満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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そろそろ話を展開させます。
まずはそのための布石としてクリスマスパーティーの話でも。


全て遠き夢世界

 十二月二十四日、すなわち、クリスマスイブである。

 風見鶏の学生は、異例の事態が次々に続く中で、それでもこの日を待ちに待っていた。その理由は実に単純で、分かりやすい。

 クリスマスイブには、二つのイベントが存在する。一つは、本来ならば本日行われていたであろうはずの生徒会役員選挙の投票及び集計・当選者発表。こちらは既に、あらゆる想定外の事件が立て続けに起こったために、各クラスの立候補者を全員生徒会に引き入れることで収まった。

 そしてもう一つが、その投票の結果発表の後に行われる、本日最大のイベント、クリスマスパーティーである。

 学園長室兼生徒会室の窓から見下ろしても、噴水周辺や校庭では生徒たちが騒ぎに騒いで盛り上がっている。

 椅子から立ち上がってその光景を眺めていたエリザベス学園長は、その若き力に嘆息し微笑んでいた。彼らこそが、次世代の魔法使いの社会を担う人材、いや人財であり、無限の可能性である。

 そうして時間を忘れかけていると、ふと部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 ようやく待ち人が来たかとそのノックに対して入室の許可を出すと、のそのそとした足取りで、一人の青年と少女が姿を現した。

 霧の禁呪、≪永遠に訪れない五月祭(バルティナ)≫の発動者である陽ノ本葵と、そんな彼女を守るために『八本槍』を脱退し、彼女の騎士となったクー・フーリンである。この二人を呼んだのには、ちょっとした理由があった。

 

「お、お待たせしました」

 

 落ち着きのない様子でとりあえず挨拶をする葵。彼女にとって魔法使いは憧れの対象であり、そんな彼らが通うこの学園は聖域にも他ならない。それ程の認識をしている学園の長を相手にするとなると、緊張もひとしおといえる。

 

「いらっしゃい」

 

 あわあわとしている彼女を、いつものようなのほほんとした笑顔で迎え入れるエリザベス。その視線は次にクーの方へと向かった。

 どうにも柄でもないことをしていることに自分でも気が付いているのか、そんな彼女の生暖かい視線からクーは目を逸らす。

 

「クーさんも、ご苦労様です」

 

「別に苦労なんかしてねーよ」

 

 事実、したいことをしているだけのことである。

 周りからすれば確かに騎士に見合うような行動をしているように見えるのかもしれないが、そんなことを気にしたこともない。

 苦労はしていない、が、少々面倒なことにはなっていることに違いはないか。

 

「前置きはいい。さっさと本題に入ってくれ」

 

 クーと葵がここに来たのは、エリザベスから来た一通のシェルのテキストに理由があった。

 二人には秘密裏にミッションをこなしてもらう、その説明をするために、二人には一度クリスマスパーティーが開催される前に学園長室に来い、と。

 エリザベスからの直々の依頼とあってはいかない訳にはいかない。訝しげに思いながらも葵が行くと断言したために半ば同行という名目でここまで来たクーだった。

 

「……それでは、ミッションの内容をご説明します」

 

 コホン、と咳払いを一つ打って、そしてその視線は、一直線に葵の瞳を貫いた。

 突然視線を向けられた葵は、すこしぎょっとしながらも、その視線に応える。

 僅かに緊張したように息を飲みながら、学園長の指示を待つ。

 すると彼女は、懐からワンドを取り出して、僅かに漏れそうな微笑を堪えながら、手首だけで鋭く振った。

 一瞬の輝きを放って、その光源である机の方に視線を向けると、そこには一着の風見鶏の女子用の制服が綺麗に畳まれて置かれていた。新品であることを証明する仄かな輝きを放つ城を基調としたブレザーは、皺ひとつそこに残されてはいない。

 

「――どういうことだ」

 

 もっと面倒臭いことになりそうだと目頭を押さえるクー。葵の方へと視線を向けると、葵の瞳は制服へと向けて僅かに輝いていた。

 そして思い出す。そう言えば葵は風見鶏の生徒ではなかったということを。

 同年代の少年少女が同じ制服を着て、楽しそうに会話をしながら登校している。放課後には、そんな彼ら彼女らがアルバイトをしている自分の店に寄り、雑談を交わしたり、授業に対して愚痴を零したり、美味い料理に盛り上がったりしている。そんな様子を見て、彼女がどんな思いだっただろうか。何となく、クーにも想像できた。

