満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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すみません。ここ最近家に帰って、ほぼ毎日円環の理に導かれて爆睡しておりました。
なんだんろう、そんなに忙しいわけでもないのに気が付いたら知らない天井、という訳ではないけれども。
大体一カ月ぶりでしょうか。大変お待たせしました。


霧中の剣

 甲高い金属音が広場に響き渡る。

 上空を眺めていたクー・フーリンは、振り上げた真紅の槍をだらりと下ろす。

 続いて視線の先で、白銀の髪の少年が仰向けに降ってきた。そのまま地面に叩きつけられて鈍い音を立てる。

 彼の両手には、それぞれ同じ形の剣が握られていた。但しその両方が、クーの槍によって容赦なく叩き壊されている。

 

「テメェには二刀流なんざまだ早えーよ。両腕でそれぞれ違う武器を扱うってのがどれだけ難しいか、どこぞの正義の味方様に講義してもらえ」

 

 フンと鼻を鳴らして冷たい物言いをする師匠。

 倒れていたエトは、体のダメージを全く感じさせない身軽な動作でひょいと立ち上がった。ズボンに着いた砂と泥を掌で叩き落とす。

 かつてクーと同じ『八本槍』である佐々木小次郎と対峙した時、エトは自分の中で更なるステップアップを果たすためのきっかけを見つけたような気がした。

 その直感から辿り着いた暫定の答えは、武器が足りないなら増やせばいい――それが今の摸擬戦で用いた二刀流だった。

 しかし案の定、何の訓練も積まない素人がいきなり両手で剣を扱い、別々の動作を行わせるなど不可能に近かった。

 二刀流には大きく分けて二つの戦闘スタイルが存在する。一つは片方の剣で攻撃を行い、別の剣で防御を行うスタイル。そしてもう一つは、両方の剣を攻撃に回し、ひたすらに手数を増やしていくスタイルである。そのどちらにしろ、それぞれの腕が適切な判断処理を行うスキルを持っていなければ、まともに扱うこともできない。

 実際にエトも、二刀流で戦ってみてなんとなく気が付いていた。そう言うことではないという、大きな違和感に。

 そしてまた、一つの答えを失ってまた答え探しの道に彷徨う。分かってはいたことだが、答えが違っていたとなるとショックは大きい。

 

「だが着眼点としては悪くないかもしれん。鍛錬ってのはトライアンドエラーの連続だと言うしな」

 

 手を出した方法自体は愚かなことでしかないが、そうして模索していくことに異を唱えることはない。むしろ自ら率先して新しい境地を開拓しようとする意気込みは十分に評価できるものである。

 

「でも強くなるって難しいね。技術的なことにしろ、メンタル的なことにしろ」

 

 根元から折れてしまった二振りの剣をそれぞれ革製のケースに仕舞いながらエトは呟く。

 強者への道は長く険しいことをここに再確認している戦闘狂の弟子であった。

 

「当り前だ。ローマは一日にして成らずともいう。でかくなりたきゃじっくり時間をかけるんだな」

 

 クーにしては妙な言い回しを使うものだ。最近覚えた言葉なのだろうか。

 

「あっ、でもでも、何か掴めそうなことには変わりないから、とりあえずエラーの前のトライってことで、もう少し試させてもらっていいかな?」

 

 そう言いながら、近くのベンチまで走って、そこに置いてある大きなバッグの中から二振りの剣を取り出して戻ってくる。

 クーの承諾がある前から既に構えて戦闘態勢に入っていた。どうにも最近この辺りの対応がクーに似てきている。本格的に戦闘狂になるのも時間の問題かもしれない。

 クーにしてみれば実に大歓迎な事ではあるのだが、他の連中からすれば自分みたいなのが二人に増えたということになる。

 試しに自分の傍にもう一人自分がいるのを想像してみると、これが何とも面倒臭そうだった。

 

「やる気あるはウェルカムだぜ。気が済むまでかかってきな」

 

 そう言って訓練用の槍を構える。

 そして、その言葉を聞くなり、エトの目は無言で狩人のような冷酷さを取り戻した。

 相変わらずの切り替えの早さである。普段は温厚で優しい雰囲気の少年ではあるが、その腹に抱えているのは戦士としての闘争本能と、相手を確実に仕留めるための氷のような冷酷さだ。

