いやね、ちょっとイギリスのロンドンまで、この作品を書き上げるために一ヶ月近く取材に行ってたんですよ(大嘘)
いや違うんです、決して深夜アニメの『落第騎士の英雄譚』が面白くて、ついつい原作まで一気に買い込んで読み耽っていたわけじゃないんですよ。
あまつさえアニメが三巻までの範囲であることを見越して二周目を読み進めていたわけでは断じてないんです。
ではどうぞ(あまり余計なことを言うとボロが出そうだからやめておこう)
ルーン魔術の力で簡単な人払いの術を施したウエストミンスター宮殿の前の広場。
天を引っ掻かんとばかりに聳え立つビッグ・ベンの時計塔は、地上に蔓延する深い霧がその全貌を見失わせている。
そしてその霧の中で聞こえる剣戟の金属音。
真紅の残光が一直線に伸びる。そして衝突と共に火花を散らす。
霧の中に僅かに残る光に照らされた聖剣が、弧の軌道を描き振り下ろされる。一度ならず、一秒という時間の中で何度も。
アルトリア・パーシーは、かつての威厳や気高さを既に捨て去ってしまっていた。虚ろな瞳には、ただ相手を倒すことしか映っていない、まるで人形のような。
しかし、そんな中で確実に、彼女は強くなっている。
横薙ぎにされる剣から距離を取り、クー・フーリンは冷静に状況を分析する。
「何があったかは知らねぇが、確実に魔力量も上がってやがる。それ以上に厄介なのが、一撃の重みが増してることか」
槍で受け止めるのではなく、軌道をずらし受け流すだけでも槍から腕に伝わる負担は予想をはるかに上回っていた。反応が遅ければ今頃右腕は吹っ飛んでいる。
騎士王の人格の変化と、この基本スペックの唐突な上昇――この二つには確実に関係があるはずだ。
現在はアルトリアの剣技と力のみのゴリ押しによる戦闘が続いているので分析しながらの立ち回りに無理はないが、かつて見たような太陽フレアのような光の斬撃を放とうものなら、一度撤退することも視野に入れておかなければならない。
その様子から察するに、今の彼女は確実にクーを殺そうとしている。無感情な彼女であれば、この辺り一帯を吹き飛ばしてでもそうしようとすることに躊躇はないだろう。
故に、受け止められない攻撃を発動させる訳にはいかず、また同時に受け止められたところであの一撃を相殺できる気がしない。増して魔力が増強されている彼女の一撃がどのくらいのものか、現段階では想像もつかないのだから。
しかし、一つだけ分かったことがある。同じ『八本槍』であったからこそ理解し得た、彼女の正体。
否。
――彼女たちの正体。
鬼神の如き猛攻がクーの槍の一撃を次々に遮り、その凶刃を少しずつその喉元に突きつける。
こうも接近され過ぎると態勢を立て直しづらい。距離を取ろうにも一瞬後にはその距離は簡単に縮められてしまう。
少々不本意ではあるのだが。
「――悪いがこちらも四の五の言ってる場合じゃないんでね」
無数の斬撃を上手くいなしつつ、右手で強く槍を握り直す。
適度に無防備に見せる状態をつくり、そこに即死級の一撃を叩き込ませる。その重い攻撃をかろうじで躱し、そして距離を取る――しかしその距離もやはりすぐに詰められてしまう、が。
脚に力を加え、そして舗装された地面が粉々に砕ける勢いで正面左に飛び出す。
そう、アルトリアのすぐ右隣をすり抜けるように。
力の入った一撃を振るった後に、真後ろへと対応するのは余程の物理法則干渉がなされなければ不可能である。アルトリアの反応速度は常人どころか、超人の域すら遥かに凌駕しているが。
しかしその一瞬は、クーにとっての最大の反撃のチャンスだった。
その一瞬で、槍から離れた左手の人差し指が淡く光を放ち、そして宙に文字を刻む。
その輝きが全身に行き渡ったと同時に、アルトリアの聖剣が心臓を穿とうと牙を突き立てようとしていた。
再び槍を両手で握り直す。そして。
「ッラアアァァァァアア!!」
全霊を以って槍で剣を弾き返す。
あまりの威力に、剣を握っていたアルトリアごとはるか後方へと吹き飛び、その先にあった建物の壁へと叩きつけられる。
追撃を仕掛けるか――否――このチャンスを逃すわけにはいかない。
再びルーン文字を刻み、自身の槍に炎の属性を付加させる。
そしてその槍を、全身のバネを余さず用いて、全力でアルトリアがいるであろう壁に向かって投擲する。
真紅の光を残して一直線に飛翔する槍は、一秒という時を必要とせずに壁を穿つ。
