満身創痍の英雄伝   作:Masty_Zaki

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半分以上原作でも説明されている内容です。
ただし、本作での霧の魔法の仕様は若干追加変更されている部分もありますのでご注意を。


繰り返す世界の真実

 記憶を失っていた少女の正体と、彼女が握っていた枯れない桜の正体が判明し、リッカからの報告も終えたところに、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 真っ先に立ち上がったのは、既に『八本槍』を辞めてしまったクー・フーリン。槍の入った筒を肩に背負って、急ぐことなくドアへと向かう。

 ノックをした人間の代わりにドア開けてやると、そこには『八本槍』を辞めたクーの新たな主の姿があった。

 陽ノ本葵――今回の事件の鍵を握る魔法を起こしてしまった真犯人である。

 

「ここまで来るのに、何もなかったか」

 

 緊張した面持ちで、不安そうに視線を泳がせている葵へと向けて、そう問いかける騎士。

 葵はクーの姿を確認するなり、少し落ち着いたようだ。葵から見ても彼の姿というものは何かと物騒な雰囲気は感じられるが、彼女自身、例の夜の星空の下で、彼が葵に投げかけた言葉を最大限に信用している。その代償と言ってしまえば申し訳ないのだが、彼には危険を冒してまで『八本槍』を辞め国家が彼の反逆を疑うような事態を招いて葵に協力するまでのことになったのだから。

 

「何もなかったんですが、むしろこれから何かありそうで――」

 

 言われてみればその通りかもしれない。

 見渡してみればそこには女王陛下が座しており、更にその周辺には度々新聞などで目にしている人外集団『八本槍』の面子が一堂に顔を合わせていると来た。そこに今回の事件の主犯格とも呼べる自分が足を運んだとなれば、いつ殺されても文句は言えない。物理的に。

 

「心配すんな。俺様がいる限りあいつらには指一本触れさせはしねぇ。俺がどうなるかはあいつら次第だが、嬢ちゃんを逃がすくらいの時間はつくってやるよ」

 

 そんな状況にならないようにするのが最善だとは思うが、魔法使いでもない一介のアルバイトが『八本槍』を相手にどうこう交渉できる余地もない。もしそうなってしまった時は、彼の言葉通りに、彼の善意を無駄にしないように全力で逃げ切ることを考えていた方がよさそうではある。

 時間にして大体正午を少し回った頃。本日の会議に出席する必要があったために、仕事先では理由こそ述べることはなかったものの、とりあえずシフトを午前中に留めておいてもらうことで至急こちらに移動、現在に至るわけである。

 例え葵が大規模な魔法を発動させた張本人だとしても、彼女が普段通りの生活を送りたいと主張し、それを元『八本槍』であり、現在の彼女の従者であるクーが許容するのなら、彼を力づくで無力化しない限り彼女の意向は最大限に尊重されるのである。

 

「さて、葵さんも来てくれたことだし、そろそろ本題に入りたいと思います」

 

 葵とクーが席に着いてすぐ、話を切り出したのは、女王陛下エリザベスだった。

 思えば会議が始まった時にエリザベスが女王陛下である旨を清隆に告げた時の彼のリアクションといえば、この風見鶏の学び舎の屋上が吹き飛びかねないくらいの仰天ぶりだったが、それでも彼の理解力は常人と比べて高かったのかもしれない。今ではあっさりと受け入れてしまっている。

 

「地上の霧について、その原因となる魔法が判明しました」

 

 その言葉に、ここにいる全員の視線がエリザベスへと集まる。無論、そもそもの術者であった葵にとっては、それは吉報だったに違いない。

 クーも後で聞いたのだが、葵本人は自分が魔法を発動したことについては認めているものの、その魔法の名前がどんなものだったのかが何故か思い出せなかったのだ。

 推測できる理由としては恐らく、発動した魔法を簡単に解除させないための術者に対する制限だった、というのが挙げられるが、確実とは言いづらい。

 何にせよ、葵自身が魔法名を知らなかったからこそここまで大がかりな調査になっていたのだが、それをエリザベス達王室側が上手く調査を運んでくれたというのは大きな功績となりうる。

