満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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三週間ぶりでございます。
色々忙しかったというか、忙しい状況をつくりだしたのは他でもなく自分自身の責任というか。
とにかくお待たせしました。
これではかなり新刊を待っているライトノベルの原作者様の悪口は言えないですね。


この手にないモノ

 鈍くも甲高い金属音がスタジアムの中央で響き渡り、続いて獣の唸り声のような低く思い音が、吹き荒れるような衝撃波と共に運ばれてきた。

 土煙が目に入らないように腕で顔を庇いながら、エトはその光景から目を逸らさないでいた。

 両者中央で激突、拮抗状態――身動きがお互いにとれないでいるのか、お互いの得物を力任せに押し付け合うように鍔迫り合いが続いている。

 アルトリアが一歩踏み込む。その力に応じて相殺するようにクーもまた腕に力を込める。

 更なる衝撃に地が揺らぎ、大気が震える。エトの白銀の髪が荒れた風に弄ばれる。

 その時、エトは、そしてアルトリアは見た。クーがその槍に力を加えながらも、しかしその唇がすぼめられて、力を抜くようにすぅと吐息を漏らしているのを。

 そして、その鋭い瞳が紅く光る、間近で相対していたアルトリアにはそう見えた。彼女はクーの意図に気が付く。

 再び中央で衝撃波を一度走らせて、お互いに背を見せることなく、得物を構えながら距離を取って。

 クーはその槍を、構えを解いて下ろした。

 

「やっぱ殺気の一つも見せてくれないんじゃ興奮しねぇな」

 

 やれやれと肩を揺らして退屈そうに呟くクーを見て、アルトリアは半眼になって彼を睨む。

 

「人の殺意に興奮するなど、騎士としても戦士としても下品極まりない。そもそも私も本気ではありましたが、あなたを殺すつもりはなかったので当然と言えば当然です」

 

 だろうな、とアルトリアに嘲笑を飛ばすクー。

 かく言うクー自身もアルトリアを殺そうなどと言うつもりはなかった。皆無といっても過言ではない。

 理由は単純にして明快、相対する相手がその気になってくれなければ、こちらとしてもなかなか乗り気にはなれないし、土俵違いの相手に槍を振るっても面白くとも何ともない。フェンシングの競技で真剣を使うようなものだ。笑い話にもなりはしない。

 

「終わりということでよろしいですか?」

 

「いいぜ、丁度いい感じに汗も流せたし、運動不足にはもってこいだな」

 

 先程までのまるで集中力だけで相手が死ぬような緊迫した闘争が、それこそエクササイズ扱いである。改めて格の違いというものをエトは思い知る。

 二人の手合せを見届けて、興奮のあまりに力の入らない足をふらふらさせながら無理矢理に歩かせる。向かった先は師匠と彼の友人の下であった。

 

「おう、どうだったよ?」

 

 質問の意図は、今の手合せを見て何か学んだことはあるか、ということだろう。

 エトは、その質問に対して正直に答えるしかなかった。

 

「何も得られなかったよ。二人の戦いが常軌を逸し過ぎていたせいでまるで認識できなかった――」

 

「ほう」

 

 あれだけのことをしておいて、わざわざ時間をかけてここまで来ておいて、何も学ぶことがなかったでは流石に手合せの相手をしてもらっていたアルトリア・パーシーにも申し訳が立たない。それ以上に、クー・フーリンとしても面子も丸潰れだ。しかし彼は、その言葉を聞いて、なお余裕の笑みを崩してはいなかった。

 それはつまり、次の言葉が飛び出してくるのを知っていたということである。

 

「――だから、見るんじゃなくて、実際に体験した方が早いと思うんだ。それも、お兄さんじゃなくて、別の人で」

 

 そんなことをいうのか、とアルトリアは内心驚愕していた。

 この国において、『八本槍』は別にその存在が秘匿されているわけではない。魔法という概念に関わっていることは公表されていないが、それでも王室を守護する最強の騎士団ということで知れ渡っている彼ら一人ひとりの強さは個人で一個師団を紙屑のように葬ることができると喩えられるくらいのものだ。