大爆発。そして崩落。火炎と爆炎と粉塵が確実にアルトリアの姿を隠してしまう。
と、同時に、アルトリアからもまたクーの姿は見えなくなっているはずだ。
だから。
「――逃げるが勝ちってね」
今ここで、彼女との全力での死闘を繰り広げる意味と理由はない。
たった今目の前の建物を跡形もなく粉砕してしまったばかりではあるが、あまり事態を大きくすることは、事後処理の際に大変面倒なことになってしまう。
そして、それ以上に、今の彼女には、確かに何かしらの強化によって強くなっていることは認めるが、一方で、彼女に対して、
故に、クーは、アルトリアを倒す時は、その必要性に迫られた時だと考えた。
異能の力で手元に戻ってくる槍をキャッチして、アルトリアが吹き飛ばされた壁に対して背を向ける。本来ならその行為自体が自殺行為のようなものだが、今の彼女ではこの背中に剣を向けられないことを確信していた。
その確信の中で、焦ることも急ぐこともなく、鼻歌でも歌いだすのではという余裕の歩調で、クーはウエストミンスター宮殿の中に逃げ込んでしまったのだった。
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地下へと続くエレベーターを降りた時、その人物とばったり遭遇することとなった。
全身を黄金の鎧で固めた青年、英雄王を名乗る最強の支配者。ギルガメッシュ。
「その様子だと、事態に気付いた――いや、遭遇したと言ったところか」
事態とは、例のアルトリアの突然の豹変のことだろう。
どうやらギルガメッシュの方も何かを嗅ぎ付けたらしく、今から地上に出て様子を確認するつもりだったようだ。尤も、今ここでクーに遭遇したことで、その必要はなくなったらしいが。
「ありゃ一体何なんだ」
「貴様も気付いておろうに。そこまで正解発表が欲しいのならまぁ聞かせてやらんでもない」
相変わらずの上から目線に腹が立って仕方がないが、ここで飛びかかっても何の得にもならない。
「発想を逆転させよ。あれは正気の状態から洗脳されたのではない。何らかの影響で愛想のよかったのが元に戻っただけだ。女王を名乗る雑種から聞いた『騎士』の話がどうも掴み辛かったが、なるほどこれなら納得できよう」
それは確かにクーも聞いた。以前集まった時、エリザベスが霧の禁呪の解消の手掛かりとして、その禁呪を解除させようという動きがループ世界内で観測された時、『騎士』と呼ばれる存在がその動きを抑止しようと動き出すらしいと言ったものだ。
確かに、そうなると明確にループ世界から脱却しようと、術者である陽ノ本葵を含めた関係者全員が決意を固めたこのタイミングでそのシステムが働いたということには筋が通っている。
しかしそれでは説明がつかないことがある。
それは、クー・フーリンという存在と、アルトリア・パーシーという存在の共通点である。
「貴様はこう言いたいんだろう、この世界における『騎士』とやらは、ちょうど『八本槍』に該当する、と。確かにこのループ世界が発生する前の世界では『八本槍』は存在しなかったらしいからな。ループ世界の成立と同時に生まれたものであるならば、それは霧の禁呪によってできたものだと解釈するのが正しい。だがそうなると、同じ『八本槍』である俺はどうなる?同様に、『八本槍』の魔法によって生まれた貴様は?」
アルトリア・パーシーは『八本槍』である。クー・フーリンも、霧の禁呪成立当時は『八本槍』だった。
つまりギルガメッシュの推察では、クーもまたアルトリアのように霧に支配されていなければおかしいのだ。
同じく、ギルガメッシュは元々が『八本槍』のアデル・アレクサンダーによって召喚された使い魔である。その魔力パスによって繋がっている彼も霧に支配されるはずなのではないだろうか。
「たわけ。真っ先に到達する仮説があろうに。貴様が実行して、奴が実行していないこと、それを考えればすぐに答えはでる」
そこでギルガメッシュはニヤリと笑う。
クーもまた、すぐに彼の言わんとすることに行きついた。
「なるほどそう言うことか」
クーとアルトリアの決定的な違いは何か。
それは、クーが真紅の槍をモチーフとしたあのペンダントを破壊し、『八本槍』を脱退していること。ペンダントを破壊したことか、『八本槍』を脱退したことか、そのどちらが洗脳の回避のトリガーとなっているのかは定かではないが、どうやら運よく逃れられたようだ。