 自分でもとんでもないものを育て上げてしまったと興奮してしまっている。

 術式魔法を展開しきったのか、エトは弾丸の速度でその場から一直線にクーへと飛び出してくる。

 小手先の技ナシの正面からのやり取りを選ぶか――振り下ろされる剣を持つ腕は左。右利きであるエトに対して、左腕の攻撃はブラフだととっても何の差支えもない。

 もっとも、その攻撃がブラフではなく本命だったところで、使い慣れない腕での一撃程躱しやすいものはない。

 その一撃を槍先で受け流しつつ、右の剣を警戒する。

 しかし。

 違和感に気が付いたのは左の剣を捌いた直後だった。

 全身に発令する危険信号。振り下ろされる右の剣は槍で受け止め、流す。

 視界がその端に閃光を捉える。

 一瞬の判断――重心がずれないように僅かに右に体をずらす。

 何かが前髪を掠めた。

 いつの間にか天に目がけて掲げられた左の剣。

 違和感の正体。それは、受け流したはずの左の剣、左腕に、妙な方向へと力がこもっていたことだった。

 振り下ろされた剣をそのまま勢いを殺すことなく受け流したが故に、今のような振り上げは物理的に不可能だ。

 否、物理的に不可能であれば、非科学的な方法でそれを実行するという選択肢がある。

 結論、それは魔法の産物である。

 接近前に展開していた術式魔法によるものだろうか。だとしたらここまでの流れを全て計算していたことになる。

 どこでそんなことを習ったのか、エトも戦い方というものを学び始めたということか。がむしゃらに剣を振るうのではなく、先を見据え、手を読み、流れを掴む。そう言ったことを無意識に理解し始めている。

 

「――面白れぇ」

 

 そして評価すべきは、ここで本命の左の剣が上に伸びきったことで隙をつくったと勘違いをして次の一撃を叩き込もうものなら、零れそうな笑みを必死に押し隠している右の剣のカウンターの餌食になるということだ。

 その辺りを隠し通すのはまだ技術的に無理なのだろう、エトの右腕が殺意に満ち溢れているのがよく分かる。

 クーは仕方なく一度距離をとった。

 

「やっぱりバレてた?」

 

 悪戯に失敗した子供のような苦笑いを受かべるエト。その瞳には既に殺意はない。

 

「今のテメェに刃を隠すなんて芸当ができると思うかよ。そう言うのはあのニンジャ女の方が上手くやる」

 

「ニンジャ女って生徒会の巴さんのこと?あの人も強いんだ」

 

 人の価値の一つの判断基準として最優先されたのが強さである辺り、もう手遅れかもしれない。

 しかし、五条院巴はクーの言う通りニンジャの家系で生まれ育った人間であり、彼女自身も様々な刀をこよなく愛すコレクターであるという話も聞く。刀の扱いに関して彼女に勝るものといえば、すぐに思いつくもので『八本槍』の佐々木小次郎くらいのものである。

 

「んー、強いって言えば確かにそうなんだろうが――アレはそれ以上にトリッキーでね」

 

 刃を交えた時の率直な感想。彼女とは幾度となく小競り合いをしてきたが、彼女の扱う忍術や魔法は対処がとにかく面倒臭い。

 そして彼女の得意な、質量と意志を持つ分身の術は実に繊細で精巧にできている。『八本槍』クラスでなければ見破ることはほとんど不可能だろう。

 

「そっかぁ、今度色々教えてもらおうかな」

 

 教えてもらう、とは何をどのような形で教えてもらうか、すぐに大体見当がついてしまうが、どちらもそう言ったノリが強い辺り間違ってないのかもしれない。

 エトはもう少し自分のやりたいことを見つめ直すということで、摸擬戦を用いた訓練はこの辺でお開きとなった。

 エトは一人考える。

 足りないモノは何だろうと。

 実戦経験――そんな事は言うまでもない。そして、どうやらそう言う話でもないらしい。

 考え方の方向性としては間違ってはいない。しかし、決定的に何かが違う。その、何か。

 力、速さ、技、手数、戦術――そんな次元を超えた遥か先にきっとある。

 今は分からない。だが、きっといつか見えてくる。

 果報は寝て待てというものだし、ゆっくり積み上げていけばいいだろう。

 世界最強の戦士であるクー・フーリンが自分の言葉で言ったのだ。強さとは一朝一夕で手に入る物ではないと。

 シェルに一通の連絡が入る。

 鞄から取り出して確認してみると、その相手はサラだった。内容は、どうやら稽古をしていることを知っているサラがエトのために差し入れをつくったらしい。稽古の後に暇があれば連絡をしてほしいとのこと。

 体を動かして軽く小腹を空かせていたところに丁度いい。いつもより早い操作で文字を入力し、文章を確認せずに送信。返事はすぐに返ってきた。

 そこに記された場所へと小走りで駆けていくエトの姿は、クーにしてみればどこにでもいるような無邪気な少年のものだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 容赦なく肌を焼き付ける熱気と、視界を狂わせるように燃え盛る紅蓮の光。

