満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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遅れて申し訳ないです。
最近いつもこんな感じ。


悪夢の侵攻

 霧が全てを包み込むロンドンの街中、一般人が誰も気付かない中で、都市壊滅の危機が訪れていた。

 情報部から送られてきた報告によれば、ロンドンの地下に無数に埋め込まれた小型の時限式魔法爆弾が一定時間後に爆発し、ここグレートブリテン島を大地震が襲う脅威が発生したとのこと。更にそれに乗じて、例の黒い影がロンドンの街中に出没、以前のタイプとは違い戦闘力としての脅威があるとのこと。

 これに対し風見鶏は、手の空いている本科生と予科生全員で爆弾及び不審人物の捜索を遂行、また、黒い影に関しては『八本槍』にこれを討伐及び殲滅することを要請した。

 風見鶏は通信司令部として生徒会長シャルル・マロースを総指揮官とし、その傍でリッカがサポート、更に各クラスからの報告や、新しい指示などのオペレーティングを担当するのが、この十二月で生徒会役員選挙に立候補している葛木清隆とメアリー・ホームズ、更にもう二人、葛木姫乃とエドワード・ワトスンとなる。五条院巴とイアン・セルウェイは共に遊撃手として現場を担当することになっている。

 それぞれのクラスでは、三人から五人で一つの班を作り、その班で行動を共にすると同時に、爆弾や不審者の発見を班長が通信司令部に報告、新たな指示を待つという形になる。

 国会議事堂前に待機している風見鶏の生徒が上空を見上げてみれば、そこには怪鳥の形をした黒い影が複数体飛び回っていた。こちらに気が付けば一斉に襲い掛かってくるのかもしれない。

 カチャリと重厚な鎧の音を軋ませながら、一歩前に足を踏み出したのは、愉快気に口元を歪めているギルガメッシュだった。その後ろには、憂う表情で空を見上げるさくらの姿がある。

 

「――蚊蜻蛉(カトンボ)風情がこの我を見下すか。貴様らに天翔ける姿は似合わぬ」

 

 そう言いつつ、背後に展開した黄金のカーテンから、例の飛行物体を取り出す。

 それに乗り込んだギルガメッシュは、次の一歩を迷っているさくらに視線を向けて、高らかに言葉を紡いでみせた。

 

「この世界を余すことなく俯瞰する我の領域を、貴様ら雑種が追い求める夢の果てにある現実を、貴様に見せてやろう」

 

 その言葉は、暗にさくらに、この船に乗れと語っていた。

 今更彼を怖がる理由もない。彼が見ている世界が、自身が身の程も弁えず愚かしく追い求め叶わなかった自分自身のあるべき姿がどういうものなのか、知りたくもあった。

 黄金の船に足をかけ、勢いよく乗り込むと、黄金の飛行船はゆっくりと高度を上げていく。不思議と不安を煽るような浮遊感もなく、思っていた以上に、以前に彼に助けられた時と同じように、快適な空の旅を約束してくれる。

 そして金色の船は、勢いよく急加速し、仰角直角近くの角度で天空へと駆け上がる。

 黒い影の怪鳥がこちらの存在に気が付いて、恐ろしい速度でこちらへと滑空し接近する。

 しかし英雄王の船はそんな畜生の追随など許さず、遥か高みへと舞い上がっていく。

 雲を突き抜け、怪鳥が追ってくる様子さえ見えなくなってしまった時に、ようやくギルガメッシュはその玉座から腰を上げ、船の先端へと歩んでいく。

 

「さぁ――この世で最も豪華絢爛な雨を降らせようぞ!我が至宝にその身を焦がすことを光栄に思うがいい!」

 

 更なる天空に、この空の全てを覆い尽くさん限りの黄金のカーテンが展開される。そして無数の波紋を打ちながら、同じく無数の力の象徴――ありとあらゆる宝具の数々がその雲にさえぎられることのない陽光に刃先を煌めかせ、真っ直ぐに地上へと向いている。

 そして、それらは轟音と共に、雨霰のように弾丸を遥かに凌駕する速度で天空から地上へと急降下を始めた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 既に地上で大型の獣の形を成した黒い影を五体、巨人の形を成した黒い影を三体、そして一般人サイズの人型の黒い影を数えきれない程に狩ってきたクー・フーリンは、残念ながら地上まで落ちてきそうにない宝の雨を仰ぎながら溜息を吐いた。

