満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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今回はちゃんと更新できたよ!
全国のお兄ちゃん、偉いでしょ?(誰


最後の猶予

 風が吹く。

 その空気の流れが、大気の奔流が、エトの全身を打ち、弄ぶ。

 一振りの剣を正面に構え、微動だにすることなく、その瞳を閉じ、自分の内側という暗黒の世界で、よく分からない何かを見つけるために、自分自身に向き合う。

 そうしているだけで、もう何時間経過しただろうか。

 自分のできるあらゆる型を想定し、イメージし、そして違和感と共にそれを否定し斬り捨てる。何十と、何百と。

 時間はない。リッカ・グリーンウッドが例の作戦を実行すると提示した日時は、四月の三十日、既にその日は、翌日にまで控えているのだから。

 それがどうした。明日、ついに地上の霧との決着がつく。その時までに、少しでも、僅かでも、師匠であり、兄と慕う彼の足手まといにならないように、強くならなければならない。

 彼は言う。エト自身が『八本槍』に当たる可能性は極めて低い。できるだけ自分で何とかすると。

 でも、その極めて低い可能性の中で、自分が、霧に囚われた『八本槍』の誰かと対峙しなければならないということでもある。

 その時になって、相手に瞬殺されていたのでは、話にならない。一分でも、一秒でも足止めし、彼が次の戦いになるべく良いコンディションで迎えられるように死力を尽くさねばならないのだから。

 まだ、答えは見つかっていない。自分の知りうる限り、剣技という点で最も優れている剣士、佐々木小次郎を相手に惨敗した時から感じていた、あの感覚(・・・・)の答えを。

 何だ、自分が『八本槍』を相手に、できるだけ並び立てるようになるために、足りないものの本質は。

 イメージしては斬り、イメージしては斬る。同じことを、延々と繰り返す。

 

 ――死

 

 襲い掛かる凶刃。

 振り下ろされる何かを咄嗟に剣で防ぎ、そしてその衝撃を殺すことなく利用してなるべく距離を取る。

 瞼を開けてその先に視線を向ける。

 一筋の太刀、風に揺られ、規則的に靡く長い黒髪、しなやかな曲線を描きながら、しかし隙を見せないその女体の正体。

 

「あまりにも構えが綺麗だったから、つい奇襲してしまったよ」

 

 風見鶏本科2年、生徒会役員の一人、五条院巴。

 今の一撃の太刀筋は、自分の中に深く潜り込もうとしていたエトが死をイメージするくらいには強く鋭い一撃だった。しかしそれ以上に恐ろしかったのが、その一撃が、エトのすぐ首筋にまで届かんとするまで気付かなかった――そう、無音のままで死角のない広い場所を一直線に飛びかかってきたということ。

 

「巴さん、いきなり何ですか」

 

 問いかけると、巴は一度こちらに向けていた太刀をおろし自然体をとる。

 

「いや、明日となると少し気が逸ってな。ちょうど昂っていたところに君がいたという訳だ」

 

「だからっていきなり背後から殺しに来るのは止めてください」

 

「しかし君だから死なずに済んだ」

 

 そんな曖昧な状況判断で襲い掛かったのか。思わずエトは自分の先輩の倫理観に絶句する。他人にしてみればエトの倫理観も十分に破綻している気がしないでもないが。何せ、あれやこれや文句を言っておきながら、既にその瞳は、その身体は戦闘態勢に入っているのだから。

 

「おっ、やる気だね」

 

「やる気にさせたのは巴さんですよ」

 

 これで相手にする太刀使いは二人目。佐々木小次郎程とはいかないだろうが、彼女も十分強いと師匠から聞いている。

 だったら、この手合せで何かが見つかるかもしれないなら、とりあえず剣を振るわないという選択肢は真っ先に除外されるべきだ。

 

「いい眼つきだ。そんな楽しそうな顔をしていると、奴を思い出してつい殺してしまいかねんな」

 

「むしろそのくらいで来てください。じゃないと僕もあなたを殺しにいけないです」

 

 そして一瞬で悟る。単純な剣技に置いて、エトは明らかに巴より格下。ならば、その差を補うのは、魔法の存在だ。

 自分が不利なら、一瞬でも先に先手を取り、主導権を握る。故にまず起こすべき行動は一つ。

 全力で前に踏み出すこと――!

 

 ――固有時制御(タイムアルター)――三倍速(トリプルアクセル)

 

 当たるか、当たらないかは二の次だ。とりあえず先に相手のリズムを崩すことができれば、流れを持ち込むことができる。

 次の脚を踏み込み、同時に構えから僅かに動かし振りかぶった剣を、巴の肩口目がけて振り下ろす――巴は動かない――この一撃、通る!