 魔法の名前が分かれば、そこから魔法の特性を解析し検証して、解決の糸口にしていけばいい。

 

「案の定――と言いますか、現在地上に蔓延している魔法の霧は、我々魔法使いが決して手を出してはいけない、禁じられた理の超越――禁呪と呼ばれるものでした」

 

 エリザベスの報告に、会議室の空気が緊張で張り詰められる。

 ここにいる全員がそれをあらかじめ予想していたものの、実際にそうだったとなれば、心構えが大きく変わってくる。

 そして、エリザベスの報告は続く。

 

「現在、地上で発動している霧の魔法の名を特定しました。その名も――≪永遠に訪れない五月祭(バルティナ)≫」

 

 張り詰めた空気の中で、エリザベスの清らかな声が響き渡る。

 

「葵さんから話を聞いたクーさんからの説明にもあった通り、この禁呪の能力は、人々の負の感情を集める霧を生成し、それによって一定の範囲の人間の負の感情を収集、同時に霧に触れた人間の負の感情を増幅させ強迫観念を刺激します。それに伴い新たに霧を増幅させることで半永続的に魔力を収集し、集まった魔力によって、四月三十日――ワルプルギスの夜を終点として、再び昨年の新年(サウィン)――十一月一日まで時間を巻き戻すというものです」

 

 停滞、現状維持の象徴となり、人々の負の感情や願いを歪んだ形で叶えてしまう禁呪。それが、地上の霧の正体である。

 そしてそれは当然、その結果を心の底で一番望んでいただろう葵の願いを叶えてくれていたということに他ならない。

 エリザベスの報告に捕捉をするように、隣に待機していた杉並が続く。

 

「地上の霧と、グリーンウッドが解説した桜には共通の能力が備わっている。人々の感情を自動的に収集し、それを魔力へと変換し何らかの形でアウトプットしているということだ。そしてそれ以上にこの地上の霧を警戒すべき理由は、霧がそう言った性質を持つ装置であると同時に、それ自体が後ろ向きな願いを具現化したものであるというところにある」

 

 杉並の説明を理解したのだろうアルトリア・パーシーが、その場で静かに頷く。

 

「つまり、人々が地上の霧に触れれば触れる程、人の心で増幅された負の感情を収集、更に霧が濃度を増して、再びそれに人が触れる――その悪循環が無限に繰り返されるために、その力は今も絶えず強くなってきている、ということですか」

 

 結論付ければ、世界がループを繰り返している根本的な原因は、やはり地上の霧ということになる。

 つまり、地上の霧を晴らさない限りはどうあがいてもループ世界からの脱却は不可能であり、言い換えれば、地上の霧を晴らすことに成功すれば、ループ現象も自然に解消されるということである。

 そして、ギルガメッシュが以前に指摘したさくらの持っていた桜の枝も、ここでようやくその役目を持つことになるのだ。

 魔法を無力化するにあたって、有効とされる手段は大きく分けて二つ存在する。一つは、その魔法の効力を直接消滅させること、そしてもう一つは、それを相殺するような効力を持つ魔法を当ててやればいい。

 今回利用できるのはまさしく後者であり、人々の負の感情を集める地上の霧に対し、人々前向きな想いを集める桜の枝の力を利用して、一気に地上に蔓延する負の感情の塊を消し去ることが理想の形となる。

 

「――さくらの記憶から、願いを集める桜の機構と、問題点もある程度把握できているわ。時間はそこそこ必要かもしれないけれど、ワルプルギスの夜までには何とかするつもりよ」

 

 さくらの頭にぽんと掌を乗っけながら、エリザベスへと自信満々なウインクを贈ってみせる。

 エリザベスもそんな強気なリッカに対して、強い安心感を覚えるのだった。

 

「――それから」

 

 と、エリザベスは続ける。

 

「――あと一つ、≪永遠に訪れない五月祭(バルティナ)≫で、完全なループの輪をつくるために必要な要素があるの」

 

 現在地上で発動している禁呪は、紛れもなく時空という理を超越し歪めているものである。

 正常なものを歪め、そして歪めたまま保ち続ける為の、媒体が必要となる。

 

「それは何?」

 

 リッカの振りに対し、エリザベスは即答する。

 