「そして、そもそも我は
ギルガメッシュはこの変化が起こる前からこの前兆を察知していたのか、先に主との契約を強制的に破棄していたらしい。
僕の側から破棄するのは確実に不可能である。術者の魔力を以って構成された魔力物質の塊である以上、主の術式プログラムによってしか行動できないのが召喚魔法の使い魔である。
しかし、このイレギュラーな空間の中で、アデル・アレクサンダー程の使い手が召喚したのが、この世界最古の英雄王であれば、その前提は大きく崩れ去る。
人智など遥かに凌駕し、人の手を離れ、神の手すらも届かぬこの男を束縛する術などこの地上に存在しない。そんなものはすでに、彼自身にしか成し得ないことだ。
それにしても、ギルガメッシュとクーが行きついたこの考察が正解であるとしたら、クーは少し前に不可思議な変化を間接的に体験している。
クー自身は年が暮れる前に現在の主である陽ノ本葵に真紅の槍のペンダントを破壊しその魔力を譲渡していることでアルトリアのような霧の束縛から逃げ延びることに成功した。そしてその膨大な魔力とクーに対する命令権は現在も彼女が保有している。
しかし、それだけではなかった。
ちょうどクリスマスパーティーが終わった後の話である。
その日の夜を境として、彼女の保有する魔力の量が桁違いに上昇していたのだ。
実はペンダントの破壊による魔力量の変化は、『八本槍』以外の人間が下手に追いかけて無駄な犠牲を増やさないように、どのような仕組みとなっているのかまでは明らかにされてはいないものの、『八本槍』と女王陛下、そして王室に選ばれた担当の魔法使いにしか認知できないようになっている。
そして、その変化を元『八本槍』であるクーには十分に近くできたのだが、その変化が自分が二君を新たに選定した時と全く同じようなものだったことはしっかりと把握している。
故に、自分以外の『八本槍』の人間が、葵に対してもう一つの主従契約を結んでいたということになる。
女王陛下に心からの忠誠を誓っているアルトリアとアデルは確実に違うだろうと推測できる。現にアルトリアは例の如く霧の呪縛に囚われてしまった。この調子だとアデルもいずれクーたちの前に現れて命を奪いに来るだろう。
となると、残りの五人のうちの誰がそのようなことをしたのだろうと気になるところだが。
「――フン、あの狸め。如何にしてここまで行きついたかは知らんが、随分味な真似をする。その化けの皮、次見る時には暴いてみせようぞ」
目の前の英雄王はその正体を看破しているようだ。
しかし、これでクーの懸念も大きく増えることとなった。
この霧の呪縛で『八本槍』が全員アルトリアのようになるようなプログラムが発動していたのであれば、クーとそのもう一人の人間、そして目の前の王以外は全て、霧によるループ世界を守護する『騎士』として立ちはだかる。言い換えるなら、英国の最終戦力兵器でもある『八本槍』の内の、半分以上の戦力を同時に相手取らなければならないということである。
クーが一人ないし二人の『八本槍』を相手して、ギリギリ持ち堪えられるだろうというレベルの話だ。二人を相手に完封できる保証はない。もう一人の『八本槍』が相手取れるのは最低一人と見積もっておく必要があるし、ギルガメッシュもこの性格上自ら積極的に介入しようとはしないだろう。
すると、残りの『八本槍』をどうするかが大きな問題となって眼の上にこぶを残す。
「ま、暇なら手ェ貸してくれや、王様」
「貴様如きの頼みに耳を貸す義理はない」
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翌日、リッカがさくらとの協力で、完全な枯れない桜を再現することに成功したという報告があり、ついでに生徒会室でミーティングを開くことがシェルのテキストに記されていた。
昨日のこともあるのであまり悠長に構えてはいられないが、とりあえず葵を仕事先まで送って、その足でそのまま学園まで出向いた。
そこにいたのは、エリザベスを含めた、以前に命を擲ってでも戦うと誓ってこの場所に残った勇者たちである。
一番全員から見えやすい位置にいたリッカの手には、さくらと初めて出会った時に彼女が握っていた桜の枝と同じようなものが握られていた。恐らくこれが本作戦のキーアイテムとなる桜だろう。