 

「真っ直ぐだ。実に真っ直ぐだが――影同然である私にそううまく通用はしない」

 

 巴の姿が揺れた。陽炎のように。

 振り下ろした剣には、手ごたえはなかった。残像を掴まされたのか。

 

「正直なだけでは――死ぬぞ」

 

 カチャリ――太刀を鞘に仕舞う音がした。その音は、右側後方から。次の一撃は、抜刀術――

 

「なっ――」

 

「そう、気付いているな」

 

 今音がした右側後方の巴は、偽物。

 ならば本物は――音のしなかった、左側後方――現在の向きから、ちょうど背後!

 

「やっば――」

 

 回避――遅い、防御――間に合わない、ならば備えろ――痛みに!

 音もなく、影もなく、その一撃は放たれる。ほんの一瞬の、陽光を反射する銀色の刀身は、エトの体を易々と断ち切る。

 鮮血が舞う。その血は紛れもなく、エトの体から飛んだもの。

 

「っくぁ――」

 

 左腕だけは、間に合った。

 回避もできず、防御もダメ、ならば致命傷を避けるために、わざと最も相手に近い左腕を差し出した。

 そして突然の障害物に、骨までは切断しきれなかった刀の停止を隙として、傷を広げないように刀から腕を脱出させ、そのまま後退する。

 やはり、迂闊に相手の射程に踏み込むのは拙かったか。

 初撃は相手にとられた。おまけにその一撃で左腕はほとんど使えない。

 

「あの一瞬で左腕を捨てる覚悟まで決められるとはね。流石はあの男の弟子だ」

 

「こんなので腕をダメにして、お兄さんに怒られるよ」

 

 左腕は使えないが、戦えない訳ではない。むしろ、今の一撃で、相手の動きは十分に把握できた。

 彼女はニンジャの家系である。それはつまり、隠密行動に関してはエキスパート、自らを隠し、音を忍ばせ、相手の死角から確実な死をもたらす、そう言ったことは誰よりも得意であるはずだ。

 ならば、この死角のない広いフィールドの中で、自らをエトの死角に潜り込ませるには、フェイントを上手く用いて確実に背後に回り込んでくる。または、それすらも用いて正面でくるだろう。

 攻略はできる。彼女のフェイントや分身を見切る程の眼力は持ち合わせてはいないが、しかし、それを補える程の魔法は持ち合わせているつもりだ。

 眼で捉えるな。意識の結界を張れ。達人であれば己の集中力のみでできるであろうことを、未熟な自分は魔法で補え。

 風を捉えろ。動きを捉えろ。意識を捉えろ。殺意を捉えろ。

 そして完成した。その範囲周囲十メートル、自分の周りで動く相手を捉える索敵魔法陣。

 陣そのものは相手に見えないため、その射程内に踏み込んでしまったことに気が付かない。

 

「今度は、こちらから行くぞ」

 

 抜き身のまま、太刀を構えて高速で飛び込んでくる。二十メートル程離れていた距離は、僅か三歩で縮められる。

 本命はこの正面ではない。

 視界の左端が別の姿を捉えた。そして、一瞬だが小さな音が背後から聞こえる。

 どれが本物だ――魔法陣が教えてくれたのは――

 

「――っ!?」

 

 天を仰ぎ、そして地を蹴って垂直に飛び上がった。

 その先に待っていたのは、五条院巴の驚愕の顔。

 地上にいた三つの陰は全て偽物であるということが一瞬にして看破され、更に本体が人間の絶対的死角である真上からの襲撃に合わせて反撃を貰ったことに驚きを隠せないらしい。

 魔法陣は、その範囲内で動くものを捉えなかった。それはつまり、地上に足をつけていないということになる。そして、その状態でエトの死角を突けるとしたら、真上からの奇襲以外に考えられない。

 そして、その目論見が看破された以上、上空からの奇襲は全体的な悪手となる。

 真上から降下している彼女に、今軌道を変えられる手段は存在しない。そしてエトは、そんな彼女に合わせて最善のタイミングで飛び上がり、そして確実に相手の息の根を止めるための一手として、剣を振るうことによる斬撃ではなく、全身の力を剣の先端に集めた刺突を、降下する巴の喉元に照準を合わせて放ったのだ。

 チェック。そう思えたのは一瞬だった。

 巴の唇が不敵に歪む。

 

「奴だったら私はこの一撃でやられていたな」

 