 

「おいおい、始まったばかりだってのに、凱旋の祝砲にしてもあれは流石に豪華過ぎるだろ……」

 

 あの物量だと間違いなく空中を飛行している怪鳥の形を成した黒い影はほとんど残らず消えてなくなるだろう。

 もしこれらが、あの英雄王が何の手心もなく遠慮もなしに地面に叩きつけられていたならば、街並みの甚大な被害と、ミッションを開始している風見鶏の学生の犠牲を踏み台に、全ての敵を殲滅できていただろう。それをしなかったというのは彼の強者としての余裕だろう。

 飛びかかってくる大型の狂犬の牙を軽く避け、次の突進に合わせて槍を突き一撃で仕留める。

 以前の曖昧な形の黒い影よりは、向こうから攻撃を仕掛けてきてくれるため比較的やりがいはあるものの、残念ながらその強さというのも結局クーの期待に応えてくれる程のものではない。むしろこれくらいの戦力であれば弟子であるエトに集団を相手取った時の戦い方を実践を通じて享受してやることもできたかなどと余計なことを考えてしまう。

 斧のような武器を持った黒い人影が得物を振り下ろす前に喉元へと気の抜けた一撃を叩き込む。するとその人型は解けるように消えていった。

 

「俺に爆弾の解除まではできそうにねぇが、探すだけでも探してみるか……」

 

 どうせ黒い影と張り合ったところで何も面白くない。だったらせめて、何もしないよりかは何かしらの仕事をしておく方が退屈はしないだろう。

 そうと決まれば話は早いと、クーは抜け道を使って入り組んだ裏路地へと姿を消す。

 こそこそと逃げ隠れするような真似はあまり好きではないのだが、これでもサバイバル生活の時に勝手に身についてしまった術の一つでもある。不本意ではあるが人通りの少ないところの使い道には精通しており、同時にこの辺りのそう言う場所は粗方チェックしてある。散歩というか他所に出かける際になんとなく道を覚えてしまった程度だが。

 入り組んだ道を進んで少し下ところで立ち止まり、足元を見下ろす。そこには地下へと通じるマンホールがあった。しかしこのマンホールは、一般人では認識することはできず、カテゴリー4の魔法使いとなってもそう簡単に認識することはできない。そのようなレベルの高い魔法使いですら精々目を凝らしてみればそこにあったくらいのものである。

 マンホールの蓋を外し、その中にするりと入り込む。そしてマンホールの蓋を閉じ、日の光が当たらなくなったところで、手すりから手を離し地下の足場へとストンと降り立った。

 

「うわ、いつ来ても不快な匂いしかしねぇなここ……」

 

 降り立ったそこは、地下に張り巡らされた下水道の一つである。

 というより、表向きでは下水道ではあるのだが、実際のところは下水道でも、ライフラインの敷設用という訳でも、鉄道の線路があるわけでもない。ここはとある隠された理由によって開通された地下道なのである。

 当然あまり衛生的な場所ではなく、匂いも酷く湿度が高くジメジメしており、更に日の光も当たらず暗いこともあって元々不快な気分がますます滅入ってしまうような場所だ。

 光が届かないためとんでもなく暗いが、暗所などクーにとってみれば大したこともない。自分が歩く僅かな足音の反射や、頬に触れる、普通に周りにある空気とは別の、壁などから発される僅かに温度の違う空気を感じ取るような方法でも使えば大体周囲の構造がどのようなものなのかははっきり分かる。そうでなくとも夜目の利くクーにとっては周りが見えないこともないのだが。

 ちなみに、この地下道は一般人には全然知られておらず、この地下道に入るためのマンホールが魔法によって厳重に隠蔽されているのも、ここが国家機密レベルの秘匿に当たる場所だからだ。

 ここを道を違わずにしばらく進んでいけば、その先にはバッキンガム宮殿の地下へと通じる。逆に言えば、バッキンガム宮殿からここを通って、誰にも見つかることなく安全に脱出できるという訳だ。つまり、有事の際は、国王をはじめとした王室の王族がバッキンガム宮殿でテロリストなどに襲われた時、ここの地下道を通じて避難し、レベルの高い魔法使いでさえ視認することができないマンホールから脱出できるということである。

