満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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貴族キャラによくありがちな展開だと思う。


王族に伸びる魔の手

 

 女性の輪の中に男性が混じるのは無粋だと思い、クーは彼女たちと同行することを拒んだ。

 エリザベスはその辺りのことを気にしなかったのだが、クーが面倒だと一方的に拒んだのだ。

 とりあえずもしもの時のために連絡手段を与えておき、クーは先に一人でどこかへ外出してしまった。

 

「さて、まずはどこに行こうかしら」

 

 クーがいなくなり、女性のみになった部屋で、リッカは顎に人差し指をつけるような格好であれこれ考えだす。

 ジルもこのあたりに何があるかいろいろ思い出しては、エリザベスをどこに連れて行こうか模索する。

 

「このあたりで、何か特別な食べ物とかはないのでしょうか?」

 

 エリザベスの問いに、リッカはピンときた。

 

「そうだわ。あれこれ考えるより、とりあえず町を歩きましょう。あれこれ考えるのはかったるいわ。リズにはきついかもしれないけど、それでいいかしら?」

 

「私は一向に構いません!」

 

 エリザベスの肯定により、とりあえず彼女の高級そうな服を一旦着替えさせ、町に合った服装で外出する。

 表通りを歩くのは、エリザベスを探している護衛隊の連中がうろうろしているので、彼女が見つかってしまう危険性が高い。

 なので少々危険ではあるが、裏通りを歩いて気分で表に姿を現すことにする。

 最悪不審者に絡まれる危険性はあるが、こちらにはリッカという実力者もいる。そうそうエリザベスを危険に晒すこともないだろう。

 

「この辺で出れば、この町でも有名な食べ物が並ぶ通りに出られるわ」

 

 ある程度歩いたところで、リッカが一行を振り返って言う。

 ジルも同じことを思っていたのか、エリザベスの方を向いて頷き、彼女の手を取って勢いよく歩き出した。

 表通りは人通りも多く、中には護衛隊の人間や、それに協力する警備員もいて、あまり長居するのも良くないとはリッカもジルも考えた。

 それでも一応町の雰囲気に溶け込んでいることは間違いない。怪しまれないように堂々と表通りに出た。

 そして最も近くにあったのは、ホットドッグなどを専門に扱う飲食店であった。

 

「ここのお店のホットドッグはね、この辺り独自の味付けがなされたピクルスを挟んだ、この町特製のホットドッグを扱っているの。ジューシーでとても美味しいのよ」

 

 リッカは嬉しそうにその店でホットドッグを三つ買い、そしてジルとエリザベスに一つずつ分け与えた。

 食べてみるようにエリザベスに進めると、彼女は躊躇いなくそれに齧り付いた。

 お姫様らしくない食べ方ではあるが、彼女自身もこういった体験をしてみたかったのだ。

 

「どう?」

 

「とても美味しいです!皆さんはこんなに素晴らしいものを作っていらっしゃったのですね!」

 

「気に入ったかな?」

 

「もちろんです!」

 

 エリザベスが意外と庶民の生活に馴染むことができるタイプだったことにリッカもジルも少しばかり驚き、そして同時に今この時間を幸せに思った。

 それからいろいろなところを見て回った。

 服を見たり、アクセサリーを見たり、雑貨屋を見て回ったり、とにかくいろいろと素敵な思い出をつくって回った。

 しかし、そんなある時、事件は起こる。

 ある通りで表に出た時、急激に人混みが激しくなった。

 捜索の増援も来たのだろう、ちらほらと警備員の数も増えてきている。

 

「リズ、手を離しちゃだめよ」

 

「はい……」

 

 怯えているのだろうか、返ってきた返事は少し声が震えていた。

 しかし、その返事も空しく――

 

「リズ!?」

 