 そんな連中を、まだまともに成熟しきっていない少年の口から簡単に、相手にしたいと。

 狂っていると思った。彼もまた、彼の師匠と同様に、戦闘狂(バトルジャンキー)であると。

 

「それで、相手はどうするんだよ。またこの騎士王様に手伝ってもらうか?」

 

「いや、確かにアルトリア様の実力は凄かった。僕じゃ全然届かないくらいに」

 

 しかし、エトのその瞳は、既にアルトリアを見てはいなかった。もっと遠くのどこかを見ているような――既に彼の頭の中には、相手をしてみたい『八本槍』の人間が存在しているようだ。

 

「でも、僕が知っている中で、剣技という点において、アルトリア様よりも優れた人を知っている。僕は、その人に相手してもらいたい」

 

 アルトリアとクーは、互いに顔を見合わせる。二人ともその人物にすぐに心当たりが行った。

 自分より、アルトリアよりも剣技に優れた『八本槍』など、一人しか存在しない。その男こそ――

 

「風の噂に足を運んでみれば、なるほど呼んでいたのはこの私自身というわけか」

 

 スタジアムの端、観客席の椅子の一つ、結い上げた長髪が風に揺れている。

 そこにたった今到着したという雰囲気はなく、むしろ先程までそこで花鳥風月でも愛でていたと言われた方がまだ納得のいく佇まいの、背中に一振りの長刀を差した東洋の侍剣士がいた。

 言わずと知れたその男の名は、佐々木小次郎。無論、この名前は伝説上のとある人物の名であり、彼の本名ではない。ただとある秘剣を操ることができるというだけでその名を敢えて借りているというだけに過ぎない。

 しかしその剣筋は、その伝説上の佐々木小次郎のそれに迫ると言われている。

 

「なかなか威勢のよい瞳を携えているな、獅子の子よ」

 

 僅かに跳躍。知らぬ人が見てみればそれくらいの動作だっただろう。

 しかしそのひとっ跳びで観客席から一気にこちらまで舞い降りた。飛び跳ねることに定評のある兎ですらここまで飛翔しない。

 アルトリアは『八本槍』の纏め役、騎士王として彼とは対面したことがあったようだ。お互いに微笑の内に挨拶を交わしていた。二人は刃を交わしたことがあるのだろうかなどと考えているのは実にクーらしい。

 

「聞いてたなら話は早い。手間かけるがこのガキと手合せしてくねぇか?」

 

 そう問うが彼は即答せんとばかりに瞳を閉じた。

 

「無論、この身はただ一心にこいつ(・・・)を磨き続けるためのもの。その切れ味を確かめる機会があるというのなら――(やぶさ)かではない」

 

 ちらりと確かめるように、片目だけを開かせて光らせ、エトへと視線を走らせた。

 その視線を、エトは怯えることなく堂々と受け止める。その態度が示すのはただ一つの回答――加減は必要ない。

 やれやれと両腕を広げて首を傾げる古風の侍を前に感じているのは、肌が、頬がチリチリと焼けるような畏怖。認識しておくべきは、これでもまだ彼は戦闘態勢に入っていないということだ。死角もなければ隙もない、彼自身が意識していなくともその前身は既に広範囲のレーダーと化しているようなものだ。少しでも害意を持って射程に踏み込もうものなら、肌を焼く火花は爆炎となって全身を襲うだろう。

 

「ところで、気合十分なのはいいんだが――」

 

 ふと、緊張感を持って佐々木小次郎を前に対峙していたところを、雰囲気を破壊せんとばかりに言葉を挟んだのは、クー・フーリンだった。

 

「急にどうしたの?」

 

「いや、お前手合せするも何も武器持ってねぇだろ」

 

「あっ――」

 