 突き出されるエトの剣。その剣に合わせて巴は身を捩じり、かろうじでそれを躱す。同時に、自分の太刀をその剣に搦め、そのままエトをさらに上へと投げ飛ばした。

 普通の相手であれば、今の刺突は確実に決定打となっていただろう。しかし、ニンジャというものはもとより視線に敏感な職業だ。エトの視線がすぐにこちらへと気付いたのに反応し、次の対策を取ることができた。つまり、エトの最善と思われた反応も、彼女にとっては早過ぎたのだ。

 形勢逆転、地に足をつけた巴は、上空を見上げる。飛び上がっているエトがそこにはいた。

 そして、今度はエトが上空で軌道を変える手段を持たない。巴のような瞬発力を持たないエトにとって、この状況は致命的である。

 一歩目を踏み込み、次の二歩目で飛び上がる。巴はここで焦るようなことはしない。点の一撃は確かに威力で勝るが、一方で点故に回避しやすい。だからこそ、左腕を負傷しているエトが相手なら、確実な即死を狙いに行かず、新しく負傷させることにより戦力を削ぐ。だからこそ取ったのは、斬撃の構え。

 

 ――ここまでなのか。

 

 いや、諦めてどうする。あの男なら、師匠ならこの状況をどう打開する。

 そうではない。彼にできることが、自分にできるとは限らない。むしろ圧倒的に不可能なことの方が多いだろう。だから、考えるべきは、自分に何ができるか、それだけだ。

 それにしても、この状況を、エトは自分で体験したことがある。それはいつだっただろうか。

 確か、同じように上空に跳ね飛ばされ、そのまま相手に追撃されたことが。

 詳しい場面は思い出せない。だが、あの時確かに自分はその状況をひっくり返したはずだ。

 

 ――紅い、光。

 

 脳裏に掠ったこの直感。

 辿り着いた一つだけの方法。あの光がどういうものか、口頭だけだが聞いたことがある。そしてその原理を、魔法という別分野で下位互換を開発し、それをグニルックの競技に使えるようにして教えてくれた。

 目的物を確実に破壊する、それだけのために編み出された術式魔法。

 ならば、そこから逆算しろ。あの真紅の光がどのようなものなのか。

 取り戻せ、いつかそれをこなしたであろう自分自身から。

 思い浮かべろ。その光を放つ、自分が想像しうる最強の姿を。そう、あの男のしなるような構えの姿を。

 再現しろ。誤差のないように、完璧に真似をしろ。自分の持つ全ての記憶から情報をかき集め、統合し、最高の形をこの身体でトレースしろ。

 あとは、逆算した力が、勝手に教えてくれる。

 

「――ば、馬鹿なっ!?」

 

 再び驚愕を露わにする巴。

 無理もない。どうにもできない状況で、空中のエトが刺突の構えをとったからだ。それだけではない。彼の持つ剣から、不可解な紅い光が放たれている。それも、灼熱の炎が揺らめくような、大きな光が。

 それは、巴の知らない光。これから何が起きる。流石に未知のものを見て、どうせ何もできないと慢心する巴ではない。

 この状況から考えられる一撃は、投擲か、あるいは魔力弾か――

 いずれにせよ、後方に向かって飛んでいるエトから放たれる中遠距離の攻撃は、その原理上威力が削られる。同じく飛び上がってしまっている巴でも、捌きながら次の一撃に入ることができる。

 しかしその推理は、あっけなく外れてしまうこととなる。

 

「――≪偽槍・舞い穿つ紅閃の槍(ゲイ・ボルク)≫」

 

 その少年は、何もない空中で、――一歩踏み込んだ。

 物理法則を真っ向から破壊して向かってくるその紅い光は、剣、あるいは槍などと言う生易しいものではない。今そこにあるのは、対象物を破壊することを義務付けられた、運命づけられた、真紅の隕石だ。

 音速――そんなものでは遅すぎる。

 眼にも留まらぬ速さで、その紅き弾丸は、巴の体を捉え、そしてその勢いのままで、爆音を立て、砂埃を撒き散らしながら、地面へと彼女を縫い付けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 結局、その後身体的損傷により瀕死状態だった巴と、同じく魔力の枯渇と身体への重過ぎる負担による瀕死状態だったエトを、騒がしさのあまりに駆けつけたリッカとジルが発見し、魔法医療班とジルの全力の治療により何とか回復、大事な日の前日だというのにとんだ馬鹿騒ぎをしてくれたなと当然リッカからお叱りが入る。