 その手から、彼女の手の体温が、消えた。

 そう、はぐれてしまったのだ。

 リッカは焦る。もし彼女が悪者の連中に拉致されたとすれば、彼女の身に危険が及ぶ。

 そうでなくとも、彼女は国の人間であり、下手をすれば国レベルでの事件になりかねない。

 そうなったとき、自分の力では彼女を救い出すことはできないのだ。

 だから彼女は一度落ち着いて、状況を把握し、行動に出る。

 

「ジル、リズが攫われた。一度裏通りに戻るわよ」

 

「……!?うん、分かった」

 

 ジルを発見し、その手をしっかりと握って人混みから離脱し、裏通りへと戻る。

 そしてそこで、お互いに真剣な眼差しを向け合った。

 

「こんなこともあろうかと、一応魔法でマーキングしたのは正解だったわ。これをもとに彼女の現在位置を特定するんだけど、少し待って――」

 

 リッカは目を閉じて、自分の魔力に意識を集中させる。

 エリザベスとの間に繋がった一種の魔力のパスのようなものを辿り、彼女の現在位置を割り出す。

 エリザベス自身も魔法使いとしての資質があったために、その作業は思いのほか早く終わった。

 

「場所はここから北西に少し行った所ね。丁度こことは反対方向の裏通りね。私は南口側から追い込むから、ジルは北口側から追い込んで」

 

「分かった。無理はしないでね、リッカ」

 

「そっちこそ」

 

 作戦を決行する。

 2人は逆方向に向かって走り出し、いったん表通りへと出て、そして挟み撃ちに追い込むように特定の場所から反対側の裏通りへと入っていった。

 先に現場を捉えたのはジルだった。

 犯人グループは目視しただけで現在五人。他にもどこかに隠れている危険性はある。

 リッカならともかくとして、碌な攻撃魔法を行使できない自分にとっては、この状況を動かすほどの何かを起こすことはできない。

 とりあえず、リッカとの連絡を試みる。

 物陰に隠れて、魔法を使ってリッカに念話のようなものを飛ばす。ジルはこういった細かな操作が必要となる魔法が得意なのだ。

 

『リッカ、犯人見つけたよ。今ざっと数えて五人程。その場に屯しているから、もしかしたら他にいる可能性もあるね。私の位置は、そっちで把握できてるよね?』

 

『当然よ。私を誰だと思ってるのよ』

 

 力強く、そして頼りがいのある声がジルの頭に届くが、その声にはやはり安堵の溜息が混じり込んでいた。

 ジルはリッカに急行するように告げると、リッカもまた、ジルに情報収集をその場で頼んでおいた。

 なるべく彼らの会話の内容を聞いて、彼らが何のためにエリザベスを攫ったのか、その動機だけでも聞いておきたいところだ。

 ジルは建物の陰に隠れてやり過ごす。同時に彼らの会話を聞き取りやすくするために魔法を行使しておくことを忘れない。

 

「ったく、おせーな残りの連中」

 

「あの人混みだ、仕方ないだろう。こちらには三十人近くいる。全員武芸には精通している連中だし、焦ることもないだろう。せいては事を仕損じるぞ」

 

「にしても大丈夫なのかよ?国のお姫様なんか攫っておいて、失敗したら俺たち全員死刑だぜ」

 

「その時はこいつを盾にして逃げるだけだ」

 

「上手く行けば億万長者だ。国外に逃げて遊んで暮らせるんだぜ」

 

 彼らの話を聞いているうちに、大方彼らの動機と方法が見えてきた。

 人海戦術を用いて、何とかエリザベスを拉致する。この情報は地方の新聞に出るくらい有名なニュースだったから位置特定するのはさほど難しくない。

 そして護衛隊の隙をついてエリザベスを拉致する手筈をしていたのだが、犯行グループの一人が、彼女が国の連中から一時的に逃げ出したのを目撃したため、意外と簡単に計画を実行に移せた。

 そして人でごった返しているところで、彼女を連れまわしている二人――リッカとジルのことだが――からエリザベスを引き離すことでエリザベスを一人にし、目撃者のいない状態で彼女を自分たちの者とすることができる。