 まるで戦争の跡の爆心地を再現したようなその光景を、葛木清隆は上空から苦い表情で眺めていた。

 そう、ここは夢の中。

 葛木清隆は、今ここで誰かの夢を見ていた。

 ここしばらくはなかったのだが、また再び、あの導かれるような感覚で夢の世界へと入り込んでしまっていた。

 しかし、ここはどこだろう。

 どうやらここは一つの街。しかし、まるで空襲でも受けたかのように燃え盛り、煙を上げ、そして建物が崩壊する。無残に焼き殺されたのだろうか、それとも既に避難してしまったのだろうか、逃げ惑う人々の姿も見当たらない。

 少し高度を下ろして、街の詳細を見て回ることにした。

 夢の中では、ある程度の感覚は共有される。本来なら耐えられないであろう熱気の中で、もしこれが現実のものだとしたら既に気絶しているはずだ。

 充満する煙の臭い、現実であればガス中毒で確実に倒れている。

 爆発、崩落を繰り返す街の大通り。この事件がなければ今頃人々が行き交い賑わっていただろう。

 体力の限界が近づいている。我慢の限界を感じ取った清隆は再び宙へと浮かび上がった。

 人が一人も見当たらない。夢の主はここにはいないのだろうか。夢としては珍しい、夢の中に自身がいない、概念的なものなのだろうか。

 しかしその時、清隆は見た。

 

 燃え盛り、揺らめく炎の中で――崩落した建物の瓦礫の上で――こちらに背を向けた人間の人影を――

 

 その人影は、背にいくつかの矢を浴びているようだった。痛々しい、しかしそれでいて、その背中からは雄々しさが感じられる。

 傷を負おうと、孤高に勝利の雄叫びを上げる一匹狼のような、そんな印象。

 その男の背中に、清隆は見覚えがあった。

 あの逞しい後ろ姿は、あの強さの象徴ともいえる漢の背中は。

 知っている、知っている、しかし、その男の名が、すぐに頭に過ぎってくれない。

 そうして、ゆっくりと意識が混濁してくる。

 夢が終わる。だめだ。これはきっと、忘れてはいけない大事な記憶。その欠片。

 必死に自分の意識にしがみつこうとして、しかしその視界は、プツリと途切れてしまった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日、クーは、公の仕事に地上に出ていたエリザベスを迎えるために地上に出ていた。

 相変わらずビッグ・ベンの時計塔の頂上が見えなくなっているくらいに、霧は濃く淀んでいる。

 

「ご苦労様です」

 

「そっちもな」

 

 周囲に危険がないかを確認して、エリザベスの斜め後ろにつく。

 今日はここに来るまでの警護の人間は、どうやら『八本槍』の人間ではないらしい。最近アルトリアもアデルも忙しいのか、どうにもその姿を見ない。

 いつもなら傍に控えているはずの杉並もいない辺り、王室周辺は大きく事が動いているのだろう。

 

「ところでクーさん、ちょっと聞きたいことがあるのですが」

 

 ふと、妙に悪戯染みた笑顔を向けてそう訊ねるエリザベス。

 どんなことを聞かれるのか不意に警戒するクーだったが、何も聞くなと言う前にエリザベスは話を始めてしまう。

 

「クーさんは、リッカさんやジルさんをどう思っていらっしゃるのですか?」

 

 はてさて、その質問は全てを知っているからこその鋭い問いかけなのか。

 あるいは何も意味深なことではなく純粋な質問だったのか。その答えはクーには分からない、が。

 

「あー、あいつらな。ぶっちゃければ嫁に貰いたいところだが、どうにもそう上手くは行ってくれないらしい」

 

「それはどういうことですか?」

 

 うっかり。口が滑って余計なことまで言ってしまったようだ。

 しかし、もしこのこと(・・・・)がなかったとしても、彼はその選択肢を選ぶことはなかっただろう。

 

「あいつらは紛れもなくいい女に違いねぇ。でも、だからこそあいつらと一緒にいる俺は、きっと俺ではなくなっちまう。あいつらはいい女だが、俺があいつらと一緒にいると、多分あいつらも、そして俺も、本来の在り方ってやつを見失っちまうだろうよ」

 