 

「さてと探知(サーチ)でも始めてみますか」

 

 そう呟いてみると、彼自身の声がこのトンネルのような構造の地下道の中で無数に反射する。

 誰かに聞かれると問題がある、とかそういう訳でもないが、何となく気にしてしまうクーはさっさと作業を済ませることにした。

 右手の人差し指の先に軽く魔力を集中させ、そして空中に文字を書くように指を動かしていく。魔力の塊が光となって空中に固定されたそれは、とあるルーン文字を刻んでいた。

 物体を探し出すことができるルーンによって、この地下道の正確な構造と探し出す物体――ここでは時限式魔法爆弾を位置を、立体化された地図のようなイメージで頭の中に刻まれていく。

 ルーン魔術の発動の結果、この周辺にある爆弾の数は、僅か三つということだった。

 それぞれまだ爆発するまでに魔力は充満してはいないようだが、いずれにせよ時間が経てばすぐに爆弾の中の魔力が膨張し破裂して巨大な爆発力を生みだし周囲を木端微塵に破壊し尽くすだろう。

 とりあえず爆弾の傍まで近寄ってみて、そして懐にしまいこんでいたナイフを使って目印を作っておく。そしてリッカに連絡をしようとシェルを握り込んだところに、聞き慣れた女性の声がこの地下道を反射しつつクーの耳へと飛び込んできた。

 

「やっと、追いついた」

 

 遠い向こうから光源が見える。光量としては十分であり、こちらが既に向こうの顔をはっきりと見るくらいには既にここは明るかった。

 真っ先に目に入ったのは橙色のセミロングヘアをした、風見鶏の本科生の制服の少女だった。

 

「テメェ何でこんなところにいるんだよ」

 

「だってクーさん爆弾は見つけられても解除はできないでしょ?」

 

 姿を現したジル・ハサウェイは得意げに胸を張ってみせた。普段は落ち着いていておっとりとしているが、こういうところでもの行動力は凄まじい。こんな危なっかしいところは相変わらずリッカとそっくりなのだ。伊達に彼女の親友を名乗ってはいない。

 彼女曰く、ジルは始めは接近してくる黒い影を、繊細に編み込まれた防御魔法などを上手に活用していなしつつ単独で巴の指示を仰いで捜索の作業を続けていたのだが、クーなら途中で黒い影の相手に飽きてきてなんだかんだで爆弾の調査に移るだろうことを予想していたらしい。そこで自分で探すよりそう言う物騒なものに鼻の利くクーを上手く活用するために魔法によって彼の魔力のありかを探し出しては追ってきたのだという。

 

「いやまぁ、テメェら学生は原則班行動って話じゃなかったのかよ」

 

「原則はね。でも原則って言う時は大体例外もつきものでしょう?」

 

 そう言って可愛らしくはにかむジルに、クーは何も言い返すことができなかった。

 事実、班での行動をせずに単独で行動することで、黒い影との遭遇時の被害のリスクは大きいものの、それを自らの力で跳ね返しここまで来たというのなら、結果としては間違いなかったと言える。ここで危険ではないかと糾弾することもできることにはできるのだが、傷一つなく余裕の表情でここに立っている以上、それも無駄ということである。それに最悪ここからはクーの護衛があれば何の問題もないのだから。

 

「チッ、分かったからさっさとここの爆弾を解除してくれや」

 

 舌打ちを交えつつそう言って、握った拳の親指を立て、壁に向けてくいっと爆弾の場所を指差す。

 ここにあるのは壁に埋め込まれた、解除するにも大変面倒なものなのだが、これもジルに掛かれば朝飯前のものである。

 

「了解。じゃあちょっと爆弾の術式を探ってそこから逆算、解除のための術式魔法を再構成するから待ってて」

 

 そう言って黙り込んだかと思えば、壁に手を突いて瞳を閉じる。きっと既に彼女の瞼の裏側では数多くの難解な演算が始まっているのだろう。

 唇が僅かに動いているのをクーは見た。恐らく脳内に刻み込んでいる複数の術式を整理するために、声に出さない程度に復唱しているようだ。

 クーにとってみれば、魔法というものがどういうものなのかはあまりよく分かってはいない。そもそも大きく分類するならば彼は魔法使いという存在ではないし、彼が唯一使用できる魔法もルーン魔術と呼ばれる全く別の系統の魔法である。扱える人間は滅多にいないようだが、そもそもあまり使わないものなので考えたこともない。