 後は彼女を盾に金と身の保証を要求し、そのまま国外に逃走する、といったところだ。

 そして、ある程度会話を聞き取ったところで、もう一度リッカに念話を飛ばし、そのことを全て伝えた。

 

『分かったわ。もうすぐそっちに着くから、気付かれないように見張ってて。見つかったら急いで逃げなさいよ』

 

『分かった……って、今そっちに向かって動き出した!数十二人!リッカ、気を付けて!』

 

『了解!』

 

 念話を切って、彼ら犯人グループの背後から、気付かれないようにゆっくりと追いかける。

 そして、ある程度行った所で、集団は動きを止めた。

 その奥、彼らの視線の先には、降雨時期の美少女が立っていた。

 リッカ・グリーンウッドだ。

 

「そこまでよ!大人しく私の友達を返してもらいましょうか!」

 

 行き先が封じられたと分かった集団は、踵を返してこちらに向かってくる。

 ジルはそうはさせまいと動き出し、彼らの前に立ちはだかった。

 

「ここから先へは行かせません!リズを返してください!」

 

「クソッ、こっちもか!」

 

 脱出口を封じられた犯人グループは建物の壁をを背に陣取って、エリザベスを一番奥へと隠した。

 その手際の良さに、リッカは舌打ちをする。

 

「いいのかよ嬢ちゃんたち。ここで下手に暴れたらお姫様がどうなっても知らねーぞ!?」

 

 その時の周りの連中の下種な笑みに、ジルの背筋に悪寒が走る。

 手の打ちようのない事実に、ジルはリッカに視線を向けるも、彼女もまた、この状況に焦りを感じているようだった。

 

「リッカ……」

 

 どうしようもない。このまま膠着状態が続けば、間違いなくこちらが不利である。

 数でいうと、こちらが二人なのに対して、あちらは三十前後。

 耐久戦に持ち込むのは確実に悪手である。

 かといってここで焦って飛び出せば、エリザベスの身に危険が及ぶ。それだけは絶対にあってはならない。

 ここまでか、とリッカが諦めかけた次の瞬間だった。

 ゴツン、と鈍い音が周囲に鳴り渡ると同時に、一番奥でエリザベスを抑えていた男が転倒した。

 カランカラン、と音を立てて転がったのは、少し軽めの金属でできた、警備員が訓練用に使用する槍だった。

 そして男が立っていたところに、別の男が着地する。

 今ほど、彼の到来が嬉しかったことはなかった。

 

 ――クー・フーリン、ここにて参上。

 

 その表情は怒気を孕み、かつてない程の迫力を生み出していた。

 エリザベスに無言で下がっているように指示すると、クーは一歩踏み出した。

 そのプレッシャーは、遠くにいたリッカやジルですら恐怖するほどだった。

 

「ク、クー……」

 

「別に俺様はリッカやジルがどうなろーが知ったこっちゃねぇ。だがなぁ、そいつらバカみてーに嬉しそうにはしゃいで出てったんだよ。新しい友達作ってな、そりゃもうこっちが文句言いてーくらいに楽しそうだったね。だからこそ一言言いたいんだけどよ――」

 

 ――邪魔すんじゃねーよ。

 

 次の瞬間、男が一人、建物の壁にめり込んでいた。

 クーがその男を殴り、一撃で吹き飛ばしたのだ。

 そしてその行動に他の連中が刺激されたのか、それぞれが得物を構えてこちらに向かってきた。

 

「そうそう、今回槍なんて使わねーよ。てめーらクズの集まりのために手札を見せるのも勿体ねーからな。――素手で十分だ」

 

 雄叫びを一つ上げ、向かってくる集団を、ごみを蹴散らすように殴り、蹴り、振り回し、薙ぎ倒した。

 その眼は、数多の戦場を駆けてきた、百戦錬磨の戦士の、それを見ただけで相手を竦ませるような、威圧感の溢れる眼だった。

 

「とっ、止まれ!それ以上暴れたら、こいつの命がないと思え!」

 

