満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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最近更新が不安定ですね、申し訳ありません。
世間では夏休みだというのに、何故か普段より忙しく感じられる今日この頃。



胸中で疼く小さな穴

「――これくらい強ぇ方がいいんだよ」

 

「で、でも、乱暴にされたら――」

 

「バカヤロー、勢いある方がテンション上がるだろ」

 

「で、でも……」

 

「うるせぇ、さっさと始めるぞ」

 

「うわ、ち、ちょ、いきなり激し――っ!?」

 

「何これちょー楽し―しちょー気持ちいいっ」

 

「待っ、て、そんなに激しくされちゃ、壊れちゃ――っ」

 

「そん時は責任くらいとってやるよ」

 

「ゆっ、くり……!もっとゆっくりっ!来るっ、来ちゃうっ!?」

 

 などというやり取りが部屋の中から聞こえてくる。

 魔法の霧の禁呪がつくり上げた世界からの脱却を目指して、さくらから預かった枯れない桜について研究を進めていたリッカ・グリーンウッドは、休憩がてらに別件での用事を終わらせているであろう親友、ジル・ハサウェイを部屋まで呼びに行っているところだった。

 片方の声はジルのもの。何やら厭らしいことをされているような声のような気がしないでもない。

 そしてもう一つの声も知っている。決して聞き間違えることのないそれは、ジルと同じく旧友であり、男としてもよく知っている、クー・フーリンのものだった。何やら厭らしいことを強要しているように聞こえないでもない。

 現在時間にして午後の三時を少しばかり越したところである。

 そんなお天道様が一番近いところから見下ろしている時間であるのに、部屋の中からいかがわしい声が。

 しかし耳まで真っ赤にしながらリッカは愚考する。まさかこんな日中に男女の営みをするほど二人の貞操観念が歪んでいるとも思えない。だとすればこれは、自分がどこか無意識でそのように解釈してしまっているだけであって、実は似たような言葉が出てしまうのが自然であるようなシチュエーションであるという可能性も否めない。

 例えば――と問われても分からないが。

 ともあれ、ここで羞恥と怒りに震えながら部屋の中に突入して、あまつさえ『この変態!』などと罵ろうものなら、万が一ただの勘違いだった場合、逆に何を想像して飛び込んだのかを勘繰られて立場が危うくなりかねない。

 ならばここでリッカがすべきはただ一つ。いつものようにやれやれ的な表情と態度で冷静に突入して、いつものように小突くような感じで二人を叱ってやればいい。それがカテゴリー5、孤高のカトレアとしての品位というものだろう。

 

「――うわっ!?」

 

「うおっ!?」

 

「……白いの、いっぱいついちゃったぁ」

 

 前言撤回。否、前思考撤回。

 ジルが施した魔法による施錠を強引な魔法の馬鹿力によってこじ開けて突入。何してんのよ、と怒りの眼差しを向けたその先に、二人はいた。

 ベッドの隣、まるでもみ合ったかのように倒れ込んでいるジル、そしてその上に彼女の行動を封じるように四つん這いになったクー。

 そして何より、そのジルの顔には、何やら白くべたついたものが――

 

「な、なななななな、何、やってんのよ……」

 

 その言葉にハッとして振り向くクー。後に続いてジルがゆっくりと呆けた目でリッカの方に視線を向けた。

 そしてクーは現状を把握するように真正面に――ジルに視線を戻し、そして片腕を上げて指で顎を擦る。少し考えるそぶりを見せてから、再びリッカへと首を向ける。勿論そっとジルの上から体をどかしながら。

 

「お前、男女が同じ部屋でナニするかって、そりゃナニだろ」

 

 真顔で平然と答えてみせた。

 但し、その手に握っている太くて長くて硬いものをゆっくりと隠そうとして。

 そしてジルは、ゆっくりと立ち上がり、白いナニかをたっぷりと浴びせられた顔を隠しながら、洗面所に駆け込んでいった。

 

「何ならテメェにも出そうか、俺の魂の白い結晶をよ」

 

 次の瞬間、羞恥とか怒りとかその他諸々の感情によってゆでだこのような顔色をしたリッカが、クーの体を、彼女の顔の色以上の紅蓮で破壊し尽くした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 デスク用の椅子に腰かけ、リッカは肩を怒らせて鬼のような形相で二人を睨んでいる。