 ついテンションだけが上がって考えていなかった。徒手空拳も扱えないことはないが、体の小ささから武器によるリーチと攻撃力のサポートを失えば、それだけでエトとしても大きく弱体化してしまうのは当然である。ただでさえ全力で相手したところで赤子の手を捻るくらいの感覚で捻じ伏せられてしまうというのに、武器を持っていなければ話にならない。

 そして最悪なことに、普段訓練用として使用しているレプリカの剣は部屋のクローゼットの中に手入れを終えてある状態で大事にしまっている。

 

「――武具なら、こちらに一式揃えておきました」

 

 鈴のように美しい声。その主は、騎士王アルトリアだった。

 その傍に控えている二人の使用人によってスタンバイされたであろう、武器の数々。剣や槍などの武器から、盾や防具などの装備品まである程度は充実しているようだ。

 アルトリアが指示していたのか、あるいはこの話が出てきていた時点で使用人が判断し用意してくれたのか。いずれにせよ、パーシー家の品格が相当高いということはそれだけで十分伝わってくる。

 エトは礼を言いながらその中の最も握り心地のいい剣を一振り選んで軽く素振りをする。

 これだと全身が直感を受けながら、何度も何度も確認するように握り締める。

 そして――

 

 ――スタジアムの中央で、一人の小さな勇者と、一人の流木を自称する侍剣士が、視線の火花をぶつけ合った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ――十字に切り刻んだと思えば、逆に左腕の皮を無数に斬りつけられていた。

 

 数秒前にそんな事態が発生した現在、既にエトは全身が悲鳴を上げていた。

 初撃で、術式魔法により自分という存在概念の時間軸をずらして加速し、一瞬の踏み込みで斬撃を繰り出したはずだった。

 確実にその剣先は相手を食い破った――はずなのに、そこにはいつの間にかその姿はなく、余裕しか感じられない目付きのままで、向こうからすれば無防備に見えただろう左腕を連続で斬りつけたのだ。しかし、その剣筋は、以前彼の隣で肩を並べて戦った時と同様、全く持って見切ることができなかった。

 ここまでしておいて、その全てがお遊び。自分と貴様とではこれだけの実力の差があるのだぞと。

 佐々木小次郎にしても、舐めているのではない。むしろ彼にしてみれば、エトは褒め称えるべき人物ともいえる。

 我武者羅に生きるす術を奪って学び、強くなろうと足掻いてその力を誰かの為に活かそうとするその姿、感服する以外にどうしろと言うのだろうか。

 なればこそ、今ここで『八本槍』としての実力を彼に思い知らせ、その途方もない距離を彼に痛感させ、しかしその距離を実感したことで、初めて行き先がはっきりしてくる。後はその途方もない距離を、彼なりの速度で歩めば、あるいは走ればいい。

 そのために佐々木小次郎が今すべきことは、全力で手加減しながら少年に真の剣技というものを見せつけ、完膚なきまでに叩きのめすこと。

 エトは圧倒的実力差を前に、疲弊した体に鞭打って、呼吸を整え再び地面を蹴り踏み込む。

 視界の中で接近する標的を前に、その一瞬の思考で敵の状態を分析する。

 だらりと垂れ下がった腕――その拳に握られた長刀、油断しているのではなく、それこそが彼の剣技の極致、型を捨てることで自由になった剣の、虎のように駆け鳥のように舞う、無限の広がりを見せるような剣閃。

 しかし――エトは熟考する。

 腕が垂れ下がっている、ということは、つまり剣先が地面に最も近い位置にあるということになる。ともすれば、次に予想される剣筋は――逆袈裟などの斬り上げ!

 一筋だけでは足りない。その腕が振るうと思われるあらゆるパターンを想定し、次の一歩を踏み込み、フェイントを混ぜながら斬り込みのための待機位置(カタパルト)を定める。

 そして、その長刀の射程に入るギリギリのところで――

 

 ――固有時制御《タイムアルター》――三倍速《トリプルアクセル》!