 とりあえずそのまま二人は保健室のベッドで一日休息を兼ねて睡眠をとることとなった。

 その翌日。

 リッカはぐっすりと眠っている巴とエトを一度確認して、そのまま廊下へと出る。

 しばらく進んでいると、向こうからこちらに来る人物がいた。クー・フーリンその人である。

 

「いよいよ今日ね」

 

「……ああ」

 

 すれ違い様、リッカはそのまま廊下の向こうへと視線をやり、クーもまた、リッカとは反対方向の廊下の向こうへと視線を向ける。その二つの視線は交わらない。

 しばらくの沈黙、先に口を開いたのはクーだった。

 

「手はずは覚えてるな。テメェは大きな桜の木の下へ、俺は地上で葵とエトを連れて最も儀式の場所に適した例の公園へ、だな」

 

「――えぇ、そうね」

 

 はぁ、と小さく溜息を吐くリッカ。その溜息の意味を、クーは知っているだろうか。

 

「相手は禁呪の守護システムと化した、元『八本槍』たちよ。勝ち目はあるの?」

 

 それも一体だけではない。クーともう一人、そしてギルガメッシュを除いた、全部で六名。

 当然、その一人ひとりはクーに匹敵する強さを持ち合わせている。並の者では一瞬という時間もない内に斬り捨てられる。

 

「俺様を誰だと思ってやがる。やってもねぇこと語られるのは遺憾だが、これでも『アイルランドの英雄』と呼ばれる男だぜ。むしろこの程度の壁がある方がラストに相応しいってもんよ」

 

 ちらりと視線を向けたらその横顔には、何とも楽しそうな笑みが張り付いていた。

 そしてすぐに視線は廊下の向こうへと戻ってしまう。

 

「とにかく、俺は目の前に立ち塞がる野郎を一人残らず蹴散らして、今の主の願いを叶える。だからしばらく、お別れだ」

 

「そう。……次はいつ頃になりそうかしら」

 

「さぁな。サンタクロースはよいこのところにしか来ないらしい。俺様はいい女のところにしか行かないからな」

 

 相変わらず、この軽口を叩きあえるような関係に安心する。

 いつもそうしてきた。そして、これからもそうであるはずだ。彼がそうであることを、変わらない日常を望まないとしても、リッカはそんな未来をいつか手にしたいと望む。

 

「ま、これからも語り継がれるか分かんねぇ最強の英雄の背中を、黙ってみてな」

 

 そう言って、クーは一歩踏み出す。ゆっくりと、しっかりとした足取りで。

 その後ろ姿を、ほんの少しだけ首を向けて追いかけて――

 

「――嫌よ」

 

 リッカは再び、歩き始めたクーの隣に、魔法を使って軽く宙に浮き、水平移動をしながら並び立つ。

 

「まず、語り継がれないはずがないわ。だってこの私がいつまでも語ってやるもの。最強で最悪の槍使いの伝説を。そして私は、そんな伝説の主人公の隣に並び立つ女よ。後ろで黙って見てられるはずがないじゃない」

 

 そして、そのまま水平移動をしながら、クーの隣に拳を掲げる。

 力強い意志を握り締めた、女の小さな拳ながら、大きな夢と希望を見出させる大きな拳を。

 

「派手な伝説になるよう、華々しくかましましょう」

 

「……言うようになったじゃねぇか」

 

 孤高のカトレア、リッカ・グリーンウッドの、カテゴリー5の魔法使いの横顔を見る。

 クーが最も認めた、世界で一番美しい女の、強かな決意の横顔。

 気高く、誇り高い。それでこそ、リッカ・グリーンウッド。

 クーはその拳に応えようと、同じように拳を掲げる。

 同じ高さに揃った二つの拳は、こつんと固くぶつかり合った。

 

 全ての準備は整った。

 たとえ自分が近くにいなくとも、桜の花びらをばら撒く方の連中には、リッカがいる。ジルがいる。上手く行かないはずがない。

 そして葵に同行し正式な手順で禁呪を終わらせる儀式を完遂させる方には、クーがいる。こちらも万に一つの失敗も許されない。

 さあ、後は四月三十日、このワルプルギスの夜を、ただひたすら待つだけだ。

 

 ――黒い影が、その裏で暗躍していることに気が付かずに。

 




次回、遂にラストバトルの対戦カードの発表!多分!
ようやくここまできたぜ。俺の計算では、後大体十話くらいで……終わ……る……風見鶏編が……(突然の死亡)
ようやく(風見鶏編の)終わりが見えてきたし、モチベーションも保てそうだし、何とかゴールも見えてきたという感じです。

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