満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

93 / 99
大変お待たせしました。
何かもう駄目だな、一ヶ月に一回は流石に遅いな。
ちょっとは考えるか(改善するとは言ってない)


ステイナイト

 全ての準備を終えたサラ・クリサリスは、作戦の開始を知らせるリッカたちを待っている間、手帳の中にびっしりと書き込まれた、必要な術式魔法の式にひたすら目を通していた。

 失敗はできない。するつもりもない。

 エト・マロースはつい先程彼の師匠に連れられて地上へと出ていった。早ければ彼らは既に彼らの敵と相対しているのかもしれない。

 地上での戦いは、この地下でこれから起こる出来事と比べてとんでもなく危険なものとなる。なぜなら、彼らがこれから成そうとすることは、霧の禁呪、≪永遠に訪れない五月祭≫の正式な解除方法である儀式を遂行するために最適な場所へと向かい、霧の核を消し去ることなのだから。つまり、『騎士』のプログラムが正式に作動するならば、霧に飲まれた『八本槍』のメンバーのほとんど、あるいは全員が彼らの下へと駆けつけるということになる。そうなれば、最悪、エト自身の前にも強者の内の一人が立ちはだかることになるかもしれない。

 考えれば考える程心配になる。もしかすれば、いや、とてつもなく高い確率で、彼が死んでしまうかもしれない。もう二度と会えなくなると思うと、恐怖に足がすくんで泣きそうになってしまう。

 それでも堪える。約束したのだから。誓ったのだから。たとえ命を擲ってでも、全てを解決するために尽力することを。

 当然、同じ覚悟を彼も固めている。それを引き留めることなどできない。だから、次に会う時は、お互いに生きて風見鶏に帰ってきた時。

 ぱたりと、片手に開いていた手帳を閉じる。そして、雲も霧も全て排除して綺麗な青空を映し出す天井のスクリーンを見上げる。

 しかしその端からは、少しずつ朱みがかった空が侵食しようと動き始めていた。こちらの作戦開始まであと少しである。

 

 ――私も、頑張ります。

 

 誰かに伝えるでもなく、心の中でそう小さな勇者の背中に語りかける。

 すると、背後から聞き慣れた声で呼びかけられた。

 少しだけ安心して振り返ると、そこには葛木兄妹がやけにリラックスした表情で立っていた。

 

「……落ち着いてるんですね」

 

 その度胸が羨ましい――気持ちをありったけ乗せて余裕ぶっている二人に言葉をぶつける。

 

「昨日姫乃が最後の追い込みとかで、夜遅くまで渡って魔法の練習に付き合わされたからさ、少し疲れて緊張する気力もないんだよ」

 

「む、私のせいって言いたいんですか兄さん」

 

 こんな状況だというのに、相変わらずの二人である。理由はどうあれ、固くなってしまう程肩に力が入っている、ということはないらしい。

 しかしサラは真逆だった。意識していないとすぐに体が緊張で凍り付いてしまう。

 

「安心して、とは言いません。何が起こるか分かりませんから。でも、自分のすべきことだけを見据えないと。真っ直ぐ前を向いていた方が、やることもはっきりして少しは楽になれますよ」

 

 自分の胸に手を当てて、そう伝える姫乃。

 なるほど、清隆も姫乃も、自分のすることだけを考えていたのだ。余計な思考はなるべく排斥する。彼らは自然体でそんなことを簡単にやってのけるのだ。日本人とはこういうものなのだろうか。

 

「それもそうですね。どうせ私にできることなんてそんなにないんです。だったら残りのできることを考えていた方が楽ですね」

 

 やれやれと、半ば強引に肩の力を抜いて、大きく深呼吸、を二回。

 春半ばの夜、僅かにに冷たい空気が肺の中を浄化していく。脈拍が少しだけ落ち着くのを胸が感じ取った。

 

「お、全員揃っているな」

 

 腰に刺した太刀の、鞘の滑りを確認していた五条院巴が、カチャリと音を立てて刃を全て仕舞い、三人の前に姿を現した。

 日本にいた頃の幼馴染で、姫乃共々世話になっていた、姉のような人だ。優しくて意地悪な彼女の雰囲気は、今日に限って明らかに違う空気を纏っている。

 それはまるで、狩人のような。傍にいるだけで肝が冷えるような冷たさを感じるその瞳。

 