 一方でクーの隣に、というより密着して座ってるジルは、そんなリッカに睨まれて、逃げ場を失った小動物のように震えていた。

 そして犯人は他人事のように明後日の方向に視線を向けて、自分の部屋でもないのにも拘らず無礼なくらいに寛ぎまくって次の瞬間口笛でも奏でだすのではという態度だった。

 

「いやまぁ大根おろしをつくってただけなんだけどな」

 

 リッカが拳を握って小刻みに震えはじめる。何かがミシリと音を立てた。ジルの部屋の家具に罅とか入っていなければいいが。

 尋問、というにはあまりにも空気が緩過ぎる。緊張感と呼べるものの欠片もない。犯人が緊張感ぶち壊しの言動しかとらないからである。

 

「……男女が同じ部屋ですることって言えば、大根をおろすことなのね」

 

「そんな訳ねぇだろ」

 

 今ちょっとキレちゃったかな、と。こいつ相手なら多少禁呪の一つや二つ使っても問題ないよね、と。懐に大事にしまってあるワンドに手先が伸びてしまう。

 ジルにしてみればこの空間、既に絶対零度の冷凍庫の中である。しかし同じ冷凍庫に閉じ込められているはずの隣のクーは至って平常運転、相変わらず口の減らない男である。率直に言ってしまえば馬鹿である。

 

「少し前の仕事の関係での知り合いからいいものができたとかで大根を送ってもらったんだけど、一人で処理するのもつまんねーからさ、ジルのところに何かねーか顔出したんだけどよ」

 

 と、テーブルの上に置いてある物体へと視線を飛ばす。そこにもクー曰く魂の白い結晶が残っていた。

 

「どういう訳かこいつ、大根をおろす器具を持ってたんだよ。あんまりこっちでは見かけない代物だったから、ついテンション上がってな。おろしてどうすんのとか考えたが、そう言うのは全部後回しって訳だ」

 

 色々とツッコミどころは満載だが、クーが持っている太くて長くて硬いモノ――立派に育った大根をひらひらさせており、その先端部分が切り落とされて更に擦り減っている辺り、大それた嘘という訳でもないらしい、が。

 

「で、それがどうしてジルの顔に飛んだり、あまつさえあんな卑猥な会話になるのよ!?」

 

 ダン、と大きく音を立てるくらいには力と勢いを込めてデスクを拳で殴る。その音でジルが吃驚して体を跳ねさせた。

 罅が入ってあまつさえ大きくなっていなければいいのだが。

 

「卑猥って、何想像してたんだよあの会話で」

 

 分かっているような顔をしながら――しかし言葉では純粋無垢を主張するその文言。

 しまったと後悔してももう遅い。今の言葉、明らかに、突入前に厭らしい妄想をしていましたと高らかに宣言してしまったのだ。

 しかし、ここで怯むわけにも行かない。

 咳払いを一つ入れて場の空気をリセットする。したつもりである。

 

「で、何してたの?」

 

「いや、大根おろし楽し過ぎてゴリゴリしてたら、俺の力が強くてジルに押さえてもらってたおろし器が滑って寄ってしまってよ、一つ力を入れりゃつるっと滑ってひっくり返っちまっただけだよ」

 

「それで、あまりに力が強くておろし器が壊れちゃいそうだったから……」

 

 おずおずと挙手をして補足するジル。

 彼女とて親友だが共犯者だ。責任(?)の追及は免れない。

 

「あなたもあなたよ。そもそも原則女子寮には男子禁制のはずよ?どうして部屋に入れたの?」

 

 リッカは厳しく問い詰める。たとえ相手が古くからの親友だったとしても、親しき中にも礼儀あり、だ。

 しかしその問いに、ジルは何故か顔を赤らめて視線を逸らした。

 

「だ、だって、クーさんが、あんな太いものを取り出して、このぶっといの食わないか、なんて言うから……」

 

「そう言う紛らわしい言い回しをするな!」

 

 クーの額にマグカップがぶち当たった。無論ジルのものである。投擲したのはリッカである。

 しかし確かに、クーの持っている大根、妙につやがあってしっかりしていて美味しそうではある。

 そしてリッカは閃いてしまった。これが一世一代の大チャンスであるという事実に到達したのだと。

 そう言えばクーはフラワーズでキッチンのサポートができるくらいには料理が上手だと聞いている。しかしその腕をリッカたちは知らない。彼の料理を食べたことがない。

 そして丁度いいところにクーがいて、大根があって、それを調理する道具がある。その上でリッカはクーを弾劾する立場にあって、少しくらいなら言うことを聞かすくらいなら不可能とも言い切れない。