「生贄――」

 

 世界各地に存在する大規模な魔法や儀式には、生贄を必要とすることがある。それは時として何かしらの動物であったり、人身御供といい、人間を生贄に捧げるケースも存在する。今回エリザベスが出した答えとは、そう言ったものである。

 

「生贄といっても、別に人間を殺して供物として捧げるとか言った物騒なものではないけれども――時空を歪なままに保っておくために、本来ループによって閉じた世界の中に存在しないはずの存在、つまり、大人にならないネバーランドを完成させるためには、ループの外の世界から、ピーターパンで言うところの迷子(ロストボーイ)を呼び出す必要があるのよ」

 

 つまり、この禁呪を完成させ、ループ世界を継続させるにあたって、本来この時空に存在し得なかった人物が迷い込んでいる――そう言うことになる。

 そして、それが誰なのかは、最早言うまでもない。

 ここにいた全員の視線が、ここにいる中で最も小さな少女へと注がれた。

 ループ世界のセーブ地点、十一月一日に清隆とリッカによって拾われた、自分の名前も家族もその全ての記憶を失った金髪のショートヘアの少女――さくらである。

 

「逆に言えば、禁呪の世界を、この歪んだ世界を元の状態に戻すには、この世界に迷い込んだ迷子(ロストボーイ)を元の世界に返してあげる必要がある、そう言うことになっているわ」

 

 ロストボーイであるさくらと、地上の霧はお互いに禁呪を成立させるためのファクターであるため、さくらを元の世界へと返すということは、地上の霧を晴らすということと同義である。

 つまり、地上の霧を晴らすことに成功した時点で、さくらの元の世界への帰還が約束されるのだ。

 さくらはその覚悟を既に決めている。ここにいる全員に、『八本槍』のほとんどが集結しているこの場で、声高らかに自分が正々堂々と帰ることを約束し、そして頭を下げてお願いしたのだ。

 さくらが最も懐いていた清隆にとっても、さくらと別れることはほんの少し寂しいことだったが、しかしさくら曰く、清隆とさくらには何か繋がりがあるらしい。

 それが何なのかは知らないし、ループ世界から脱却し、歪みのない十一月一日からもう一度始まった時、そんなことを話してもらったことすら忘れてしまうのだろうが、それでもきっと、彼女とはどこかで繋がっていられる、そんな気がしていた。

 

「更にもう一つ、この禁呪には付け加えておくことがあります」

 

 まだ何かあるのかよ、とクーが心の中で悪態をつく。

 無意識の内に態度に出てしまっていたのか、葵の隣で頬杖を突いて指先で自分の頬をトントンと叩いていた。なかなかにストレスが溜まってきているらしい。

 

「この報告に関しては文献に関しても非常に曖昧な部分もあったために詳細までははっきりしていないのですが、このループ世界に対して、何かしらの抵抗力――すなわち我々のような、ループ世界から脱却するための力を魔法のシステム側が感知した時、その抵抗を鎮圧しようとする『騎士』が出現するようです」

 

 具体的に、どのタイミングで霧の禁呪のシステムそのものが抵抗力と呼ばれるものを感知するのか、とか、『騎士』という存在は名前の通りの存在なのか、そうであった場合はどれくらいの実力を持つ物なのかなど、判明していない問題点も多いとエリザベスは補足する。

 最終的な呼びかけとしては、ここにいる全員は、地上の霧を晴らす者として、『騎士』なる存在の出現に最大限の警戒をしてほしいということだった。

 その時、エリザベスの懐から、鈴の音が響く。

 慌ててシェルを取り出したエリザベスは、焦ったような様子でシェルのテキストを確認すると、再び真剣なものへとその表情を引き締めた。

 

「緊急事態です。ここロンドン一帯で、時限式爆弾が多数設置されているとの情報が入りました。その数――特定不能。ここにいる皆さんには、できる限り、爆弾の捜索及び撤去、並びに犯人の捜索確保のミッションを遂行してください。今回の事件は、風見鶏の全校生徒にも協力を仰ぎ、街の見回りと不審人物の捜索をさせたいと思っています」

 