「あの『歩く禁呪(フォビドゥン・ゴブレット)』さんには私と私の後輩が随分と世話になったからな。これからその恩返しができると思うと胸が熱くなる」

 

 世話になったではなく痛めつけられたの間違いではないだろうか。恩返しではなく仇討ちの間違いではないだろうか。胸が熱くなるのではなく(はらわた)が煮えくり返るの間違いではないだろうか。

 明らかに言葉と雰囲気が一致していない。一番悪戯の餌食になっていた経験のある清隆が思わず突っ込もうとして、なます切りにされるヴィジョンが一瞬脳裏に映し出されて慌てて口を固く閉ざした。

 

「あと二人ももうじき来る。午後六時には移動を開始するそうだ」

 

 どこか遠くを眺めながら事務的な報告だけ済ませる。どうやら彼女の意識は既にここにはない。

 手ひどくやられた『歩く禁呪(フォビドゥン・ゴブレット)』のことが頭から離れないようだ。彼女も自分のやることは、やりたいことは決まっている。

 そしてそこに、風見鶏の生徒会長と、カテゴリー5の孤高のカトレア、そしてついでにジル・ハサウェイもその後ろから出てきた。

 

「巴、なかなか気合いが入ってるね」

 

 冷ややかに殺気だった巴を確認しては、何故か嬉しそうに呟くジル。彼女は巴のこんな様子を見たことがあるのだろうか。

 そしてリッカが巴の肩を叩いて意識を呼び戻し、三人の前に出て全員が揃っていることを確認する。

 

「そう言えば、さくらちゃんは来ないんですか?」

 

 ふと、あれほど協力を頼んでいたさくらがこの場にいないことに姫乃が気付く。

 幼い容姿ではあるが、その内面まで幼女という訳ではない。むしろこう言う時に自分の責任というものをしっかりと把握しているような少女だ。この場にいない方がおかしい。

 しかしその疑問にリッカが答えた。

 

「あの子は例の金ぴかが連れまわしてるから心配はないわ。お互いがお互い通じるところがあるんでしょうね。彼が手伝ってくれる――とは思えないけど、せめてさくらを連れてきてはくれるはずよ」

 

 いかにも高圧的、見られるだけで死ぬのではないかと思わせるくらいのプレッシャーを放つ英雄王と、小動物のように見ているだけで何となく和んでしまうような温かさを持つさくら。その性質は最早正反対で、二人が摩擦なく上手に関係を築けていることは容易には想像しがたい。

 しかし、清隆も以前二人が何かしら言い合っていることを会議中に目撃していたので、なんだかんだで打ち解けたようだ。

 

「お喋りはそれくらいにして――」

 

 パン、とシャルルが笑顔で手拍子を一回打って、全員の注目を集める。

 

「女王陛下は既に桜の花びらをロンドン中に散布するための魔法装置の準備を整えたみたいです。私たちはこれから例の一番大きな枯れない桜の下へと向かいます。道中で何が起きるか分からないので、警戒は怠らないようにしてください。湖は各自ブローチの個人用ボートで移動します」

 

 一番の難所はこの移動だろう。

 水上のボートでの移動中に『八本槍』の誰かに襲われてしまえばひとたまりもない。できればこの段階でギルガメッシュ辺りの協力を要請したかったが、やってくれと頼んで一も二もなく了承するような男ではないだろう。今回は敢えてその選択肢をあらかじめ外しておいた。

 最悪、魔法操作に優れたリッカとジルが足止めに動く手はずになっている。どこまで他を逃がして自分たちが離脱するか、引き離して追ってくるのは想定内だが、その場合の対処はどうするのか、その辺は全く考えていない。正直そうなってみないと何も分からない。偏に『八本槍』を相手にしたことがなく、それぞれがどれほどの力量なのかをこれっぽっちも把握できていないのだ。

 