 

「葵さんには、それを着て潜入捜査をしてもらいます」

 

「へ?」

 

 唐突に出てきた物騒なワードに、葵の思考回路は処理しきれずに破綻する。

 全く回りくどい言い方をするものだと、隣で頭を掻いていたクーは少し呆れていた。

 

「この大事な状況の中で、学生の皆さんがどのようにしてクリスマスパーティーを楽しんでいるのか、実際に現場に潜入し、その身で体験して調査してきてほしいのです。これから霧の禁呪を解除する作戦を実行するにあたって、この風見鶏の皆さんには常に士気を高めていてもらう必要があります。彼らの力が、彼らの協力が、大きな鍵を握っているのも事実、だからこそ、この大きな行事の中で皆さんのやる気と元気の源を探ってほしい、ということです」

 

「は、はぁ」

 

 ほら見ろ、と心の中でクーは呟く。隣の葵は何が何だかよく分かっていないような表情で僅かに首を傾げていた。

 

「つまり学生としてクリスマスパーティーに実際に参加してどう楽しんでいるのか理解して来い、って言いたいんだろ」

 

「そう言うことです」

 

 随分と粋な計らいである。

 実際にはミッションという形で彼女に伝えたのだが、恐らくエリザベスは、風見鶏で学生として様々なことを学ぶことができない彼女の、学園に対する憧れを見抜いていたのだ。

 そんな彼女の本当の意図とは、つまりそんな彼女のささやかな思い出づくりとして、今日一日思う存分学生として楽しんできてほしい、というものなのだ。

 それでクーが呼ばれたのは、他でもなくそんな彼女の護衛、要するに一人の女子学生のデート(・・・)の相手になってほしいということである。

 

「では、私は開会式に顔を出さないといけないので、これで失礼します」

 

 それだけ言葉を残して、いつも通り優雅な足取りで学園長室を去ってしまった。

 残された葵とクーは、嵐のように突然に残されたミッションという名のお祭りイベントを前に、しばらく硬直していた。

 先に音を立てたのは葵だった。その足が数歩、風見鶏の制服へと向かい、そっと手を伸ばしていたのだ。

 

「……ずっと、憧れていたんです」

 

「そうかよ」

 

 無愛想な返事だったかもしれないが、これでも葵の心情をほんの少しは理解しているつもりだった。

 一度溜息を吐いて、そして身を翻す。扉へと向かって足を進めながら顔だけを葵に向けた。

 

「外出てるからさっさと着替えろ。行くぞ」

 

 バタンと扉が閉じられる音の後に、葵はほんの少し嬉し涙を浮かべて、温かな笑顔で深く頷いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 クリスマスパーティーが開催されて直後、クーと葵は噴水の縁に座っていた。

 冬だというのに相変わらず薄紅色の花弁を撒き散らしている桜の下で、学生たちがあれやこれやと騒ぎ立てている。

 誰もがクーのことを、こういうイベントには興味がないものだと偏見を持つが、クー自身はむしろ好物である。毎年たくさんの人間が試行錯誤を繰り返してよりよいものを創り上げていくという姿勢は大きく評価しているし、その完成物を鑑賞したり体験したりすることは刺激的で興味深い。

 

「――あのこと、言わなくてもよかったんですか?」

 

 物憂げにクーを見上げる葵。

 あのこととは――一瞬だけ考えて、その答えがすぐ昨日にあったことを思い出す。当然それは、昨日風呂場で葵が語った真実についてである。

 葵が観測していた本来の過去の時間軸には、『八本槍』が存在しなかったこと、そして当然にして、クー・フーリンという男どころか、他の『八本槍』のメンバーも存在していないという事実。

 しかしその問いに対し、クーは馬鹿にするように笑ってみせた。

 

「言う必要ないだろ。誰かが得する話じゃねぇ。それに、いなくなっちまうのだとしたら、その時は黙って去るつもりさ」

 

 楽観しているクーを見つつも、葵の心には小さな棘が突き刺さっていた。

 結局、この人は去ってしまうのだと。自分のせいでこの世界に呼び出され、記憶を改竄され、さも最初からここにいたかのように振る舞うことを余儀なくされていた男が、また自分のせいで自分の前からいなくなってしまうのだと。誰が彼をこの世界で道化のように躍らせているのか――無論、それは彼を舞台に上げた葵自身だ。