 だとすれば、今すべきことはただ一つ。

 

「……で、結局のところ、その大根どうするつもりだったのよ」

 

 できるだけ、そんなものには興味がない風に装いながら、悟られないよう視線を合わさずに態度は大きく問い質す。

 それでも恐らく気付いているであろうことには大変腹立たしいことこの上ないが。

 

「いや、どうやら大根おろしというのは日本の料理だと聞く。俺もジルも詳しいことは知らんから、葛木辺りに聞いて何か作ってみようかなと」

 

「それホント!?」

 

「うおっ、急に食いつくんじゃねぇ」

 

 先程までの鬼のような形相から一転、目を輝かせて身を乗り出したリッカに対し、その変化に対応できず仰け反るクー。まさかここまで変わり身が早いとは思わなんだ。

 クーにしても、リッカもジルも長い付き合いではある。その中で一度も賄をもてなしたこともないとは、一応親しい付き合いをしている仲としてはどうなのだろう、クーは考える。

 結論。多少面倒ではあるが、ここらでどこで借りたかも分からない借りを返すつもりで少しだけ腕を振るってみてもいいかもしれない。

 そうと決まれば、日本出身の葛木清隆に連絡をとって日本食について簡単に知っておくべきだ。

 懐からシェルを取り出す時、ジルから期待の眼差しを向けられる。

 

「清隆くんに連絡するの?」

 

 一つ頷いて清隆の名前を探し、そして耳に当てる。

 半分脅迫めいた文章で清隆を呼びつけては、その後滅茶苦茶大根を摩り下ろした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 結局大根おろしは、清隆に教えてもらった、白身魚を焼いて、醤油に浸して一緒に頂いた。

 サイドメニューとして同時に教えてもらった味噌汁なるものも清隆に教えてもらいながらノリノリで作ってしまっていた。

 故に、結局ジルもリッカもクーの料理の実力をしっかりと味わうことができなかったというのが結末である。

 清隆が去った後、食器を洗いながら、リッカとジルは談笑を交わしていた。他愛もない話題で、いつも通りの二人で、大きな禁呪に巻き込まれていることを気にしていない、いや、もしかしたらそんなことすら忘れているのではと思うくらいに自然に。

 だが、クーの見ている、二人の背中が映る景色はあまりにも違い過ぎていた。

 そこに二人いるはずの人影の一つは、ここにはいないのだ。存在しているはずがないのだ。自身と全く同じように。

 ジル・ハサウェイを救ったのは誰だ――クー・フーリンだ。

 クー・フーリンとはどんな人間だ――霧の禁呪によって生み出された副産物、魔力の結晶から生まれた偽物の英雄。

 自分のことなどどうでもいい。そんなものは後からでもどうにでもなるし、目の前の壁を打ち破れるのなら打ち破る。どう足掻いて勝てないのなら、最後まで足掻いて無様にくたばる、それでいい。

 しかしジルは――あれだけいい女が霧と共に消滅するなど、あっていいはずがない。

 親友であるリッカはどう思うだろうか。嘆くだろうか。悲しむだろうか。我を忘れて狂乱するだろうか。きっとそのどれでもないだろう。

 クーの知る彼女ならば、魔法使いの未来のために、彼女ごとこの世界を終わらせることを望む。そして一人絶望を押し隠して、堂々とした佇まいでカテゴリー5、孤高のカトレアを演じ切ってみせる。それだけの力と器量が彼女にはある。だが、それはクーとジルの望む、リッカ・グリーンウッドではない。

 その時、目に何か冷たいものが飛び散った。

 顔を仰け反らせたクーは目に異物が入ったのを確認して片目を瞑ると、その横顔に声が叩きつけられた。

 

「ちょっと、なに呆けてるのよ」

 

 リッカだった。何も知らない、ただ目の前の目的だけを果たそうと努力する女の姿。

 その両手にはまだ水滴が残っている。呆けていたクーに気が付いてその手から水滴を飛ばしたのだろう。

 

「いきなりなんだよ」

 

「何考えてるのかは知らないけど、どうせあんたは槍持って突っ込むことくらいしかできないんだから、深刻に考え込む必要もないでしょう」

 

 失礼な言い草である。こちらは心配して色々と考えてやっているのに。

 しかし実際はその通りだ。何をどう考えようと、今このロンドンを支配している霧は完全に消す。そしてその結果、クー・フーリンと、自身に関わったことで生命や存在が左右される人間は全て消滅する。そのことに変わりはない。変えられるはずもない。それが(マスター)の意向だ。騎士(サーヴァント)としてそのミッションは確実に成し遂げてみせる。