「もう駄目だと思ったら湖の中に飛び込むこと。『騎士』のシステムは禁呪を解こうとしている人間に害を与えるわ。つまりその行動を諦めた人間には襲い掛からないということ。どうしても駄目だと言う時は自分の命を最優先しなさい。誰かを庇って死ぬ、なんてのはもってのほか。三流のやり方よ」

 

 その辺りは、リッカもジルも、クーとの生活の中で無駄に慣れてしまったところでもある。

 命を諦めるな、無駄にするな。最後まで抗え。自分を守ろうとしない者に誰かを守る資格はない。彼はそう言う人間だった。

 だからリッカは言う。命を擲つ覚悟で進め。ただし絶対に自分の命を諦めるな。

 

「それをしっかり心に刻んだら、出発よ」

 

 気合いの入った全員の返事が、タイミングよく綺麗に揃う。

 その返事に満足したリッカは強気の笑みを浮かべて、先頭を歩き始めた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 エト・マロースは彼の師匠であるクー・フーリンと、禁呪の術者であり、彼の守る現在の主であるらしいところの陽ノ本葵と共に地上へと繰り出していた。

 地上を埋め尽くす霧のせいで視界は最悪、しかし二人の研ぎ澄まされた感覚は、たとえ辺りが見えなくとも、聞こえる音が、頬を撫でる風が、肌を差す視線が、いつでも危険を二人に教える。

 そしてある程度裏路地を進んだところで、突然クーが足を止めた。

 クーは葵に少し離れているように指示を出すと、少し慌てて頷いた彼女は駆け足で十メートル程後ろに下がった。

 

「ど、どうしたの?」

 

「こないだの話、当然覚えてるよな」

 

 この前の話、と言われてえとは少し考え込む。話と言われてもクーと話したことは決して少なくはない。その中で最近のものをソートしてみてもその数は割と多い。

 しかし彼の真剣な表情から、彼にとっても自分にとっても最優先の話だったことには間違いない。

 そこでエトは、彼の指す会話が何のことか、思い至った。

 それは、『公式新聞部』の設立時、全体の解散後にクーがエトに話しかけてきたときのことだった。

 その時の話の内容な、無論霧の禁呪の事。そしてその正体だった。

 それは当然、葵がクーに全て打ち明けた通り、クー自身の正体、そしてそれがどういう意味なのかを説明するということだ。

 そう。『八本槍』という組織は最初から存在しない。クー・フーリンという男は本来は『騎士』のプログラムとして禁呪により召喚される魔力の結晶体であり、彼自身は本来は存在しない。そしてそれは間接的に、彼がこの世界線で救ったとされる人間は、本来の世界線では彼とは会わなかった、つまり救われなかった、ということになる。

 そしてそれが行きつく結論は、クーのルーン魔術とジルの治療魔法の合わせ技により一命をとりとめたエト・マロースという人間は、元の世界では存在していないというもの。

 それら全てをクーは、包み隠さず、そして唐突にエトにぶつけたのだった。

 当然、そんな信じられない内容の話を、全てすぐに信じることはできなかった。

 アイデンティティの喪失。もしも禁呪を解くことに成功してしまえば、自分というものはどこにも存在しないということになる。そんな恐怖が、全身を支配した。

 

「……どうする。今からでも遅くないぞ。寮に帰って自室で寝てりゃ全て終わる。失敗してもまた十一月から再開だ。テメェは何もしなくても翌朝を迎えられる」

 

 それが最後通告。

 ここで退いてしまえば、残酷な最期を迎えずに済む。言葉通り、寝ている内に全て解決してしまうからだ。自分が消失する瞬間を、味わうこともなく過ごすだろう。

 

「いや――」

 

 その一言は、自分でも不思議なくらいにすんなりと口から出てきた。覚悟など、固めたつもりはない。というより、その必要性すら感じない。

 その理由は、正しく胸の内に抱かれていた。

 

「大丈夫。僕はちゃんと、見えてるから(・・・・・・)

 

「――ほう」

 