 醜い。あまりにも醜い。その全てが自分のせいだとわざとらしく背負い込んでヒロイズムに酔っているのが、強烈な自己嫌悪に陥るくらいに醜く気持ち悪かった。

 そんなつもりはなくとも、クーがその罪責を少しでも軽くしようとしてくれているのに。それを全て無駄にしようとして。

 そしてその全ての思考が正しかったからこそ、名を呼ばれ、顔を上げた時には、その額に人差し指の爪が命中していた。

 

「あぅあっ」

 

 軽く小突くようなデコピンでも、彼の体格や身体能力から弾き出される指の一撃は非常に重く鋭い。

 

「考えんなっつってんだろ。大人にもなってねぇガキが考えることじゃねぇよ。ガキはガキらしくそこらへんで粗製乱造されている不味い料理の青春の味とやらを満喫してりゃいいんだよ」

 

 葵の腕を強引に掴んで引っ張り、無理矢理に立たせる。そしてその背中を叩いて一歩踏み出させた。

 ふらつく葵は、つんのめって前方に倒れそうになる体を、バランスをすんでのところで立て直して振り返る。

 ふと、その姿が目に入った。ふと、その表情が目に入った。

 いつも通りに自然体で、いつもは見せない楽しそうな微笑を浮かべた、子供のような表情の大人の男がそこには立っていた。

 そして、彼が足を踏み出す。一歩、また一歩。

 二人の足が揃った時、クーは歩く足を止めた。

 

「子供は大人の言うことを素直に聞くもんだぜ」

 

 その言葉を聞いた時、葵はクーの太く逞しい腕に肩を抱きかかえられていた。まるで、付き合いの長い恋人同士のように。

 

「これでも俺様はこの学園三年目だからな。普段見回りもしてる分、出店には詳しい方なんだよ」

 

 その視線は、一直線に学び舎の方へと向かう。

 ただ楽しそうに、その口角をニヤリと吊り上げて。

 

「折角のデートだ、この『風見鶏のアニキ』が直々にエスコートしてやるぜ」

 

 この世界が、この存在と温もりが夢であるのは分かっていたのに、その言葉に、その優しさに、その強さに、心が跳ねてしまうのが回ってしまった。

 この感情は、駄目だ。この感情は、この世界の中で決して認められることもなく、許されることもない。想うことが罪なのに。

 抗わなくてはならなくて、それでも抗えなくて、気が付けば、頬を紅潮させたままで、差し出された掌を小さく握り返していた。

 

「――それでいいんだよ。ほら、行くぞ」

 

 そうして歩き出そうと一歩踏み出した時。

 男の名を呼ぶ声と共に、折角のデートを邪魔する連中が現れた。

 

「ねぇ、デートってどういうこと?」

 

 振り返って葵は、その場で真っ青になってしまった。先程まで心地よくとくとくと跳ねていた心臓はどこへやら、すっかりと凍り付いて。

 そこにいたのは、凍り付いた世界の番人をしている鬼のような笑顔を浮かべたリッカ・グリーンウッドと、その親友、ジル・ハサウェイが何やら裏切られたような面持ちで立っていた。

 

「どういうことって、言葉のまんまの意味だよ」

 

 平然と言い返して見せたクーに対し、むっとして苛立ちを露わにするリッカ。その視線は葵へと向かった。

 猫というか、虎とか獅子とかそう言う類のネコ科の動物に睨まれた気分の葵は、怯える兎のように身を縮こまらせる。

 

「おいおい待てよ。テメェらが何と言おうと今このタイミングで俺様のハニーはこの嬢ちゃんだ。愛し合う男女の仲を裂こうとする奴にはガラスの靴は合わないぜ」

 

 上手いことを言ったつもりだろうか。何故か渾身の一言だとばかりにドヤ顔を決めるクー。

 しかし効果は抜群だった。リッカとジルはその発言で諦めがついたようで、やれやれと言わんばかりの疲れた顔で首を横に振る。両手を挙げて参りましたのポーズ。

 

「はぁ、分かった分かった。陽ノ本さんも初めてのクリスマスパーティーみたいだし、今回は陽ノ本さんに免じて許してあげるわ」

 

 先程は葵に恨みがましい視線を向けていたくせに、実は罪を問われていたのはクーだったようだ。

 