 彼女の依頼にいち早く立ち上がったのは、アデル・アレクサンダーだった。強力な使い魔を失ったとは言え(現在同じ部屋で女王陛下を前に傲慢不遜に踏ん反り返ってはいるものの)、彼の王室、女王陛下に対する忠誠心は厚い。彼ならば全てのミッションを確実に遂行してくれるだろう。

 彼に続いて、アルトリアとジェームス・フォーンも立ち上がり後に続く。

 

「なお、既に避難は完了していますが、その際に例の黒い影の出現を確認、報告によれば今までとは違い、人型や鳥型など、黒い影の形がはっきりしているそうです。現在のところ死傷者はいませんが、姿形が違う以上、襲撃される可能性もあります。十分に注意してください」

 

 エリザベスの通達に、葵の表情は再び憂いを見せる。

 また、自分のエゴが招いた夢が、誰かを脅かしている。誰かを苦しめ、苛ませている。

 ここにいる誰もが、霧を晴らすことを誓って立ち上がってくれた。だからこそ、自分のためにみんなが立ち上がるからこそ、そんな時に限って何の力もない自分が情けなくて仕方がない。

 いつだって弱くて、無力で、頼ってばかりで叶えてもらってばかりだった。

 重く沈む頭に、丁寧に整えられた栗色の髪をくしゃりと崩すように、誰かの手が頭に乗った。見るまでもなく、その手が誰のものなのか、葵には分かる。

 

「腐ってる場合かよ。俺様の誇りは嬢ちゃんに託した。今の俺の主はエリザベスでも、当然リッカでもジルでもない、嬢ちゃんだからな。嬢ちゃんが胸張って顎引いて前向いてねぇと、俺様とこの紅い槍の誇りが廃れるってもんよ」

 

 そう言って、背中の筒をくいくいと主張させる。

 

「そうだな、ざっと見積もってあと最低二十年――ってところか。それくらい歳食えりゃいい女にもなるだろ。その時にリッカやジルと並べりゃ――この俺様があんたを貰い受ける」

 

 最後に頭をくしゃくしゃと滅茶苦茶に撫でて、葵に背を向けて、腕の筋を伸ばしながらのんびり歩いて会議室を去っていく。

 彼の最後の一言は、本気だったのか、それとも冗談だったのか。いずれにせよ、その後ろ姿に、戦いに熱を帯びるその背中に、葵はほんの少しだけ、そんな未来を夢見てしまう。

 そんな未来など決してありえないと、内心で寂しく苦笑しつつ。

 

「風見鶏の生徒会メンバーには、一度地上に出てこちらで指定する施設で全体の指揮を執る役目を負ってもらう。生徒会長シャルル・マロースを総指揮官として、リッカ・グリーンウッド、五条院巴がそれぞれマロースをサポートしろ。それと、各クラスから代表二名をここに呼ぶように。各クラスからの情報を受信、並びに指揮官への報告、現場に更なる指示を与えるための通信役を請け負ってもらう」

 

 杉並の素早い指示に、リッカの視線はすぐに清隆へと向かう。

 リッカにしてみれば、既に通信役の二人を決めてしまっているようなものだった。

 

「清隆、通信役、お願いできるわね?」

 

 リッカの問いに、清隆は慌てて振り返るが、すぐにまっすぐな視線を向けて強く頷く。

 

「躊躇ってる場合じゃありませんし、やれることを全力でやってみます」

 

「よろしい。それじゃもう一人、姫乃に連絡してもらえるかしら?事情は私から説明するから、メンタルとかのコンディションは清隆のテクニックで万全にしてあげて」

 

 こんな緊迫している場面で、それでも十分な余裕を持って悪戯な笑顔を浮かべるリッカ。

 やはりこの人には敵わないと苦笑いを浮かべつつ、シェルにて姫乃を呼び出す。

 清隆が彼女に向けて話し始めて数秒後、シェルの向こう側から姫乃の叫び声が、傍にいるさくらにも聞こえるくらいに響き渡っていた。




やばい本当に風見鶏編ラストが遠く感じる。
ゴールはもうすぐそこまで近づいてきているはずだというのに、まるでゴールの方が全力で逃走しているように感じる今日この頃。

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