 クー・フーリンは最強の戦士だ。仮にそうでなかったとしても、そうであることを追究し続けなければならない。それが戦士であることの矜持であり、生きがいでもある。

 リッカ・グリーンウッドと、ジル・ハサウェイは最高の魔法使いだ。彼女たちがクーに一定以上の好意を抱いていることは、クーもよく知っている。だからこそ、二人が本気でクーを愛そうものなら、彼女たちの想いの力はそちらに流れ、魔法使いとしての魔力は少しずつ減衰してしまうだろう。クーが見たい最高の二人は、そんなものではなかった。

 故に、クーと、リッカとジルは、対等の関係に立つことはない。

 

「そう、ですか」

 

「だからテメェくらいはずっとあいつらを見ててやってくれ。女王陛下になった今でも、親友なんだろ」

 

 今でも覚えている。たとえそれが偽物の記憶だったとしても。

 かつてクーたちが初めてエリザベスと出会った時、友情の証として同じ形のストラップを購入し、今でもそれぞれのシェルにつけていることを。

 

「はい。必ず」

 

 そして、そんなことをわざわざ言ってのける前に、エリザベスは懐から取り出したシェルに取り付けられていたストラップを、懐かしそうに眺めていた。

 霧がまた少しずつ濃くなっていく。

 ウェストミンスター宮殿の入り口のところで、クーはふと立ち止まる。

 

「そういやちょっと気になることがあるから、女王陛下は先に学園に戻ってろ」

 

「気になること、というのは?」

 

「いや、大したことじゃねーよ」

 

 そう言って、掌をひらひらと揺らす。

 あまりクーと長い間過ごしていたわけではないが、その反応を見る限りでは本当に大したことではないらしい。万が一危険な事だったとしても、元『八本槍』の中でも実力者であるクーが生命の危機に晒されることもあるまい。

 そう思い至ったエリザベスは、クーに一礼して、地下へと続く魔法のエスカレーターへと足早に向っていった。

 気になることがあると言ったクーは、沈黙を保ちながら、ウェストミンスター宮殿のエントランス先で一点を睨んで立ち止まっている。

 霧がますます濃くなってゆく。

 視界が完全に見えなくなる――その前に、白く濁った霧の中に、一つの人影が浮かび上がった。

 その人影からは、カチャリ、カチャリと鎧の軋むような音が聞こえてくる。間違いなく、敵襲。

 

「――へぇ」

 

 覆わず、そう吐息が漏れてしまった。

 一つは、強敵が目の前に現れてくれたという喜びと。

 もう一つは、かつての友が、とんでもなく変わり果てていた落胆と。

 近づいてくるその人影は、次第に輪郭を取り戻す。そして、その正体を現した。

 青を基調としていたはずのドレスの鎧は白と黒のモノトーンと化していて。

 その手に握る聖剣からは、禍々しいオーラが滲み出ている。

 そして、かつては理想の体現者としての威厳と輝きを湛えていた鋭い瞳は、今では何の感情も孕んではいない。

 かつて見た騎士王とはまるで違う、本当に別人ではないかと思わせるようなその者の姿は。

 

 紛れもなく、アルトリア・パーシーそのものだった。




かなりお待たせしたお詫びといっては何ですが、実は本作風見鶏編終了後として初音島編を計画しているのですが、その前に少し、一、二話程外伝的なものを計画しております。
メインは清隆。そして対峙するは、本作主人公のクー・フーリン!
一人の少年の、命と魂をかけた略奪愛が、ここに始まる!
的な、主人公vs主人公みたいなのをやってみたいなぁと。こんなことしてるから完結まで無駄に距離が伸びるんだよ!

 ◇ ◇ ◇

 その花は、自分なんかには到底届かない場所にあった。
 高嶺の花――誰もが彼女をそう形容するかもしれない。そんな彼女の通り名は、『孤高のカトレア』。
 生徒会役員として過ごすうちに、幾度となく見せつけられる彼女の強さと、美しさ。
 そう、始めは憧れだった。
 いつからだろうか、その感情が、ここまで昂ることになったのは。

 そう、その花は、自分には到底届かない場所にある。
 そしてその花は、一羽の鷹にずっと見守られていた。誰にも汚されないように、誰にも摘み取られないように。
 崖の上にある一輪の花を眺めては、分不相応に、思ってしまったのだ。

 ――あの花が、欲しい。


「くたばる準備はできてるか、主人公」

 その『鷹』は、鋭い瞳を携えて、その拳を力強く握り込む。

「主人公ってタマじゃないですけど、だったらあなたは悪の親玉ですかね」

 憧れた少年は、あらゆる種を完成させ、ここに対峙する。
 今、力なき少年が、一輪の花に見守られながら、史上最大の絶望の崖登りに挑む――

 ◇ ◇ ◇

消えたと思っていた清隆のリッカルート、公開!
多分。

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