「そうだね。葵ちゃんだってクーさんと一緒に回りたいって言いそうな表情してるしね。私たちが邪魔するわけにはいかないよ。それに、葵ちゃん、可愛いし優しいし周りに気が利くし料理上手だし意志も強いし甲斐性ありそうだし幼い顔してるくせにおっぱい大きくて男性的にギャップがそそるだろうし浮気性のクーさんにとってはこれ以上なく相性よさそうだし――」

 

 何かブツブツと呟き始めたジルのことは放っておいた方がよい、三人の中で共通の認識ができあがってしまった。

 そして、リッカが意味不明な呪文を唱えているのを無視して彼女を引っ張って連行し、クーと葵も歩き出す。

 こんな夢の世界でも、それこそ夢のような時間を。

 叶うはずのない願いをずっと胸の中で温め続けて。

 見上げた先にある横顔は、楽しそうに笑っていて。

 そんな笑顔をずっと隣で見つめ続けていたいのに。

 考えるなと言われていたことが、いつまでも空っぽで暗闇の葵の体の中を、縦横無尽に駆け巡っていた。

 

 

 

 ――――思ひつつ寝ればや人の見えつらむ

 

 

 ――――夢と知りせば覚めざらましを

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 既に空は茜色に姿を変え、人々の喧騒は徐々に遠ざかっていた。

 一応見回りの報告にと、一度学園長室へと姿を消したクーを、葵は空き教室の隅っこで待っていた。

 夕日を見ていると、何故か心が締め付けられる。今まで依存していたものが、手が届かないままにその姿を消しゆく、その後ろ姿を見せつけられているようで。

 指先を伸ばして、そして掴んだそこには何も残っていない、その瞳が捉えるのは、既に手元からも光が消えてなくなっていた、だた暗いだけの闇。

 

「――ここにいたのか、陽ノ本」

 

 明かりもつけずに教室の中の机の一つに座っていた葵の名を呼ぶ者がいた。

 声のした方へ、教室の出入り口の扉の方へと視線を走らせると、そこには胡散臭い笑みを浮かべた、風見鶏の本科生の男子制服を身に纏った東洋人の男がいた。

 その男の名を、葵は知っている。部活のような、同じ組織に属している、その組織のリーダー――杉並。

 

「こ、こんなところにどうしたんですか、杉並さん?」

 

 神出鬼没で有名な杉並、今回のような大きなイベントではいつも大きなトラブルと騒ぎだけを残して忍者のようにこっそりと姿を消すことがいつも話題になっており、その噂はフラワーズでもよく耳にする。

 しかし今回に限って、このクリスマスパーティーでは何も妙な行動を起こさなかったようだ。女王陛下の側近としての仕事が忙しかったのか、あるいはそのような気分ではなかったのか。彼の表情からは何も察することができない。

 

「いや何、少しばかりこちらからも手を打つべきだと思ってな」

 

 確かに日本語を話してくれたはずなのだが、まるで何を言っているのか分からない。手を打つとは、何に対してだろうか。そしてそれが葵と何の関係があるのだろうか。

 変人奇人のカテゴリに属することは間違いない杉並だが、やはり変人奇人は話す言葉もまともではないようだ。

 

「貴様に渡すものがある」

 

 差し出された杉並の掌を、一枚の漆黒のハンカチが覆っていた。そしてその中央部には、人の掌ではない、何か小さなものが乗っかっているような膨らみがある。

 杉並はその部分のハンカチを掴み、そして手品師のようにそっと黒のハンカチを持ち上げる。

 そこにあったのは、真紅の輝きだった。

 

「こ、これは――」

 

「確証はないが、もうじき奴らが来る。俺個人としてはこういった手段は避けたいのだが、どちらにしろ厄介なことになるものでな。安牌を打たせてもらおう」

 

 奴らとは誰なのか、安牌とはどういう意味なのか、何一つとして分からない。

 彼から手渡されたこの物体も、一度目にしたことがある。その意味を理解していたから、ますます理解が追い付かなかった。

 

「好きに使ってくれればいい。もっとも、時と場合を慎重に選んでくれるのがベストなのだが」

 

 それだけ言い残して、気が付けばよく分からない高笑いを残して消えていた。

 葵は、自分の両手の平に乗っけられたその物体を眺める。

 二つに砕けた、宝石のような輝きを。

 その輝きは、触れているはずなのに触れられていない、光のように答えの見えないものだった。




次回から本格的にクライマックスへ。
風見鶏編終わりの目処がある程度見えてきたぜ。

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