 そう、それさえ見えていれば(・・・・・・)、何も考える必要などないのだから。

 むしろ、エトでさえ簡単に行きついてしまった答えなのだから、目の前で楽しそうに笑っているこの男が、何も考えていない訳がない。

 どこに目を向けるか、それさえはっきりしていれば、後は目の前にある雑事を片付けるだけ。

 恐らく数人はいる世界最強を全員片付けて、ロンドン市内の換気をするだけの簡単な仕事だ。

 

「問題はないな」

 

「うん」

 

 そこにある師匠の表情は満足そのもの。どうやら回答を間違わなかったようだ。

 その大きな手で、エトの白銀の髪をわしゃわしゃと雑に撫で回す。おかげで髪が盛大に乱れてしまった。おまけに軽く子ども扱いされたのが微妙に気に入らない。

 

「ガキ扱いは嫌だったか、このクソガキ」

 

「いつまでも子ども扱いしてたらその内片腕が吹き飛ぶよ」

 

「やれるもんならやってみやがれ」

 

 他人が聞けば単なる冗談、しかしエトのその表情は、本当にその内実行に移すのではないかというくらいに獰猛なものだった。

 子は親に似る、ではないが、こんな男に面倒を見られたらこうなってしまうのも仕方がない。恐らく生徒会長である姉も、弟がここまで血肉に飢えた獣みたいになることは夢にも思わなかっただろう。

 さて、少し建物と建物の間の狭い通路を抜けると、これまでとは違う少し開けた場所に出た。

 エトや葵にも警戒を促すように注意すると、離れることのないよう、それでいて密着し過ぎないように互いの距離をとって進む。

 そして、先頭にいたクーがまた、唐突に足を止めた。

 エトは咄嗟に葵を下がらせて警戒レベルを更に上げ、腰に装着してある鞘に収まった剣の柄に手を伸ばす。

 しかし戦闘態勢に入ったエトを片手で制し、一人一歩前に出る。

 

「おう久しぶりじゃねーか、元騎士王様」

 

 その無礼な挨拶に対して帰ってきた返事は、鎧の金属音だった。

 霧の中から姿を現す、アルトリア・パーシー。『八本槍』の一人にして、その権威で以って『八本槍』を纏め上げていた騎士王。

 しかし今の無表情なその姿に、その時の威厳は何一つ感じられない。ただ、目の前の脅威を排除するための(プレッシャー)だけ。

 そしてクーは、少しだけ後ろを振り返ってエトの方を見る。

 

「エト、見てろ。俺の槍が強いってところ、見せてやるよ」

 

 再びクーが正面を向いた瞬間、全身にかかる重力が一気に増したような錯覚に陥る。

 逃げ出すことすら許されない、ただ膝をついて額を地に擦りつけ、全身全霊を以って命乞いをするだけしかできない、それくらい重い圧をクーは放っていたのだ。

 これが最強、これが力。

 彼の握る真紅の槍は、その戦意に共鳴してか、どこか昂っているようにも見えた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ボクたちは、行かなくてもいいの?」

 

 未だに風見鶏の校舎のとある一室で腰かけていたのは、さくらと行動を共にしていたギルガメッシュだった。

 その様子だと、何かを待っているように見えないでもないが、さくらは特に何も聞かされていないため、数分に一度、何をするつもりなのかを尋ねてみたが、全て無視された。挙句、少し目を離したと思えば、背もたれに体重を思い切り預けて気持ちよさそうに仮眠をとっているのを見た時は、そのフリーダムさに呆れそうにもなっていた。

 とは言え、ここでようやくギルガメッシュは動きを見せる。

 

「そろそろ、刻か」

 

 ぽつりとつ呟くと、例の金色のカーテンを手元に小さく展開、そしてそこから召喚されたのは、漆黒の刃を持つ、西洋のランスのような形の物体。

 近くで見ているだけで何となくそれが凄いものであることは認識できるが、一応長い間生きているさくらでさえ、それが何なのかは見当もつかない。

 すると、その黒の刃が回転を始めた。

 

「――折角だ、答えてやろう、小娘」

 

 答えてやる、とは、今までの質問に対してだろうか。もしそうなら聞いたタイミングで答えてほしいものだが。

 しかし彼の自由さにはもう慣れてしまっていた。どうこういうつもりも最早ない。

 