 とは言え、リッカやジルが行使する魔法というものがどれだけ素晴らしいものなのか、これまでの付き合いの中で何となく分かっていたものだ。

 簡単に言ってしまえば、強かで、美しい。それはちょうど彼女たち二人の存在そのもののようで、不覚にも感嘆の溜息が零れそうになるくらいに。

 魔法とは、奇跡である。誰かが、誰かの幸せを願って、誰かを守るために、誰かを笑顔にするために、決して自分の為ではなく、他の誰かのために使われる、奇跡のような力。

 ひたすら自分のために力を振るい続けてきたクーには、その力の使い方を理解することはついぞ叶わなかったが、納得することはできている。

 現在の政府の魔法使いに対するぞんざいな扱い、それにめげることもなく繰り返し魔法使いとそうでない人間の共存――とまではいかないまでも、せめて魔法使いが一般人を脅かすものではないと同時に、魔法が決して危険ではないということを示すために戦い続けている彼女たちを見ていたら、何故か彼女たちが羨ましいと思ってしまう。目に見える、強さを肌で感じられるような、そこに実在している敵ではなく、何かよく分からない、どうすればいいのかも分からないような何かを相手取るというのは、どういう気分なのだろうと。

 ただ力しかなかった自分が、そんなものを相手取った時、果たして何ができるのだろうと考えてみれば、不意に自分が弱くなったのではと錯覚してしまう。

 そうこう考えている内に、ジルの口から、よし、という声が聞こえてきた。

 時間にして僅か数分、もう爆弾を解除してしまったのだろうか。

 

「ここはバッキンガムから一番近い爆弾みたいだから、慎重かつ迅速に作業に当たった訳だけど、何とか上手く行ったよ。でも――」

 

 その場でへなりと座り込んでしまう。そうやら疲れてしまったようだ。

 

「少し無理しちゃったみたいかな」

 

 ニハハ、と乾いた笑みを浮かべて指先で頬を掻く。

 大事なところで後先考えずに無理をしてしまうところもリッカにそっくりだったか。半ば呆れたクーは、座り込んだ彼女に手を差し伸べる。

 

「休んでる暇はねぇぞ。まだ二つ残ってるんだ。連れてってやるから掴まれ」

 

 そう言うなりすぐに腕を差し出したジルを強引に引っ張り上げ背中に負ぶってやったクーは、文句を呟きながら次の爆弾の箇所へと向かっていった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 姫乃たちが通信司令部でクラスメイトと通信をしている最中、リッカたちは外からの悲鳴を聞いた。

 一斉に通信指令室にいる全員の視線が外へと繋がる扉へと向かうが、既に空気は緊張の糸をピンと張りつめさせていた。

 ガチャンと扉が開く音。倒れ込むように入室したのは、外の警備をしていた風見鶏の本科生の男子生徒だった。

 

「こ、この周辺で、黒い影が増殖しています!物理魔法を専攻している本科生が足止めをしていますが、時間の問題です!皆さんも早くここから撤退してください!」

 

 そんなバカな、悲痛な顔でそう漏らしたのはリッカである。

 ここはリッカが強力な結界を張って、黒い影が侵入できないような態勢を張っていたにも拘らず、大きな魔法だったために生まれてしまった術式の綻びを突かれたか、純粋に力技で破壊されたか、侵入と増殖を許してしまったらしい。

 こうなってしまっては、風見鶏に入学してまだ数か月しか学んでいない、ここにいる予科生をこれ以上ここに留まらせる訳にはいかない。

 現在他の『八本槍』のメンバーも各々ここから離れたところで黒い影との戦闘を始めており、ここに戻ってくるにも時間がかかる。

 今自分たちがすべきは、リッカが自ら黒い影を引きつけ、その内にオペレーターを務めていた予科生をここから安全な場所へと避難させることである。

 

「リッカ、オペレーションの機能不全については私が引き受けるから、リッカは黒い影を何とかして!」

 