 振り返ると、どこから出てきたのか、男が一人、エリザベスを人質に取り、彼女の首元に刃物を当てていた。

 しかしクーはそんなこともお構いなしに、彼に接近する。

 気が狂ったかのように思える彼の行動に対して、男は混乱し、恐怖し、そして錯乱した。

 

「あああぁぁぁぁあああぁぁぁあああああ!!!」

 

 手に持ったナイフに力が込められた――そのほぼ同タイミングで、彼の顔面には、クーの正拳がめり込んでいた。

 今度は吹き飛ばすこともなく、全ての衝撃を一点に集中させ、外に逃がさないようにした、質の高い拳だった。

 男はよろめいて地面に倒れる。

 その際、エリザベスが傷つかないようにナイフは先に払っておいた。

 こうして事件はあっけなく終息した。

 犯人グループがあちこちで伏せているのは町の不良集団の小競り合いだと認識されるだろう。

 エリザベスも無事に戻ってきたのだから問題はない。

 何事もなかったかのようにクーは裏通りを去っていく。

 それを見たリッカたちも、彼に続いて自宅へと戻ったのだった。

 

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 自宅に戻って寛ぎながらエリザベスをしばらくの間もてなし、そしてエリザベスは自ら、そろそろみんなのところに戻ることを告げた。

 

「今日は本当にありがとうございました。この町のことをいろいろ知ることができ、本当に光栄です。それに、リッカさん、ジルさん、そしてクーさんの三人には、まるで友人のように扱っていただいて、本当に嬉しかったです」

 

「友人のようにって、もう私たちは友達でしょ?」

 

「そうだよ、ジル」

 

「本当に、ありがとうございます!また、どこかでお会いしましょう!」

 

 そう言って、エリザベスは国の連中のところへ戻ってしまった。

 別れというのは何とも物寂しいものだが、それでも、彼女たちにとっては、忘れることのできない最高の思い出となった。

 

「ところで、あんたは何であそこで事件が起きてるってこと知ってたの?」

 

 リッカの質問に、クーは顔を背けて、こう答えた。

 

「ちょっと心配だったんだよ。お前らの邪魔にならないように遠くから警護させてもらってた。事件に巻き込まれたけどリッカたちなら何とかするだろうって思ってたんだが、なんかそういう風に行かなくてな。そしたらエリザベスが緊急連絡用の札を破ったから出動したってわけだ。ったくテメェらホントに情けねぇよな、負傷していたとはいえこの俺様を一度は倒した奴がいるというのに」

 

 実はクーが登場する少し前、エリザベスはあらかじめクーから預かっていた、リッカのオリジナルの緊急連絡用マジックアイテムの複製品を、犯人グループの目を盗んで発動させていたのだ。

 使用法が簡単だとはいえ、魔法をそれなりに理解している者でないと使用できる代物ではない。

 彼の危機察知能力と、不幸体質による彼の経験が、彼女の正体をいち早く見抜き、その上で彼女に危害が加わらないよう、万全を喫していたのだ。

 エリザベスに魔法の才能があったことと、クーがどうしようもなくツンデレだったのが、今回の勝因ともいえる。

 

「ずっと見てたんだね」

 

「どうでもいいだとか言ってたけど、やっぱり心配だったんだ」

 

「ほっとけ。お国に媚を売っておくのも悪くねーだろ」

 

「またまた自分から悪人になるようなこと言っちゃって」

 

 そんなリッカたちの財布のストラップとして、おそろいのキーホルダーが垂れ下がっていた。

 銀色のリングが二つ付いたキーホルダー。

 それは、国の連中の下に帰ったエリザベスが大事に握っている紙袋の中にも、同じものが入っていた。

 ぶら下げていると、何度跳ねてぶつかり合っても、また共にひきつけあう。

 その様子はまさに――

 かけがえのない、親友の証だった。




チェンジエンドの方が進まない。
こっちの方を書くのが楽しくてあっちに手が回らないんです。
さて、そろそろ原作からあのマスコットを消し去りに行きます。

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