 

 全身を締め付ける感覚、しかしその代償に手に入れたのは、不自然なほどに瞬間的な速度上昇。

 エトは普段通りに体を動かしていればよい。しかし一方で、それを目撃する他の人間は、エトの移動速度が極端に倍速になったように観測する。

 そしてその僅かな可能性の隙間に、剣を叩き込んだ。

 

「――っ!?」

 

 無音。

 そう、何一つ、物音は立たなかった。

 まるで何も起きなかったかのように、水面に滴一粒すら垂れ落ちなかったとでも言いたいのか、それほどまでにその一瞬は沈黙に支配されていた。

 動かされた佐々木小次郎の長刀。その先端には、エトの振るった剣の刃が受け止められていた。

 違和感の正体――剣同士がぶつかって、金属音を僅かも立てなかったこと。

 なにが起こった――考えている場合ではない。二撃目、三撃目と追撃を加える。

 しかし、どの角度から斬り込んだかに拘らず、その全てが、例外なく、音もなく吸い込まれるように、長刀の剣先で受け止められ流されてしまう――

 

「練習がてらにとは思っていたが、どうやら予想以上に完成しているらしい。他の『八本槍』には通用しないだろうが――もうしばし研鑽が必要と見た――」

 

 エトの剣戟を受け止めながら、そこか宙に視線を飛ばす佐々木小次郎。

 それを眺めていたクーとアルトリアも、十分な驚愕を示していた。

 

「他の『八本槍』に通用しねぇだと?嘘も大概にしろってんだ」

 

「剣技のみで言えばこの私を遥かに凌駕する――ここまで来れば天晴(あっぱれ)としか言葉が出ないものです」

 

 相手の剣の先に刀の刃先を合わせ、発生する力を相殺しつつ受け流す。

 そこに生まれる者は何もない。エトの生み出すプラスの力を、佐々木小次郎の剣術によって生み出されるマイナスの力によって過不足なく殺しきっているのだ。だからこそ、音もなく、外に生まれる余波もなく――強いて言えば、相手の心に強い動揺を生む。

 日本の諺に、『暖簾に腕押し』というものがある。

 エトはそこの言葉を知るはずもないが、しかし今に限ってはこの状況を、暖簾に腕押し、いや、それ以上の棒振り(・・・)の無意味さを思い知らされる。

 タイミングをずらし、力加減を調節し、手数を増やして、踏み込みを変え、死角から斬り込んで、フェイントを混ぜ――これ以上ないくらいに工夫を凝らした。

 だが、無意味。

 その全ては見えない渦に吸い込まれていく。

 そして、エト自身無意識の内に、焦燥に駆られた一撃を繰り出すも、その時――

 

「――悪いが、受け流すだけがこの技の本質ではない」

 

 エトの握る剣から、重みが消えた。

 腕がふわりと浮くような感覚。視線の先には余裕の笑みを浮かべた美顔の侍の瞳。

 視線が自然に下へとずれる。自分の剣。自分の得物。いつか相手を切り裂かんと獰猛な牙を剥き出しにしていた刃。その刃が、完全に消え去っていた。

 視線がずれたその瞬間、エトの鳩尾に衝撃が走る。それが全身に伝播し――その全てを全身が吸収しきれず、エトの体ははるか後方へと吹き飛ばされる。

 スタジアムの壁に叩きつけられ、体を起こそうと身をよじる――が。

 エトの視界のすぐ隣で、佐々木小次郎の長刀が壁に突き刺さっていた。

 

「チェックメイト――日本語では王手、か」

 

 はて――と翻訳の正誤を気にしつつ、壁から長刀を抜いて背中の鞘に仕舞い、そして右手で顎を擦るようにして考え込み始める。

 エトの視線は佐々木小次郎のずっと先にあった。

 先の一瞬で、何が起こったか。

 エトの腕から剣の重みが消えたその原因は何だったのか。

 恐らく、彼は魔法など使えない。それは彼の話した言葉の文言が証明しているようなものであり。

 ただ剣技のみで、魔法のような結果を生み出したのだ。

 そして、エトの視線の先、その地面の芝生に落ちている、そこにあるはずのない銀の粉。

 それが何か――無論、エトの握っていた剣の残骸(・・・・・・・・・・・・)である。

 