 ならばせめて最後だけ、最後くらいは、いい思いの一つや二つ、経験してもいいのだろう。

 

「こうやって三人でのんびりできるのも、久しぶりだね」

 

 そう言って、ベッドに座っていたクーの隣に、リッカもジルも腰を掛ける。

 三人が横に並んで座っている。こんな光景、そういえば偽物の記憶の中にすらなかった気がする。初めの頃は警戒されて一人だけ除け者にされたり、距離を縮めても何かしらの騒動やらトラブルやらでいつも騒がしかったり、そう思えば、こんなにまったりとした時間を三人で過ごすのは、新鮮なことではあった。

 ただ、その思いとは別に、クーの中で鎌首をもたげる別の感情が、それを今から壊そうとしていた。

 

「……なぁ」

 

 無意識の内に、二人をこちらに振り向かせる言葉が口から出ていた。

 もう、自分の言動を止めることは、自分でもできないだろう。後は本能の赴くままだった。

 

「男女が同じ部屋でベッドの上ですることっつったら――一つしかないよな」

 

 一瞬。

 始めから二人は横になっていた、そう錯覚させるくらい一瞬で、そして力を入れられたことすら感じさせずに、リッカもジルもベッドに押し倒されていた。

 リッカの顔のすぐ左に、クーの右腕が、そしてジルの顔のすぐ右に、クーの左腕が突き立っている。

 

「――悪いな」

 

 一言だけ残したクーの瞳は、妙に鋭くてギラギラとしている。

 今から二人は何をされるか、加速してしまう思考の中で様々な妄想が爆発してしまう。耳まで紅潮してしまうのにそう時間はいらなかった。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 逃げようと思えば逃げられるはず――いや、この男の身体能力を前に逃げ切れるはずもない。彼が無理矢理に追いかけようものなら、既に二人の女の体は完全に支配されたようなものだ。

 芯まで染み込んでくる恐怖と、しかし体の奥底から僅かに湧き出る期待。その二つが、全身の運動神経を完全に麻痺させている。

 クーの右腕が動いた。リッカの制服のリボンがゆっくりと解ける。

 腕がゆっくりと場所を動かして、次にリッカの制服のボタンへと指を伸ばす。

 一つ、また一つと外されていく。そしてギリギリのところで手が止まった。

 次に動いたのは左腕。ジルのリボンが解かれ、そして制服のボタンがギリギリまで外されていく。

 そして、前屈みになっていたクーの上体が、ゆっくりと起こされる。中途半端に衣服をはだけさせられた二人は少しも動くことはできない。

 しかし次に彼の口から出てきた言葉は、誰にとっても、自身にとっても興醒めなものだった。

 

「……やっぱやめだ」

 

 立ち上がり、二人に背を向けて部屋から去ろうと歩いて離れていく。

 何がどうなっているのか思考が追い付かない二人は、はだけた服を直そうともせずにその背を見つめている。

 ただ、二人とも心の中で蠢いていた感情は、ただ一つだった――何故、と。

 

「ループしてる世界でんなことやってもどうにもならんだろ。まずはそっちを片付けてからだ」

 

 残された言葉はそれだけだった。

 綺麗に整理整頓されたジルの部屋で呆けているジルとリッカ。沈黙の中に、どこか寂しさを孕んでいるようだった。

 結局、最後まで彼は、二人のことを奪ってはくれなかったのだと。

 

「……ちょっと、ドキドキしたね」

 

 なんて言っているのはジル。分かっているのか、分かっていないのか。

 しかし、確かにあのように強引なクーを見るのもそう多くはない。普段戦場やらで見せる眼ともまた違う、生きる上で不可避な欲求を前にした獣の瞳。

 思い出すだけで、胸のドキドキが止まらない。

 そして、再びリッカはベッドに押し倒されてしまう。今度はジルに。

 

「き、急にどうしたの?」

 

「な、何かリッカのこと、抱き締めたくなっちゃって」

 

「あー、分からないでもないって、いうか……」

 

 リッカ自身、満更でもなかった。

 この蟻の一穴のような小さな寂しさを埋めるために、二人で慰め合えるのなら。

 込み上げる感情を押さえて、リッカも親友の強くて華奢な身体を抱き締めた。




ようやく話が進みます。
あと何話で風見鶏編終わるだろうか。

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