「最初から動いたところで敵は我を迎え討ちに来る。ならば精々絡繰人形らしく向こうから出向いてもらおうと思っただけだ」

 

 そしてそのランス状の何かが、黒い刃を回転させながら、赤黒い光を撒き散らし始める。

 思わず失神してしまいそうな力の奔流に、これが人の起こせるものではないことをさくらは看破する。

 これはそう、魔法というちっぽけなものではない。もっと大きな、自然災害――いや、それでもまだ小さい――

 

 ――爆砕音。

 

 部屋はたちまち煙に包まれる。

 その土煙を僅かに吸い込んでしまい、さくらは咳き込む。

 どうやら壁が破壊されたようだ。そこから風の流れが感じられる。ということは、何者かが侵入してきたということだろうか。

 そしてそれが、ギルガメッシュの目論見通りであるならば、そこにいるのは。

 

「――よく来たな、雑種共」

 

 煙が晴れる。破られた壁から入る風に流され、視界は一気に開けた。

 そこにいたのは、二人の『八本槍』。

 一人は、バイザーのようなもので目を隠す女性の『八本槍』。

 そしてもう一人は、剣術のみならアルトリアを軽く上回る、極東より流浪してきた、剣の『八本槍』。

 しかしその二人もまた、霧の禁呪に飲まれた者だった。

 だが、しかし。

 

「――フン」

 

 この部屋を取り囲む、異常なまでのエネルギー。

 視界を取り戻したさくらは、すぐに辺りを見渡す。

 そう、見渡す限りの、金、金、金。

 いつの間にかギルガメッシュはさくらの隣に佇んでいて、二人の侵入者を睥睨している。

 この部屋は、強者同士が全力で戦える程の広さは持ち合わせていない。それくらい狭い部屋の中は。

 侵入者二人に向けて鋼の切っ先を突きつける、全ての壁、天井から無数の武具が黄金のカーテン上に展開されていたのだ。

 

「ここは学び舎よ。その規則に従うなら――」

 

 そう、これは戦いではない。勝負でもない。

 これは、一瞬で決まる。そう言うものだ。

 ここに来た時点で、彼らは既に、終わっている。そう。

 授業が終わると(・・・・・・・)生徒はここにいる必要はない(・・・・・・・・・・・・・)

 

「――放課の時間だ、失せろ」

 

 鼓膜を破壊するような轟音が全身を叩いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一方、枯れない桜の下へと移動していたリッカたちは、水上を移動している間に敵に遭遇することは幸いなかった。

 しかし、ボートを降りてブローチに戻した時、それは現れた。

 

「……」

 

 枯れない桜へと至る道を塞ぐように、空へと浮いて見下すように立ちはだかる、『歩く禁呪(フォビドゥン・ゴブレット)

 クーの報告にもあったように、やはり以前とは違って一切の感情が見受けられない。そして更に、その視線は真っ直ぐにこちらを射抜いていた。

 その目的は一つ。ここにいる反逆者を一人残らず駆逐すること。

 

「やっぱりそう来たか……」

 

 絶望的な状況で、呆れるようにリッカが呟く。

 そしてすぐに姿勢を立て直して、シャルルとジル、そして巴に目を配らせた。

 

「やれるだけやってみるわよ。可能ならこいつを倒す!」

 

 リッカはシャルルやジルと共に、その手にワンドを握り、魔法の発動を牽制する。

 巴は腰に差してあった太刀に手を伸ばし、居合の構えをとる。

 清隆は絶句していた。

 相手はあの『八本槍』の人間だ。まともにやり合って勝てる相手ではない。

 しかし、それでも。

 何故か、この四人が協力すれば、あの大きな壁を打ち破ることができてしまうのかもしれない、そんな夢みたいなことが脳裏に過ぎってしまうのだ。

 この場面で、清隆も、他の二人も、何もすることができない。

 ただ、邪魔にならないことだけを考えて、今はなるべく戦場から距離を取る。

 

 ――さぁ、夜を待とうか。最後の夜に、残酷な火花を散らせましょう。

 

 それは、希望と絶望の入り乱れる、激闘の夜の幕開けだった。




あと5、6話くらいで風見鶏編終わるといいな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。