「分かったわ!できるだけ時間は稼ぐけど、早めによろしくね!」

 

 そう言って、リッカは急いで外へと飛び出した。

 緊迫の通信指令室では、不安そうな面持ちで姫乃が、メアリーが、エドワードが、そして清隆がちらちらとシャルルの方を見ている。

 

「それでは、今から一度ここから避難します。しばらく通信指令室が使用できないことを伝えるために、こちらから全員のシェルにテキストを送信します。そのために一度皆さんの機器へと送信するので、着信し次第全員に一斉送信してください」

 

 シャルルは自らシェルを取り出すと、急いでシェルへとテキストを打ち込んでいく。そして貝殻が音を立てて閉じられたと同時に、全員の通信機器へとテキストが送られてきた。

 清隆たちはその内容を素早く確認して、すぐに一斉送信の操作をする。

 そして、シャルルの指示に従い、彼女を戦闘として、通信指令室を後にした。

 外に出てみれば、リッカが何人かの本科生を連れて、黒い影の足止めを遂行していた。

 

「リッカ、大丈夫!?」

 

「そろそろ大丈夫じゃないわね。これだけの量、『八本槍』の方々は軽く片付けていたんだけど、どうやら普通の魔法使いじゃそう簡単には行かないみたい」

 

 そう言いつつ、風の魔法をこれでもかと吹き荒らしつつ、最前線の黒い影を吹き飛ばしては態勢を保っている。

 しかし見ている感じでは、大きな魔法の使い過ぎで疲れが目立ち始めている。このままではリッカが倒れてしまうどころか、魔法の力が弱まった隙に黒い影が押し寄せてくる可能性がある。

 恐らく、黒い影が一頭か二頭であれば、さほど苦労することもなく倒すことができただろうが、何にせよ数が多すぎる。

 シャルルは攻撃が可能となる物理魔法を専攻してはおらず、あまり得意な分野でもないため、戦力としては当てにならない。ここはリッカに頼るしかなかった。

 

「皆さん、リッカがここを押さえている内にここから撤退しましょう」

 

 黒い化け物、異形を前に、姫乃たちの脚が震えているのが分かる。下手をしたら殺されるかもしれない、そんな世界に自分たちがいるということに恐怖しつつ。

 全員が弱々しく頷き、足を動かし始めたシャルルに従いその後を追う。

 その瞬間だった。

 

「きゃ――」

 

 リッカの小さな悲鳴、清隆が振り返ってみれば、転倒したリッカの姿がそこにあった。ほんの一瞬の出来事だったが、すぐに立ち上がった彼女に怪我はなさそうだ。

 しかし、次に前方から聞こえてきたのは、シャルルたちの悲鳴だった。

 清隆の視界が妙に薄暗くなる。一瞬のうちに自分の上空に雲がかかったかのように。

 見上げてみれば、そこにいたのは、爪を光らせ、牙を剥いて飛びかかってきている獣の黒い影の姿だった。

 引き裂かれるまで、食い千切られるまで、もう一秒とない。瞼をぎゅっと閉じる、身を屈める、悲鳴を上げる、反応は様々だった。

 

 ――柔らかいものを引き裂く音が鼓膜を打った。

 

 姫乃が視線を上空に戻す。メアリーがゆっくりと瞼を開ける。エドワードが尻餅をつく。清隆は、突然に折り重なる様々な事態に、指一本動かせてはいなかった。

 そして、シャルルを含めた全員の視界に入ったのは、鋭く煌めく金属の閃きだった。

 黒い影は、いつの間にか姿を消している。

 そして、ストンと軽い足音を鳴らして着地をしたのは、白銀の髪の少年だった。彼の腰元から、シャランと小気味の良い音が響く。

 

「――よかった、間に合ったみたい」

 

 風見鶏の予科生の制服の腰に刺してあるのは、刃が鞘に仕舞われた一振りの片手剣である。

 立ち上がって、誰もが惹かれるような笑みをこちらに浮かべたのは、生徒会長、シャルル・マロースの弟、エト・マロースだった。




一話で終わらそうと思ったら、いろいろなキャラを活躍させようとしたせいで更に伸びてしまいました。
という訳で爆弾捜索は次回に続きます。

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