 ――武器破壊。

 

 何をしたのかは結局見切ることはできなかったが、ただあの不可解な剣術のみでその結果を引き出した。

 ああ、とエトはふと溜息を零す。自分に当たり前に勝利した男の背に向けて、尊敬と嫉妬の眼差しを向けながら。

 そこまでの力をどうやって手にしたのか。その未知なる剣技を暴きたい。暴いてみせると。

 小さな掌は、その主の意識が途絶える前に、僅かに前へと伸びて、その背中を求めて握り締められた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「お見事でした」

 

 アルトリアは、タオルを手にした使用人を後ろに連れて佐々木小次郎の下へと歩み近寄る。

 思考をやめた佐々木小次郎は視線を彼女へと向け、軽く挨拶を交わす。そして、後ろの使用人から差し出されたタオルを、掌でやんわりと遠慮する。

 

「実に愉快なひと時だった。――彼が目を覚ました時、伝えておいてくれないか」

 

 そして背を向け、エントランスへと向けて姿を消そうと歩を進める。

 言わずにはいられなかった、だが言う前に彼は意識を失ってしまったから。本当なら直接聞かせてやるべき言葉だった。その意気と度胸に、敬意を込めて。

 

「可能性はある。精進せよ、と」

 

 明かりのない暗闇に包まれた通路を歩む中、佐々木小次郎は回想の中に彼の姿を思い出していた。

 その剣の一撃一撃に芯が込められていた。そして心意気だけではない。重心をずらすことなく、それでいて並の戦士ならすぐにでもリズムを崩すような踏み込み、フェイント、技の数々。

 しかし、まだ足りない。足りないものがあるのだ。

 それは技術などではない。身体能力などではない。そんなものはこれからどうにでもなる。流木(・・)とまで称されたことのあるこの自分――佐々木小次郎ですらこの域にまで到達することができたのだから。

 ならば何か。彼が、あの少年が更なる強みに上り詰めるのに必要な要素とは。

 ああ、気付いているとも。この手で刃を合わせ、この目でその全てを見てきたのだから。

 彼には『状況(・・)』が足りていない。彼の性格(ストラテジー)を前提とした、彼の全身を最大限に活用できる最高の環境。

 

 ――あの少年は、『八本槍』に匹敵する実力(このりょういき)に到達し得る。

 

 闇の中で、侍は爽やかに、それでいて不気味に微笑を浮かべた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 闇の中へと意識を放り棄てる前。

 エトはその背中を得て、ある一つの答えへと辿り着いていた。

 圧倒的に足りないものがある。それは、身体でも技術でもない、と。そんなものはこれからどうとでもなる、はずだと思いたい。

 武器を破壊された(・・・・・・・・)と気付いた時に感じられた、一つの閃き。

 武器破壊とは、武器を持って戦う相手から戦力を削ぎ、戦意を喪失させるのに最も有効な手段である。増して、あんな曲芸のような手段でそれを実行したとなれば、相手に与える絶望も尋常ではない。

 そう、この手から武器が消えた時、ふと思ってしまったのだ。もうこの手に戦う力はない(・・・・・・・・・・・・)、と。

 今はただの閃きでしかない。そこに論理もなければ合理性もない。ならば、その閃きに即して検証すればいいだけの話。

 そして、それが成功すれば、と。意識が閉じられる前に、最後の思考を試みた。

 ならば、きっと。

 

 ――自分ならお兄さんの隣(あのりょういき)に並び立てるだろう。

 

 その実感が、胸の内を支配して。

 視界は黒塗りされ、そして時間の経過を認識できなくなってしまった。


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