俺はあのあっちの本物の顔を見た。その時にあいつは表情で語ったんだよ――」

 

 そうして再びアオイに向き直り、口角を上げ笑う。

 

「――『全力でやっちゃってください』ってな」

 

 葵は最悪自分が殺される可能性を想定していた。恐ろしくて泣きだしそうだっただろう、絶望的状況を打破できない今に苦しんだだろう。一般人である以上、痛いのも辛いのも苦しいのも嫌だったに違いない。

 しかし彼女はそれら全てを受け入れて、クーに全幅の信頼を託したのだ。

 最悪自分がどうなろうと構わない、この状況を攻略するために、全力で槍を振るってくれ、と。

 その覚悟が、死と向き合う眼差しが、クーの槍から迷いを奪った。

 

「――チェックメイト、だ」

 

 再び槍を構える。半身で槍を握り、後ろ脚に力を蓄える。

 槍に呪力が凝縮されていくのを、クー自身の肌がひしひしと感じる。

 アオイは葵との立場を交換することができない。たとえできるような能力があったとしても、その行為が分離したもう一人の自分――既に独立してしまった(たにん)を傷付け殺してしまう。

 だから、彼女には、次の必殺必中の一撃を受けるより他に、選択肢はない。

 距離としては三十メートルと少しくらいか。二十メートルを最初の一蹴りで潰す。残り十メートル。既に発動条件である圏内には突入した。

 呪力を一気に解放し、一つのイメージを頭に浮かべ全身に力を巡らせる。

 結果、結果を誘発させる。そして、結果を確定させた上で、その方法が遂行、達成される。

 結果とは単純にして明快――相手を殺す。命を奪う。心臓を穿ち、癒えることのない致命傷を与え、息の根を止める。

 そしてその結果が発生するためには、槍が必要だ。そう、槍を放つ。ただそれだけ。真っ直ぐに槍を、女の胸に叩き付ける。ただそれだけの話。

 踏み潰した距離――次の踏み込みのために地に片足をつけ、再び力を入れる。

 何千、何万と繰り返し、身体に刻み付けた槍の振り抜き方は、頭で考えるまでもなく、ただ人が呼吸し、歩くように、強く意識せずともその通りに体を運ぶ。

 槍を打つため、全身に一瞬力が籠められる。その瞬間、必殺技の発動を宣言した。

 

「――≪刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)≫!!」

 

 紅い残光が尾を引く。

 避けることもままならないアオイの胸元に吸い寄せられるように、槍はその牙を突き立てる。

 全身の血を集め、全身に血を送り出すための、人間にとって必要不可欠な器官。一度失えば、代替品を用意しない限り、確実に死ぬ。

 技が発動した瞬間、アオイの顔には、笑みの表情が張り付いていた。その意味を、クーは理解しない。

 槍がアオイの心臓を食い破り、大量の鮮血が地面とクーを真っ赤に染め上げる。

 

 ――はずだった。

 

 ほんの一瞬の間だけ、クーは意識を失っていたような気がした。

 気がしただけだ。実際に何かしらの攻撃や魔法を加えられたわけではない。自分の呪力が悪影響を与えたわけでもない。ならばその現象は気のせいと言わずしてなんとするか。

 しかし、全身が、槍を握るこの手が、確かに不自然を感じ取っていた。

 その訳は、その槍の先にあった。

 その状況に、クーは激しく動揺する。驚愕の表情を露わにし、槍を握る掌から、じっとりとした不愉快な汗が滲み出る。

 

 ――≪刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 それは心臓を突くという結果を確定させ、その上で槍を放つという、因果を逆転させた、必殺必中の槍である。

 寸刻前のクーは間違いなくその技を発動した。その呪力が爆発する様を自身で感じ取った。

 そして槍の刃先が、乙女の柔肌を突き破る感触を、確かにこの腕で、そして全身で味わったはずだった。

 しかし。

 アオイの心臓を完全に破壊しきったはずの、真紅の棒を更に赤く染め上げたはずの槍に。

 その刃先が見える。刃先を隠すための障壁がない。

 障壁がないということはつまり――

 

 ――アオイの心臓を穿っていない。

 

「――残念でした♪」

 

 僅かに視線を横にずらすと、そこには、尻餅をついたアオイが、妖艶な笑みを浮かべ、右手の人差し指を唇に当てて、致命傷どころか傷一つなく、その衣服にほつれ一つなく、五体満足の全身を地面に預けていた。




できれば来週には。
無理なら遅くとも再来週、いや三週間後には(震え声)

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