そして彼女の口から語られた作戦は、次の通りである。
まず、クーが葵を連れて、霧の禁呪の正式な解除方法を実行する。同じタイミングで、この地下の世界で最も大きな枯れない桜が植えられている島まで向かい、その木にリッカの持つ真に迫ったレプリカを移植することでその性質をインストールさせる。そしてその木を使い、ウエストミンスター宮殿のとある魔法的装置で、その桜の木と地下の桜の木を全てリンクさせ、それら全ての花びらを、リッカの魔力を用い、サラが術式魔法でその制御と調整をコントロールして、ロンドンの街中にばら撒く。その花びらの、希望に触れる力を伝って、清隆が夢の魔法を用いてロンドン市民の全ての夢に接触する。そしてそこから姫乃が前向きな想いを片っ端から抽出する。その情報から全ての前向きな感情が統合された希望の形を、シャルルのプレゼントの魔法で一気に叶える。それで、ロンドンを覆うネガティブな想いを、その霧ごと纏めて吹き飛ばすという算段だ。
誰もが思った。無茶苦茶にも程があると。
しかし同時に、実際にそれら全ては理論上不可能ではないし、何より孤高のカトレア――リッカ・グリーンウッドは嘘は吐かない。
彼女ができると言えば、何でもできるのだ。
そして、彼女が命名したこの作戦の名前は。
――≪枯れない桜の奇跡≫
花の咲き乱れる、素敵な未来のために――
各々が、準備を進めていくだろう。
サラが、クリサリスの実家からサポートに仕えそうな術式魔法を探し出し、検証する。
姫乃が、清隆の心にスムーズにアクセスできるように、彼と共に心を読む訓練を始める。
リッカが、さくらと共に、枯れない桜の魔法の精度を上げようと研究にのめり込む。
その先にあるであろう、明るき未来に、誰しもが、その胸に希望を掲げて。
「エト、後で話すことがある。ちょっとここで待ってろ」
ミーティング終了後、エトの背中からクーが声をかけ、後ろから少年の横を通り過ぎる。
きょとんとする彼を無視してクーが向かったのは、風見鶏学園長であり、英国の女王陛下でもあるエリザベスの下だった。
「ちょっといいか?」
「ええ、構いませんが」
クーの険しい顔に、既に事情を察していたのであろうエリザベスもまた苦い表情を浮かべる。
当然、『八本槍』が全員敵側に回ってしまったという事実についてである。
「突然、他の『八本槍』の皆さんとのラインが途絶えてしまったのです。これは一体どういうことなのでしょうか……?」
女王陛下という身分故、周りに動揺を悟られるような振る舞いは決してしない。
しかし、クーには分かってしまう。その声音が震えていることに。今までにない事態に、全身が恐怖に支配されていることに。
今までに傍にいてくれた『八本槍』の消失、それはつまり、戦場において全武装を奪われてしまうも同義なのだから。
「あまり詳しいことまでは話せねぇが、テメェの言ってた『騎士』とやらがどうやら『八本槍』の正体らしい。その『騎士』システムの作動により、『八本槍』が禁呪側に回ったってことだろうよ」
今の言葉だけで、聡いエリザベスはどこまでのことを理解しただろうか。
単純に話を繋げていくだけで、目の前の男がどういう存在か、そしてこの世界の本当の姿を知ることになるだろう。
そう、ここがただのループ世界であるという訳ではないという真実に。
「そう……いう訳ですか……」
彼らの共有する記憶の中で、エリザベスというかつての少女は、クー・フーリンという男に救われているはずなのだから。
しかしそれでも、彼女の心は折れることはなかった。
今の彼女は、
「要するにだ、『八本槍』のリンクが切れるタイミングが、俺以外で一人違う奴がいるはずだ。テメェはなるべくそいつに守ってもらえ。残りの『八本槍』は――分かんねぇけど何とかする」
「何とか、ですか……」
その一言が僅かに頼りなく感じられたのだろう。その溜息交じりの一言には、小さな懸念が見え隠れしていた。
しかしその表情もまた、すぐに鋭い瞳へと引き締められる。
「分かりました。御武運を――」
そして、その言葉だけを背に受けて、エリザベスの傍を離れる。その視線の先にいたのは、不安げな面持ちをしていたエトだった。
その内エトくんが唐突に一刀修羅的なことをし始めたら、松おk…桐原君と一緒に『ワーストワン!』と感想欄で罵ってやってください。すると兄貴が関西弁になって
あと足太いですよ。